2008年01月08日

そんなの、カンケーねえ? いえ、関係づけてね!4

f12d4e18.JPG 今、全国の教員方をこまらせているらしい。まじめに真剣に、叱っていると、子どもから、標題の言葉で、逆襲されるらしいのだ。

 でも、わたしの担当する初任者のクラス(3年生)では、・・・、

 確かに、お楽しみ会は、これで盛り上がった。ひょうきんもののAちゃんのしぐさは、ほんとうによく似ていたし、かわいらしかった。

 しかし、日ごろ、そのような態度で、担任をちゃかすような子どもはいない。節度はしっかり守っている。



 昨日。7日。学校が始まった。その日。

 わたしは、放課後の指導のなかで、冗談ぽく言った。
「そんなのカンケイねえじゃなくて、しっかり関係づけてね。」

 そして、2つのことを引き合いに出した。

 

 その1

 担任は、朝、予告なしで急に、『冬休みの楽しかったことなど、思い出を発表しましょう。』とやったようだ。

この唐突感は、よくない。

多くの場合、
「ええっ。何でえ。急に言われたって、言うことなんかないよ。」
となってしまうだろう。


 でも、このクラスは、学級文化をきずきつつあるから、突然でも、よく発表していた。その点は感心した。


 そう。

 学習への意欲というのは、前回記事にしたような『指導法』も大切だが、豊かな人間関係があるかどうかも大きいのだよね。

 しかも、すばらしかったのは、その発表内容である。

 たとえば、Bちゃんの発表を書くと、

「冬休みに、家族で〇〇遊園地に行きました。〇時間も待ってやっと〇〇に乗ることができました。
 小さいときは、こわいなんてあまり思わなかったのですが、今度はとてもこわくなってしまって、妹に笑われてしまいました。
 帰りの道もこんで、家へ着くまでに〇時間もかかってしまいました。
 こわかったりこんだりしたけれど、でも、とても楽しかったです。でも、疲れました。」

 このように、(楽しかったり疲れたりした)『様子』を、くわしく発表するものが相次いだ。それはすごいと思った。


 とかく、これまで目にしてきたものは、
「冬休みに、お父さんとお母さんと妹とおじいちゃんとおばあちゃんで、〇△へ行きました。とても楽しかったです。」
などというもの。

 友達と遊びに行ったのなら、友達の名前を全部言おうとする。そして、様子についての話はない。


 初任者のクラスに話を戻して、

 また、それら発表に対する担任の対応も、一応はよかった。子どもの話をしっかり聞いて、その様子をさらに引き出そうと、相づちをうったり、質問したりしていた。

 それはよかったのだが、大事な一つの観点はもっていなかったようだ。

 それは、この、『冬休みの楽しかったことなど、思い出を発表しましょう。』の学習をどうとらえていたのかということにかかわる。

 どうも、『長期休業前後の指導』という観点しかもち合わせていなかったようだ。



 そこで、言った。
 
「これは、12月に、国語で学習した『話す・聞く』の学習にストレートにつながる。そういう意味で、実践的なとてもいい学習の場だったのだ。だから、ぜひ、その学習と関係づけてほしかった。

 そうすれば、その学習でおさえた、
 〇発表の前に話す事柄を整理する。
 〇事柄の順序を考えて話す。
という観点でも、子どもの発表をほめることができただろう。そう言ってほめることが、前単元で学習したことをさらに定着させることになる。」
「ああ。ほんとうにそうですね。そういう発表はたくさんありましたね。」



 その2

 上記、子どもの発表に先立って、担任も自分の冬休みの楽しかったことを発表した。それも写真入で、とてもよかった。

 子どもたちも、先生の発表があるとは思っていなかったようで、興味津々。うれしそうに見たり聞いたりしていた。


 そのなかに、旅先で、食べたものの紹介があった。ずんだもちだ。その写真を見せながら、
 「〜。ずんだもちに使うものはね。」
 「先生。枝豆でしょう。」
 「すごい。よく知っているねえ。」

 わたしも驚いた。だいたいわたし自身が、枝豆とは知らなかった。

 だが、そのあと、担任の話は、ずんだもちのいわれとか、その土地の話になってしまった。

 それはそれで、よさはあったのだが・・・、しかし、


「これも残念だったよ。12月に、説明文で、『すがたをかえる大豆』を学習したばかりではないか。あの話に、もちはでてきたっけ。」

「あっ。いえ。でてきません。」

「そうだよな。そうしたら、このずんだもちを、ぜひ、あの説明文と関係づけてほしかった。そうすれば、・・・、教室には、大豆について、『おいしく食べるくふう』と、『食品』の表が、今もはってあるよねえ。

 その表がさらに充実したものになっただろうね。」

 そう。この場合、

 枝豆と子どもから出たときに、

「えっ。枝豆からできているの。よく知っているねえ。・・・。あら、枝豆って言えばさあ。〜、」

そう大声ですっとんきょうに言っただけで、子どもが、関係づけてくれたのではないか。



 関係づけること。これは大事である。

 早い話が、これは暗記の要領だから、あまりいい例ではないが、
『いいくにつくろう鎌倉幕府』
これも、西暦年と歴史事項を関係づける何かがあると覚えやすくなるということだ。

 上記2つは、関係づけることによって、理解がます。発展、応用のきく理解になる。前記事に書いたように、ストーリー性をもつこともあるだろう。

 理解だけではないね。関心・意欲を強めることにもなる。

 また、その『関係づけ』という『学び方』の学習は、『生きる力』ともなって、まさに、生涯を通じて役立つ力になる。いいことだらけなのだ。


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 今日の記事の掲載に当たっては、初任者の了解をいただきました。

 「すばらしい学級をつくっていて、それは何度もブログに書いているから、たまには、よくないことも記事に書かせてね。」

 にが笑いしながら、
「ええ。もちろん。どうぞ。・・・。その方が、多くの初任の先生には役に立つかもしれませんね。わたしもがんばります。」
そう言ってくれました。

 ありがとうね。


 ただし、こうも言いました。

「反省だけで、『ああ。しまった。』とあきらめる必要はない。明日からの指導に役立たせることも大切だが、でも、今日のことだって、ぜひ、明日の朝の会で、ほめてやりなさい。」

 なお、『話す・聞く』の指導については、これまでも記事にしたことがあります。よろしければご覧ください。

   国語『話す・聞く』の指導(1)

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rve83253 at 10:31│Comments(0)TrackBack(0)授業 | 指導観

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