2008年01月01日

信じられること5

fca114c1.JPG あけましておめでとうございます。
 
 本年も、よろしくお願いします。


 年の初めは、何か、やはり、あらたまった感じがする。

 空気もすがすがしく澄んだように感じる。


 そんな今、これまでを振り返り、さらに、この一年への思いをはせる。


 早いもので、退職して3年。初任者指導に携わって3回目のお正月を迎えた。ブログを始めても、3回目のお正月となる。



 まずは、退職後も、充実した生活を送らせてもらっていることに感謝したい。

 ほんとうに、こんなすてきな日々を過ごさせてもらえるとは、退職したころは、思ってもみなかった。



ウェブ進化論の梅田望夫氏は言う。
「ネットの善の部分を直視せよ。」

 ほんとうだ。わたしは今、ネットの善の部分を信じることができる。


 ブログって、おもしろいなあ。

 お互い面識はないのに、そして、名前だって『てきとう』な名前でつながっているに過ぎないのに、まるでむかしからの知己であるかのように、語り合うことができる。

 その上、その内容は決して『てきとう』ではない。


 やっぱり人間の本性は善なのだよね。(前記事では、『日本は、性悪説がしっくりくるお国柄』などと書いたのだったね。すみません。)


 一昨年。

 このときは、見知らぬ方々と語り合える喜び。それを実感した年だった。新鮮さ、不思議さも相まって、興奮状態のときもあった。

 そして、昨年は、

 慣れてきたことによって、当初の思いはなくなったが、今度は、『語り合える』を通り越して、『深め合える』が実感できるようになった。


 コメントをくださる方が、資料まで紹介、提供してくださったのだもの。ほんとうに学ばせてもらった。ありがたかったし、『ああ。退職する前に、これだけのことを知っていたら、もっと、〜できたのになあ。』と、自分の不勉強を後悔する気持ちにもなった。


 つまり、わたしは、このブログを通し、わたし自身が『問題解決学習』をさせてもらっているのだ。


 わたしはずっと、現職中から、『自分は、実践しか語れない。』そう思っていた。そして、そう思う自分を、むしろ誇らしげに思ったりもした。

 35年間。そんな人生を送ってきたのだもの。学級経営にしても、学校経営にしても、そういう話なら、材料はいっぱいもっている。

 しかし、教育学者が何を語っているか、国の教育政策はどうなっているか。そういうことに関しては、ほんとうに語るものをもっていなかった。

 そういう欠落した部分を、多くの読者の方と教育ブログを運営されている方々が救ってくれた。おかげさまで、今は、けっこう、そういうことも語れる気持ちになってきている。


 何よりうれしかったのは、自分の教員人生をかけて取り組んできたことが、ネットを通し、認知されたという実感をもてたことだ。
 
 それこそ、『総合的な見方』ができるようになった・・・と思う。



〇そういうことによって、リアル社会を見る目も変化してきている。

 わたしにとっては、リアル社会における初任者指導とブログとが、密接にかかわっているのだが、その関係が変化してきたと思う。


 当初は、初任者指導に携わって、初任者の育ちをまのあたりにして、それを、少しでも、全国の初任者に役立てていただければという思いだった。


 しかし、今、主客が変化している。

 ブログを書くために、そして、不特定多数の方々といつまでもつながっていたいために、初任者指導に携わるという、そういう側面が加わった。双方向になったと言えよう。

 だから、『この仕事は当分やめられないな。』という思いになっている。



〇でも、まったくぶれないのは、子どもへの思い。子どもの育ちへの信頼。それは不動だ。リアル社会においても、ネットにおいても、これだけは、中心におく。

 退職して、また、毎日、教室で子どもとふれ合えるようになった。今度は、初任者を通してであるが、担任時代とはまた違った目で、子どもたちを見つめることができる。

 初任者も、子どもたちも、日々、成長していく。『打てばひびく』が実感できる。

 この思いは、今年も大事にしていく。



 さあ、今年は、どんな自分と出会えるか。それが楽しみでもある。


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ninki

 

 最近、わたしのブログは、初任者にとって使いにくいのではないかと思うようになりました。読みたいと思うものがすぐ見つからない。そうなっているのではないだろうか。

 そんな思いで、今、初任者向け目次を作成しています。

 そうなると、初任者とのふれ合いも、豊かになっていくのではないか。

 そんな予感がしています。

 それでは、年初めの1クリックを、よろしくお願いします。

rve83253 at 08:15│Comments(17)TrackBack(0)エッセイ | 自己啓発

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この記事へのコメント

1. Posted by kmns   2008年01月02日 11:40
謹賀新年

かうご挨拶申上げますがはじめて御意を得ます者。元辭書出版社勤務。表記についての關心より定年後「擴張ヘボン式」なる翻字式ローマ字を提唱してをります。これで轉寫してみると傳統的假名遣の合理的であることが判然とする。戰後の國語行政の前提が間違ってゐた。さう氣づいてみるといろいろのことが見えて參ります。教育の荒廢の淵源は明治期のローマ字論の誤謬にあると言っても過言ではないのです。

サッカーの大黒を oguro と書くのは變ではないかといふこと、これは王樣は裸だといふに等しく子供なら判ることですが高學歴の人に説明するとなると非常に難しい。そのあたりのこと、ウィキペディア「ローマ字論」のノートに書きました。user:kmns と叩くと出て參ります。

御一讀いただきたく一筆ご案内申上げる次第です。
2. Posted by Fumi in Bahrain   2008年01月02日 17:10
明けましておめでとうございます。

去年はアメリカ・コロラド→バーレーンと職場が変わったり、社会→数学と教科が変わったり(あっ、これは一昨年か・・・)、公立→私立、高校→中学校と教える学校の経営方針と学生の年齢層が変わったり、いろいろ自分に向けて挑戦が多かった気がします。なので、まだ「初任者」という感じです。(そうは言ってられないんでしょうが)今年こそは少し落ち着く予定です。

「信頼」というのは大きいですね。これがなかったら教育は成り立ちませんね。

毎回のtoshi先生の投稿、楽しみにしております。
今年もブログ共々よろしくお願いいたします。
3. Posted by toshi   2008年01月03日 02:30
kmnsさん
あけましておめでとうございます。
ネットの辞典に執筆されているとのこと。すごいですね。わたしはなかなかできないでいます。
『問題解決学習』など、書きたいのですがね。
ローマ字については、なかなか知識がなくてすみません。勉強させていただきます。
本年もどうぞ、よろしくお願いします。
4. Posted by toshi   2008年01月03日 02:36
Fumi in Bahrainさん
 あけましておめでとうございます。
 おお。お久しぶりですね。
 世界をまたにかけてのご活躍。すごいなあと思います。
 でも、それだけではないのですね。
 教科や、校種まで変わられて、ほんとうにその挑戦する姿勢に、敬意を表します。
世界の教育事情など、ときどき、お教えいただければ幸いです。
 リンクさせていただいているブログ名を変更した方がいいでしょうかね。
 今年もよろしくお願いします。
5. Posted by Hideki   2008年01月03日 18:17
あけまして、おめでとうございます
toshi さんからはいろいろな事を学ばさせていただきました。
一番は、学校側(あえてこう言う表現をする失礼をお許しください)に
toshi さんのような方が、しかも上位者でいらっしゃるということが
とても安堵の思いに満たされる次第です。

ネットは、人間の考えと思いが伝わる、
光と闇の両極をあわせもつ
その意味で素晴らしく、また怖くもあるメディアだと感じています。

その昔、メーリングリストというツールだった時代に
知恵の交換というコンセプトで意見交換をかわし
遠く離れた見ず知らずの人と「共感」「共創」したことで
私自身ネットの面白さにはまりました

いまブログという形にかわり、より多くの方と知恵と思いの交換ができるようになりました
これを「正しく」続けていけるようにしていきたいですね
6. Posted by toshi   2008年01月04日 06:59
Hidekiさん
 あけましておめでとうございます。
 
 わたしとしましても、現職中は、指導法だとか、児童理解だとかは、ほとんど同業者としか話す機会はなかったわけです。それが、退職後、こうして多くの市民の方々、見知らぬ教員の方々と話すことができる。しかも、分かり合えるということ。これはほんとうに、新鮮な喜びでした。ブログという場(?)を与えてくれたことに、感謝したいと思います。
《遠く離れた見ず知らずの人と「共感」「共創」したことで私自身ネットの面白さにはまりました。》
 ほんとうに、わたしも、見事にはまっているような気がします。

 今年も、どうぞ、よろしくお願いします。
7. Posted by Z会スタッフ:寺西   2008年01月04日 11:29
5 こんにちは。ブログランキングからきました。
教育産業に勤める者です。

初めてブログを拝見しました。
こんなブログに出会い、1年の初め、嬉しい気分になったと同時に、今まで知らなかったことがちょっぴり残念。
思いとしてはほとんど同感、加えてデータなどの紹介、そして優しい言葉…。
「この部分をもっと直したいな」と意見するときに、自分では「意見」でも、受け手には「批判」に取られるような物の言い方をする自分に、本当に勉強になるブログ…。

ゆとり教育、僕もその理念は賛成です(導入・運用の仕方に問題ありですが)。
ネットの善、僕も信じています。ネットで知り合い、リアルでも大事な友人、数多くいます。
そして、子どもを信じること。そう思ってはいるものの、たまに「?」の思いがニョキっと出てくる自分への戒めにもなりました。

恐縮ですが、リンクはらせていただきます。
今後とも勉強させて下さい。
8. Posted by toshi   2008年01月04日 15:23
寺西様
 お読みいただき、ありがとうございます。
《「この部分をもっと直したいな」と意見するときに、自分では「意見」でも、受け手には「批判」に取られるような物の言い方をする自分に、本当に勉強になるブログ…。》
 このようにおっしゃっていただき、恐縮してしまいました。わたし自身も、学校管理職のときは、気をつけていることでしたが、今、ブログをやらせてもらうにあたっては、どうだか、ちょっと自信がありません。気をつけたいと思います。
 リンク、ありがとうございます。ただ、わたしとしては、受験社会を批判しておりますので、それでもよろしいでしょうか。ちょっと心配しております。
9. Posted by Z会スタッフ:寺西   2008年01月04日 19:19
お返事ありがとうございます。
いろんな価値観がある、ということを大事にし、そして子供たちにも伝えていきたいと思っていますので、どうぞ気にされず…(というか、僕の方こそ、コメントしてしまってよろしいのでしょうか、と思います)。

教育界は役割分担だと思っています。
家庭教育、社会教育、公教育、私教育…そこでしかできない価値というものがありますよね。
それぞれの領域で、それぞれの役割を果たすことが大事だと思いますし、逆にそれぞれの領域の欠点もあると思っています。

僕はとても田舎の出身で、難関大学を目指す教育機会に苦労した人間です。
だから今の会社を選びました。「全国どこにいても受けられる同じ公教育サービス」はないですからね。
あまり公とか私とかは気にしていません。

では、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
10. Posted by toshi   2008年01月04日 19:51
寺西さん
 うわあ。すごい。感動です。ほんとうにありがとうございます。
《教育界は役割分担だと思っています。家庭教育、社会教育、公教育、私教育…そこでしかできない価値というものがありますよね。それぞれの領域で、それぞれの役割を果たすことが大事だと思いますし、逆にそれぞれの領域の欠点もあると思っています。》
 わたし自身が、ついこの前まで、一面的な見方しかできなかったのですね。いえ。今だって同じです。なんか、また、目を開かせていただいた気持ちがします。お互いに分かり合える部分を模索していければと思いました。
 
 
11. Posted by toshi   2008年01月04日 19:58
役割分担。
 ほんとうにその通りです。実は、わたしが標榜する問題解決学習も役割分担です。
 資料収集が得意な子。自分は集めるのは苦手だが、友達が集めた資料により考察するのが好きな子、
 ああ。その中間もありました。人が集めた資料を分類、整理するのが得意な子。
 それでいいのだと思っています。それを認めてこそ、子どもたちは生きる幅を広げていくのですね。究極的には、役割分担がぼやけてきます。
 わたしも、寺西さんのコメントをいただき、生きる幅を広げていきたいと思いました。
 ありがとうございました。
12. Posted by Z会スタッフ:寺西   2008年01月04日 23:12
5 本当に何度もありがとうございます。

対立概念は、片手でケンカ、片手で握手、そんなもんだと思っています。
ゆとり教育にしても、詰め込み教育の存在があって生きるものですし、曲解され「ラクチン教育」に暴走し始めると、詰め込み教育の大事なところも生かせるかもしれませんし。
お互いの立つ位置を明確にしつつも、相手の存在を認め、そしてお互い目線だけは「子ども達」に向かっていれば、教育の価値が最大化できるのではないかな…そんな風に考えています。

教育産業も、公教育あってこそ、ですし、弊社でも「まずは学校の授業を完璧に」と指導させていただいております。
13. Posted by Z会スタッフ:寺西   2008年01月04日 23:19
5 問題解決学習、素敵ですね。
コメントを読みながら、僕の大好きな「存在理由」という言葉を思い出していました。
※カッコつけて「レゾンデートル」(reason to beの仏語になります)などと偉そうに言っているのですが(苦笑)

その人が生まれてきたのは、存在理由が何かあるからだ。
そして、その存在理由は、自ら研磨することにより、どんどん大きくなり、社会に価値を生み出し、それが自らの喜びにつながる…

一人ひとりがそんな存在理由を見つけられたら、心は幸福でいっぱいになる。
それが先生のおっしゃる「役割分担がぼやけてくる」状態かもしれませんね。

なんか僕まで、幸せな気持ちになりました。本当に感謝いたします。
14. Posted by toshi   2008年01月05日 08:12
寺西さん
 『片手でけんか、片手で握手』
 言い得て妙だなと思いました。
 そこで、わたしの受験に対するスタンスをすでに記事にしたことがありますので、ご紹介させてください。
 一つは、わたしの20代のころ。若気の至りで受験反対で突っ走り、今となっては、反省仕切りという内容です。
 もう一つは、30代後半。今度は塾の先生が若気の至りで突っ走り、わたしは学級担任としてその調整に骨を折ったという事例です。
 寺西さんのおっしゃる、『弊社でも「まずは学校の授業を完璧に」と指導させていただいております。』の、まさに逆をいく事例です。

 どちらもけんかのようでありながら、しかし、二番目に紹介させていただいた記事は、わたしとしては、握手の方向性をもっていたと思います。
 それでは、どうぞ、ご覧いただければ幸いです。

 教員生活35年
http://blog.livedoor.jp/rve83253/archives/670617.html

 心の教育(2)
http://blog.livedoor.jp/rve83253/archives/670633.html
15. Posted by Z会スタッフ:寺西   2008年01月05日 13:12
5 2本、時折目が ^^ の形になりながら拝読しました。
新春から、僕自身も今以上に前に進まなきゃ、という思いになりました。それだけで本ブログでのやり取りに感謝を申し上げます。

以前、「リーダーの条件」というタイトルでブログをしたためたのですが(前・後編)
http://www.zkaiblog.com/histaff/archive/191
http://www.zkaiblog.com/histaff/archive/192
まさに「信念」をもって進められたんでしょうね、先生は。
※「信念」は間違っていてもいい。「悪」でなければ。きっとそれで、生徒はついてくるんじゃないでしょうか。

2本目の記事、ちょっと涙も出ました。
理解してくれたお母様に対しても。なかなかそうもいかない現状がある中で…。
16. Posted by Z会スタッフ:寺西   2008年01月05日 13:20
対立概念に対し、自らが良いことを主張するには、相手の否定から入っても好ましくないと思うんですよね。
相手を認め、その上で自らの良さを主張する、というのが、説得の技法かと。

僕個人的に、私教育は公教育の補助手段、つまり、公教育には別のこと(とくに社会性の習得)を身につけさせてほしいので、そこで「できなくなった部分」を私教育がやる、という存在です。
だから公教育を第一に、という主張は無理せずスンナリでてくるんですね。
ただ、世の中的に「学校サボって塾へ行く方が中学受験に通りやすい」という現状もゼロではないので、悩ましいところですが、これは塾が悪いのではなく、中学受験のシステムの問題に(個人的な心の中では)帰着させています。

相手を否定するより、相手に「負けるかっ!」と自らを良くするベクトルに、パワーを注ぎたいものです(^^
17. Posted by toshi   2008年01月06日 08:57
寺西さん
 拙ブログ記事をお読みいただき、ありがとうございました。
 よきリーダー論、学ばせていただきました。特に、『信念は間違ってもいい。悪でなければ。』はドキッとしました。『信念はいろいろあっていい。』『その人らしさの表れたものでいい。』ということでもあるかなと思いながら、なお、考えてみたいと思いました。
 わたし自身は、まだ、このことに関して記事にしていないのですが、いずれは書かせていただこうと思っています。
 『信念に燃える。』もいいのですが、寺西さんがおっしゃるように、周りへの理解を示すことが先にないと、なかなか浸透していかないですね。でも、理解を示しすぎると、ぬるま湯的になるという、やはり人間のやることには矛盾があり、その兼ね合いなのでしょうね。

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