2007年11月05日

PTAと学校(7) PTAは任意加入か!?4

15e23f6a.JPG 川端氏とお会いするまで、わたしは、PTAの任意加入など、考えたこともなかった。問題意識すらなかったと言えよう。

 
 今、ここで、川端氏がこのことで主張されているブログにリンクさせていただきます。

  みんなのPTAを探して 第2回 任意加入が前提ってホント?


 強制(自動)加入についてのお話をうかがうと、・・・、

「我が子が入学したからといって、保護者は申し込み手続きもせず、自動的にPTA会員になるというのは、民主的ではないですよね。」
とのことだった。
 そう言われれば、わたしの日ごろの考え方からして、『当然、任意加入だよな。』とならざるを得ない。

 そして、なぜこれまで、こんな大事なことを考えもしなかったのだろうと、忸怩たる思いになった。


 しかし、申し上げたい。

 もしわたしの勤務した学校で、『任意加入』の問題が浮上していたなら、当然そのときは真剣に考えただろう。そして、わたしは、自分の考えを押し付けようとはしなかったに違いない。


 さて、ここまで述べて、しばらくは、『任意加入』の問題と離れてしまうのだが、・・・、すみません。

○ ある学校に着任したとき、『PTAは機構改革しました。今年度からは、学年学級委員会と校外委員会しかありません。あとは、やりたい人がいたらやるということです。』との話をうかがった。

 わたしは、、『ああ。やりたい人がやるというのなら、この学校のPTAでは、広報紙は発行されなくなるのだな。』と覚悟した。やるもやらないも自由としたのだから、それなら、やりたい人などいないだろうと、勝手にそう思い込んだ。

○ また、その記事には書いていないが、その学校に着任したとき、前校長からの引継ぎで、
「この学校のPTAは、かわっているのですよ。『学校教育に対してPTAとしては、一切協力することはできません。』と宣言されてしまっているのです。だから、ふつうはあるPTAの学校援助費はまったくありませんし、行事などの折も、PTAの支援を期待することはできませんから、よろしくお願いします。」

 そりゃあ、驚いたのなんの。そんなPTAは初めてだ。しかし、そう言われてしまえば、覚悟するしかない。

 そのつもりで学校経営をスタートさせた。

 そう。そして、いったん決断してしまえば、それなりに、特にこまることもなく、学校教育は円滑にすすんだ。


 でも、半年もたたないうちに、新PTA役員さんから、
「校長先生。わたしたちにもやれることはやらせてくださいよ。」
と、言われるようになった。
「えっ。いいのですか。前校長から、〜のように言われていたものですから、PTAの皆さんにお願いするわけにはいかないと思っていたのです。」
「それは、昨年度の話ですよ。今年は、もう、皆さん、何とか、学校のために、そして、子どもたちのために、やれることはやらせていただきたいと、みんな、張り切っているのでから。」
「・・・・。それは、それは、どうもありがとうございます。それでは、教頭先生と相談の上、お返事しましょう。ほんとうにありがとうございます。」
 

 そう。『活動なし』が当たり前と思っていたから、もう、感謝の言葉は自然に出た。


 今回、川端氏と、久しぶりに同校を訪ねた。

 とても、印象的なことがあった。

 これはわたしの時代に、PTAの方から申し出があったのだった。
校長先生。フェンスの下が殺風景ですよね。それで、『あそこに草花を植えたいわね。』っていうことになりましてね。・・・。やらせていただけますか。」
「ええっ。それは、それは。・・・。ありがとうございます。・・・。でも、無理なさらないでくださいね。やれる範囲でけっこうですから。」
 しかし、土がよくないせいか、多くは、根付かないで枯れてしまった。そんななか、土を入れたり、育ちやすいものを選んだりして試行錯誤しながら、やり続けた。

 今回、学校のフェンスの下を見ると、ささやかではあるが、草花が見事に咲き連なっていた。ああ。あの取組は、ますます持続、発展しているのだなと思い、とてもうれしく思った。

 そう。我がPTAは衰退するどころか、水を得た魚のように、いきいきと発展しだしたのである。


○PTA活動って、基本的には、楽しいから、やりたいから、やるものだろう。強制されて、いやいややるものではない。
 別にいやいややっているわけではないが、給料をもらっているわたしたち教職員の仕事とは、基本的に異なるのだ。

○先に、わたしは、『PTA風土って持続するのだね。』と書いた。しかし、そのときどきの、学校教育(校長)への信頼度、あるいは、一人ひとりのPTA役員の個性などによって、劇的に変わることもありうる。それは、あっていいし、それ以前に、あるのが当たり前だろう。

○多くのPTAでは、引継ぎのとき、『うちのPTAは、毎年、これこれを行うことになっています。だから、よろしくお願いしますね。』そういう話が出るだろう。それはかまわないが、でも、メンバーが替われば、新メンバーお互いの納得の上で行われるべきであって、納得できないなら、やめるのもよし、逆にさらにやりたければやってもよし。
 
 そのような、自由な雰囲気が大切になってくる。



 さて、話を、任意加入の話に戻そう。


 第一点目。

 どうだろう。るる述べてきた上記記事と、『ひらかれたPTA』の話は、実質的に、任意加入同然と言えないか。

 やりたい人が、やりたいことをやるのだから、無理やりということはない。
 やりたい人が集まらない活動は、当然やらないことになる。あくまでやれる範囲でやりましょうということだ。

 公然と語り合ったことはないが、その延長線上には、『やりたい人が皆無なら、PTA活動はなくなります。』も視野のうちにあると思う。

 でも、まあ、それはそれとして、一般論に移ろう。

 第二点目。

 お子さんの入学時、『わたしは、PTAには加入しません。』と宣言されてしまったとしよう。それは、もう、学校としては認めざるを得ないのではないか。説得することはあっていいだろうが、事実上、加入してもらう手段は、学校にはない。
 これは、上記、『学校教育に対してPTAとしては、一切協力することはできません。』と宣言されてしまったのと、軌を一にしていると言っていいだろう。

 学校としては、それを受け止めた上で、『PTAって、楽しそうだな。』『加入するといいことがありそうだな。』と思ってもらえるよう、学校としてできることをがんばる以外にはないだろう。

 こういうことを書くと、『PTA未加入の方がいると、学校としてはこまりますか。』という質問をいただきそうだ。

 これだけでは何とも言えない。PTAがあったって、PTA内部で、派閥というか対立関係があれば、これは、学校としてはかなりこまる。公平に対応しているつもりでも、相手方は、公平とは見てくれない。『やれ。学校は、A派に味方するのか。』とか、『B派に肩入ればかりする。』とか言われ、非常に苦労する。

 PTA未加入の方がいようと、皆さんが和気藹々としているなかなら、別段、学校がこまることはないのではないか。

 第三点目。

 第一点とかかわるが、『任意加入としたら、多くのPTAはなくなってしまうのではないか。』については、

 わたしは、基本的には、この心配は要らないのだと思う。現に、わたしが赴任していた学校では、任意加入ではなかったものの、いわば、任意な活動ではあったわけで、
 そうなると、かえって、PTA活動は活発になった。

 第四点目。 

『PTAの配布物などは、未加入の子どもには配らないのか。そうしたら、子どもがいじめられることにもならないか。』

 これはもう、未加入であろうと、配布物は配る。そういう了解が、双方から得られれば、格別の問題ということもないだろう。
 そうか。得られないかもしれないね。その場合は、・・・、まあ、方法はいろいろあるだろう。

 第五点目。

 ただ、お子さんの入学時、学校、または、PTAは、『加入は任意ですよ。』と言った方がいいと思う。『任意ですが、皆様が積極的に入ろうというお気持ちになるように、努力しております。』そういうことではないか。



 いろいろ述べてきたが、最後に、・・・、

 川端さん。ごめんなさい。
 
 わたしは、川端氏がおっしゃる『強制加入』という言葉は使いたくない。これまで、自分の勤務校において強制した覚えはないし、また、それを問う声もなかった。だから、わたしの認識で言わせてもらえれば、それは、『自動加入』というのがふさわしいのではないか。

 でも、全国的に見れば、強制加入もあるのかなあ。


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 読者の皆様には、違和感をもたれること覚悟で申しますが、わたしは長い間、わたしたちの組合など、『利害を共有するものは団結する。団結してこそ、その力をフルに発揮できる。』と考えていました。そして、PTAも、そういう組織と同列に見ていたのです。

 この考えは、日本が発展途上のときには、ある一定の説得力を持っていたと思います。人間、豊かになりたいですからね。

 しかし、物質的に、『もうほしいものは特にない。』などと言われる時代になると、個性の尊重が叫ばれるようになりました。もう、団結する必要性は弱くなったのです。

 これからのPTAは、任意加入が前提になっていく予感がします。そして、『それこそが、楽しく、やりがいのあるPTAへの近道なのだ。』という意識になっていくのではないでしょうか。

 それでは、今日も、強制クリックではありません。任意のクリックではありますが、それだけ、情熱のあふれたクリックを、よろしくお願いします。

   (8)へ続く。 

rve83253 at 15:04│Comments(9)TrackBack(0)PTA | 学校経営

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この記事へのコメント

1. Posted by カワバタヒロト   2007年11月05日 20:58
toshiさま、いつも、心強いエントリをありがとうございます。
今回はぼくにとってきわめて「コア」な問題について、書いて下さって、感謝です。

『利害を共有するものは団結する。団結してこそ、その力をフルに発揮できる。』

これは、その通りなんです。かつて、PTAはそのようなものとして機能していた時代があると思います。特に戦後の20年は。

けれど、いつのまにか、「いやいや、でも、みんながやるから、仕方なしに」行うものになってしまいました。
すべてのPTAがそうとはいえないでしょうが、少なくとも日Pの全国研究大会で、「イヤイヤやるPTAから卒業しよう」ということが分科会テーマになるほど、普遍的な問題ではあるようです。


2. Posted by toshi   2007年11月05日 22:16
カワバタヒロトさん
 いつも、お世話になります。
 カワバタさんのお話をうかがって、わたしは、目からウロコでした。自分の認識がいかに甘かったか、思い知らされました。
 でも、『ああ。そうか。わたしの勤務校では、基本的に、任意の加入ではなかったが、任意の活動ではあったわけだ。』そう思うに至りました。
 そして、「イヤイヤやるPTAから卒業」するには、やはり、任意加入か、任意活動か、それしかないのではないかと、思っています。
 強制がないからですね。一応強制がありうると思われる学年委員にしても、現状は、ジャンケンで勝ち抜いて委員になるという状況もあるわけです。
 何とか、学校をお手伝いするPTAから、楽しく豊かに活動できるPTAに脱皮する必要がありますね。
 なお、考えていきたいと思います。
 
3. Posted by カワバタヒロト   2007年11月06日 21:06
長文を書いたら、字数制限にひっかかりました。昨晩、アップできなかった続きです。

ぼく自身、強制という言葉は、あまりに強くて、ちょっと使いたくないなという気持もあるのですが、PTA活動で心身を消耗させ、通院まで余儀なくされるような実例を身近に見てきた経験上、「事実上の強制」とは言い続けなければと思っています。


そして、toshi さんの、かつての赴任校は、「希望」なんです。
こういうのがありえるのか!
目の前の霧がさーっと晴れて、これだよ、これっ!と心底思えました。

これから、我が国の社会は、「成熟社会」になる言われています。
ぼくの理解では、成熟した市民社会とは、個々の市民が自立した上で共同体に貢献する意識を持つような社会です。
4. Posted by カワバタヒロト   2007年11月06日 21:07
PTAはその入門編、になりえます。
toshiさんの赴任校のPTAはまさにそういうふうに見えるし、ぼくもそのようなPTA文化を創るべくがんばりたいです。

その反面、今のままでは、同調圧力だけでぎゅっとまとまっているような(つまり、構成員か自立していない)組織モデル、社会モデルを、多くの会員に「当たり前のもの」として焼き付けてしまいそうで、それが怖いです。

その間で、悶々としつつ、必然的に任意加入の問題にはこだわり続けています。
5. Posted by toshi   2007年11月08日 07:12
カワバタヒロトさん
 《PTA活動で心身を消耗させ、通院まで余儀なくされるような実例》とは驚きました。こんなことがあるのですね。それだったら、まさに、『強制』なのでしょう。
 驚きましたが、川端さんがお示しになる事例には、こういう例は、けっこう書かれていますね。負の人間関係の犠牲と言いますか、ことは深刻なのだと思います。そして、こういうところこそ、『任意』であってほしいのに、逆に、強制力が強く働いているのだと思います。
 学校サイドで考えてみれば、授業における指導法のあり方からつながっている話だなという気持ちがします。
6. Posted by toshi   2007年11月08日 07:18
《同調圧力だけでぎゅっとまとまっているような(つまり、構成員か自立していない)組織モデル、社会モデルを、多くの会員に「当たり前のもの」として焼き付けてしまいそうで、それが怖いです。》
 わたし自身が、『自動』加入を当たり前のこととしてきた感じがします。
 もちろん、記事にも関連しますが、わたしは人にそういうことを言ったことはないのですがね。そういう意識でいたということです。
 発展途上の社会と、成熟社会とでは、市民意識は変わるのが当然だと思いますが、今はその過渡期なのでしょうか。
 過渡期が長すぎる気もしますが、それだけ、川端氏が雑誌で連載されているように、わたしはブログで訴えていきますが、ともに、訴え続けていきましょう。そういう決意をもたせていただきました。
7. Posted by カワバタヒロト   2007年11月08日 21:53
はい!
がんばまりす。
がんばりましょう!
8. Posted by cryptwell   2008年01月23日 22:29
5 来年度よりPTA本部のお手伝いをすることになりました。こちらのblogは検索していて見つけました。

「やりたい」と思って参加できるPTAの活動ができ、それが、学校、生徒、地域に何らか還元できればいいと思います。任意参加はどちらかといえばその結果として発生するものかな、と。最初から任意参加を打ち出すのはもしかすると順番が逆かもしれません。

2008年度、活動しながら考えたいと思います。
9. Posted by toshi   2008年01月24日 22:34
cryptwellさん
 来年度から役員さんにということですね。ご苦労様です。PTAの構成員、つまりほとんどは保護者ということですが、ほんとうに多様な判断、考え方がありますね。それをたばねることは、大変なことも多かろうと思います。
 このシリーズ連載の後も、PTAについてのメールをいくつかいただいており、近くまた記事にさせていただく予定です。
 誰もが楽しく活動できるPTAを創出し、それによって、結果的に全員加入となるのが望ましいのでしょう。今は、そう思います。
 でも、ほんとうに多様なご意見をいただくので、考えさせられることが多いです。
 今後とも、どうぞ、よろしくお願いします。

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