2008年01月14日

町の行政に感涙(!?)4

6d3fda8a.JPG すごかった。このようなことが、現実に起こりうるのか。

 人間て、たいした生き物だな。

 そのような思いで、テレビ(サンデープロジェクト)を見ていた。

 町の行政に、こんなに感動するとは。



 急に話を変えて恐縮だが、学級経営にも『感動』は多い。子どものいきいきとした姿と、それをつくり出す担任の営みに感動するのだが、『ああ。町政も同じだな。』という思いにさせられた。


 むかし、ある先輩が言っていた。

「大人なんてつまらないわ。こっちがどれだけ努力しても、もう、変わらないもの。でも、子どもは違うわ。こっちがはたらきかければ、どんどん変わっていくの。」

 でも、そんなことないね。

 大人だって、時宜を得れば、変わるのですよ。成長していくのですよ。それを実感させてもらった。
 


 その町は、福島県の矢祭町。茨城県境に位置する山村だ。人口は、7000人弱。

 これまでも、同番組は、数回、同町をとり上げてきた。



 そこで、これまでの概略を示すと、

 ことは、平成13年の『市町村合併をしない矢祭町宣言』に、端を発する。さらに、住基ネットへの不参加表明と続く。

 
 おもしろいのは、双方とも、将来への見通しなどあまりなく、行き当たりばったりで(?)、決めてしまったことだ。
 また、必ずしも根本町長のリーダーシップということでもなさそうだ。町議会に代表されるが、双方とも多くの住民の意向だったみたい。(このあたり、リンクするので、くわしいことは、そちらをお読みいただきたい。)

   小さいからこそ輝く町
   合併しない宣言
   昭和の大合併のしこり
   芽生えた自律意識
   

 国や県の圧力はあった。やってきたのは、地方交付税の大幅削減。

 いやおうもなく、行政改革を迫られることになる。


 ここからがすごい。

 町長はじめ、役場の管理職が庁舎の掃除をかってでる。課長級がトイレ掃除までやる。職員を減らしたからそうなったのだが、逆に、365日窓口は開くなど、町民へのサービスは向上させる。
 管理職の姿勢が、職員の意識改革を促したのだろう。職員に不満はなかったようだ。

 また、町長は、職員を使うのも上手なようで、改革案を職員に練らせる。役場挙げての改革といった感じになった。
 当初は、財政難で先行きを心配していた町民だったが、これには、驚かされたみたい。

 翌年、町長は引退を決意した。しかし、住民らが、町長の引き続きの登板を要請する。いや。要請などというものではないね。それは、上記リンク記事にくわしい。

 町長も、住民の思いにほだされ、続投を決意した。


 そのときからだ。今度は、町民の意識改革が始まる。

「役場はすごい。経費削減と住民サービスの向上に努めている。わたしたちも負けてはいられない。できることは自分でもやろうではないか。」
 そうして、ある人は公園のトイレ掃除を申し入れる。観光地の整備(整美)をする人もでる。
 町ぐるみの行政改革となった。


 
 今回のテレビで、特に驚いたのは、町の図書館建設にかかわること。

    矢祭もったいない図書館

 何と、蔵書のすべてを、全国からの寄贈にたよることにした。

 これには、図書館の専門家から、ものすごいクレームが来たようだ。

 要するに、図書館というのは、緻密な計画をもって、どういうたぐいの本を何冊そろえると、決められているのではないか。いろいろ分類される書物が、それぞれ一定数なければならない。そういう認識なのだろう。

 それが、『寄贈してもらう。』では、あてがいぶちになってしまうものね。
(もっともこれはわたしの思い。テレビではそこまでは言っていない。)

「あなたがたは、図書館なるものがどういうものか、その基本からして分かっていない。」
「そのようなものに、『図書館』なる名称を使ってもらってはこまる。」
そこまで言われたようだ。



 ところが、またまた、ここからがすごい。

 全国からの寄贈が相次ぐ。送料は、送り主負担なのに、寄贈が殺到する。
 テレビでは、20万冊とか30万冊とか言っていたと思うが、今、インターネットで調べたら、何と、40万冊とある。(とても書架に置けなくなり、今は寄贈を辞退しているという。)

 それも、テレビで見る限り、児童書あり、専門書あり。また、新品同様のものが多いようだ。


 そう。これは、算数の平均、確からしさ(確率)で言えることだが、多ければ多いほど、そのトータルに、偏りはなくなる。


 だからか、『図書館なる名称を使うな。』どころか、図書館の専門家が視察に訪れ、なんと、全国規模で表彰される図書館の候補にまでなるという、すごいことになった。

 また、寄贈者を中心に、全国から、この図書館を訪れる人がたえないという。利用者も町民に限定はしていない。もっとも、これは当たり前か。
 名前がまた、おもしろい。『矢祭もったいない図書館』



 今、根本町長は、ほんとうに引退。それまでの助役だった方が町長となっている。そして、町の行政は、見事に維持発展している。



 さて、ここからはわたしの考察。


 その1

 この図書館は、リアル社会でのできごとだが、ネット社会の姿にものすごく似ていると思う。

 たとえば、従来なら、
『企業が新規の何かを開発するときは、秘密を守りながら、厳正なプロジェクト管理の下で行う。』のが通例だが、

 最近は、オープンソースと言って、『あるソフトウエアのソースコード(人が記述したプログラムそのもの)を無償で公開し、世界中の不特定多数の開発者が、自由にそのソフトウエア開発に、参加できる。』ということが行われているらしい。

 そして、これらは、『好きでやっているもの』だから、もちろん無償なのだが、

 そして、当たり前だが、自由に参加できるし抜けることもできる。

 そういう、ともすればあてにならないやり方をしているにもかかわらず、このやり方がかなり成功しているというのだ。(梅田望夫著『ウェブ進化論』より

 

 両者には、人への信頼がある。『不特定多数(上記梅田氏の言葉なら、不特定多数無限大)』の人への信頼だ。

 もっとも、矢祭町の場合は、『信頼』以上のものになった。

 これも、町長の率先垂範。やるべきことはやるという姿勢。そして、役場の職員、町民の、それに応えようとする熱意。それがマスコミにより報道されたことによる。

 町長は、当初、『3万冊も集まればありがたい。』くらいに思っていたようだ。

 
 さらに、『無計画の計画』という意味でも、『ネット社会』にそっくりだ。なにしろ、この、図書館にしても、たぶんに思いつきで始まったようで、だからこそ、専門家から批判されるのだが、それが、逆にうまくいってしまう。



 その2

 どこかの大都市の市長さんが言っていた。

「よく、我が市を視察に、全国からおみえになります。そして、『このような改革がある。このような改革もある。』と説明します。そうすると、よく聞こえてくる声に、『それは大都市だからできるのよ。わたしたちくらいの規模だったら無理よ。』というのがあるのですね。

 でも、そうではないでしょう。それぞれの規模に合った改革があるはずです。我が市の改革への取組をご覧になったら、自分のところでは何ができるかなと考えなければ意味ないじゃないですかね。」

 そうだ。その通り。逆に言えば、

 矢祭町の改革の多くは、大都市ではまねできないだろう。さっきの平均、確からしさの話ではないが、大都市の規模では、住民の意識も平均化されてしまう。とても、『役場の人ががんばっているのだから、わたしたちもやれることは、〜』とはならないだろう。

 でも、だから無理というだけで終わったら、何も成果はない。


 たとえば、

 この市の場合、住基ネットについては、全面的不参加というわけにいかなかった。『参加、不参加は、個々の市民の意志に任せる。』とした。
 これなど、矢祭町の施策の大都市版と言えなくもない。



 その3

 冒頭のテレビ番組でもそうだったが、さらに、ネットでも調べてみたが、これが、同町の学校教育にどう生かされているかという話はまったくなかった。

 でも、生かされているのではないか。


 冒頭に述べた、ある先輩の言葉。

 『大人はなかなか変わらない。』

 それは、まあ、残念だが、多くの場合当てはまる。

 しかし、ここの町民は見事に変わった。

  もう、町中、生きた教材に満ち溢れているのではないか。しかもそれは、子どもの目に見えているものも多い。子どもが、『わたしたちもできることは、〜』と考えるのもまったく自然な話だ。

 だから、社会科や総合的な学習の時間は、充実したものになるだろう。

 町民や役場の姿は、無形の財産となって、次世代に引き継がれていくに違いない。



 その4

 根本町長さんの姿は、学校経営をする校長の姿とダブった。率先垂範、リーダーシップ、部下への信頼、師弟同行など。など。

 また、まったく違うことでは、先にも述べた、『無計画の計画』。見通しのなさ、行き当たりばったり。その大切さだ。もちろん、そこには、血みどろの、汗の結晶があるのだけれど。

 学校が、はなから無計画であっていいはずはないが、でも、子どもが相手なのだもの。毎日のようにハプニングは起きる。
 『無計画の計画』は、たぶんに行き当たりばったりではあるが、ハプニングへの対応も大切だ。情熱的に、ことに当たりたい。

(このハプニングとは、問題行動への対応という意味ではありませんよ。子どもや地域やPTAなどの、建設的なご意見ということを指しています。)

 でも、情熱があるからこそうまくことが運ぶのだよね。

 そのあたり、この町長さんから学ぶことは多いと思った。


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 わたしは、これまで、政治とは、突きつめれば、お金の使い道、配分を決めること。そう思っていました。

 でも、矢祭町の政治を見ると、お金以上に大事なものがあることを知りました。

 わたしが、拙ブログでいつも主張する、心の豊かさ。それが、政治のめあてでもあるのだと、学ばせていただきました。

 それでは、今日も、皆様の1クリックをよろしくお願いします。

rve83253 at 07:15│Comments(6)TrackBack(0)教育風土 | エッセイ

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この記事へのコメント

1. Posted by もえさし   2008年01月14日 10:06
いいお話です。
私の町も人口が8000人で、いい町なのですが、
行政には、不満足です。
例えば、図書館は祭日は閉店。
平日も午後6時には閉店。
私たち勤労者は、ほとんど締め出しです。
サービスより、職員の都合重視です。

申し遅れましたが、もえさしと申します。
あと数年で退職となる、老担任です。
先生のブログを楽しみにしています。
2. Posted by toshi   2008年01月14日 13:34
もえさしさん
 サンデープロジェクトでは、以前から矢祭町の行政について報道していまして、関心をもっていたのですが、今度の図書館の件は、ほんとうに驚きました。
 『サービスより職員の都合重視』とのこと。今、これも発展途上だと思います。矢祭の場合、やはり改革しなければならない必然性があったのだと思います。窮すれば通ずかも知れません。
 もえさしさんのブログ、少し拝読させていただきました。『子どもを楽しむ』心境。分かる気がします。
 今のわたしの授業は、初任者の研修という目的がありますので、どうも、『楽しめない』こともあるのですが、そうですね。やはりわたしが楽しむ心境にならないといけないですね。ありがとうございました。
3. Posted by yoko   2008年01月16日 01:17
『無計画の計画』子供の頃に読んだ「次郎物語」に出てきて子供ながらに印象に残った言葉です。少し懐かしく思い出しました。
より良くしようという心、信頼しあう心、そういうものが集まると大きな力になりますね。『無計画の計画』もそういう下地があってこそですね。
不平、不満に溢れてしまっている方もおられるようですが…
そこから何が生まれるのかと思うとちょっと悲しい気もします。
まずは、自ら正の連鎖を起こせるよう努めていきたいと思います。言うは易しですが…。それにしても矢祭町の例は素晴らしいですね。
4. Posted by toshi   2008年01月16日 07:39
yokoさん
 『無計画の計画』。
 後者の『計画』は、先への見通し、何かあるはずというくらいのことでしょう。そして、そこには、楽天的な思い、yokoさんのおっしゃる人への信頼があるのではないでしょうか。
 「次郎物語」や「路傍の石」は、日本版「エミール」だと思います。初任者にはぜひ読んでほしい本だと思います。
 ああ。そうか。就職すると忙しくなるから、名簿登載がなった方には、今という時期がいいですね。
5. Posted by ベア   2008年01月17日 15:57
本当に凄いですよね。
実は矢祭はそう遠くない場所に住んでいました。
私の住んでいたところも田舎で、お年寄りが多く活気のある町とは言えませんでしたので、なおさら凄いなと思います。
人々の意識次第でこれだけ変わるものなんだなと、非常に考えさせられました。
このような事が大都市でも真似できたら素晴らしいですね。
6. Posted by toshi   2008年01月17日 22:15
ベアさん
 そうですね。テレビを見て分かったのですが、矢祭では、そのお年寄りが、ボランティアとなって活躍されていました。
 町長さんと役場の職員、及び、町民の方々とは、固い絆で結ばれていると思いました。これは、やはり、町長さんの人柄と見識が、町の規模と相まって、すごい成果を上げたものと思いました。
 でも、これからも、誰もが納得しやる気になるような改革が、進んでいくのだろうと思いました。

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