2007年12月09日

人権教育(15)交流をテーマの総合的な学習の時間4

048bece7.JPG A養護学校とB小学校との交流をテーマとした記事は、もうずいぶん前のことになってしまった。大幅にあいてしまって申し訳ありません。

 まず、これまでの記事にリンクします。

     人権教育(13)交流教育 共生を考える。
     人権教育(14)交流教育 わたし自身の反省と決意
     差別のない社会へ
     総合的な学習の時間を大切に

 上記記事をお読みいただければありがたいが、お時間のない方のために、これまでの概略を紹介させていただきたい。

 我が地域では、養護学校に通う児童と、その児童が居住する学区の小学校との交流をすすめている。共生社会実現のために、子どものときからのふれ合いを大切にしたいためである。

 B小学校は、わたしが一昨年、退職直後に勤務した学校である。わたしにとっては、初任者指導の一年目だった。したがって、そのとき担当した初任者、Cさんは、今年度3年目を迎えたわけだ。今、5年生担任である。

 そのCさんの学級は、今年度、学区に居住し、スクールバスでA養護学校に通うDさんとの交流をすすめている。
 A養護学校は、重度重複障害児が通う学校だ。

 Dさんは、肢体不自由なため、ほとんどベッド生活である。自力歩行はできないし、言葉を発することもできない。食べ物を飲み下す力が弱いため、鼻から胃に管を入れ、その管で栄養をとる。

 そのDさんの大事な学習内容の一つは、外部からの刺激に対し少しでも反応を豊かにするということである。気持ちを表現できるようにするということである。



 本日は、C学級において、Dさんへの理解を深めることを目的として行った授業の授業記録を掲載する。
 元A養護学校長だったS氏、Dさんの担任のE先生。そして、Dさんのお父さんもご覧になっていた。

 S氏は、あとの研究討議において、
「すばらしい授業だったね。子どもたちの発言を聞いていて、涙ぐみそうになったことが何回もありましたよ。それに、ほとんどの子が発言したのではないかな。自分の思いを率直に語るし、友達の発言を聞く態度もすばらしかった。C先生は、よくこれだけの学級を育てたね。」
とおっしゃった。



 授業記録を掲載すること。

 わたしは、これまで、いろいろな授業を紹介させていただいたが、授業記録をそのまま掲載することはしなかった。長くなってしまうし、多くの市民の方々に対しては、授業の流れを解説するように記述した方がご理解いただけると思ったからである。

 しかし、今日は、あえて、授業記録の全文を掲載する。いや。掲載させていただきたい。
 子どもの発言の一つ一つが感動的だし、指導者の働きかけもよかったなあと思うからだ。
 お時間をとらせてしまうが、よろしくお願いしたい。


 なお、この授業の一週間ほど前、C学級の子どもたちは、A養護学校を訪ね、そこの子どもたちと交流している。ただ残念だったのは、当日、Dさんはお休みだったことだ。



 それでは、授業記録を、どうぞ。

 なお、Tは、担任の働きかけ、C1〜39は、子どもの発言を示す。



T 今日は、A養護学校で見た子どもたち表情の変化などを通して、これからのDさんとのよりよい交流について、考え合うのだったね。それでは、意見をどうぞ。

C1 プラネタリウムで、Fさんと目があったのね。そうしたら、にっこりしてくれた。

C2 A養護学校のGクラス(Dさんの在籍する学級)に入ったとき、初めは、わたしの顔はこわばっていたと思う。
 これは何なのだろう。あまりにわたしたちの教室と違う。そう思ったのね。Fさんたちを見て、正直、こわいと思った。
 でも、しばらく過ごすと、Fさんたちが笑ってくれるようになって、こわいと思っていたわたしの気持ちをほぐしてくれた。それで、しゃべっているうちに、心が通じ合うような気がしてきた。

C3 わたしは、歌のプレゼントをしたのだけれど、Hさんは、わたしが歌っているさいちゅう、身体を動かしていた。

T ほんとう。歌いながら、よく気づいたね。

C4 身体を動かしていたというのに付け足しなのだけれど、リズムにのっていた。

C5 ぼくは、Fさんに話しかけたのだけれど、顔を上にあげると、うれしいのだということが分かった。

C6 そう。ぼくのときも上を向いてくれたよ。

C7 E先生が言っていた。上を向くと、うれしい気持ちなのだって。

C8 Gクラスの子は無表情というわけではなく、Hさんも含めて、本を読んだり、声をかけたりすると、なんかの形で返事をしてくれるし、表情として表してくれる。

T そう。すてきな発見だね。そう言えば、C9さんも同じようなことを、訪問後の感想に書いていたね。

C9 Kさんに本を読んでやったとき、足をバタバタさせていたから、担任のE先生に、「Kさんは本が好きなのですか。」と聞くと「そうだよ。」と言っていたので、そうなんだと思いました。

T そうか。Gクラスの子たちは、話ができなくても、なにかしらの形で自分の気持ちを表現しているのだね。何かの形で笑っている、首を向けたり、音楽のときリズムをとったりとか、・・・、

C10  わたしも、給食のあと、Lさんに「こんにちは。」と声をかけると、少しにこっと笑ってくれた気がした。

C11  ただ笑っていただけではなくて、手とか首とか、顔全体を動かしながら話していた。

(この授業で、何回も、『養護学校の子が話した』という言葉が出てくる。しかし、この場合の『話す』というのは、『気持ちを表現する。』、『何が言いたいのかが分かる。』などということだ。前述の通り、実際の会話にはならない。)

T そうか。身体で、何かを話そうとしていたのだね。

C12  付け足しで、ねむたそうにしていたときもあったの。でも、それは、『気持ちがいいのだな。』っていうことを感じた。
 それから、その反対なのだけれど、パラバルーンで布が落ちたときは、すごく嫌そうな顔をしていたから、やっぱりわたしたちと同じように、『いやだなあ。』って思うことだってあると思いました。

T C12さんと同じように嫌そうな顔をしていたことに気がついた人はいたかな。・・・。へえ。すごいね。たくさんの人が気付いていたのだね。



T みんなは、こういうふうにGクラスの子どもたちの表情をたくさん発見したのだけれど、その時、どう思ったかな。

C13  一人ひとり気持ちの表し方は違うけれど、みんなそれぞれ自分の方法で気持ちを表していて、反応してくれた。

T:反応してくれてどうだった。

C14  うれしかった。

C15  にっこり笑ってくれていたから、わたしも、『ああ。分かってくれているのだな。』と思って、うれしかったです。

C16  ぼくが笑っているなと思ったのはプラネタリウムのときだったから、『Fさんが乗っているものに、ぼくも乗ってみたいな。』と思いました。

T そうか。Gクラスの子たちが楽しそうだから、自分もやってみたいと思ったのだね。

C17  Gクラスの子が笑ってくれると、わたしもうれしかったし、E先生から、『Fさんが笑っているの、分かる。』って聞かれたとき、自分たちもそれが分かったから、すごくうれしかった。

T そうか。Gクラスの子が応えてくれたのだ。さっき、C11さんが言ったみたいに、Gクラスの子とお話ができた人いたかな。

C18  わたしは何人かとLさんに絵本を読んであげたのだけれど、おもしろい場面とかが出てくると、口の横に手を当てて「おほほ」と笑うような感じに、何度もしていた。
 で、おもしろかったから、『もっと』って何回も言うと、初めはしてくれたのだけど、何回も言っていると『はー』っていう感じで、机の上に頭をのせちゃった。やっぱり自分は話せなくても、やろうとする努力みたいなのを感じた。

C19  E先生と一緒にLさんと話したり、声をかけたりすると、なんか弱くだけど、手を握り返してくれた。

T 握り返してもらってどうだったの。

C20  あつくはなかったけど、手が少し温かかった。



T みんなたくさんいろいろなことを見てきたね。
 それで、どうだろう。さっき、C17さんが、E先生とお話したことを言ってくれたけれど、E先生のことで気付いたことあった。

C21  E先生は、(わたしたちのクラスの担任の)C先生もそうだけれど、Gクラスの子たちを元気づけていた。

T どんなふうに元気づけていたか、言える。

C22  子どもたちの身体をゆすったりして元気づけていた。

C23  プラネタリウムへ行くとき、Gクラスの子をやさしく運んでいた。

C24  やさしく運ぶに付け足しだけれど、(Gクラスの子たちが、)心配したり不安に思ったりしないようにだと思う。

C25  A養護学校へ行ったとき、E先生に「中学生はどれくらいいますか。」って聞いたら、E先生はすぐに答えてくれたから、子どものことをよく知っているのだなと思いました。

C26  簡単に言っちゃえば、(先生方は、)みんなにやさしい気づかいがあった。

 初めは知らなかったから、ぼくだったら、いきなり大きな声で、『おはよう』とか言っちゃって、向こうが嫌だとか、どう思うかななど、気にしないけれど、E先生は、そういうことも気遣って、小さなやさしさがたくさんあった。

C27  C26さんに似ていて、ふつうの子なら、ふつうの話をしても分かってくれるけれど、Gクラスの子にはやさしくしないとあんまり話せないし、表現できない。
 あっ。間違えた。表現できるけれど、やさしくしないと、ぼくたちが気付かないときもある。

T ああ、そうか。伝えるときも、伝わりやすいように、やさしく話しかけているのだね。伝わりやすいようにって、今言ってくれたのだけれど、何か他に気付いたことってあった。

C28  Gクラスには車いすの子や寝ころんだ子もいるから、先生たちはその子たちの目線に合わせて話をしていた。

C29  C28さんに似ているのだけれど、のぞき込むようにして話していた。



T なるほどね。それで、今、先生、気づいたのだけれど、みんなは、この前の交流会のとき、『E先生はとっても明るい。どうしてあんなに明るいのだろう。』って話をしていたよね。何か、それについて感じたことはある。

C30  障害がある人に明るく接すると、『これは、いいことなのだ。』とか、よくないことは強めに言うことで、『これはいけないのだ。』と分かるように、明るく言っているのだと思う。

T いいことはいい、よくないことはよくないって、大きく表現することで、伝わりやすいようにしているっていうこと。

C31  そう。

C32  みんなをうれしくするためだと思います。ぼくにとっても、Gクラスの朝の会は楽しかったし、全体的に楽しく明るかった。

C33  先生たちの笑顔で、子どもたちは元気づけられているのだと思う。

T そうか。子どもたちを、元気づけているのね。

 ところで、C34さんが前の交流会のときに、E先生はDさんにパワーをあげていて、それで、C34さんは、『わたし、Dさんからパワーをもらったからうれしかったよ。』って話をしていたよね。それで、C34さん、そのとき、うれしくなった訳って言えるかなあ。

C34  わたしが何かをしたときに、Dさんがそれを見ていて、自分が思っていることを一生懸命わたしに伝えようとしてくれたことがうれしかったです。

T そうか。分かった。一生懸命伝えようとしてくれた気持ちがうれしくて、それで、元気をもらったのだね。

C35 C34さんと似ていて、握手をしたら握りかえしてくれたり、本を読んだら笑ってくれたりして、返してくれたことがうれしかった。

T 何かをしたときに、返そうとしてくれる、その気持ちがうれしかったのだね。

 実はね、この前、A養護学校を訪問したとき、残念ながら、Dさんはお休みだったでしょう。それで、Dさんのお母さんからビデオのメッセージをもらっているの。みんなの代表の子と色紙を届けたときに、お母さんから、『こんなふうに交流してくれたらなあ。』っていうメッセージをもらっているの。おかあさんのメッセージ、分かるかな。



(ビデオ視聴)



T:家族の方は『共に成長してほしい。自然な交流をしてほしい。』という話をされていたね。そして、E先生が、いつも、『いやあ、このCクラスの子たちといると、Dさん、とってもいい表情になるのだよ。一緒にいるだけで、十分いいのだよ。』っておっしゃってくれているのだけれど、家族の方やE先生の言葉で、何か思ったことある。

C36  家族の人やE先生は、Dさんの幸せが自分の幸せだと思う。

C37  Dさんと交流することで、わたしたちにもいいことがあると思う。みんなではないかもしれないけど、寝たきりの人というか、そういう人との交流は初めてで、初めは何をしてあげたらいいのか分からなかった。
 Dさんを初めて見たとき、正直言って、『うわあっ。』ていう感じだったけれど、今は、Dさんに会えば『あっ。Dさん。』って話ができる。
 ふつうのかたちでDさんと交流していけば、このクラスのいいところも、Dさんに伝わっていくから、そういう交流を家族の人は望んでいると思う。

T  うわー。すごいね。C37さんみたいに、初めはどうしていいか分からなかった人もいたよね。じゃあ、Dさんにとってこのクラスとの交流は、どんないいことがあるの。

(沈黙)

T さっきE先生も言っていたように、いい表情になるのだろうね。じゃあ、このクラスにとっては、どんないいことがあるのだろうね。

C38  C37さんが言っていたように、ぼくも初めはどうしていいか分からなかった。だけど、一緒に交流して、Dさんのことが分かってきた。だから、大人になって、Dさんみたいな人に会ったときにも、どうやって話せばいいか分かるから、話せると思う。

T Dさんでなくても、Dさんみたいな人と会っても、話ができそうなんだ。すごい成長だね。そう言えば、C38さんは、A養護学校へ行って驚いたことがあったって書いていたね。

C39 (C38と同一の子) HさんがE先生にスポイドで牛乳を飲ませてもらっていて、そのあとで、E先生から聞いたのだけれど、『Hさんは今飲む練習をしているのだよ。』って言っていて、ぼくは、『そんなの、当たり前だ。』と思っていた。
 でも、すぐあとで、『あっ。そうか。飲むことができるようになるっていうことは、すごいことなのだな。』と思った。



T そうか。・・・。今日はねえ。みんな、すごかったね。

 自分の心の中を正直に言うって、なかなかむずかしいと思うの。それなのに、みんなの前で言えて、先生、びっくりしたし、

 『ぼくもそうだったから、きっとGクラスの子もそうだ。』って考えられたりとか、

 『当たり前のことが当たり前じゃない。』って気付いたりとか、

 『交流することでお互いにいいことがある。』っていうのもよかったね。これからのキーポイントになるだろうね。

 それから、A養護学校の子どもたちの表情をみんながとってもよく見ていて、びっくりさせられたよ。

 今日お休みのJさんが、
「A小学校へ通いたかったなあ。」
って言っていたの。A小だとA養護学校の子たちといつでも交流できるからってね。 A養護学校はA小と隣り合わせだから、よく交流をしているのだったね。
 だけど、Dさんはこのクラスとも交流しているよね。そこで、Dさんのお母さんのおっしゃる自然な交流ってどんな交流なのか、これからも、考えていこうね。


 それでは、最後に、A養護学校のE先生がいらしていて、みんなの学習を聞いてくださったので、最後に、お話を聞きましょう。



E先生 

 この間、本校に来てくれたときの感想を聞かせていただきました。たった 1回だったけれど、こんなにたくさん感じてくれたり、分かってくれたりしたのだなあと思って、正直びっくりしました。先生たちが気をつけていたことも見てくれていたのだなあと思って驚きました。とても感謝しています。

 Dさんと交流してきたけれど、皆さんが、A養護学校に来るのは初めてだったから、きっと驚いてしまうのではないかなと思って、心配していました。

 実際、K工場に行ったときよりも、みんな、初めは元気がなかったから、ちょっと心配しました。

 だけど、授業をやって給食を食べたあとくらいから、みんなが本を読んだり、Gクラスの子と遊んだりしているのを見ていると、Gクラスの子たちは授業をしているよりもすごい楽しそうにしていました。先生が考えた勉強よりもそっちの方がよっぽど勉強になったのだなと思いました。みんなといることが、みんなと一緒に時間を過ごすことが、どれだけGクラスの子にとってプラスになっていくかということを改めて思いました。

 みんなは、DさんやGクラスのお友達が笑っていると、とても幸せになるってお話をしていたけれど、先生から見たら、Gクラスの子どもたちは、みんなから力をもらっているなと思っています。たくさんふれ合ってくれて、ほんとうにありがとうございました。

 どんな交流をしていったらいいかなって、みんな真剣に考えてくれていたのだけれど、それを考えることもとっても大切なんですが、Dさんの気持ちを分かろうとする、それはDさんの表情を見るとか、手をさわってみるとか、そういうところを、みんな感じ取ろうとしてくれていると思う。

 そこでね。Dさんのことを分かろうとするくらいの気持ちで、このクラスの他の友達のことも考えてみてください。そうすると、目や耳だけでは分からなかった友達のことが見えてくると思います。そんなふうにして他の友達や兄弟や家族のことを考えてみると、また違ったところが見えてくるかもしれません。頭の片隅にそんなこともおいてくれるとうれしいです。

 あとはほんとうにね。みんなからたくさんのことを教えてもらいました。ほんとうにありがとうございました。



 授業記録は、ここで終わる。


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 長くなりました。この授業の考察は、次回に掲載します。

共生社会実現に向けて 〜授業の考察〜

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この記事へのコメント

1. Posted by yoko   2007年12月09日 22:02
本当に子供達の発言が多いですね。
いい雰囲気の教室が目に浮かぶようです。
それにしても、最後のE先生がおっしゃっていた
「Dさんのことを分かろうとするくらいの気持ちで、・・・また違ったところが見えてくるかもしれません。」のところ素晴らしいなぁと思いました。
きっと子供達は、頭でなく心でそれを理解したでしょうね。こういう気持ちを大人も持たなくてはいけませんね。
2. Posted by toshi   2007年12月10日 04:49
yokoさん
 わたしは、この日、二つの授業を見なければなりませんでしたので、この授業は前半しか見ることができませんでした。あとで記録を整理し、感動は倍加したのです。
 S元校長先生も、E先生の、その言葉をとてもほめていらっしゃいました。『いい先生だね。』と。あれ、『E』と、しゃれみたいになってしまいましたね。
 これは、分析の必要な言葉だと思いました。
 わたしたちは、ふだん、人と話すとき、相手の顔を見ていないことが多いですよね。見たとしても、それだけの気づかいをもって、相手を視ているでしょうか。
 次、『目や耳』以外の感覚も働かせて、相手を視れば、新しい世界が広がっていくとおっしゃっているのですね。
3. Posted by toshi   2007年12月10日 04:58
わたしも、ほんとうに目を開かせてもらった思いです。
 そして、こういう心を持てれば、『いじめ』などなくなると思いました。
 『共生』って、きっとこういうことなのでしょうね。
 最後に、E先生のお話は、一方的なもののように見えるけれども、こんなにしっかり視て、多様な見方を展開した子どもたちです。yokoさんがおっしゃるように、『頭でなく心で』理解したと思います。
 そして、これもまた、yokoさんがおっしゃるように、教員や親こそが、こうした目で、子どもを『視て』、『診て』、『看て』いかないといけないのではないか。
 そう思いました。
4. Posted by 海城   2017年06月07日 17:13
 はじめまして!
 インクルーシブ教育についての内容を探していてこちらのブログにたどり着きました。
 私は現在3児の母親で、大学の通信教育部で小学校教員免許を取るべく勉強中です。
 また子供が通う小学校がインクルーシブ教育を実践しており、メリットを感じておりました。

 しかしながら、ある発達障害児に関する本を読んでいて、学習に困難のある子供と定型の子が同じ教室で学ぶことは、
「健常児にメリットはあっても支援を必要とする子供にメリットは全くない」
というような記述を見て、大変ショックを受けました。

 それで、どんな考え、意見があるかを調べたかったのです。

 こちらのブログの過去の記事を読み、泣いてしまいました。
 重度重複障害のあるお子さんとある小学生たちの交流についてのお話です。
 書き出すと長くなりそうなので割愛しますが、少なくともどちらにもメリットがあると感じました。
 学習についての配慮は課題があるとは思いますが、自分が目指していく道が見えたような思いがしました。
 ぜひとも感謝を伝えたく、こうして書かせていただいた次第です。
 本当にありがとうございます。

これからも少しずつながら記事を拝見し、学ばせていただきたいと思います。
ありがとうございました。

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