2007年11月16日

PISA調査から見えるもの 〜考察〜4

81b12987.JPG 『PISA調査がねらうもの』シリーズに対し、よたよたあひるさんから、コメントとTBをいただいた。大変ありがたかった。

 それは、『よたよたあひる’S HOMEPAGE 』なるブログ。記事は、『PISAと「学力テスト」の問題』。



 同氏のブログを拝見し、思わず、『そうだよなあ。』とばかり、会心の笑みをもらしてしまったところがある。
 
 今、その部分を引用させていただく。

 『OECD諸国間の正答率ランキングだけで、「学力低下」を論じるのは、それこそ、『PISA型読解力』が日本人の大人に不足している証拠』

 まさに、言い得て妙だ。

 PISA型読解力は、『実生活に役立つ学力』というところに焦点を定めているのだものね。決して、『知識・技能』をさしているのではない。

 日本の子どもの学力について、大人が正しく論じていないという意味では、まさに大人たちの学力を問われる事態だと言えよう。

 これは、マスコミ、政府を含めて、言えることだ。

 今回は、そのあたりのことを、言い尽くしてみたい。

 なお、すでに、本シリーズ(1)〜(3)で述べたことに再度ふれることが多々あると思うが、その点はご了承いただきたい。




 それでは、最初は、何と言っても、あれだけ、センセーショナルに騒がれた学力低下論だ。その元凶(?)が、このPISA調査だものね。(もちろん、誤解にもとづく冗談ですよ。)

 まずは、その点から考察してみたい。

 わたしは決してマスコミ等で言われているような学力低下論にくみするものではないが、それでも、PISA調査はそれを裏付けるものと、つい最近でも、無邪気に信じていた。
 大変な誤解だった。申し訳ありません。



 だから、その辺をまず、確認しておきたい。

 文部科学省による2000年2003年のPISA調査報告によると、数学的リテラシー(その分野に関する知識、教養、能力)の1位が6位に、読解力は8位が14位になってしまった。 なお、2003年の調査において、科学はフィンランドと並んで1位。新たに加わった問題解決力は4位(1位との有意差はない。)だった。

 また、同じく国際比較調査であるTIMSSは、『日本の生徒は総合順位では高いが、潜在能力別にみると、文章読解にかかわる能力が低いという深刻な実態が明らかになった。』としている。


 わたしは、この順位に対しては、シュライシャー氏同様、『たいしたことは分からない。』とするものであるが、あまりに喧騒を極めたことから、ちょっとふれておきたい。

 〇PISA調査の読解について、双方のランキングを調べてみると、2003年になって初めて参加した国もあるので、純然と6位分下がったとは言えない。

 〇TIMSSの上記考察は、問題と正答分析を読んでも、意味不明である。なんで、文章読解の能力が深刻な実態なのか、分からない。そこで、PISA調査の読解を見ると、よくできているのもあるし、まったくだめなものもあるし、一概にダメとばかりは言えない。
 まあ、あまりよくないことは確かであるが。

 〇PISA調査は、実用重視、将来の生活に役立つ学力重視であり、日本の伝統的な、知識中心、受験中心の学力を測る問題とは、一線を画する。
 だから、仮に学力が落ちたとしても、それはPISA型読解の学力が落ちているのであり、知識重視で、覚えること中心の学力については、この調査からは、不明としか言いようがない。(わたしはもちろん、そんなのを大事と思っているわけではないが。)

 ただ、TIMSSの検査問題は、たぶんに、知識重視のように見える。それが、『読解能力の低さは深刻』と言っている点については、一応留意しておきたい。

 また、これと関連するのが、今年4月実施の全国学力検査だ。つい先日、結果公表があったが、知識(A問題)は良好、活用(B問題)には難ありという結果だった。
 やはり、知識はまずまずだが、思考力に問題ありという結果なのだ。

 それなのに、今、さかんに、基礎・基本の重視。『やはり、小学生には、読み・書き・そろばんだよね。』という、根拠のない論議が行われている。これは学力の実態を正しく見ていない結果と言えよう。

 今、まさに、日本の子どもの学力として注視すべきは、実用的な学力、それは、思考力であり、資料活用能力であり、読解力なのだ。



 このことに関し、拙ブログにいただいた、KGさんのコメントが忘れられない。

 それは、

『国立教育政策研究所の分析結果について、私が着目したのは、(全国学力検査)小学校算数AとBの相関性について。

算数B(活用)の正答数が多い児童は、算数A(知識)の正答数も多い。
算数A(知識)の正答数が多い児童は、算数B(活用)の正答数におい
て広く分布している。

 ここからは下記の仮説が導き出せるのではないでしょうか?
「活用をしていく中で知識が定着していく。」
「どれだけ知識・基礎基本を徹底させても活用できるかどうかは限らない。」』

 そう。ここからは、古くから言われる、『まず、知識・技能の基礎基本。それから、思考力・活用を。』が間違っていることに気づくだろう。両者はともに育んでいくのだ。




 次に、今の日本の教育改革について、緊急に提言したいことがある。

 まず、習熟度別授業はやめた方がいいということだ。

 シュライシャー氏は言う。(同氏講演録のP16右側

 「子どもたちの学力の実態に応じ、それぞれをグループ分けして指導することは、一見いいように思うでしょう。指導の効率も上がるように思えます。

 しかし、このグループ分けをしている国(ドイツ、オーストリア、ハンガリー、チェコなど)とそういうことをしていない国(フィンランド、スウェーデンなど)とで比較してみると、早期から分けてしまっている国は、成果を上げていないという結果になっているのです。

 これは、他の分析結果もまじえ総合的に考察してみると分かるのですが、子どもの能力によって選別しているつもりが、実は、社会、経済、文化的背景による選別になってしまっているということなのです。」

 「前者は、システムによって指導の効果を上げようとします。それに対し、後者は、子ども一人ひとりの学力の実態に応じて、指導するのは、主に、指導者の仕事としています。そうして、後者の方がよい結果を生み出しているのです。」



 
 そうだろなと思う。

 わたしもかつて、習熟度別授業の問題点を記事にしたことがある。しかし、ここでは、さらに言いたい。

 一つのグループには、いろいろな能力の子どもがいた方がいいのだ。

 授業にダイナミックさが生まれる。幅の広い議論が生まれる。協力・協調関係も育てられる。
 具体的には、拙ブログの『パワフル算数』『いじめ防止と算数の授業』を見ていただきたい。

 よく、一つのグループにいろいろな能力の子どもがいると、『どのレベルに焦点を当てて指導をしたらよいのですか。』という質問を受ける。わたしは、『どのレベルにも合わせなければいけませんよ。』と答える。

 やはり、ここでは、指導者の指導力が問われる。

 そして、現実にフィンランド、スウェーデンでは成功している。

 もう一つ。『パワフル算数』では、初任者が、どのレベルにも合わせた授業をやっている。

 やればできるのだ。

 そういう意味で、ここは、選別するのではなく、指導者の指導力を向上させる政策を採るべきだ。


 以上と似た議論を一つ。

 早い時期からの学校選択制も疑問だ。学校間格差の大きい国よりも、小さい国の方が、より成果を上げている。(同講演録P10左側から)

 


 次の提言。

PISA調査によれば(同講演録P14の右側から)、学校の自由度の高い国が、よい成果を上げているという。学校、指導者の自主性を尊重している国の方が、よい結果を出しているというのだ。

 今の日本はどうだろう。国別ランキングにこだわり、学校もランキング化しようとし、知識の注入に走り、早期選別を行い、社会背景の格差を増大させ、・・・、みんな学力下降に奉仕する政策ばかりだ。

 ただし、ここで言いたいが、

 学校、教員の自由度、自主性を保障した上で、指導力アップのための人事考課制度なら、わたしは尊重したい。



 次。

 お金をかけることと、成果を上げることとの相関関係は、よく分からない。つまり、お金をかけたからといって、成果が上がるとは限らない。

 そういうことも言っている。(同講演録P14左側から)

 もう一つ。

 『平均点を上げようとすれば、どうしても、習熟度にばらつきが出る。』
 この常識は、あてにならない。(同講演録P9右側から)
 とも言っている。




 さらに、PISA調査のおもしろい考察。

 それは、シュライシャー氏に言わせれば、(P11の左側から)
 『社会的背景の高いところにいる子どもは、どこの国に生まれても幸せだ。学力をしっかり伸ばしてもらえる。しかし、社会的背景の低いところにいる子どもについては、国によって、伸ばしてもらえるかどうかの差が大きい。』

 そして、日本は、この講演のあった2003年では(でも、考察のもとは2000年の調査だから、2000年時点とした方がいいかもしれない。)、社会的背景が子どもの学力にあまり影響を与えない国とされていた。つまり、どの子も伸ばしてもらえる国とされていたのである。

 それなのに、今、まさに、社会的背景の低い子にとって住みにくい国になりつつある。

 つまりこういうことだ。

 仮に学力が低下したとしても、それは社会的背景の高いところにいる子どもには当てはまらない。彼らは、相変わらずいいセンをいっている。(ただし、留保つき。くわしくは後述。)

 問題は、社会的背景の低いところにいる子どもだ。この子どもたちの低レベル化が進行しているのだ。言葉を変えれば、学力の二極分化が進行しているということだ。
(2000年及び、2003年PISA調査の各リテラシーのレベル0と1を見比べてみると分かる。読解は、2倍に増えている。)


 さあ、そこでだ。

 こういう子どもを引き上げるには、

 習熟度別を至急やめて、学校の自主性、主体性を高め、指導者の指導力アップを図り、ついでに、社会的格差の是正に努める政策が必要だろう。(『ついでに』とは、教育政策ではないからこう述べたまでで、比重が軽いという意味ではない。)



 先ほど、社会的背景の高いところにいる子どもについては、どこの国に生まれても幸せだ。学力を高めてもらえる。そう書いた。

 しかし、今の日本は、社会的背景の高い子どもについても、その学力をより高めることに成功しているとは言えないかもしれない。

 それは、シュライシャー氏講演録のP12『社会的背景と生徒の成績』のグラフを見ていただけるとわかる。

 日本を、社会的背景の高い方へと目を追っていくと、他国より早く線がなくなってしまうのだ。その上に、線の上昇が他国に比べ鈍っていくことに気づくだろう。

 この原因を推論するに、

 一つ。日本は社会的背景の調査が、しづらかったことがあるだろう。親の職業などは聞くことができなかったという。

 そして、もう一つの原因。それは、社会的背景の高いところにいる子どもは、この、PISA型のような学力をきたえられていないということだ。受験能力養成で自他共に頭がいっぱいなのだろう。



 ここからは、こういう問題が生まれる。

 社会的背景の高いところにいる子どもについて、

 今のまま受験能力養成に励ませるか、
 PISA型調査のような、将来の実生活に生きる学力を高める方向に移行させるか。もちろん、わたしは、後者である。



 この点について、おもしろい考察ができる。

 2000年調査について、日本は、フィンランドと並んで、おおむね、教育政策はうまくいき、成果はあがっていると、分析されている。

 しかし、大きく違うのは、子どもをやる気にさせる動機付けの問題だ。

 日本は、入学試験合格が、大きな動機付けとなっている。
 それに対し、フィンランドには、そのようなものはない。まさに、指導者の指導努力によって、子どもをやる気にさせているというのだ。

 わたしはフィンランドの教育についてはよく理解していない。

 上記、『パワフル算数』のような授業が行われているのかどうかは分からない。

 ただ分かるのは、

 フィンランドにおいては、少人数編成の学級で、指導者が、子どもたち一人ひとりに、きめの細かな指導を行っているということである。
 また、指導者への研究研修体制は、かなりハードなものがあるらしい。
 しかし、学校、指導者の主体性はかなり保障されているようだ。


 以上、日本の子どもの学力を真に高めるための方策を述べてきた。

 今、日本がとっている教育政策は、おおむね間違っていると述べてきた。

 中教審、教育再生会議、政府は、心して、政策をたててほしい。ことは緊急を要するのだ。

 市民の皆さん。教職員の皆さん。(自戒の念を含め、自分自身へも)

 ほんとうの教育のあり方について、風説に惑わされず、我が子のため、そして、未来の日本のために、ともに、真剣に考えようではありませんか。

 

 最後に誰も言わないことを一つ。

 各国の教育事情を語るとき、移民・難民の受け入れ状況というのは大きな影響を持つと思われる。しかし、こうした面からの考察は、わたしの数少ないネット検索からは、うかがい知ることができなかった。

 だが、わたしは、日本人というよりも、世界市民として、このことを考えていきたいと思う。世界あっての日本だものね。


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 もうすぐ、PISA2006年調査の結果が出るそうです。どういう結果がでるかはわかりません。でも、また、マスコミが騒ぐのでしょうね。

 もう一度言います。風説に惑わされず、真の教育を見つめていきましょうね。

 それが、我が子のためだし、将来の日本のためでもあるのです。

    『PISA調査2006結果報告を受けて』にリンクします。

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「今の子どもは思考力が弱い」とか「考える力を養う前に知識が必要」とかいう話に触れた時に、考えておきたいこと。
2. PISA  [ ポケモンダイヤモンドパール ]   2007年12月06日 13:08
PISA調査がねらうもの(2)また、わたしは、前回の記事で述べたように、わたし自身がPISA調査について、『ただ単に国別ランキングから、学力低下論を裏付ける資料』としてしまった点についての反省もしている。 ◎生徒の到達度を見るための絶対的な評価基準を持つこ...

この記事へのコメント

1. Posted by KG   2007年11月16日 09:19
このシリーズ、じっくり拝読致しました。さすがtoshi先生だけあって深く考察されていて、私が思いいたらなかった部分も多々あり、非常に参考になりました。ありがとうございます。

TIMSSに関して言えば、以前に貼ったTIMSSに関する資料(http://www.p.u-tokyo.ac.jp/sokutei/pdf/2005_02/p007-020.pdf)のP14あたりを読めば、何故TIMSSの結果から日本の子の読解力が弱いという結論が出てきたのか理解できるかと思います。

日本の教育政策は政権交代によって危険度はやや下がったとは思いますが、中教審のまとめを読む限り、これらのデータやデータから得られた教育学的な知見を全然理解していないように見受けられます。文科省は教育現場にはよくPDCAサイクルがどうこう言っているにも関わらず。
2. Posted by KG   2007年11月16日 10:04
すいません。続きを別の所に書き込んでしまいました。
http://blog.livedoor.jp/rve83253/archives/1047195.html?1195173058#comments
(18番目)

あと、私が思うには日本の教育政策には教師をどう育てるか?という視点に欠けるような気がしますね。僅かな給料UPでモチベーションを上げようとか、指導力不足教員を排除するだとか、あとはせいぜい外部研修くらい。
国際的には日本の授業研究は高い評価を得ていますが、これは教育政策とは全く別次元の、本当に現場から生まれた「知恵」だと思います。
ここをもっとバックアップするような、そんな政策を期待したいです。
3. Posted by toshi   2007年11月17日 06:00
KGさん
 『見切り発車』的に考察してしまったところも多々ありますので、恥ずかしい思いもしています。いろいろありがとうございます。
 TIMSSについては、ご指摘のところも読ませていただいたのですがね。いくつかの問題について、『こうだ。』『ああだ。』と言っているのは理解しましたが、PISAでみると、長文の読解でも、よく理解できている問題もあるし、できていないものもあるし、ということで、一応保留とさせていただきました。文章読解だと全部ダメとはなっていないと思ったのです。
4. Posted by toshi   2007年11月17日 06:03
日本の教育政策については、KGさんの理解されているところとまったく同じように、わたしもとらえています。
 はじめに結論ありきなのでしょうね。調査等はその結論に合った部分だけ取り出すということではないでしょうか。
『教員をどう育てるか。』の視点が欠けるという点についても、ご指摘のように、わたしも思います。これは、近日中に、あらためて記事にしたいと思っています。どうぞ、よろしくお願いします。
5. Posted by くるみ   2007年11月17日 13:01
勉強になりました。
子どもより大人がなんとかならないといけませんね。お母さん仲間との会話の中で話題にしていければと思っています。
いつもありがとうございます!

6. Posted by toshi   2007年11月18日 22:57
くるみさん
 お返事が遅れごめんなさい。
 お母さん同士の話題にしてくださるとのこと。ありがとうございます。どんな話になったか、よろしければ、教えてくださいね。
7. Posted by KG   2007年11月19日 09:47
細かく見ていくとTIMSSで言う読解とPISAで求める読解は違う部分もあるので、もう少し掘り下げて分析しないと「読解力が下がった」と言い切れない部分もあるかも知れませんね。

お母さん同士の中でどういう会話になるのか、私も興味があります。今月うちの校長先生が開催するミニスクールフォーラムのテーマが子供の学力について、というテーマです。全国学力調査なども含めて保護者同士で議論する事になっています。お母さん方が学力というものをどういう風に受け取っているか、参考までに知っておきたいところです。
8. Posted by yoko   2007年11月19日 12:57
「なぜ勉強をするの?」と子供に問われたらどうこたえるでしょう。
私が子供の頃は、「いい学校に入り、いい会社に入る為」そんな答えが世の中に満ちていたように思います。
大人になり、社会に出て初めてこの考え方に違和感を覚えました。
だからPISAの考え方、本当にそうだなぁとしみじみ思うのです。
学力とは。このPISAシリーズの記事で改めて考えさせられました。
世の中にこういった考えが浸透すれば、いい高校、大学に合格する事、いい会社に就職する事がゴールのような考えがなくなっていくのではと思います。
色々勉強になりました。有難うございました。
9. Posted by toshi   2007年11月19日 15:34
KGさん
 先日、KGさんからいただいたコメント、『全国学力検査自体は、精度がよくない。』とおっしゃいましたよね。それについては、わたし、まだふれていませんでした。
 精度については、まったく同じ意見です。とは言っても、PISA講演録等を読ませていただいて、そのことが確認できたという、恥ずかしい状態です。
 つまり、国は全校ランキングが目的(けっきょくはあきらめましたが、)だったので、すべての学校が同一問題ということになりました。となると、とても全領域から出題するわけにはいかず、一部の学力しか測れないのでしたね。
 今は、研究がすすみ、抽出でも十分目的を達することはできるのですから、また、国は、政府の審議会でしたっけ。そういう意見でまとまっていたのに、政府によって捻じ曲げられたのでしたね。
 
 
10. Posted by toshi   2007年11月19日 16:54
続きなのに、時間があいてしまってごめんなさい。
 国の検査問題について、わたしは、前よりはよくなったと評価したのですが、問題自体にも問題があったようです。
 ある算数の退職校長から聞きました。
「平行四辺形の面積を出す問題だけれど、『底辺と高さの数値だけを示して、面積を出しなさい。』と言っても、これは、知識の問題とは言えないよ。単なる掛け算の技能の問題だろう。せめて斜辺くらいの数値を入れておかないとな。」
 そう。知識・技能の問題にしても、やはり粗雑なのですね。
《全国学力調査なども含めて保護者同士で議論する事になっています。》
 どんな話がでたか、これも教えていただけたら幸いに存じます。
11. Posted by toshi   2007年11月19日 17:01
yokoさん
《「なぜ勉強をするの?」と子供に問われたらどうこたえるでしょう。》
 ほんとう。今の子はどう答えるのでしょうね。いろいろな答えがでてきそうですね。でも、それでいいのですよね。
 能力も、考え方もいろいろ。そういう子どもたちを相手に指導する教員。どういう教育観、児童観が大切か、分かるような気がします。
 次回は、今求められる教員像を考えてみたいと思います。どうぞ、よろしくお願いします。
 
12. Posted by KG   2007年11月19日 18:07
「なぜ勉強をするの?」
自分もyokoさん同様親に聞いた事があります。答えも同じでした。
「いい会社に入るために学習する」という考え方は、ブラジルの教育学者・パウロ・フレイレが唱えた銀行型教育概念が根底にあると最近気が付きました。
これは日本で言う詰め込み教育を銀行に例えたわけですが、面白いのは学力(知識)を就職と交換可能な貨幣とも捉えるわけです。
知識を蓄えれば蓄えるほど、いい会社に就職できる。学歴社会という言葉もこれで説明できますよね。

13. Posted by KG   2007年11月19日 18:16
(続き)
この考え方は経済が右肩上がりの成長期にはかなり通用したんです。(落ちこぼれ問題も生みましたが)
ところがバブル崩壊以降、就職難やリストラの嵐で学力という貨幣が大インフレを起こしたんですよね。今までは苦しくても将来の成功と引き換えられると信じ込まされてきたのが(典型的な外発的動機付け)、それが通用しなくなり、さらに少子化による競争低下とも重なった事が学力低下の主な一因、とする学力低下論者もいます。
自分は子供に同じ問いをされたらどう答えようか、未だに自問自答を続けています。
少なくとも子供に理解できる言葉ではうまく説明できそうもありません。
だから子供に問われたら、子供に問い返しながら一緒に答えを探っていこうかと思っています。
14. Posted by KG   2007年11月19日 18:26
(toshi先生)
学力調査に関する専門委員会、公開されている議事録の中ではテストに関して詳しいと思われる委員が数名、抽出調査を提案していました。ただ終盤は非公開となっており、その中で政治的圧力があったのではないかと推察しております。
問題についてもやはり粗い部分はあったんですね。
来年もこの調査が行われる事がほぼ決まっているのですが、一人一人のこれからの学習に何ら活用できないこのテストは税金の無駄遣いですよね。
保護者同士の話し、来週行われる予定なので差し支えない範囲で報告します。
15. Posted by toshi   2007年11月20日 20:13
KGさん
 12、13番は、yokoさんへのコメントのようですが、とても感銘を受けましたので、ふれさせてください。
 わたしは、実は教育学部卒ではなく、某大学の商学部卒なものですから、経済への関心・興味もあり、胸にストンと落ちるものがありました。
 なるほどね。学力が貨幣価値を失った今、経済的視点ではなく、真の学力の価値を模索している時期に入ったのかもしれません。これも成熟社会の宿命なのでしょうか。
 わたしの中では答えは見えています。真の人間性の豊かさ、知性、そういったものこそ、まさに、学力なのですね。
 
16. Posted by toshi   2007年11月20日 20:13
わたし宛のコメントについては、やはり上記の視点から、真の学力を測る調査に少しでも近づくよう、訴えていきたいと思います。
 保護者の皆様のお話も、楽しみにしています。ありがとうございます。
17. Posted by yoko   2007年11月20日 22:53
KGさん
またまた勉強させて頂きました(*^_^*)
学力をどう捉えているかによって子供への返答が変わるのではないかと思ったのです。
そういう意味でも『真の学力』について考える事はとても大事なことですね。
toshi先生、KGさん有難うございました。
18. Posted by KG   2007年11月21日 08:59
「真の学力」。まさにそうですね。文科省の言う新学力観、「生きる力」はこれに通じるものがありますが、具体的な教育指標にまで落とし込んだPISAに比べると日本ではまだ曖昧です。
曖昧な上に感情論が先行する学力低下論に振りまわされて「真の学力」について議論する土台すら失われている状況です。
そういった状況の中で、toshi先生のブログやコメントしている皆様との情報交換は私にとっても非常に有意義で楽しいものです。
日本の教育に関する良識の砦の1つとして、今後とも頑張ってください。そして私も微力ながら皆様とここを盛り上げる努力をしつつ、まず我が子が通う小学校でこういう情報発信をしていきたいと思います。
19. Posted by KG   2007年11月21日 09:05
真の学力という言葉が出たついでに、以前の自分のコメントを遡ってみたらリンクを1つ貼り忘れていました。

http://www.oecdtokyo2.org/pdf/theme_pdf/education/20050127seminarfinland.pdf

2005年1月、つまりPISA2003の結果が公表され、一般も巻き込んだ学力低下論が噴き出した直後の講演録です。
20. Posted by toshi   2007年11月24日 07:47
KGさん
 お返事が遅れ申し訳ありません。
 またまた、リンクをありがとうございました。ほんとうにいつも、『すごいなあ。』と感謝しています。2003年調査の考察もあったのですね。
 いろいろ感じるところがありました。複雑な思いでした。
 フィンランドのことはよく分かりました。ほんとうに詳しく教育事情が語られていますね。教員を養成するシステムというのは、きっとすばらしいものがあるのだろうなと思いました。
 しかし、指導法については、どうもあまり具体的には語られていないように思いました。
 そして、後半、あの100マス計算の先生が賛美されているのは、どうも気になりました。前半の熱き思いとどうつながるのか、もう少し考察を加えさせていただきたいと思いました。
 
21. Posted by KG   2007年11月26日 18:37
気になった事は可能な限り掘り下げて調べる性格なので、いつの間にか資料やリンクがたまってしまいました。
実はtoshi先生のブログをヒントに探しあてた資料もあるんです。

中嶋先生の講演について、中嶋先生の著作を検索してみると研究の大半は国家の教育システムに費やされているようです。だから講演内容も具体的な授業における指導方法はなく、某100マス先生を讃える発言さえあったのではないかと思っています。
100マス先生が普段どういう指導をしているのか、中嶋先生は詳しく知らないのでは?とさえ思っております。
私は100マス先生が日本の教育界をミスリードさえしていると思っています。
100マスは計算というごくベーシックなスキルを習得するための1つの手法、ツールにすぎず、あれを信奉する先生にあたってしまった子供たちは不幸とさえ思います。実際うちの学校にもいるんですよね。100マス信者の先生が。
22. Posted by toshi   2007年11月28日 09:30
KGさん
 よく分かりました。ほんとうにいつも勉強になります。ありがとうございます。
 わたしは、自分で探そうとしても、見つからないとすぐいらいらしてしまうたちなので、問題解決学習を推奨していながら、自分はなかなか資料収集能力がないのです。それは何もネットに限りません。悪いくせですね。
 そういう意味で、いつも助けてもらっています。
 100マスについて、我が地域の元算数研究会長は、『あれは、算数における子ども残酷物語だよ。』とおっしゃっていました。算数の学習指導要領にも、『計算が早くたくさんできるようにする。』などとはありません。
 わたし、たまに上げるおやつのようなものだったら、かまわないと思うのです。おもしろがってやる子もいるでしょう。でも、それ以上のものではないですよね。
 これが伝播するのも、PISA型読解力のない日本の大人の姿でしょうか。
23. Posted by KG   2007年11月28日 10:01
私が探し当てた資料がtoshi先生の考察を深めるきっかけになれば幸いです。toshi先生の考察はいつも自分にいい気づきを与えて下さっています。

100マスが『あれは、算数における子ども残酷物語だよ。』というのはまさに至言ですね。
100マスそのものが悪いというよりも、100マスの効用を過大に評価して信奉してしまう教育観が最大のマイナス効果なんでしょうね。
24. Posted by 亀@渋研X   2007年11月28日 15:44
toshi先生、ごぶさたしております。
このところのPTA関連の記事、PISA関連の記事、いつもにも増して示唆に富んでおり、いろいろ考えながら読ませていただいています。
今日はご報告に上がりました。別件がきっかけで、この記事にかすったエントリを書きましたもので、ちょっと迷ったのですがトラックバックを送らせていただきました。
「思考力が弱い」という話も「学力低下」同様に杜撰な印象論から一人歩きしていきやすい議論ですよね。「学力とは何か」と言うことも含めて、議論に必要なさまざまな前提があいまいなままにされてきたのだと思います。
今後とも、実践のなかからいろいろなポイントを明らかにしていく記事を楽しみにしております。
25. Posted by toshi   2007年11月29日 17:31
KGさん
 先日、わたしの勤務校で、算数の研究授業がありました。その席上、講師の先生が、
『習熟度別のグループ形態は、従来の一斉授業に比べ、学力をつけることができないと、すでに言われています。』とのこと。
 わたしは、その話を聞きながら、すでにブログ記事にした、PISA調査の報告と同じだと、思わずうなずいてしまいました。
 理由は、また、別なものがありました。次回の記事にしようと思っています。
 また、よろしくお願いします。
26. Posted by toshi   2007年11月29日 17:45
亀@渋研Xさん
 いつもお世話になります。TBも、ありがとうございます。
 まず知識、それから思考と考える人に聞きたいことがあるのです。
 それだと、『発明』はありえなくなりますね。試行錯誤もあってはいけないようです。思考することは楽しいはずなのに、理路整然として、ちっとも楽しさを味わえないということになるでしょうね。
 わたしは、問題解決学習のなかで、子どもに、『発明者』と類似した体験をさせたいのです。
 また、たとえ正答につながらなくても、子どもの思考の筋道を理解したとき、思わず感動してしまうということ、また、知識が足らず誤答になってしまったとしても、それによって、かえって深い理解につながるということも、ふつうに起きますね。
 ああ。また、記事にしたくなりました。ありがとうございました。

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