2007年11月20日

教員の資質を高めるために、4

a9825c5c.JPG これまでも、教員の力量を高めるための方策について、こうあらねばならぬとか、これはよくないとか、そういうことについては、確信をもっていた。しかし、教育観とか指導観とか、児童観など、そういうものはいろいろあるし、したがって、異論、反論など、いくらも出てきそうなだけに、大上段に構えるのはひかえてきたように思う。

 かつて記事にしたことがあるのは、『今の教員の質は』だけだったかもしれない。

 しかし、今回、PISA調査をご紹介いただいて、それの考察をするにつれ、これまでの自分の思いがほぼ正しいと確信をもつことができたので、今回は、それについて論述したい。



 日本の教育政策や教員の指導力は、世界的視野から見た場合、少なくとも、2000年時点まではおおむねよかったのだ。

 ここで、特にふれたいのは、OECD・PISA調査責任者のアンドレア・シュライシャー氏の講演だ。

 「日本は、社会的公平さ、子どもの習熟度の高さにおいて、双方ともうまくいっている国の一つです。これは、わたしたちの研究から得られた非常に重要な結果です。」(P12右側表より下の方)

 「日本はフィンランドと結果(学校にもっとも多く自由を与えている国で、にもかかわらず、皆がよく勉強し、学校間の差も少ないということ)はほとんど同じなのですが、日本とフィンランドとの間には、興味深いコントラストを見い出すことができます。
 教育システムの背後にある、『目標を達成するための刺激』を見てみると、日本ではやる気を起こさせる誘因は、試験に合格するということです。フィンランドにはこのようなものは存在しません。これに匹敵するような試験はないのです。ですから、この国において、教員は、生徒に関心を抱かせたりやる気を起こさせたりするのは、より大変な仕事と言えるでしょう。」(P15右側中央)

 また、2000年時点において、日本のPISA調査読解力は世界8位にランクされているが(数学は1位、科学は2位)、習熟度レベルにおいては、高い子と低い子の格差があまりない国だった。(P9左側の表)
 この時点において、日本の教育力は世界的にみて、大変高いものがあったのである。

 この要因は、

 日本の教育システムがよかったが一つ。

 あと、シュライシャー氏は語っていないが、

 わたしは、習熟度レベルの低い子どもが少ないことから、家庭・学校とも、そこそこの教育力はもっていたからだと考える。

 
 ただ、わたしが気になるのは、日本の子どもにやる気を起こさせる誘因は、入学試験に合格することとされている、その一点だった。フィンランドが内発的動機付けによってうまくいっているのに対し、日本は外発的な動機付けによって成果を上げているとされた点である。



 ところが、2003年になると、事情は一気に変わる。

 習熟度レベルの高い子どもは一定数保持されているのに対し、低い子どもが急増したのだ。

 この点について、わたしの乏しい資料収集力では、2003年時点でのこの種の考察が見当たらないので、わたしの主観的考察となってしまうのはお許しいただきたい。

 わたしは、これは、学校の教育力そのものが低下したためとは思わない。社会的背景の急変が要因だと思う。よく言われる、日本社会の、経済、文化等の二極分化構造によるものだ。
 ただし、学校は、こうした世の中の変化に対応し切れていないとは思う。


 まもなく公表される2006年の結果は、これがさらに進んだものとなるだろう。

 そして、これは、おもに、教育システムの改悪による結果と想像する。


 わたしは、今日、ここで、教員の資質の向上をテーマとした記事を書くのであるが、以上の分析をふまえ、おもに、子どもの内発的動機付けを大切にする教員、社会的背景の急変に対応する教員の資質という観点から、考えてみたいと思う。



 わたしは、これを述べるとき、もう1年以上も前になるが、拙ブログにいただいたコメントが忘れられない。

「児童への虐待、放任、過干渉など、家庭がいろいろな問題をもつようになってきたのは、よく承知しています。しかし、そうであればあるほど、学校の教育力さえしっかりしていれば、子どもは学校へ行きたがるし、教員を慕うようになるのではないでしょうか。」

「入試による学習への動機付けは間違っている。こんなことをしているから、入試を突破してしまうととたんに遊びほうける大学生となってしまうのではないか。やる気が本気になっていない証拠だ。」

 ここに、日本の教員の努力目標が見えているような気がする。



 それでは、以下、わたしが思う、教員の資質向上策を述べてみる。 


〇指導力の向上に努めてほしい。

 日本の学校現場は、かねてより、高い授業実践力をもっている。これは、シュライシャー氏はふれていないが、つい最近いただいたコメントにも、『日本の授業研究はすばらしいと、世界的な評価を受けている。』というものがあったし、わたしも、かつてそれを聞いたことがある。

 そういう意味で、日本の教員は、授業実践力を誇りに思っていい。

 わたしは思う。

 かつてフィンランドと同格に評価された日本だが、その内情はかなり異なるのではないか。

 フィンランドでは、子どもの内発的動機付けに成功していると言う。しかし、日本は必ずしもそうなってはいない。

 一部にある声は、

 それは、フィンランドでは、習熟度別ではないものの少人数指導だから。
 それに対し、日本は、一学級あたりの児童数が多いから。

 しかし、フィンランドは、日本の一都道府県に匹敵するくらいの人口しか持っていない。いわば、一地方行政府くらいの規模だ。小回りがきくのだろう。日本もフィンランドと同じように少人数でと言っても、それは無理かもしれない。

 でも、落胆することはない。

 先述の通り、日本は、世界に冠たる授業研究を行っている。
 それは、子どもが主体的、自主的に学ぶ学習法、教員側から言えば指導法をもっているのだ。問題解決学習と言う。

 これは、子ども同士が知恵を出し合い、相互に深め合っていく学習だ。
 そして、この学習はある程度の人数がいた方がいい。知恵を出し合い、深め合っていくには、10人とか15人とかいう人数では、自ずと限界があるだろう。

 これぞ、まさに、日本の実情にあった指導法ではないか。大人数学級でも充実した学習のできる問題解決学習をもっともっと追求していく必要がある。

 そうして、どのレベルの子どもも伸ばしていくのだ。個人差に対応できる指導を工夫していくのだ。

 日本の行くべき道は、ただこの一点。そう思う。


〇一人ひとりを大切にした指導を行ってほしい。

 上からの教え込み、こうあるべきという姿を教員が押し付ける指導。ときには、それが間違っていることすらある。
 また、あいも変わらぬ人権を無視した指導。たとえば、連帯責任を負わせる十把ひとからげの指導法。形式主義で心が伴わない児童対応など。

 こうした指導は、戦前では日本のお得意芸であった。

 ところが、戦後、民主主義の世になったのにもかかわらず、あいも変わらず、学校現場に多く見受ける姿でもある。世界に冠たる授業研究をもっている日本で、こうしたみにくい面があることも否めない。


 従来は、そういうマイナス的な指導があっても、それは放置され、強い改善意欲にはつながらない側面があった。社会もそれを許す傾向にあった。

 しかし、今は違う。前述の通り、社会的背景は一変しつつある。こうした日本のある意味、伝統的手法は、通じなくなっている。矛盾はすぐ噴出するのだ。

 これは、日本の教員にとって、自己改革を図る絶好の機会なのではないか。進化か絶滅かを迫られていると言えよう。


〇国に一言。二言。三言。

 おおむね、日本の教員はがんばっていると思う。上記言葉を借りれば、進化を遂げつつあると思う。

 わたしは、教員の人事考課制度、及び査定を、認めている。ただし、正しく評価してほしい。また、正しく評価できるシステムを開発してほしい。それはできるはずだ。

 かつて初任者指導をめぐって記事にしたことがあるが、子どを無視した初任者指導であってはならない。

 また、日本はどうしても形式に走る傾向がある。これは、早急に見直してほしい。

 かつて記事にしことがあるが、教員免許更新制は、その最たるものだろう。大学等で一定の講習をつませたからと言って、上記、教員の資質改善に役立つとは思えない。教員の資質改善の場は、あくまで教育実践現場のなかにある。(だから、不適格教員についても、教育実践の場で対応、処遇することが必要だ。)

 学校の外部評価は、拙ブログでも評価された。わたしも意識の改善を迫られた。 しかし、この事務量は大変なものだと思う。それこそ、このことに限らず、事務的な仕事は外部にお願いし、こうした雑務から教員を解放してほしい。

 全国共通の学力調査を導入した。これも、目的、手続き等が正しければ、おおいに、教育を実りあるものにすることになるだろう。しかし、国は、学校別ランキングを作ることが当初の目的だったようだ。
 今、国は、学校を締め付けることに夢中になっているように見える。これが、学力低下をきたす政策であることは、すでに、シュライシャー報告で明確になった。どうか、反対の政策を採ってほしい。

 習熟度別授業、学校選択制なども、即刻やめるべきだろう。これは、ある意味、教員に楽をさせるシステムだ。授業研究に打ち込まなくて済む。
 そして、短兵急な効果を求めるなど、教員の努力を別な方向に集中させてしまう。

 入試も大幅に改善してほしい。特に、中学校、高校の教員から、授業研究の機会、指導法改善の工夫を奪っている。そうして、ついていけない子を大幅に増やし、事後対応に追われる結果となっている。


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ninki


 以上、教員の資質向上策を述べてきました。ほんとうに子どもを育むという観点から、述べたつもりです。

 最近の教育改革は、悪しき方向性をもったものが多いようです。せっかくフィンランドと並び賞されていたのに、残念ですね。

 特に変な教育実践者が、教育再生会議のメンバーでもあるのですから、これはもう、何とかしてほしい。

 そういう意味では、おもしろいブログがあります。紹介しましょう。

 道草学習のすすめ 『任天堂DS「脳トレ」に異論続出!

 改革の方向は見えているのですから、がんばってほしいものです。

 それでは、今日も、1クリックをお願いできればと思います。


rve83253 at 06:57│Comments(0)TrackBack(0)教育制度・政策 | 教員の指導力

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