2007年09月18日

ベニシジミかな?(2) 総合的な学習の時間とは、(2)4

739db3fc.JPG 本日の記事は、先の『ベニシジミかな?』の続きなので、ご覧でなかったら、そちらからどうぞ。

    ベニシジミかな? 

 同記事に、くるみさんよりコメントをいただいた。それを読ませていただいて、大事なことを落としていたことに気づいた。

 同コメントには、『〜。子どものつぶやきに耳を傾けて学び合いにつなげるとは、こういうことなのですね。正誤という2分化された価値観だけでない、その先の広がりがあるということを改めて感じました。』とあった。

 大変ありがたいコメントで、わたしの言い足りなかったことを、端的に言葉にしてくださった思いがした。感謝している。

 そう。正誤だけを学習の目的とすると、Bちゃんは少しかわいそうなことになってしまう。Bちゃんの、『ベニシジミ』は間違いだったからだ。でも、そういう正誤を乗り越えて、『調べ学習成立の殊勲者』という栄誉をBちゃんに与えたい。そういう観点を大事にしたいということだった。


 しかし、そうなると、もう一つ、言い足りないことがあることに気づいた。

 それは、本来、小学校3年生の理科の時間に、ベニシジミだとか、ヒメアカタテハなど、そんなチョウの名前を教える必要はないということだ。それでは深入りとなってしまう。


 それならなぜ調べるか。

 それは、総合的な学習の時間の性格に関連する。


 そもそも、総合的な学習の時間とは、どのような学習をする時間なのか。

 一つはすでに述べた。

    総合的な学習の時間とは、


 ここでは、国が例示している福祉にかかわって、わたしが見せていただいた実践をとり上げた。複数教科にまたがって、横断的、総合的に学ぶ学習の例だった。


 総合的な学習の時間は、もう一つ、『各教科等の総合化』と言われる内容がある。

 これは、教科等の学習内容には含まれないが、その発展として、子どもの発達段階、興味・関心に応じ、成立する学習と言えよう。


 今回のチョウの学習も、以下のように、総合的な学習の時間を活用することによって、成立するのである。

      
1.『わたしがチョウの写真を撮影した。』→『そこへ、4・5人の子どもが寄ってきた。』→『一人の子、Bちゃんが、チョウの名前を口にした。』→『わたしも知らないチョウの名前を子どもが口にしたことについて、わたしが感動した。』→『担任が、チョウの写真を見せながら、こうしたいきさつを学級の子全員に話した。』→『学級の子ども全員に、『Bちゃんが言ったチョウの名前は、正しいかな。よし、調べてみよう。』というような、意欲が生まれた。』
 こうしてチョウの名前を調べる学習が成立した。

2.ベニシジミであれ、ヒメアカタテハであれ、それを覚えることが大切なのではない。
 チョウに興味・関心をもった子どもたちなら、その名前を知ることによって、本来の3年生理科の学習内容の理解が容易となると考えるのである。
 この場合の学習内容は、『身近な昆虫や植物を探したり育てたりして,成長の過程や体のつくりを調べ,それらの成長のきまりや体のつくり及び昆虫と植物とのかかわりについての考えをもつようにする。』である。

3.この学級の場合、
 理科としての、『秋の草花や虫の観察』から学習が始まり、途中、総合的な学習の時間としての、『チョウの名前の調べ学習』が入り、そして、再度理科に戻り、昆虫の身体のつくりへと、学習がすすむことになる。

4.このように、教科等の学習に、総合的な学習の時間がはさまるのは、あらゆる教科学習で可能である。
 いや、子どもの興味・関心に即してとり上げるのであるから、むしろ、積極的に、総合化を図っていきたいものである。
 学び方・生き方の学習にも大きくかかわるのだから。

 以上、くるみさんからいただいたコメント、『その先の広がり〜』から、そのようなことを考えさせてもらった。
 


 なお、戦後、民主主義教育の花形として登場した、コアカリキュラムとは、似て非なる側面をもつ。

 各教科等の横断的、総合的な学習という意味では似ているのだが、

 コアカリキュラムは、子どもの生活中心で、生活のなかに生まれた学習問題を学習の中核にすえるし、ともすれば、教科の枠をなくしていきたいという方向性をもっているのであるから、その点では、現在の総合的な学習の時間とは、かなりその性格を異にするものである。

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 ゆとり教育の花形として登場したのが、この、総合的な学習の時間でした。それが、学力低下論に押され、時間減とされるのは、いかにも残念です。

 でも、教科等の学習であっても、子どもの興味・関心は大切にしていかなければなりません。子どもが主人公の学習こそが、真に子どもを育んでいくのですから。

  それでは、今日も、1クリックを、よろしくお願いします。


rve83253 at 23:32│Comments(2)TrackBack(0)指導観 | 総合的な学習の時間の指導

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この記事へのコメント

1. Posted by くるみ   2007年09月19日 21:57
大変勉強になりました。
ありがとうございました。

前記事を拝読し、子どもたちの動き、思考、発言が、大人の的確な方向付けによってこんなにも豊かになるのを知り、目指す姿が見えたような気がして生意気にもコメント致した次第です。

広く深く豊かな学びを行うために、こんなにもきめ細やかに段階を踏んで子ども達は導かれているのだとよくわかりました。

日々の生活にもエッセンスだけでも取り入れられればと思いました。
2. Posted by toshi   2007年09月20日 05:37
くるみさん
 大人が大人の思いや都合によって、子どもを引っ張ろうとするのではなく、子どもの思い、興味・関心のありかをさぐり、子どもの潜在的な力を引き出す方向でがんばれば、子どもはものすごい力を発揮するのではないか。
 日ごろから、そういう親子関係、あるいは、師弟関係でありたいものだと、そう思います。
 わたし自身も、今回、くるみさんからいただいたコメントによって、思いを引き出させていただきました。
 ありがとうございました。

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