2007年11月14日

PISA調査がねらうもの(3)4

518d06a7.JPG シュライシャー氏の講演録も3回目を迎えた。今日は、その最終回である。末尾には、質疑応答がのる。それが、なかなかおもしろい。どうぞ、ご覧のほどを。

 そして、次回は、このシリーズ3回分をまとめて、わたしの考察を加えるつもりだ。こちらもご期待いただければ、ありがたい。


 なお、これまでの講演録とその考察にリンクしておこう。

    PISA調査がねらうもの(1)
    PISA調査がねらうもの(2)




 それでは、講演録の続きをどうぞ。



◎今後、PISAの2006年調査では、出題範囲を、情報コミュニケーションまで広げたいと思っている。

※ 何度も言うようだが、この講演は、2003年1月に行われたもの。
 2006年に、情報コミュニケーションなる調査は行われたのだろうか。つい最近まで、PISAに関して無知だったわたしは、そんなことも分かっていない。
 もし、行われたのだとしたら、どのような問題だったのだろう。大変興味がある。



◎ さらにその先のことも考えている。

 現在は、どの国にも同一の問題を出しているが、これは、ある国の生徒にとっては、分からなくてイライラの連続になってしまっている。それに対し、別な国では、すらすら解けてしまって、自分の能力は高いと思うかもしれない。

 そこで、もっと各国の実態に応じた問題とするために、

 正解が多ければよりむずかしい問題に、逆なら、やさしい問題にと移行するようなやり方をとり入れていきたい。

 問題解決能力についての出題は、生徒の能力に応じて、展開するようにしたい。試みにやってみたところ、おもしろい結果がでた。

 生徒には、スペースシャトルのエンジニアになってもらう。生徒はある惑星から別の惑星に行かなければならない。その間、いろいろなハプニングが起きる。これに対応する能力を見る。

 従来のテストなら、つまり、読解、数学、科学といったテストなら、強い相関関係が見られた。しかし、この問題解決能力は、まったく新しい能力だ。そのために、ITをとり入れる方向も目指す。

 これは成功するかまだ分からないが、2009年には、対人スキルの要素もとり入れたい。

※ PISAは、すでに、問題解決能力について、2003年には実施している。検査問題は、よたよたあひるさんのHPで見ることができる。

 学力低下といわれた検査だが、この問題解決能力について、日本は結果がいいようだ。しかし、問題を見ると、わたしがイメージする問題解決力の問題とは違う。どうも、静的というか、パズルを解くというか、推理小説で言えば江戸川乱歩的(松本清張的でないという意味。)と言ったらいいだろうか。
 くわしくは、次回に触れる。



◎ 今後の課題としては、

○ この研究は、各国の政策に多大な影響を及ぼしている。特に、成果を低く見られた国への影響は大きい。そのため、責任をもった評価にするよういっそうの努力を図る必要がある。そのためには、

・ 測る能力をもっと広げる必要がある。問題解決能力、情報コミュニケーション、対人関係スキル、そういったものもとり入れようとしているのは、そうした考察の結果である。

・ 現在は15歳を対象としているが、縦断的研究を行う必要があるなら、もっと広げたい。もっと上の学年、逆に小学生も対象にするなど、その必要性を考えていく。

・ 各国の文化の多様性にもっと注目すべきかもしれない。出題された内容は、各国のカリキュラムからみた場合適切か。各国に同じように機能するか、難易度は共通しているか、特に対人関係力まで診ようとした場合、これらはさらに重要となっていくだろう。

※ほんとうにすごい。まさに、将来の実生活に役立つ学力をすべて診ようとしている。わたしたちが、従来、ペーパーテストでは測れない学力としていたもののオンパレードだ。
 問題に、多少の違和感はもったとしても、もう、すごく尊敬してしまう。



◎質疑応答
 (質問)能力に差があった場合、それは学校教育によるのか、学校教育以外の要素が大きいのか。
 (答弁)学校による要素が大きいと言える。現実に学校間の差は大きい。その差のうち、70%は、学校によって説明できる。

※シュライシャー氏は、学校の要素が大きいと言う。

 しかし、わたしは、同氏のこの言葉を意外に思った。それまでの講演内容から言えば、学校以外の要素が大きいのではないかと思えたからだ。

 熟読してみると、こういうことではないか。

 学校の要素が大きいと言っても、これは、各学校の努力の度合いを言っているのではない。学校を取り巻くシステムのことを言っている。

 たとえば、

 学校間格差の大きい国、すなわち早期から子どもの能力によって進学する学校を分別してしまっている国は、国全体として子どもの学力の格差が大きいというのである。
 逆に学校間格差が少なく、一つの学校にいろいろな学力の子がいるという国の方が、全体としての子どもの学力格差を押さえることに成功しているというのである。(講演録P10の左側の表)

 そして、多くの国では、子どもを取り巻く社会的背景が、学力に与える要因として大きいことを示している。(講演録P12左側最上部の表)ただし、学校間格差の少ない国においては、社会的背景が学力に与える影響を、ある程度抑えることができていると言っている。
 そして、日本とフィンランドは、社会的背景が学力に及ぼす影響をかなり抑えている国としている。

 また、子どもにやる気を起こさせることについて、日本とフィンランドは、ともに成功しているが、その動機付けはかなり違う。日本においては、それは、入試に合格するということ。それに対し、フィンランドにおいては、そのようなものはなく、純然と、教員による一人ひとりをみとる努力が、子どもをやる気にさせているとみる。



◎(質問)本調査のねらいについて、
 (答弁)知識を生み出すための情報処理能力が、学習能力を大きく決定付ける。これらは、将来の生活を大きく左右する。それに対し、従来の科目別能力は、大人になってからはあまり役に立たない。だから、わたしたちは、これからとり入れようとしている問題解決能力、対人関係力などを重視するのである。

※これは、まさに、古くはコアカリキュラム、今なら『総合的な学習の時間』の重要性を言っている。系統だった大人の知識の注入は無意味なのだ。それよりも、今ある子どもの生活上の問題を重視する。その解決のために、知識は奉仕する。



◎(質問)自由記述式問題が多いと思う。各国の間に不公正はないか。
 (答弁)多岐選択型か、自由記述型かという点については、種々検討の結果、多岐選択型をあまり多く使ってはいけない。まあ、50%くらいまでだろうという結論になった。多岐選択型は採点しやすいが、専門家によれば、わたしたちが評価したい能力は測れないということだった。

 自由回答形式については、詳細な採点基準を設定した。基準を定めるために、
1. 多様な生徒の回答を収集した。
2. 同一回答を4人の採点者で採点した。
3. 採点者間で、その信頼性を評価し合った。
4. 各国は、採点者の文化的態度といったものの影響を心配した。そこで、一部生徒の回答を各国用に翻訳したうえで、採点しなおすようにした。このようにした結果、国の間での信頼性を増すことができた。
5. 何がうまくいき、何がうまくいかないかも分かってきた。その上で、採点者の研修を実施した。

※この努力にも、ほんとうに頭が下がる。本来なら、統一された言語で実施される日本国内の方が、こうした努力はしやすいはずだ。それなのに、日本のテストでは、伝統的に自由記述問題は少ない。その理由は、『採点が大変だから。』『公平が保てないから。』となるだろう。
 しかし、本来、運の占める要素を減らし、真に子どもの学力を見ようとすれば、また、真に子どもの思考力を見ようとすれば、自由記述問題の方がいいに決まっている。そのうえで、公平を保つ努力を最大限していく必要がある。

 こういう意味では、わたしは、これまで、我が地域の学力検査についても、るる述べてきたが、それは多岐選択型が多かった。その点、反省せざるを得ない。

 また、今春行われた全国学力検査については、自由記述が比較的多くとり入れられており、その点ではよかったが、採点上の公平を保てたかという意味では、疑問を残したようだ。(『全国学力・学習状況調査実施』コメント7番)



◎(質問)日本をめぐって、問題になるような点はなかったか。
 (答弁)日本の特殊性というか、親の職業を聞くことができなかった。社会背景を考える際、とても重要な要素だけに残念だった。それで、他の変数(文化的活動、社会活動、家族の裕福さなど)で代替した。したがって、この点についての日本の結果は、誤差が他の国の3倍となる。しかし、日本が公平な社会と位置づける上で、疑念のわく余地はないものと考える。

※今、日本の学校は、親の職業、年齢、学歴等、聞くことをしていない。子どもを通し、自然に知りえた情報しかもっていない。 
 わたしはこれまで現状でいいと思っていたが、この講演録を読むと、ちょっとプライバシー尊重も行き過ぎているかなという思いもわいてきた。



◎(質問)学力と性差について、言えることは。
 (答弁)性差は確かにある。読解力は女子の方が大幅にいい。数学では男子が少し上。科学では同じくらい。ただその性差が顕著にでる国と、さほどでない国とがある。これは、教育というより、社会が大きくかかわっている。日本は、性差の比較的大きな国である。
 性差は、今後継続的に見ていきたい点の一つである。性差が縮まっていくのか、広がっていくのかが分かるであろう。性差が、男女別の進路選択にどう影響していくのか、自然化学系の分野は女子学生が少ないが、今後どう推移していくのか、興味がある。

※性差は当然ある。学力という意味においてもある。
 これは長年の生物進化史のなかで、必然として、遺伝子に組み込まれてきたものだ。
 しかし、今の日本の学校は、これを無視したり、あってはいけないこととしたりする傾向がある。わたしにもその傾向はあるかもしれない。
 違いは違いとして尊重するが、差別・偏見につながることのないように、正しい判断力、価値観を身につける努力が必要だろう。
 わたしはかつて、『両性のこと(2)男らしさ・女らしさ』という記事を書いたことがある。

 でも、日本は、性差の比較的大きな国なのだそうだ。『男らしく、女らしく』が、いまだ、強調される傾向にあるのだろうか。



◎(質問)日本と韓国はとても、学力が高いと評価された。両者とも、暗記中心の詰め込み教育だと批判されるのだが、それは詰め込みでも、ほんとうの能力がつくということか。
 (答弁)それは日本独特の質問だ。他の国では聞いたことがない。
 フィンランドでは、生徒の学習時間は半分で、詰め込み教育もせずに、入試もないのに、同じ結果を出している。
 違うのは教師なのだ。フィンランドでは、教師が子ども一人ひとりに向き合うことで、大きな成果を出している。
  つまり、日本の教育はうまくいっているし、成果も上げている。しかし、それが唯一無二ということではない。他のシステムでも問題なく、成果を上げている国があるということだ。
 
※ これは考えさせられる質疑応答だ。詰め込みか、子どもの能力を引き出す指導かは、むかしからある教育論争だが、それは、日本独特の論争ということか。

 世界の国々にも、こうした教育観の違いはあるのではないか。そうして、どちらが正しいかも、このPISAは、証明しているように思う。
 その点、シュライシャー氏は、やや、遠慮気味かな。

 くわしくは次回に譲る。


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 さて、この考察はちょっと大変そう。でも、がんばってみます。

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rve83253 at 15:08│Comments(3)TrackBack(0)PISA | 教育制度・政策

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この記事へのコメント

1. Posted by さぬきtoshi   2007年11月16日 03:00
5 いつも楽しみに、そしてたくさん勉強させていただいています。

今年講師4年を経て初任になりました。
困ったらこのブログを見る癖がつきはじめています。



このコメントを書くテーマとは違いますが、質問いえご指導ください。

色々悩みはつきませんが、一番気になるのは他の初任者のことです。研修で会って話を聞くと「昨日も11時に帰った」「また校長から指導された」「今も次の指導案で大変」と、同じ初任でありながら自分よりも随分先を走っているように感じます。今の学校に不満はないのですが、自分が一番最後で追いかけているように感じてなりません。確かに学校により実態が異なり、方針、指導も違うのはわかりますが・・・質問らしい質問ではないですが、教えていただければ幸いです。
2. Posted by toshi   2007年11月17日 05:34
さぬきtoshiさん
 いつもお読みいただき、ありがとうございます。
このブログ等がお力になっているのなら、とてもうれしく思います。これからも、よろしくお願いしますね。
 さぬきtoshiさんは、向上欲旺盛な方だとお見受けしました。とかく、「昨日も11時に帰った」「また校長から指導された」「今も次の指導案で大変」などと聞くと、『うわあ。大変ね。わたしは楽な学校でよかった。』と思ってしまう人もいると思います。それなのに、さぬきtoshiさんは、逆に、あせりを感じてしまわれる。
 向上欲旺盛なこと自体は、大変すばらしいことです。そうした意味では、がんばってほしいと思います。
 でも、いろいろな学校があるのですから、ご自分は、ご自分の学校で、がんばっていらっしゃれば、それでいいのではないですか。他の人、他の学校とくらべることはないですよ。
 子どもと同じです。子どもだって他の人と比べられて、『君はこうだね。』と言われれば、イヤになっちゃうでしょう。
 自分で自分を追い込まないように、セルフマインドコントロールできればいいですね。
 自信がもてる点を探しましょう。きっと見つかると思います。
3. Posted by toshi   2007年11月17日 05:47
それと、もう一つ。
 これは、たぶんなのですが、
 『研修で会って話を聞くと「昨日も11時に帰った」「また校長から指導された」「今も次の指導案で大変」』というのは、複数の学校の、複数のお友達の言葉ではありませんか。
 もしそうなら、次のようなことが言えると思います。
 いろいろな学校があり、いろいろな初任者がいます。それぞれにはそれぞれのよさがあります。さぬきtoshiさんの学校も同じ。よさは皆違うのですね。だから、いろいろな学校の『よさ』をピックアップし、それを足し算したら、『そんなすばらしい学校はありませんよ。』とも言えるのではないでしょうか。
 こういうように考えられれば、気持ちが楽になるかもしれませんね。
 もし、けんとう違いなことを言っていたら、ごめんなさいね。
 ご健闘を祈ります。

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