2007年11月10日

PISA調査がねらうもの(2)4

7750d61d.JPG シュライシャー氏講演録の続きである。前回をお読みでない方は、そちらからどうぞ。

     PISA調査がねらうもの(1)

 それでは、さっそく講演録に入りたい。PISA調査が、どういう状態を目ざしているのか、だんだん明確になっていくことと思う。
 なお、本日記載分は、同講演録の『2.5 PISA調査の特徴』からである。

 前回同様、◎はシュライシャー氏の講演内容。※は、わたしの考察である。



◎本調査が生徒に期待するのは、持っているところの知識を、実生活において活用できること。
 物事を分析したり比較したりする力、創造的に考える能力、その情報を活用したり、知識を実際の場面で活用する力。そういうものを測っていきたい。

 これら実生活で役立つ能力は、教科等に分類できるものではない。

 PISAが測ろうとしているのは知識の再現ではない。科学的・数学的に考え、証拠に基づいた結論を導き出し、一般に信じられていることと、証拠に基づいた結論とを明確に区別できる能力である。
 事実のとらえそのものよりも、一定の事実から推論するもの、つまり、数学的、論理的な思考力を重視している。

※ まさに、日ごろわたしが主張している学力ではないか。
 先の記事、学力検査の品質を高めるために(2)に記載した事例で言わせてもらえれば、
『式を立てることと、答えを出すことができれば、それでよし。』とする立場ではない。
 これは、日ごろ、こだま氏が主張されていることとも同一であろう。

 ただ単なる知識・技能の習得。それは何の意味もない。それよりも、それらを使いこなす思考・判断力の方が大切。それこそが、将来の実生活に役立つ。そう言っているのである。

 また、わたしは、シュライシャー氏が言うところの、『一般に信じられていることと、証拠に基づいた結論とを明確に区別できる能力』というところに心うたれた。

 かつて、わたしに、PSJ渋谷研究所Xさんが、コメントをくださったことがある。(コメント10番です。)

 その際、同時に、TBしてくださった記事『よいものを見たのでおすそわけ』のなかの、
『〜。こうやって考える力を磨くこと、異なるレベルの理解をぶつけあって次のステップ(どの考え方が理に適っているか=合理的かを判断する)へ進む体験を重ねた子どもたちは、自分には理解できないあやふやな「ロジックもどきの言説」に盲目的に頼ろうとすることはしないに違いない。〜。』
を思い出したのである。

 わたしの言いたいことは、立派な大学を卒業した方が、簡単に変な宗教に入ってしまったり、うらないなど、科学性、合理性のないものを簡単に信じてしまったりする状況を、こうした学力を身につけさせることによって打破したいということである。

 また、わたしは、前回の記事で述べたように、わたし自身がPISA調査について、『ただ単に国別ランキングから、学力低下論を裏付ける資料』としてしまった点についての反省もしている。



◎生徒の到達度を見るための絶対的な評価基準を持つことに努めた。

 レベル5は、十分な知識を身につけているとともに、それを利用し、自身の仮説を発展させることができ、自身で新たな知識を生み出せるレベル。

 2000年における読解の平均は10%。

 日本も10%。イギリスは16%。アメリカは12%。
 アメリカは、全体としては教育がうまく機能していないのであるが、その割りに習熟度のトップレベルは多い。

 逆に、レベル1を見る。これは、技術的に読むことはできるが、知識を広げるツールとしての読解、数学的、科学的リテラシーを使えない生徒たちだ。
 さらに、レベル0という分類もしている。これは読むこともできず、学校がやることにまったくついていけないレベルである。

 日本は、こうしたレベル1・0の生徒の割合は、もっとも少ない国のなかの一つ。
 日本のシステムは、こういう状況の子どもを引き上げようとする意味でうまくいっている。これは教育の非常に重要な機能を持っていると言える。


 習熟度の分散から言えること。

『得点の平均を高くしたいのであれば、格差が大きくなることを受け入れなければならない。格差を最小にしたいのであれば、質は低下する。』これは間違いだ。

 フィンランドは、レベル5が19%。レベル1・0が7%。韓国・日本とも、習熟度は高い。そして、これらの国は、格差も最小に押さえることに成功している。
 日本とドイツを比べると、レベル5ではそんなに違いは見られないのに、レベル1・0は、ものすごく異なる。ドイツは多い。国をランクづけることは簡単だが、ほんとうに重要なのはこの分布ではないか。

 これらを詳細に見たい方は、本講演録P9左側の読解力の習熟度レベル別生徒の割合のグラフをどうぞご覧ください。

※ どうだろう。ここで述べている日本の実態については、多くの日本人の思いと異なっているのではないか。
 ただ、これは、何度も言うようだが、2000年の時点であり、その後日本の二極化はどんどん進んだという見方もあるかもしれない。

 そこで、2003年調査の文部科学省の結果報告を見る。

 驚いた。まさに、この3年間の変化は大変なものがある。
 読解(表8)において、レベル5ではあまり変化はないが、レベル0・1では、実に、10%だったのが、19%と、約倍増している。まさに、二極化は、急激に進んだという印象だ。
 日本は、読解で見る限り、アメリカ並み、世界平均並になったと言えよう。

 日本では、子どもの学力の二極化構造という声が近年特に大きくなっている。読解に関する限りは、それは裏付けられるようだ。



◎ 読解の習熟度で見ると、フィンランドは1位。スウェーデンは10位。
 しかし、ともに、学校内の分散は大きく、学校間の格差は小さい。ドイツは、逆に、学校内の分散が小さく、学校間の格差は大きい。

※ フィンランド、スウェーデンは、一つの学校のなかにいろいろな能力の子がいる。そして、学校同士は大体均質だと言っている。それに対し、ドイツは反対。一つの学校には大体同じ能力の子どもがそろっている。そして、学校間格差は大きいということだ。
 日本はどうか。この講演録のP10左側の表を見ると分かるのだが、中庸を行くといったところか。
 しかし、この結論は、学校同士は同質になるようにし、各学校のなかにいろいろな能力の子どもがいるといった体制のほうが、いい結果を生むということが言えそうだ。
 現行の日本の入試体制は、やはり問題である。



◎親の職業、裕福さ、社会経済的背景を調べた。
 フィンランドと日本は、社会的背景が、学力にかかわる影響は少ない。うまくいっている。しかし、イギリス、フランス、アメリカ、ドイツといくほど、社会的経済的背景が学力に与える影響は大きい。
 社会的背景とは、父親の職業、親の収入、家族の裕福さ、社会的コミュニケーション、文化的背景など。
 学力の高い子どもは、社会的背景の影響をほとんど受けない。しかし、低い子どもにとっては、社会的背景から受ける影響は実に大きなものがある。
 調査したすべての学力(読解、数学、科学)を合わせると、日本は1位。

 教育機会の質を調べる。多くの勝者と敗者がいて、社会的な差が大きいのか否かということだ。
 日本は学力も高く、社会的公平性も高い、数少ない国の一つである。
 フィンランドは、学力的には、日本とほぼ拮抗するが、社会的公平性は、世界のなかでは高いものの、日本よりは低い。

※ 日本は公平な社会。社会的な背景の格差が少ない国。そして、学力も高い。いいこと尽くめだ。
 しかし、それは、2000年時点での話。
 日本で、勝ち組・負け組とか、二極分化とか、格差社会とか言われだしたのはいつごろからだったのだろう。ちなみに、検索にかけてみたら、この格差社会という言葉は、2006年流行語大賞なのだね。
 ということは、このテストの実施された、2000年、2003年段階では、まだ、格差はさほど言われていなかったころだろう。

 今年末、2006年の結果が公表されるとのこと。注視したい。日本も格差の大きい国に仲間入りしてしまうのだろうか。

 しかし、上記リンクでも分かるように、文部科学省の発表では、ここまで踏み込んではいない。
 


◎お金と教育の結果との関連は、日本は、投資金額から予想される以上に、ずっとよい結果を出している。

※ これも現段階では、保留といったところかな。2006年実施分の結果発表を待ちたいところ。



◎ 学校の自由度を高めること(各校の学習結果の管理、独自の学習環境の設定、教師を雇うための資源配分、教師の解雇など)と結果との関係は、どうか。

※この件について、シュライシャー氏は、『日本は特殊な環境にあり、自由度が高いとも低いとも言える。』とし、日本については、特に論述をしていない。
 その日本の特殊性についてだが、
『何を教えるか、どのように教えるか。』は、とても自由。
しかし、『資金配分、人事、経営』などについてはあまり自由ではない。
とのこと。



◎よく、『学校の自由度を上げると、よくなる学校と悪くなる学校とができてしまい、格差が増大する。』と言われる。しかし、事実はその反対。

 フィンランドは、日本以上に自由度が与えられているが、にもかかわらず、皆がよく学習し、学校間の差も少ない。もっと広げてみても、自主性の高い国の方が学校間のばらつきは少なく、学校の自主性の少ない国の方が、学校間のばらつきが大きい。そういう結果がでている。

 この点に関し、日本はフィンランドと似ているのだが、興味深いコントラストも見い出すことができる。
 日本では、生徒にやる気を起こさせるインセンティブは、試験に合格するということ。
 フィンランドにはこうしたものはない。
 フィンランドにおいて、生徒にやる気を起こさせるということは、教師にとって、より大変な仕事となっているはずだが、それでも、成功している

 また、フランスなどでは、資金をどのように公平に分配しようとしても、学校間のばらつきは大きくなってしまう。そういう国もあることを示している。

※ こういう点が、PISA調査の一番主張したい点なのであろう。
 日本において、教育改革が推し進められるようになったのはいつごろからだっただろうか。
 日本は学校の自由度を高めようとしているのだろうか。逆に、統制しようとしているのだろうか。これは自明のように思える。国は、国による統制を考えていると思う。



◎ ドイツ、ハンガリー、チェコ、オーストリアのように、早期から、進学組、それ以外といったように分けてしまうシステムをとる国と、フィンランドのように、そういうことはしないで、教師が、個々の生徒に対し、より多くの注意を払うシステムをとる国とを比較してみよう。
 日本はこの検討をする際、その対象にしなかった。それは、一応、日本は、フィンランドタイプと分類したが、近年、学校内で、習熟度別をとり入れるようになったと聞いているからである。

 考察の結果は、驚くことに、システムとして生徒を分類しないで、生徒の能力のばらつきに対応できる教師のいる国の方が、うまくいっているということである。

 なぜこうなるか、その理由も明確になった。
 それは、生徒の能力によって分類しているはずが、実質は、生徒の社会背景によって分類されることになってしまうからである。能力に応じた指導をしているはずだが、能力を固定してしまう結果となっているということである。

※これは、シュライシャー氏自身が、唯一驚いた点らしい。習熟度別学習は、学力差を増大させてしまうということだ。

 KGさんが、拙ブログ、『全国学力検査の結果公表で』にお寄せくださったコメント11番で、『これはtoshi先生が目指していた(いる)姿が正しいものだったと証明する結果ではないでしょうか?』とおっしゃってくださった内容でもある。
 これは、上記、学校間格差があまりなく、各学校にいろいろな能力の子どもがいる方がうまくいっているということにも呼応する。

 わたしはかつて、小学校における習熟度別授業について、批判的な記事を書いたことがある。

    『小学校における習熟度別は?』

 このリンク記事は、本記事の趣旨とは若干ずれる点があるかもしれない。
 というのは、シュライシャー氏は、中学校においても、習熟度別授業は問題だと言いたいのだと思う。

 日本も、真の学力を上げようとした場合、早急に元へ戻した方がいいと思われる。


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 より、真の学力を見ようとする、PISA調査。その調査で、読解について、学力の二極化が進んだといわれる状況は、何なのでしょう。
 世間でよく言われる学力低下論と軌を一にするものなのでしょうか。わたしはそうは思いません。

 世間でよく言われる学力低下論は、単なる知識・技能の習得について、言われているように思います。あまり、『日本の子どもの思考力、問題追求力が落ちた。』などとは、聞いたことがありませんものね。

 ところが、今回の全国学力検査結果では、その、知識・技能は、あまり問題なし。活用の方は、問題ありということでした。

 そうか。分かってきたぞ。

 日本の学校教育の課題が見えてきたようです。

 それでは、今日も、上記バナーのクリックを、どうぞ、よろしくお願いします。

    (3)へ続く。 


rve83253 at 15:17│Comments(4)TrackBack(1)教育観 | PISA

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1. 日本の学校の最新情報!  [ 学校へ行きたい! ]   2007年11月26日 16:27
学校へ行きたい!より学校の最新情報をご紹介! 僕の彼女は会話が上手英会話が通用しない日本の学校の英語教育. 現在、公立の小学校で総合の時間に英語を教えてる学校はどれ位なんでしょうか? 私の子供はほとんど習っていま??

この記事へのコメント

1. Posted by KG   2007年11月12日 08:54
先日紹介した資料、記事にして頂いてありがとうございます。
私自身、この講演録を読んだ際は目から鱗が落ちる思いでした。そして日本国内の学力低下論や教育改革にまつわる色んな人の論を読み、いかにデータに基づかない思い込みによる議論が多いかを思い知らされました。
習熟度別に関しては、教育学者の佐藤学先生も「習熟度別指導の何が問題か」(岩波ブックレット)の中で、シュライシャー氏の講演内容やtoshi先生が感じている問題点を教育学的に検証しています。
2. Posted by toshi   2007年11月12日 09:39
KGさん
《日本国内の学力低下論や教育改革にまつわる色んな人の論を読み、いかにデータに基づかない思い込みによる議論が多いかを思い知らされました。》
 ほんとうにおっしゃる通りですね。そして、少なくともPISA調査に関しては、わたし自身もその中の一人だったという気持ちがしています。ほんとうに申し訳ないことでした。
 今回ご紹介いただいた諸資料に基づくことによって、一口に学力低下というよりも、『知識と活用』というような学力の構造、また、学力を構成する子どもの学ぼうとする意欲の変質にかかわる考察を加えないと、いかんともしがたいように思います。
 なお、考えてみます。よろしくお願いします。
 
3. Posted by BUNTEN   2007年11月12日 20:08
フェンダーミラーの向きを調整するときどうしますか?

私はある時"見たい方向に目を置いて、運転中に自分の目があるあたりがうまく見えるように調整する"という技を編み出しました。こうするとほぼ一発でミラーの向きが合います。

が、これ、意外とやっている人がいない。たいていの人は運転席とミラーの所を何度も行ったり来たりしてああでもないこうでもないとやっている。
光の逆進性(でしたっけ?)といったことは義務教育の理科で習った記憶があるのに、同年代の人がこれに気づいていない。

この程度のことは応用力と言うもおこがましい気がするわけですが、この例の場合
1.光の逆進性を憶えていない/習っていない
2.光の逆進性の知識はあるが応用力がない
どっちのせいで意外にたくさんの人が運転席と往復する方法を使っているのでしょうか。
4. Posted by toshi   2007年11月12日 23:26
BUNTENさん
 ああ。それ、わたしもむかしはよくやっていましたよ。楽しく、また、なつかしくなってしまいました。
 あと、見知らぬ土地で、道に迷い、ぐるぐる回っていると、方角が分からなくなってしまうことがありますね。でも、時刻がわかり、太陽の位置が分かれば、大体の方角は分かるとか、小学校、中学校で学習したことは、けっこう生活のなかで生きるのですね。
 よたよたあひるさんが、PISA調査のテスト問題を紹介してくださいましたが、見ると、そういう楽しさが確かにありました。

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