2007年10月10日

教員の採用事情4

64e758e9.JPG 前号に、『教員採用数は、退職者数と学級数とによって決まる。定数は厳密で余分な採用は許されないので、〜。』と書いた。

 今日は、このことを掘り下げて、教員採用事情とそれにかかわる諸問題にふれてみたいと思う。


 一般市民の方には、どうぞ、『なんだ。教員の採用事情か。それなら、我々には関係ない。』と思わないでいただきたい。子どもの教育環境をどうしたらいいかという意味で、これは大きくかかわると思う。


 『教員採用数は、退職者数と学級数とによって決まる。定数は厳密で余分な採用は許されない。』というのは、一応正しいように見える。
 国民の税金で給料が支払われる以上、余分な教員がいることは認められない。それだけで考えれば、疑問の生まれる余地はないよね。

 もともと、教員が各世代均等にいて、退職者もかなり一定数を保たれているのなら、それでいいだろう。採用もほぼ一定となるからだ。


 しかし、この、教員の世代構成は、むかしからまったく不均衡なのだ。

 わたしが教員として採用された昭和45年、我が地域では、小中合わせて1,000人以上の採用があった。
 『でも、しか先生』と言われたころだ。教員を目指せば、簡単になれるものだから、『先生にでもなるか。』あるいは、『先生にしかなれない。』そういう意味で、この言葉が流行語のごとくはやった。わたしにとってはいやな言葉だった。

 それが、今から10年ちょっと前かな。就職氷河期と言われる少し前からは、何と、100人くらいになってしまった。実に、10:1くらいの開きがあったのだ。

 今はまた、かなりふえているけれどね。


 こうなってしまった原因は、

 まず、先の大戦での若い男子の戦病死の多さと、戦後の復員によるベビーブームの到来。(空襲等による一般市民の死も大変なものだが、これは、各世代人口の不均衡の要因になるものではない。)
 これは、日本人全体の不均衡を招く結果となった。

 次に、これは地域ごとに事情が異なるが、高度経済成長期における、大都市への人口集中。

 この2点が上げられるのではなかろうか。


 わたしの想像によれば、第一の原因、世代間の人口不均衡だけなら、我が地域の教員採用数格差は、2:1くらいにとどまったはずだ。
 わたしの子ども時代、わたしの学年が4クラスだったのに対し、ベビーブーム真っ只中の3歳下は、9クラスあったから、それを根拠にそう想像した。(ちなみに、この3歳下の方々が、来春、定年を迎える。)

 とすると、我が地域の教員採用10:1の開きは、高度経済成長期の大都市への人口集中がおもな原因と言えよう。


 いったん大戦があると、各世代人口が平準化するには、100年かかると言われる。これは、ベビーブーム、第二次ベビーブームと言われることからも分かるよね。2:1の開きでも、こんなに大変なことなのだ。
 10:1の不均衡など、雲をつかむようだ。


 第一の問題点。

 どの世代であっても、教員を目指す方々の割合は、ほぼ一定であるはずだ。それなのに、時代の事情によって、希望がかないやすい時期もあれば、逆な時期もある。

 こういう状況にある以上、冒頭の、『定数は厳密で余分な採用は許されない。』でいいのか。


 次。

 
 これは、教員だけの問題ではないが、これから、大量に、第一次ベビーブーム、つまり団塊世代の退職を迎える。それは、当然、大量就職の時代でもある。

 これは、一つの危機のようだ。


 その一例。

 一年前、後継者を急いで育てなければならないという、非常事態を示す報道があった。

 そのテレビでは、水道局と警察の若手育成をとり上げていた。

 水道水の漏れを独特の器具の音で判断するという、特殊な技術を伝える現場、また、交通事故の検証を行っている現場のそばで、新人教育をしている様子を報道していた。
 特殊な技術の継承が困難になっているのだ。

 そのとき、その画面に現れた指導者を見て、『ああ。これは、まさに、学校におけるわたしの仕事と同じだ。』そう思ったものだった。


 しかし、同時に、『学校だけの特殊事情もあるな。』と思った。
 
 よく言われることだが、

 どの教員も、子どもの前では、最初から一本立ちしていなければならない。

 子どもから見れば、どの先生も最初からたよりになる先生でなければならない。

 教室へ入れば、一人だものね。誰も助けてはくれない。

 いや。まさに、その、『助ける』が、わたしの仕事なのだね。それだけ、我々指導教員の責務は重大だ。

 その他、校務もろもろがあるが、これは、他の仕事の『継承』と同じ範疇と言えよう。


 そこから、生まれる第二の問題点。

 学校というところは、他の仕事以上に、各世代均等である必要性が高い。

 身体はよく動くし、はつらつとしている(子どもにとっては魅力的だろう。)が、まだ、指導法には未熟な段階。いろいろ教わらなければならない段階。

 他方、活気、はつらつさはないかもしれないが、落ち着いて、学校を動かす戦力となり、指導法も一応は身につけたと思われる段階。子どもだけでなく、若手教員にも、いろいろ指導しなければいけないね。

 それらが程よく混在することによって、学校経営は安定する。

 現在のように、教育現場への要望が多い時代に、たかが世代のことではあるが、アンバランスでいい訳はない。

 さあ、そういう時代まで、『定数は厳密で余分な採用は許されない。』でいいのか。


 
 わたしは思う。

 他業種は、なかなか、10年後、20年後の予測はつかないだろう。そのとき景気がどうなっているか分からない。どのくらいの社員がいたら適正か、そんなことはなかなか分からない。

 しかし、どうだろう。わたしは分からないながら言うのだが、そうであっても、未来を予測し、そのときの適正規模を考え、今から、採用人数を決定するという部分はないのか。(ないかなあ。)

 それに対し、我が、学校現場は、ことは人口だもの。かなり予測可能ではないか。もうすでに生まれている未就学児の人口。それは確定している。
(もっとも、現行ではあまりにも厳密に学級数にそうように規定しているものだから、予測は学区ごととなる。転居がある以上、これも、未確定扱いなのだよね。)
 それに、若い人の結婚動向など、地域ごとにだって、かなり予測可能ではないか。

 そうであれば、次年度の学級数にばかりとらわれないで、10年、20年後の予測を加味した学級数で、今の採用数を決定するということがあってもいいのではないか。
 その場合、一時的には余剰教員が出るかもしれないが、長期的に見ればそのようなこともなく、各学校の世代構成は適正に向かうであろう。

 そんなにむずかしいこととは思われない。


 いまだ、政府、マスコミ、世論とも、こうした論調は聞いたことがない。でも、ぜひ考えていただきたい。

 国家、百年の計である。

 
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 たかが、世代間のアンバランスに過ぎないとお考えかもしれませんが、わたしは、けっこう重大な問題ととらえています。

 もっとも、この問題、地域により採用事情はかなり違うのですね。全国的には、大量退職時代の到来と言われていますが、地域によっては、それは、10年後などというところもあるようです。

 でも、いずれにしても、アンバランスであることは確か。

 それでは、今日も、皆様の1クリックを、ぜひ、よろしくお願いします。


rve83253 at 11:14│Comments(4)TrackBack(0)教育制度・政策 | 学校経営

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この記事へのコメント

1. Posted by うるとらまる   2007年10月10日 22:21
こんばんは。

教員の年齢構成は、うちの地域でもかなり
バランスが悪いと思っていました。

私とタメになる年齢の先生ってほとんどいないのです。第2次ベビーブーム世代であるのにです。
教員採用試験の倍率もかなり高かったですし。

やはりあと10年先を見ると怖いですね。
きっと今、学年主任をされている先生方の年齢よりかなり早く主任になる時が来るでしょうし。
来たとしても学年を組むのは、私より1世代年下ばかり…ということもないとは言えません。

今のうちに、先輩の先生方の技術をしっかりと伝授していただなかいと、これから先の学校レベルは下がってしまわないかと危惧しています。

特に図工なんて経験がモノを言う教科だと思いますが、なかなか教えてもらう時間がないのが現状です。

ま、自分で時間を見つけて、精一杯先輩の先生方のワザを盗ませて頂こうと思います。

では。



2. Posted by KG   2007年10月11日 09:39
民間企業でも「筋肉質な経営」を目指して大リストラ(=首キリや派遣社員の増加)に取り組んだ企業は、現在かなり息切れをしています。
学校職員の厳格な定数遵守は、余分な贅肉を一切ゆるさず、常に教師に全力疾走を強いる非常に危険な方針だと思いますね。

教師もまた、授業や子供たちとの触れ合いの中で成長すると思います。しかし心の余裕、時間的な余裕がないと成長はなかなか難しいかと思います。そういう視点で、教師の数の問題に行政は取り組んでいって欲しいと思います。
3. Posted by toshi   2007年10月12日 05:57
うるとらまるさん
 どうも、コメントがうまく入らず、お返事が遅れて申し訳ありませんでした。
 我が地域では、30代の先生が極端に少ないです。おっしゃるように、10年後、20年後、人事の面では大変な時代がやってくるでしょう。管理職の民間からの登用も、こうした面から余儀なくされるのではないかと思うくらいです。
 でも、学年主任まで民間からというわけにはいきませんものね。
4. Posted by toshi   2007年10月12日 06:02
KGさん
 そうか。わたしの記事とは逆に、不自然なくらいのリストラが、行われているのですね。
 我々の場合、規則でがんじがらめになっていると同時に、規則で救われるという部分もあるのだなと感じました。
 しかし、やはり、《常に教師に全力疾走を強いる非常に危険な方針だと思いますね。》という部分においては、うるとらまるさんがおっしゃるように、
全力疾走以上のものが求められそうです。

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