2007年10月04日

初任者の成長(4)5

4def7504.JPG チャイムがなった。しかし、めずらしく、担任はまだ来ない。

 子どもたちは、全員着席している。机の上には、教科書、ノートなど、ほとんどの子が置いている。引き締まった雰囲気だ。

 誰かが言った。
「号令、かけちゃえば。」
「そうだね。」

 そして、自然に、
「気をつけ。・・・。今から、○時間目の○○の授業を始めます。・・・。礼。」

 いつもよりは、やや張り切った声で、授業開始の号令がかかった。『先生なし』の礼だけれど、子どもたちに違和感はなさそうだ。
 そのまま静かに先生が来るのを待っている。

 そのうち、あちこちから、くすくす笑い声が起きた。この学級のまとまり、息の合う感じが楽しくて仕方ないといった感じだ。


 教室のそうした雰囲気に、わたしも、思わずにこにこしてしまう。

 わたしは、その様子を見ながら、まったく別なことを思い浮かべていた。

 『この雰囲気は何だろう。何かで見たような気がする。・・・。そうだ。大相撲で、たまに、制限時間前なのに、両者の呼吸が合って、相撲が始まってしまうことがある。あの立会いの雰囲気に似ているな。』



 そんなことを思っていたら、担任が入ってきた。

 シーンとして、みんなが先生を見つめる。全体が一つになり、早く授業に入ろうとしている。その雰囲気に、担任は、『何だろう。これは。』と、とまどっているようにみえる。

「どうしたの。みんな。」
「うん。もう授業は始まっているのだよ。」

 先生はその意味をつかみかねている。それを見て、子どもが、おもしろがる。

「先生。『もう、号令はかけた。』っていうことだよ。」

「あっ。そうなの。・・・。すごい。先生がいなくても、号令かけちゃったの。・・・。すごいなあ。・・・。あっ。ごめんね。先生、遅れちゃって。じゃあ、先生だけで、礼をするね。」



 放課後、担任に言った。

「すばらしいよ。よく子どもをここまで育てたな。〜。」



 そして、二つのことを言った。


 一つ目は、

 初任者の成長は、右肩上がりではないということだ。
 どうしても、一進一退を繰り返しながら、トータルとしてみると、成長している。そんな感じである。

 このクラスにしても、野卑な言葉がとびかい、軽薄なムードがただよっていたこともあった。しかも、それは、たった1か月くらい前もあったことだ。

 それ以外にも、『小学校初任者のブログ』に書かせてもらったような事例もあった。


 また、それとは別に、初任者の担任を悩ませることもあった。

 それは、担任の前ではいい子だが、担任がいない休み時間には、けっこう友達に悪さをする子の存在だ。

 その子への対応については、

「まずは、先生の前でいい子だという部分で、うんとほめたらいいのではないか。そして、『そのいい態度が、先生のいないときにもみられるようになったら最高。』と言って、その子にめあてを与えることだ。

 そして、言った以上は、『先生がいなかったときの態度がどうだったか。』と、本人にはもちろん、学級のみんなにも聞くようにする。
 それを数回やれば、本人も意識するだろうから、生活態度がよくなるだろう。そうしたら、『先生がいないときも、友達と仲よく過ごせるようになったね。』と言ってほめる。
 そうして、それが日常化するようになったら、『ようし。もう、○○ちゃんは、先生がいてもいなくても、そういうことに関係なく、常にいい態度がとれるようになっているね。』と、ほめる観点をどんどん変えていくようにする。」

 冒頭にあげた学級の姿は、まさに、そのように、きめ細かく対応した成果と言えよう。

 ここのところの急速な盛り上がり。

 担任の心のなかで、子どもへの対応について、何か吹っ切れたような、そんな感じがあったのではないだろうか。子どもの心にも、『先生。大好き。』といったものを感じる。



 二つ目は、

 もうまもなく、子どもたちは先生がいなくても、授業を進めるようになるのではないか。その日は近くくるはずだ。たとえば、みんなで声をそろえて音読をしたり、笛の合奏をしたりするようになると思う。
 『みんなでいっしょに何かをすることが、とても楽しい。』といった機運が生まれている。そう感じるからだ。

 そうなったら、
「『みんなでいっしょに何かをすることがとても楽しい。』そういう気持ちにみんななっていることが、とてもうれしい。」
そのように、みんなをほめればいい。



 以上を話した後で、最後に、付け足しをした。

「いいか。今日の号令にしても、先生から、『先生がいなくても号令をかけていいよ。』などと言っていないだろう。それでも子どもがやるから、感動する。そこが大事だ。
 先生の方から、子どもに『先生がいなくても、音読をしなさい。』とか、『笛の練習でもしたら。』とか、そういうことを言ってはだめだよ。そうしたら、価値がなくなる。

 それから、そうなったときは、必ず、『ねえ。みんなで一緒に音読しようよ。』と、音頭をとる子がいるはずだ。その子はもちろんほめる。
 でも、それだけではダメだ。他の子だって、音頭をとる子に賛意を表したり、素直に従ったりしているわけだから、その観点で、クラスのみんなもほめるようにする。それを忘れてはいけないよ。」


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 以上、自主的、自発的な態度の育成を心がけるところがポイントです。

 自主性、自発性は、このように、担任の営みがあってこそ、育つのです。ほおっておいて、自主性、自発性が育つものではありません。

 それでは、すみません。自主的、自発的な1クリックをお願いします。・・・。って、お願いしてしまったら、自主的、自発的ではないのだね。ごめんなさい。 

rve83253 at 01:33│Comments(19)TrackBack(0)学級経営 | 初任者指導

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この記事へのコメント

1. Posted by KG   2007年10月04日 13:40
素晴らしい学級ですね。息子のクラスもこうあって欲しいと思います。
文面から察する限り、5段階評価するなら5に限りなく手が届きかけている4ってところでしょうか?

小3息子のクラスとは、まるで正反対の雰囲気でうらやましいですね。
なんとなくザラザラして、時折喧嘩も起きる良くない雰囲気を感じています。
担任の先生は、「小3だから喧嘩なんて日常茶飯事、こんなものです」と割り切っているようですが。
先生自体はベテランで、よく口うるさく注意しているようです。(褒める時は大袈裟に褒めるようですが)
おそらく、先生の騒々しさが子供たちに伝染しているのではないか?と思っています。
2. Posted by toshi   2007年10月04日 19:21
KGさん
 いやあ、すばらしいなどとおっしゃっていただいて、恐縮してしまいますが、記事にも書いた通り、紆余曲折はあるのです。
 初任者の成長はすばらしいものがあります。それは間違いない。しかし、その裏返しとして、どうしても、不安定さはあるのですね。
 学級の雰囲気。それは、変わるときは見事に変わります。よい意味でも、悪い意味でもです。小学校の場合、一週間で変わるとも言っていい。
 それともう一つ。担任が割り切ってしまえば、そこまでです。逆に、『この子達、どこまで伸びるか分からない。どこまで伸びるのだろう。』という思いでがんばれば、ほんとうに伸びるのです。
 『鉄は熱いうちに打て』ですね。

3. Posted by KG   2007年10月05日 08:58
きっと紆余曲折があって、それを乗り越えてきたからこそ今の素晴らしい状態があるんだと思います。全くの想像ですが、柔らかな雰囲気に包まれて、子供と子供同士が、子供たちの先生がお互いに信頼し合っているような、そんな状態が目に浮かびます。

私の子供が通っている幼稚園の元園長(現在は大学で保育士養成コースの教授)は、いつもこう言います。
「今、目の前にいる子たちを見ているうちに、自分の内側からわきあがる思い。こうしたい、あーしたいという気持ちからカリキュラムが生まれる。」こうも言います。
「教師が、自分は子どもに何を伝えたいのかと自問し、そこにカリキュラムが生まれる。」

不安定な初任者の先生も、教師としてのテクニック、経験を踏めばそれなりに安定感はでるでしょう。でもいつまでも、カリキュラムの原点、教師としての原点は忘れて欲しくありませんね。
4. Posted by ふくだ   2007年10月05日 20:50
5  私のクラスは、先生がこないと決して授業は始まりません。私がいないときは、問題も起こってしまいます。
 それは、私の力がないからだとよく分かりました。教員をしていること自体が間違いだと最近思っています。
 先生のような立派な方ばかりだったら、日本はよくなるのでしょうに・・・。
5. Posted by toshi   2007年10月05日 21:46
KGさん
 元園長さんの言葉はすばらしいですね。もう、おっしゃる通りと思います。
 ご承知のように、幼稚園に教科書はありません。小学校以上で言うところの『総合的な学習の時間』と同様のやりがいがあるのだと思います。創り出す喜び、しかし、大変さもあるのでしょうね。
6. Posted by toshi   2007年10月05日 21:57
ふくださん
 何と申していいか。
 わたしは、学級担任のときは子どもたちに、校長としては、教職員に、『今よりちょっと向上すればいい。ただし、そのちょっとは、永遠に続く努力でなければならない。』という思いをもって接してきました。
 今は、初任者に対し、やはりそうした思いで接しています。
 そして、わたし自身に対しても、同じです。
 一気によくしようとは思いませんでした。
 お答えになっていないですね。すみません。
7. Posted by hokekyo   2007年10月06日 20:29
大変参考になるブログです。また、訪問させていただきます。私も小学校の教諭をしています。ブログも書いています。今後ともよろしくおねがいします。
http://blog.livedoor.jp/hokekyo8/
8. Posted by toshi   2007年10月07日 17:10
hokekyoさま
 ありがとうございます。
 こちらこそ、どうぞ、よろしく。
 
9. Posted by 桃   2007年10月13日 00:01
お久しぶりです。
やっと最近慣れてきて、帰宅後もすこ〜し余力が残るようになってきました。

同じ初任者なのに、こうも違うんですね。。。

私のクラス(3年生)は、口の悪い子、ルールを守らない子が何人もいて、とてもとても自分たちで授業を始めるなんて姿は見られそうにありません(><)

みんなでいっしょに何かをすることがとても楽しいって感じてほしいですよね。
「オレだけが楽しければそれでいい」なんて公言するような子もいますし。

やれやれです。毎日奮闘しています。
10. Posted by 桃   2007年10月13日 00:13
この初任者の方がこうもすばらしく成長しているのは、やっぱりそばにToshi先生がいることが影響していると思います。

子どもは教師の色に染まるとよく言うけれど、初任者も指導してくれる先生の色に染まるなぁと自分を省みても感じます。

いつも見ている先生の指導の仕方がやっぱりうつってきますよね。
いいことも悪いことも・・・。

どうしていいのかわからないことだらけです。


意味のわからないコメントでごめんなさい!
11. Posted by きくちR   2007年10月13日 18:41
桃先生の「この初任者の方がこうもすばらしく成長しているのは、やっぱりそばにToshi先生がいることが影響していると思います。」には私も同感です。また、先生が来なくても、号令を開始し、静かに待っていることができたのも、Toshi先生がその場におられたせいではないかと思いました。

同時に、こんなクラスの雰囲気ってとてもいいなと感じました。

私は、自分のたった2人の子どもを育てるのにも四苦八苦です。下の子は上の子にちょっかいを出してすぐに喧嘩が始まって騒がしくなるし。2人でさえも、そうなのですから、30人前後に取り組む先生方のご苦労はさぞかし大変だろうといつも感じています。
12. Posted by きくちR   2007年10月13日 18:44
ただ、桃先生が、先輩のしていることを悪いと感じていることであれば、先輩がしていても、まねをしないでほしいなと思います。

いそがしい場合など、2人の我が子にさえ十分に関わることができない私が、人様に言えることではないかもしれませんが、・・・口の悪い子も何かしらSOSを出しているのかもしれません。我が家の子ども達はよく、学校の話をしてくれます。そんな中で問題発言をする子に対する先生の対処の仕方について触れることがあります。
13. Posted by きくちR   2007年10月13日 18:45
子どもの説明は不明確なときもありますが、自分が言われたわけでもないのに、納得し、時には感動すらしている場合、逆に、先生の言葉に反発している場合もあります。また、すべてをみんなの前でオープンにできなくてもそのお子さんと先生の信頼関係を感じて信頼できる先生と思う場合もあるようです。

桃先生、先輩先生方を参考になさりながら、どうぞご自分で考えて、行動なさってください。応援しています。
14. Posted by toshi   2007年10月14日 05:39
桃さん
 お久しぶりです。お元気ですね。
 そう言えば、桃さんも、昨年度、『名簿登載されました。』と、ご報告いただいたのでしたね。あれから、早いもので、もう一年たったのですね。
 つきなみで、励ましにも何にもならなくて、申し訳ないのですが、みんな、悩んだり喜んだりしながら大きくなっていきます。
 『子どもへの愛情があれば、大丈夫ですよ。』などと言いますが、その愛情の示し方もまた大切ですしね。
「オレだけが楽しければそれでいい」と公言する子であっても、他への思いやりとか、他を助けるとか、そういうことをする場面というのはあると思うのです。
 初めは仲良しの子に対してだけかもしれません。それでも、うんと認めてほめてやったらいかがでしょうか。
 また、メールで、ご相談やら、ご報告など、いただけたらと思います。
 ご健闘を祈ります。
 
15. Posted by toshi   2007年10月14日 05:51
きくちRさん
 若い先生への励ましのコメント、ありがとうございました。
 若い先生が伸びる上で、保護者の方の励ましって、大きいのですよね。
《先生が来なくても、号令を開始し、静かに待っていることができたのも、Toshi先生がその場におられたせいではないかと思いました。》
 これももちろんあったと思います。わたし自身は、わたしの存在は、子どもにとって空気のようなものと思っていますが、やはり、ちらちらわたしの方を伺い見る姿はありますからね。
 また、このクラスも、紆余曲折はあるのです。ある問題をクリヤーしたところから、また別な問題が浮上するなどといったことは、ふつうにあります。
 人間社会一般も、同じですね。国の政治にしても、『問題解決し万々歳。もう永遠に問題なし。』などということは、永遠にありえないですものね。
16. Posted by toshi   2007年10月14日 05:52
問題解決に向けて取り組むことを楽しむ心鏡になればとも思いますが、わたしにしたところで、こんな心境をもてるようになったのは、50代だったかもしれません。
17. Posted by 桃   2007年10月14日 23:30
きくちRさん
ありがとうございます(><)
すごく、励まされました。
違う立場でも理解してくれて応援してくださる方がいるとわかるというのは、こうも勇気づけられるものなのですね。
お子さんの、先生に対する思いもとても参考になりました。
うちの子どもたちも、いろいろおうちの方に話してるんだろうな!
聞きたいような、でもやっぱり怖くて聞きたくないような・・・笑

自分の「どうしていいのかわからない」って気持ちと、先輩の強い性格とが重なったときに、先輩色に傾いているところがあるんですよね。
もっといろんな先生からお話を聞いて、私もいいと思えることを探してやっていきます!
コメントいただけてよかったです!ありがとうございましたm(_ _)m
18. Posted by 桃   2007年10月14日 23:40
Toshi先生
はい、そういう場面もあります。
・・・といっても、結局は自分のためになるときにやるってパターンがほとんどなんですけどね(^^;
そういうときに褒めても(みんなの前だからというのもあるかも)「オレは〜したかった(自分の利益)からしただけやもん」って言ってます。
今度、メールでクラスの様子をお伝えしますのでアドバイスお願いします!
私に似て(!?)ぼーっとした子の多いクラスです笑
19. Posted by toshi   2007年10月15日 05:48
桃さん
 なるほど。よく分かりました。
《自分の「どうしていいのかわからない」って気持ちと、先輩の強い性格とが重なったときに、先輩色に傾いているところがあるんですよね。》
 先輩から学ぶとか、よいと感じたところは盗むとか、よく言いますが、先輩の強い性格に傾くというのは、よくないよね。そういうときは、どうぞ、コメント、メールなどをくださいね。少しでも力になればと思います。
《「オレは〜したかった(自分の利益)からしただけやもん」って言ってます。》
 そうは言っても、内心ではうれしい。照れ隠しにそう言っているだけということもあると思います。
そういう子どもには、ほめた後で、軽く、
「ああ。そうだったの。でも、わたしは、うれしかったのよ。独り言を言っただけ。」
などと流せばいいのかな。
 要は、『せっかくほめてやったのに。』などという態度にならないようにしていくことですね。

 

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