2008年01月03日

初任者の成長(5)学級文化の創造5

42d73531.jpg 学級文化については、かつて、『小学校初任者のホームページ』に掲載した。今回の記事は、それと重なるが、あわせてお読みいただけたらありがたい。

 学級文化とは、かつて、先輩の校長がおっしゃった言葉であり、広く教育界に認知されているとは言えない。
 でも、わたしは気に入っている。


 おおよそ、次のような概念になる。

〇学校は、組織的、計画的に、教育活動を行う場であるが、学級内に子どもの主体的な学び、活動が保障されて、子どもがいきいき生活するようになると、子どもは自発的、自然発生的に、学級全体がまとまって、ある一つの、価値あることをしようとするようになる。
 それは、担任にしてみれば、意図的、計画的なはんちゅうの枠外にあるもので、予期していない場合が多い。『あれよ。あれよ。』という間に広まっていく。

〇子どもは十分個性的に生きている。自分らしさを発揮している。みんなが友達のあるがままを認め合える。だから、学級のみんなと一緒にやることが何よりも楽しいという思いになる。
 子ども一人ひとりには、得意、不得意があるだろう。しかし、みんなと一緒にやることに、充実感、喜びがあるため、そうした個人的な事情を超越してしまう。


 わたしが今担当している初任者の学級については、秋ごろからそれを感じるようになった。

 運動会で行ったよさこいソーラン。子どもたちは練習のときから張り切っていた。日に日に上手になっていった。

 運動会では、多くの方から絶賛を浴びた。保護者同士の喜びの声が印象的だった。
「ねえ。ねえ。見たあ。・・・。3年生のよさこいソーラン。」
「見たわよ。すごかったね。・・・。3年生でもあんなに踊れるのだね。」
そのようなやり取りが、わたしにまで聞こえてきた。

 そうした保護者の声を、担任はじめ、校長先生、教頭先生に伝えたことは言うまでもない。



 さて、それから、1ヶ月以上たって、一人のお友達が転校してしまうことになった。そのお別れ会の計画を決めているとき、一人の子が、『みんなで、運動会のよさこいソーランを踊りたい。』と提案した。みんな、喜んだ。

 即決。衆議一決だった。
 どの子も笑顔だった。わたしは、その決めている様子に、勢いを感じた。

 その一方で、

『大丈夫かな。みんなちゃんと踊れるのかな。もう、運動会が終わって一ヶ月以上だっているのだもの。』

 そういう心配も抱いたのだった。


 そして、お別れ会の本番を迎える。


 ここで、もう一度、冒頭の写真をご覧いただきたい。

 一人ひとりの表情をお見せできないのは残念だが、どの子もすばらしかった。手足の動きに張りがあった。そして、よくそろっていた。決して忘れてなどいないのだった。


 後で聞いてみた。

「運動会から、1ヶ月以上たっているのに、よくあんなにしっかり、踊れるなって感心しちゃった。」
「だって、ぼくたち、Aちゃんのお別れ会のときは、絶対踊ろうなって、約束していたのだもの。」
「そうだよ。絶対忘れちゃダメだぞって言い合っていたの。」
「そうか。それであんなによくそろっていたのか。」
「toshi先生。携帯で写真とっていたでしょう。見せて。」

 みんな、寄ってきたのは言うまでもない。



 そして、今は、・・・、みんな、習いたての笛が好きだ。

 休み時間や、給食前の時間など、思い思いに吹いている。『笛が嫌いだ。』『苦手だ。』と言っていた子も、嬉々として吹いている。友達に聞いたり、教えたりしている姿も自然体だ。いいなあと思う。


 初任者の担任に言った。子どもたちの育ちに感じ入ったことや、担任の営みをほめた後で、

「〜。Bちゃんなんか、おとなしい子だろう。・・・。それに、無表情だし、なんか、おどおどしているように見えるときもあった。それが、今はすごくいきいきとして楽しそうだ。笑顔も多くなったね。ああ。この調子なら、いじめられる心配などしなくて済むな。」

「はい。それは、Bちゃんのお母さんもおっしゃっていました。・・・。お兄ちゃんはいじめられていたのだそうです。それで、Bちゃんのこともすごく心配なさっていたのですね。
 でも、『学級がとっても楽しくなって、今は、張り切って登校しています。』って、おっしゃっていました。それでとても感謝してくださったので、すごくうれしかったです。」



 そう。ここまで担任の努力について、ふれてこなかった。何しろ学級文化を語るとき、それは担任の営みとは直接つながらないので、つい落ちてしまう。

 しかし、担任のどの子も認め、どの子もほめる姿勢。

 どの子もほめるには、一人ひとりほめる内容を変えなければならないわけだが、どの子に対しても、あと一歩の努力で達成できることを指し示し、それができるとほめる、認めるという姿勢を貫いている。

 子どもにしてみれば、何をがんばったらよいのかが具体的に分かり、それを達成すると認めてもらえるので、喜びと安心感がある。それが子ども同士のつながりに転移し、子ども同士もあるがままの友達の姿を認めることができる。



 7月ころまでは、自己中心的な言動の目立つ子がいた。Dちゃんだ。

 しかし、初冬のころになると、

 友達のEちゃんが泣いていた。泣きながら体育をやっていた。担任が、
「泣いていても、体育をがんばる。ふつうはやめちゃうよ。すごいね。えらいね。」
そう言ってほめた。そうしたら、隣にいたDちゃんはEちゃんを見ながら、まるで我がことのように喜んでいた。

 あとで、
「Dちゃんのあの姿もほめてやればよかったな。」
と言ったのだけれど、とにかくそうした担任の営みが今の学級の姿を創っているということ。それは間違いないだろう。

 そして、担任の思い、言動に支えられた子どもたちが、無意識な世界のなかで、学級文化を創造していく。

 さあ、7日から、また、学校が始まる。1月以降は、どのような活動を見せるか、今から楽しみだ。


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 読者の皆さんのなかには、『なんだ。運動会の種目にあったのなら、それは、教員による、意図的、計画的な営みではないか。』そう思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。

 たしかに、運動会まではそういうことですが、運動会の後は、もう、意図的、計画的な営みではありません。そう言っていいと思います。

 前々号に、

 『好きこそものの上手なれ。』つまり、学ぶ意欲、自己教育力、生きる力を身につけさせることが大事で、そうすれば、つめ込みなどしなくても、『読み・書き・そろばん的学力』は、後からついてくる。
と書きました。

 その、『後からついてくる。』という言葉のなかには、今日述べたような意味もこめられています。

 なお、今日の記事は、かつて掲載した、『初任者の成長(4)』と同一のクラスです。記事内容も似ています。あわせてご覧いただければ幸いです。

 それでは、今日も、皆様の温かい1クリックを、よろしくお願いします。



rve83253 at 08:37│Comments(3)TrackBack(0)学級経営 | 児童観

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この記事へのコメント

1. Posted by とし   2008年01月05日 23:21
toshi先生こんばんは。
リンクの件,本当にありがとうございます。
驚いてしまいました。嬉しかったです。
また,こちらのリンクのご承諾も得ずに申し訳ありませんでした。

「学級文化」なるほど・・と思いました。
子どもたち,個々が形成する小さな社会「学級」
そこは,王国でも帝国でもなく,
>主体的な学び、活動が保障されて、
>子どもがいきいき生活するようになると、
>子どもは自発的、自然発生的に、
>学級全体がまとまって、ある一つの、
>価値あることをしようとするようになる
民主的な営みの息づく空間です。
個々の様々な摩擦,切磋琢磨,いたわり,尊重・・
様々なかかわりの中で形成されていく「文化」
その文化が幾重にも重なれば,学級の「歴史」となる。
担任は,その礎を懸命に仕組み,そっと見守る。
2. Posted by とし   2008年01月05日 23:22
ただ今,TTの立場で少し寂しい思いがします。
担任になって,今までみたいに子供らが築いていく文化を誇らしく見守りたい。・・そう痛感致しました。
教員の旨とする所,
本命や幸せは,こうした学級文化の創造に
尽力していくことにあるのかも知れません。
躓きながらも,ほくそ笑み,活動を仕組んだり,
思わぬ幸せなハプニングに目を丸くしたり。。
至上の喜びなのでしょう。。
ただ,私はTTと言う立場で,研究主任という立場から,
少しだけ広い視点で,各学級の文化創造に寄与できたらいいな・・,そう思いました。

素敵なエントリありがとうございました。
3. Posted by toshi   2008年01月06日 11:59
 学級王国については、としさんのおっしゃるとおりだと思います。
 学級文化を築くことのできる学級は、融和的な雰囲気に満ちており、他学級とも仲良くできるのです。
《その文化が幾重にも重なれば,学級の「歴史」となる。》
 『学級の歴史』というのは、すごい言葉だと思いました。学ばせていただきました。
 わたしが記事の最後に、『1月以降が楽しみ』と書きましたが、また一味違った『文化』を見せてくれるものと期待しています。

 確かに、TTという立場は微妙ですね。一歩も二歩も引く感じでしょうか。子どもたちとあまり密接になるのも遠慮がちになってしまうのかもしれませんね。

 でも、まだ、授業の場で、子どもたちとかかわれるわけですから、
《私はTTと言う立場で,研究主任という立場から,
少しだけ広い視点で,各学級の文化創造に寄与できたらいいな。》
 このお気持ちが大切だなと思いました。

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