2007年12月21日

しかけどころ(2)4

e0d63c75.JPG その学校は、地域とのかかわりを大切にし、可能な限り地域の教材化を図り、地域とともに歩む姿勢を大切にしていく学校だった。

 そして、地域も、何かと学校のために、子どもたちのためにと、力を尽くしてくださった。まだ、お父さん方があまり学校にかかわることの少なかった時代に、『おやじの会』をつくり、いろいろな行事を計画、実施して、子どもや教員とかかわってくれた。


 そういう学校で、わたしは、その年は2年生の担任。


 年度当初から、秋の図工科研究発表会が予定されていた。


 その4月。

 早くも、発表会で、各クラス、どのような題材の授業をするかの話し合いがもたれた。

 せっかく遠方からも多くの参観者を迎える発表だ。題材はバラエティに富んでいた方がいい。そう考えたからだった。


 その場で、わたしは、多くの教員から、要望を受けた。

「子どもたちは、日ごろ、地域の方々にいろいろお世話になっているし、親しみも感じているわね。」
「図工の発表会でも、地域を生かした題材をとり上げられないかしら。」
「そうだね。そうすれば、子どもたちは、さらに地域に親しみを感じるようになるのではないかな。」
「地域に伝わる民話がいいのではないかしら。それで、『お話の絵』を描くの。」
「ああ。それはいいね。地域の方々にしても、この民話を大切にしている人は多いから、きっと喜んでくれるだろう。」
「そうだな。ここはひとつ、toshiさんのクラスが、この地域の民話をとり入れた授業をやってくれないかな。」

 図工科本来のねらいはある。しかし、それに加えて、地域とのかかわりも大切にした題材選びは、当時、総合的な学習の時間や生活科はなかったにしても、今なら、教科等の総合化と言えるのではないか。


 しかし、これはむずかしい。地域に伝わる民話には、主人公としてカッパが登場するのだが、いくら地域にまつわる民話だと言っても、カッパは子どもにとってなじみのない存在ではないか。興味・関心などあるだろうか。知識だってどの程度持っているのだろう。


 指導者主導なら簡単だ。民話を語って聞かせ、カッパとはどんな生き物か説明すればいい。苦労はない。

 しかし、わたしとしては、どうせやるなら、何とかして、子どもから、
『先生。カッパの絵を描きたいな。』
と言わせたいわけだ。
 まあ、そこまでは無理としても、もともと絵を描くのが大好きな子どもたちだ。休み時間など、カッパの絵を描いている子が多いという状態にはしたいなと思った。

 それでこそ、内発的動機付けに裏うちされた情熱的な絵になるだろう。


 それには、『しかけ』がいる。

 〇民話というものに親しみの感情を抱かせたい。そのためには、日ごろから、夢のある民話、素朴な思いのもてる民話に接していることが大切だ。
 〇カッパに対しても、単に知識を獲得させるだけでなく、親しみの感情をもたせたい。しかし、これは急いでやる必要はないだろう。

 ばくぜんとそのようなことを思ったが、とっさには具体策はあまり思い浮かばなかった。

 とりあえず、図書室や学級文庫に、民話の絵本、また、カッパの本などを買ってもらい、入れておいた。
 ただし、カッパの絵本はさけるようにした。絵を描くとき、それに無意識に感化され、みんな同じようなカッパを描くことになってはまずいと思ったからだ。

 ただ一つ、当時は、テレビのコマーシャルに、よくカッパが登場していた。お酒のコマーシャルだったかな。

 これは、まさかとめてもらうわけにもいかないから、黙ってやり過ごすことにした。ただ、これは後で分かったことだが、子どもたちはやはり、このコマーシャルにかなり愛着をもっていた。カッパが学級で人気者(?)になると、歌を口ずさむ子もいた。また、カッパをまったく知らない子はいないという意味では、このコマーシャルに、一定の感謝の思いをもつようになった。


 さあ。いよいよ。『しかけ』の話に入る。

 この学校では、毎日の給食に、おたよりが出ていた。食欲をそそるように、その日の食材等にまつわる話題が提供されていた。
 そこで、わたしは、栄養職員にお願いをした。

「きゅうりが出る日に、カッパを話題としてくれませんか。地域の民話にもカッパは登場するので、それにふれていただけたら、さらにありがたい。」

 そして、何という幸運。

 その日の給食は、手巻き寿司だった。そして、たよりには、

「きゅうりを巻いたのをかっぱ巻きと言うのよ。それはね。〜。わたしたちの町に古くから伝わる民話にも、カッパの伝説があるの。上級生は、本の読み聞かせ教室で聞いたことがあるわね。」
などと書かれた部分があり、わたしは小躍りした。

 ちょっと水を向けると、
『そうだよ。なんで、かっぱ巻きって言うかというとね。カッパはきゅうりが大好きなの。』
『頭の上にお皿があってねえ。そのお皿はいつもぬれていないと元気が出ないのだよ。』

 まあ。知っている子はいるものだ。

 うれしくなってしまった。わたしは、『そうかよ。すごいなあ。よく知っているね。』と言っただけだった。

 すると、翌日、カッパのでてくるお話絵本を持ってきた子がいた。『やあ。絵本か。』とは思ったが、せっかく持ってきてくれたのをむげに扱うわけにもいかない。それに、カッパへの刺激を広げる意味では効果的なのだから、ありがたく受け取り、みんなに紹介してやった。お話も読んであげた。

 カッパの絵を、そのときは見せたが、すぐ持ち主に返した。

「学級文庫にも、カッパのお話の本はあるよ。おもしろいよ。」
「そうだよ。図書室にもあるよ。」

 しめしめ。だんだんのってきたぞ。

 子どもがカッパの話をしたときは、努めてその話にのるようにし、『すごいね。』『物知りだね。』『カッパにくわしいのだね。』などと相づちをうつようにした。

 上記に加え、
『いたずら好きだが、人間も好き。』
『皿に水があれば力がでるが、かわくと死ぬこともある。』
『約束は守る。』
『子どもが大好き。』
『人や動物を川に引っ張り込もうとする。』
などと、知識を披露する子もあらわれた。

 休み時間など、カッパをイラスト風に描く子がいると、努めてそれを掲示するようにした。

 ただ、地域に伝わるカッパ伝説に興味を抱く子はあまりいないようだった。むしろ、コマーシャルへの関心の方が強かったが、でも、イラスト風の絵を見ると、必ずしも、コマーシャルの影響は受けていないと思えたから、それはうれしかった。



 研究発表会が近づいた、本の読み聞かせの日。

 わたしは、この民話の読み聞かせを、地域の古老にお願いすることにした。その方は、大変ゆっくり表現力豊かに読んでくださった。

 その後、カッパへの同情的な思い。愛すべき一面をもっているという意見。『でも、いたずらはよくないよ。』など、いろいろな感想が出された。


 ところで、

『絵を描きたいな。』と言う子はいなかった。

 でも、機は熟したとみたわたし。

「どうだ。みんな、カッパにくわしいし、今はすてきなお話を、Aさんから聞かせてもらったし、民話の気に入った場面を絵に描いてみようか。」
「うん。描く。描く。」
「ぼくは、描けるよ。Bの場面を描きたい。」

 口々にそう言う。よかった。



 研究授業当日は、大部分の子が絵を仕上げるところとした。

 何かのまねに過ぎないカッパは、ほとんどなかった。力強いカッパ、逆に水がないので弱々しいカッパ、お話のどの場面かがよく分かるもの、それぞれが個性的だった。

 わたしは、机間巡視しながら、それぞれを、ほめたり、共感したり、感動したりの声をかけていた。隣りどおし、よりよい絵にするための相談をしたり、自慢をしたりする子もいた。


 そのなかに、不可解な絵を描く子がいた。

 カメを大きく描き、それに馬を重ね合わせていた。カメはこの民話に登場してこない。馬はね。カッパによって、川に引きずり込まれるのだが・・・。

「これ。なあに。カメさんと馬が重なっちゃっているの。」
「うううん。そうじゃない。川に引きづり込まれそうな馬が、カメの甲羅にうつっているのだよ。」
「あっ。そうか。・・・。なるほど。うつっているのか。・・・。」
「川の中にいたからね。水でぬれているでしょう。甲羅も。・・・。だから、うつったの。」
「すごいな。・・・。民話にカメさんは出てこなかったけれど、Cちゃんの心のなかでは、カメさんもいたのだね。」

 そのようなことを言っていたら、『どれ。どれ。』『ほんとうだ。』近くの子に限らず寄ってきて、のぞき込んだ。
 参観されている教員の皆さんも、思わず、『ほお。』『すごいな。』と言わんばかりのしぐさ、表情で、その子の絵をご覧になっていた。

 なお、カッパは、画用紙のすみに、でも、大きく、・・・、川へ落ち、『うわあ。』と悲鳴を上げているかのような表情で、描かれていた。


 あとの研究討議では、見知らぬ教員方が、

「初めは、2年生にカッパなど、無理ではないか。描けないのではないか。一体どのような絵を描くのだろうという思いで、見させていただきました。しかし、子どもたちの心のなかで、カッパは躍動しているなと思いました。それだけ、ふだんから地域の民話になじんでいるのだなと思いました。

 わたしは、どのような民話かは分かりませんが、それぞれの絵を見て、『ああ。民話の一場面を描いているのだな。』ということはよく分かりました。すばらしい教材発掘ですね。わたしたちの地域にも民話は豊富にあります。さっそく学校へ戻ったら、カリを検討し、とり入れてみたいと思いました。ありがとうございました。」

「図工のねらいを大切にしながらも、さすが地域とともに歩む学校なのだなという思いを強くしました。本を読んでくださった方だけでなく、地域の方皆さんが、これらの絵をご覧になれば、感動されるのではないか。地域と子どもたちとの一体感がより増すのではないか。そのような思いがしました。」


にほんブログ村 教育ブログへ

ninki


 前記事に書かせていただいた学校が、わたしの本実践を『しかけ』として認めてくれるかどうかは分かりません。

 あくまで、今日の記事は、わたしがそうとらえたという意味ですので、そのようにご理解ください。

 次回は、前号に書かせていただいた学校の実践をとり上げたいと思います。



rve83253 at 11:06│Comments(0)TrackBack(0)指導観 | 図画工作科指導

トラックバックURL

コメントする

名前
URL
 
  絵文字