2007年09月03日

総合的な学習の時間とは、(1)4

971cb006.JPG 中教審が、『主要教科(いやな言葉だと思う。)1割増、総合的な学習の時間の週1時間減』を提唱している。


 授業時数増は、覚悟していた。かつて記事にしたこともある。

 7月21日   定 見(5)の後半です。

 まったく時代の勢いというものはすごいものだ。これに異を唱えれば、教員としては生きていかれないかのようだ。

 しかし、怒りにも似た気持ちになるのは、『生きる力を育むことは、これからも大切にしたい。』と言いながら、総合的な学習の時間を1時間減としたこと。矛盾、きわまれり。


 ただ、今は、そのことについてはふれない。後刻に譲りたい。



 ここでは、総合的な学習の時間のあり方をさぐりたい。

 と言うのは、市民の方々は、『総合的な学習の時間って、なあに。』という思いがおありだと思うからだ。

 ご自分の子ども時代はなかった学習だから、あまり多くをご存じない方もいらっしゃるだろう。だとすると、それを述べなければ、わたしの『怒り』も理解していただけないと思うのだ。


 そこで、ここでは、わたしが見せていただいた授業のなかから、一つの学習を提示したい。それを通し、総合的な学習の時間がいかに大切な学習であるかをご理解いただければ幸いと思う。


 そのまえに、総合的な学習の時間とは、どういうねらいを持ち、どういう学習を期待しているのか、学習指導要領でうたわれていることにふれる。

 これについては、大変いいホームページを国は用意しているので、それにリンクさせていただく。

 わたしが特に強調したいのは、

○ ねらい、内容ともに、各学校が作成するものであること。したがって、教科書はない。
○ 国は、国際理解、情報、環境、福祉・健康などをあげているが、これは例示としてあげたに過ぎない。
○ 子どもの学ぶ意欲を高めるため、子どもの思い、学び、及び、体験を重視する。

 だから、わたしが標榜する、民主主義教育を代表するような学びであり、戦後父たちが実践した、『コアカリキュラム』にも似た要素を持つ学習なのである。



 それでは、一つの学習を例示させていただく。

 これは、わたしの校長時代、他校の授業を見せていただいたことがあったが、その実践である。6年生。そして、国の例示で言えば、福祉・健康に入る。


 子どもたちは、地域にある老人ホームのお年寄りと、数回ふれ合っている。本授業でとり上げたのは、3回目の訪問であった。

 その様子が、ビデオに撮影されており、授業の中でも数回写されたから、わたしたちよそから来た参観者にも、訪問したときのふれ合いの様子がよく分かった。さすが、3回目。子どもたちも、お年寄りも、緊張感などなく、なごやかな雰囲気がうかがえた。

 子どもたちの思い、疑問等にしたがって、学習がすすんでいく。子どもたちの学びは、実に豊かであった。お年寄りへ寄せる思いは温かく、次々に出るAちゃん、Bちゃんの思い、疑問などを、みんなで真剣に考え合っていった。



 そして、Cちゃんの思いが、とり上げられる。


 担任が言う。

「ところで、Cちゃん。Cちゃんがこまってしまって、わたしに言いにきたことがあったね。その場面を今、写してみようね。」

 画面は、

 一人のお年寄りが、ハーモニカを吹いている。それをみんなが聴いている。終わって拍手。・・・。それから、三々五々、お年寄りと子どもたちとの交歓風景にうつる。


 再び、担任の言葉。

「さあ。Cちゃん。このあと、わたしに言ってきたことを、今、みんなに、言ってくれるかな。」

「はい。このあと、あのう、ハーモニカを吹いたDおじいさんは、ぼくに、『最近、わたしは、かなりボケてしまってね。いろいろなことを忘れてしまうようになった。さっきやったことが思い出せない。言うこともおかしいと人から言われてしまうこともある。年はとりたくないなあと思うけれど、年をとるのは仕方ない。こまったものだね。・・・。

 でもね。子どものときからやっていた、このハーモニカだけは、今もちゃんとふけるのだよ。子どものときからやっているということは、すごい。ボケても、ちゃんと吹けるのだね。』と言ったのです。

 それで、ぼくがこまってしまったのは、Dおじいさんに、どう返事していいか分からなくなってしまってね。返事ができなくなってしまったの。」

 そう言えば、Cちゃんのとまどいの表情も、ちゃんとビデオに収まっていた。


 友達に言われる。

「どうして、返事ができなくなっちゃったの。」

「だってね。ハーモニカが、今も吹けるから、『よかったですね。』とも言えるけれど、そうすると、『ぼけた。』って言っていることをよかったと言っているように受け取られるとこまるし、
 だからと言って、『そんなことないですよ。大丈夫ですよ。』と言っても、ぼくは、Dおじいさんがボケているなどとは思っていなかったから、気休めのように受け取られてもこまるし、・・・、
 それで、返事ができなくなってしまったのだけれど、皆さんなら、こういうとき、なんて応えたと思いますか。」


 それで、学級の子みんなで、考え合う。その表情は真剣そのもの。Cちゃんに寄せる想いとも、Dおじいさんに寄せる想いとも感じられた。

「それは確かに、ぼくでもこまっちゃったと思うけれど、・・・、でも、ぼくたちが聴いても、ほんとうに、ハーモニカは上手で、ぼくがいくら練習してもふけないくらいだったからね。ぼくだったらそう言ったと思う。
『ほんとうにとても上手ですよ。ぼくでもあんなには吹けません。すごいですね。』そう言ったかもしれない。」

「うん。ぼくもそう思う。思ったことを思ったように言えばよかったのではないかな。『ハーモニカ、上手ですね。すごいですね。』って。
 それで、ボケたということについても、Cちゃんは、そう思わかなかったって言うのだから、『ボケていないですよ。大丈夫ですよ。』って、思ったように言えばよかったと思う。」

「でも、それは、やっぱり変なのではないかなあ。だって、Dおじいさんが、『自分はボケた。』って言っているのでしょう。それを、『ボケてない。』って言ったって、なぐさめにも何にもならないと思う。」

「こう言えばいいのではないかな。『おじいさんはボケたっておっしゃるけれど、ぼくには、そんなふうにはとても見えませんよ。お元気ではないですか。』そう言えば、励ましにはなると思う。」


 そのような話し合いを続けていった結果、

○ お年寄りとのふれ合いはもっと続けていかないと、ほんとうのお年寄りの気持ちは分からない。
○ ボケるってどういうことなのだろう。

そういう方向へ収斂していった。


 『子どもたちが主体的に、また、真剣に学習に取り組んでいったら、総合的な学習の時間での学びに、ハッピーエンドはない。国際理解、情報、環境、福祉・健康と、どれをとっても、人類にとっては、深刻で、解決不可能と言ってもいいくらいの永遠の課題ではないか。それだけに、価値ある学習が望まれるのである。』

 わたしは、ある著名な教育学者の、この言葉を思い出していた。


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 授業の、ほんの一断片しか書けませんでしたが、総合的な学習の時間について、ご理解いただけましたでしょうか。

 もとより、教科で教え込みをしておいて、総合だけは子どもの主体的な学びと言っても、それは無理というものでしょう。総合は、教科での学びを総合化するものとも言えるのですから、教科の指導のあり方こそ問われるというものです。

 今日はこのくらいにしておきましょう。これからの学校教育のあり方については、次回ふれたいと思います。

  それでは、今日も、1クリックをよろしくお願いします。

   (2)へ続く。

rve83253 at 10:34│Comments(2)TrackBack(0)教育観 | 総合的な学習の時間の指導

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この記事へのコメント

1. Posted by きくちR   2007年09月04日 11:37
Cちゃんの発表を聞きながら、思いやりの気持ちや老いについて、クラスのみんなが考えたり、思ったりすることができたのでしょうね。総合の時間の大切さを改めて感じました。
長女は小学生のころ、世界遺産の調査をしました。それを通して、単にどこが世界遺産かだけでなく、基準の決まり方なども理解したり、歴史や地理について興味を持ったりすることができ、中学での社会科はそのとき身につけた考え方を展開しながら楽しんで勉強しています。
子どもにとって何が大切か、その定義が明確でないので、指針がゆれるのでしょうか?
2. Posted by toshi   2007年09月04日 17:19
高齢化社会といわれる現在、少しでも幸せな老いを迎えることができるよう、これは、すべての人が老いるのですから、みんなで考えなければなりませんよね。体力の衰え、病気、孤独など、しっかりと見つめ、対策を講じる必要があります。そういうことを、小中高それぞれの段階で学ぶことは、『思いやり・やさしさ・人権尊重』の精神を養うことになるのではないでしょうか。そして、総合でしか学べないことだと思うのです。
 これ、文科省が例示している4つのどれにも言えることだと思うのです。やはり3時間を減らしてほしくはなかったですね。もっとも、同時に、教員の研修体制も充実させなければなりません。教員が総合を敬遠している雰囲気があるようで、これは、気がかりな点です。
 お嬢さんが学んだ世界遺産にしても、富士山が指定されなかった問題など、やはり、ハッピーエンドではないですね。すべて、人間社会の課題なのですね。

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