2007年11月22日

問題解決学習とPISA調査(1)4

a604503e.JPG 前記事で、問題解決学習をおし進めることこそが大切と述べた。学習指導要領で言うところの『生きる力』や、PISA型調査が言うところの『将来の実生活に役立つ学力』を養う上でも、これは大切だ。

 ただし、前記事において、『子どもが主体的、自主的に学ぶ学習法』とのみ述べ、そこにおける指導者の役割には特にふれなかった。そこで、ここでは、授業の様子を紹介するとともに、そういう授業における指導者の役割は何かを具体的に述べてみたい。
 さらには、その学習がどうPISA型調査と結びつくかも考察してみたい。

 なお、これまでも、問題解決学習については、記事にしたことがあるので、それもあわせてご覧いただけたらありがたい。

   学習問題とは(1)

   学習問題とは(2)

   問題解決学習への誤解(1)


 本日とり上げる授業は、つい最近、今担当している初任者のクラスで、初任者指導に資するために、わたしがやった授業である。ちなみに、この学級でわたしが授業を行うのは、月間1・2回に過ぎない。

 教材は、3年生国語、ちいちゃんのかげおくりである。

 今、原文に近いホームページがあるので、それにリンクしよう。

        ちいちゃんのかげおくり  あまん きみこ 作


 この読解の最終の授業である。最後であるということは、物語全体の主題に迫らなければならない。

 そこで、学習問題をどうするかは、悩ましいこととなった。

 と言うのは、教科書では最後の6行、リンクしたHPでは4行になるが、ここにふれた子どもの発言、感想等はまったくなかったのである。


 問題解決学習においては、学習問題は子どもが問題としたものとなる。指導者側から与えたのでは、この学習にならない。
 一般的には、子どもが、『なぜ。』『どうして。』『変だよ。』とか、『どのようになっているの。』とか、Aちゃんと、Bちゃんの意見が対立したとかいう要因があって、それに対し多くの子が関心をもったものが学習問題となる。

 高学年なら、そういうことがあったとき、『あっ。これは学習問題となるな。』とか、『これを学習問題としてみんなで話し合いたい。』とか、問題を設定するのも子どもとなってほしいが、
 3年生くらいだと、上記のようなことがあったとき、指導者側で、『これを学習問題にしよう。』ということはあっていい。
 いや。まず、そういうことが多いのではないか。


 さて、この、『ちいちゃんのかげおくり』。物語全体は戦争中の話だが、最後の6行だけ、今かもしれない時代がとり上げられている。

 そして、初発の感想でも、その後の授業の流れのなかでも、この最後の6行(4行)にふれた発言はまったくなかった。

 だから、問題解決学習の定義から言えば、学習問題の創りようがないとも言えそうだ。

 だが、わたしは、初任者に言った。

「大丈夫だよ。逆も真なりだ。

 誰もとり上げない、ふれないということは、そこに子どもたちの意志を感じるだろう。つまり、『なくてもいい。大事ではない。』という無意識の世界での意志だ。

 だから、指導者側から、
『みんなは、最後の6行については、誰も感想に書かなかったし、その後の授業でも誰も発言していない。それなら、この6行はいらなかったのかな。』とか、
『最後の6行がないと、物語は終わった感じがしないかな。』とか、
『作者のあまんきみこさんは、なぜわざわざ戦争中に関係のない、今のことを、書いたのかな。』とか聞いても、

 それは、子どもの無意識の世界を意識化させることになるから、とてもいい働きかけということになるだろう。

 『指導者側から与えたものだから学習問題にならない。』と思う必要はない。そう。そのように子どもに投げかけてみようよ。」


 さて、ここで、PISA調査の問題をみてみよう。

 テストだから、これは、問題を作成したのは、大人に決まっている。『問題を解く』立場の子どもということはありえない。それはそうだが、・・・、

 しかし、ただ単純に、知識・技能を問うような問題はまったくないことに気づくだろう。みんな、15歳の子どもが、興味・関心をもち、『なぜ。』『どうして。』『どのように。』などと思ってくれそうな話題ばかりをとり上げ、作問している。

 なぜ、こういうことにこだわるか。それは、子ども主体の学習、子ども中心の学習を標榜しているからだ。指導者側から与えたのでは、子どもが興味・関心を抱くにも限界があるし、子どもを受身の立場に追いやってしまうからである。

 『Cちゃんのおかげで、いや、みんなのおかげで、今日の授業は成立したのだね。』と言えるかたちをとりたい。


 さて、授業の流れにふれていこう。

 全文音読のあと、わたしから、上記のように、『最後の6行はいらなかったのかな。』と投げかけた。

 初めは、『いる。』という発言が相次いだ。

「いる。ちいちゃんに、『戦争中は大変だったね。でも、今は、こんなに町はにぎやかになっているよ。平和だよ。』って教えてあげられるから。」

「そう。今の町の楽しい様子を伝えてあげたい。」

「今は、平和になっているよ。だから、ちいちゃんは、天国で、家族みんなと楽しく暮らしてねって伝えたい。」


 そのなかで、反対意見も出てきた。

「ちいちゃんに教えない方がいい。今のことなんか。だから、最後の6行はいらない。だって、今はぜいたくでしょう。そんなこと、ちいちゃんに伝えたら、ちいちゃんがかわいそう。」

「そう。ほしいいを、それも、少ししか食べられなかったのでしょう。かわいそうだよ。」

「ちいちゃんに伝えるということでなくてもね。このお話は、戦争中の悲しかったことを書いているのだから、しみじみとした感じのままでお話を終えた方が、すっきりすると思う。だから、いらない。」


 折衷的な考えも出た。

「うん。ぼくは微妙。悲しい話のままで終わった方がいいような気もするし、今と比べると、悲しさがよけい強まって、いいような気もするし、・・・。」

 そうしたら、
「あった方がいい。戦争中は大変でしょう。ちいちゃんのような子どもだって、死んじゃうからね。かわいそうでしょう。それにくらべると、今は、とっても、楽しいでしょう。
 だからね。戦争中と今とを比べて、それで、『戦争はもうやめましょう。』と、あまんきみこさんは言いたいのだと思う。」


 だいぶ長くなった。

 続きはまた次回に掲載したい。

 
 ここでは最後の考察を。

 いろいろな考えが出されていることに気づかれるだろう。

 『あった方がいい。』『ない方がいい。』そして、折衷的な考え。

 次に、

 『ちいちゃんに伝えたい。』と、『いや。今生きているぼくたち、わたしたちに言いたいのだ。』という考えもある。


 問題解決学習における指導者の役目は、こうした種々の子どもの考えを整理し、それを関係付けたり、対立を浮き彫りにしたりすることだ。


 ここで、PISA調査を見てみよう。

 まず、日本のテスト問題では考えられないような問題があることに気づくだろう。

 それは、読解の、『落書きに関する問題』の問3

 対立する2つの考えが、問題文として提示されている。

 それを受けて、なんと、「〜、自分なりの言葉を使ってあなたの答えを説明してください。」となっている。

 そして、これにも、正答、誤答がある。もちろん、どちらの考えが正しいかということではない。

 あとは、調査問題そのもの(上記アンダーラインのある  読解の、『落書きに関する問題』の問3  をクリック)をみていただけたら、ありがたい。


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 授業はこのあと、物語の原文を引用しながらの、
「今のわたしたちというか、子どもたちは、『戦争中は、防空壕だった小さな公園で、きらきら笑いながら』遊んでいるでしょう。だから、平和で、楽しい。」
という発言があり、これをもとに、授業が深まっていきました。

 そのあたりは、次回にふれたいと思います。(続く。)

 それでは、今日も1クリックをどうぞ、よろしくお願いします。 

rve83253 at 06:11│Comments(4)TrackBack(0)PISA | 問題解決学習

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この記事へのコメント

1. Posted by KG   2007年11月22日 09:05
小3の息子がついこの間まで「ちいちゃんのかげおくり」の単元でした。
この物語、響きがよくて美しい言葉でつづられているだけに、息子の音読を聞いていたらつい涙をこぼしそうなくらい悲しみがこみ上げてきました。
PISAと絡めてtoshi先生がどう深めていったのか、非常に興味があります。
2. Posted by toshi   2007年11月23日 09:03
KGさん
 大人は涙ぐみそうになりますが、子どもはまた異なる面もあります。
 心から、『空の上でまた家族と会えたからよかったね。』と思う子もいるのです。
 指導者側に、子どもの思いに『奉仕』する心がないと、一方的な発問だけでは、子どもの頭の上を言葉が飛んでいく感じになることも多いと思います。
 もう一つ。『わたしと小鳥と鈴と』でも、そのようなことを経験しました。
 本コメントのわたしの名前のところをクリックしていただければ、その記事が出るようにしましたので、よろしければご覧ください。
3. Posted by せきちゃん   2007年11月24日 15:44
先日、ちいちゃんのかげおくりの学習が終わりました。
わたしは、担任ではないのですが、この単元の授業をさせていただきました。

最後の場面。

子どもたちからの初発の感想はありませんでした。

ただ、一人の子どもが、「ここにも、きらきらが書いてある」と、言ったところから、前場面と比べて、授業を展開しました。

是非、続きを!
4. Posted by toshi   2007年11月25日 16:56
せきちゃんさん
 昨日、続きを入稿しました。
 子どもの『いのちおくり』という言葉を聞くと、すごいなと思うとともに、あまんきみこさんが、なぜ『かげおくり』をとり上げたのかの理由まで分かったような気がしました。『かげおくり』でなければならない必然性を感じたのです。
 再度、コメントをいただければ幸いです。

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