2008年01月28日

PTAと学校(9) 新しい時代のPTA4

6b496b1f.JPG 久しぶりの本シリーズである。

 このシリーズ(8)掲載以降も、何人かの方からメールをいただいた。いろいろ考えさせられた。

 メールをお寄せいただいた方、ありがとうございました。

 そして、思ったことは、

 PTAに対し、学校に対し、ほんとうにいろいろな方が、いろいろなご意見をおもちになっているということであった。その多様さに、驚かされたし、『これは、大変だろうなあ。』と思うことも多々あった。

 協調できない学校(校長)に対する不満、意欲のない会員への不満、逆に、強圧的な体制への不満などが挙げられていた。

 
 もし、こうした多様な考え方が、一つの学校で表明されたとしたら、・・・、

 たとえば、

 一方は、『やる気のない会員に意識改革を迫り、やらせよう。』とするし、他方は、『任意加入でいいではないか。』というわけだから、これは、もう、PTAは、内部から分裂現象を起こすであろうと、勝手なことを思ったりもした。


 でも、こうした事態は、あんがいあるのかもしれない。

 と言うのは、こうした多様な考え方が出てくるのが、新しい時代なのかもしれないと思うからだ。

 そうした今という時代、PTAは、どうあらねばならないか。それを考えざるを得なかった。



 これまでは、わたしは、校長という立場から考察していたことが多かったと思う。

 しかし、今回は、もと校長であったわたしだが、保護者の立場を慮りながら、『PTAをたばねる立場にある人は、どう動かなければいけないか。』を考えてみたいと思う。


 
〇自分が『こうあるべき、〜。』と思うことを、会員の思いを無視して、強く表明してはならない。

 自分と違った多様な考え方があることを許容する姿勢がほしい。そうでないと、多くが異なった意見を表明する可能性のある今の時代は、うまくいかないだろう。

 そして、逆に、広く会員の声を聞こうとする姿勢が大切だろう。

 

〇その上で、広くサービスすることに徹する。会員のために骨を折る姿勢が大切だ。もちろん、できる範囲でだ。無理なら、『声を聞き、やれる人に指示する。』だけだって、かまわない。


 
 一例を上げよう。

 学区の大部分が住宅地であるようなところでは、父親の参加はどうしても少ないのではないか。逆に、商業地域では、かなりの父親の参加が期待できる。

 これは、致し方ないことだ。

 まずはそれを是認する。そのうえで、どういうかたちが、より望ましいかを考える。多くの方が、会議等、休日や夜間の開催を望むのであれば、その方向で努力する。(その場合、学校も配慮する姿勢が大切だね。)


 
〇前例主義はやめた方がいい。あくまで、今のPTA会員の意識を重視すべきだ。

 そうか。会員の多くが、『前例主義でいこう。』というのであれば、それもまた、けっこう。



〇多数を尊重し、多数の意向で動く場合と、たとえ少数であっても、それを尊重していかなければいけない場合とがあることを認識すべきだろう。

 上記のようにいつ開催するかという点に関しては、多数の考え方でいくしかない。しかし、『任意加入であるべき、』という意見に対しては、たとえ少数意見であっても、尊重しなければならないだろう。


 『任意加入のようなことをしたら、活動が活発でなくなる。』『そのような勝手な意見は認められない。』という声も聞こえてきそうだ。

 しかし、それは、逆も言える。

・PTAに加入していたい人たちだけで活動した方が、うまくPTA活動が機能するのではないか。

・たとえ、加入者が少数になったとしても、いや、なったとしたら(そのようにはならないと思っているが。)、その規模での活動を考えればいいのではないか。それが自然というものだろう。

・それに第一、このことは、基本的に、人間としての生存権と言ったらいいかな。基本的人権にもかかわることだ。

・子どもに還元する活動なら、もちろん、どの子に対しても還元すべきであることは、言うまでもない。



 結論だが、

 個人的に、『今のうちのPTAは困った事態だ。』と認識したとしても、多くの方がそう思っていないのであれば、改革は望まない方がいい。

 単なる自分の思いの表明にとどめておいた方がいい。

 そうして、繰り返しになるが、淡々とした自分の思いの表明と、サービス的行動に徹する。

 そうか。もう一つある。

 日ごろの会員の活動への感謝の言葉だ。それもどう感謝するのか具体的であればいい。



 そして、ここが重要なのだが、


 そうした方が、結果的に、改革につながりやすいというものだ。もちろん、これは、『期待』であって、そうならなかったら、それもまたよしとして、淡々と行動することが大切である。


 対学校、対P連などの上部団体。これは正直のところ、むずかしい。

 特に、前者などは、わたし自身が、『PTAから要望を受けたとき、学校はどう動くべき〜。』ということは言えても、PTAを取りまとめていく方々に、こうすべきと言うのは、無理なことが多いだろうからね。

 どうしても言いたいなら、・・・、いや。これは書くのをやめさせていただこう。すみません。


 ただ、上部団体への対応などについては、上記のように、多数意見に従っていいのではないか。



 最後に、

 これは、メールでほとんどうかがっていないのだが、実は、地域との関係もあるのだ。


 地域のリーダーに協調的な姿勢があると、PTA活動もうまく機能する。この確率は大きい。


 地域のリーダーがほとんど力をもたないところもある。そういうところでは、住民は、個々、かなり意見を主張する。また、勝手な行動をとる者もいる。

 逆に、地域のリーダーがボス的に振舞うところもある。そういうところでは、住民は、言っても損とばかり、長いものには巻かれろという行動をとることが多い。

 どちらにしても、それは、そういう確率が大きいということだが、そういう地域のPTAは、うまく機能しないことが多いと思われる。


 おもしろいのは、いや、おもしろがっては失礼だね。ごめんなさい。

 PTAを束ねる立場にある方が、自分の居住地の町内会長さんをまったく知らないというところもあれば、『よく知っていますよ。いつもお世話になっています。』というところもあるのだ。

 

 『地域とのかかわりも大きい。』が、現実的にどれだけ交流が行われているだろう。

 わたしは、会長と、地域の町内会などには、できる範囲で、積極的に参加した。

 学校としての要望をお伝えしたことも多々ある。PTAからも、少しはあった。

 こうしたことも、配慮いただけたらありがたい。スクールゾーン対策協議会などでは、お世話になるのだものね。



 最後の結論。わたしは、自分がいた学校を推奨するようで大変恐縮なのだが、かつて記事にしたものをあらためて紹介させていただきたい。

    開かれたPTA

 やはり、学校、地域も含め、お互いに協調的な姿勢を大切にしたいと思うのだ。

 そして、どのように時代は変わろうとも、やはり、PTAは、究極のところ、『よりよい子どもの成長のため』にあるのだものね。

 PTAが分裂していれば、それは、子どもにも伝わるであろう。大人のそうした姿を見て成長していくという事態は、やはり、避けたいと思う。


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ninki



 ほんとうに、PTAというものは、学校それぞれです。それぞれが個性的です。

 校長としてのわたしの願いは、『会員同士、親和的雰囲気に満ちたものにしたい。』ということでした。

 常に、『今は〜の状況だけれども、それより一歩向上すればよい。無理はしない。』を念頭においていました。

 上記、引用させていただいた記事、『開かれたPTA』のように、そういう姿勢を貫いた方が、『いざ、動き出すと、すごい力を発揮する。』という経験もしました。

 『自分は淡々とした意見表明とサービスを心がけているだけなのに、まわりがわたしの思う方向に勝手にもっていってくれる。』

 そのような感じでした。


 それでは、皆様からいただく、この1クリックも、すごい力を発揮することがあります。どうぞ、よろしくお願いします。

   (10)へ続く。

rve83253 at 06:29│Comments(0)TrackBack(0)PTA | 保護者

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