2008年02月07日

大先輩を悼む。3

550a2a13.JPG A先生が、かねて病気療養されていたことは知っていた。

 しかし、こんなに早くその日が来るとは。


 我が地域で社会科を志したものなら、A先生から学ばなかったものはいないと言っていい。誰もが、その逝去を悼んでいることだろう。

 わたしにしても、30有余年、折々にご指導いただいてきた。


 A先生は、そのつど、心に残る話をされた。非常に分かりやすく、含蓄にとんだお話だった。ちょっと聞けば、教育とは関係ないように思える話もあるのだが、そこに奥の深い教育論がかくされていた。

 読書好きで、本屋通いは欠かされないようだった。


  
 A先生のお話は、これまでも、何度か、拙ブログで、記事にさせていただいた。

 今、あらためて、3つほど、書かせていただこう。



その1

 記事にしたのはつい先日だった。

    発言すればいいというものでも〜 問題解決学習の問題点(4)


 そのなかの、

「toshiさんの授業は、窮屈だな。逃れようがない。

 子どもは確かによく発言している。しかし、一度学習問題ができ上がると、そのなかに徹底して入り込み、一歩も抜け出せなくなる感じだ。ああだ、こうだと言い合いながら、それがどんどん深みにはまっていく。やがて、子どもたちは、話し合いに疲れていく。」

 これが、A先生からいただいた言葉だった。

 
 今の国会論議と似ているのかもしれない。

 意見が対立し合うと、とことん自説を言い張ろうとする。よほどおかしな論理展開にならない限り、資料が提示されても譲らない。そんな雰囲気が学級にあったのだ。

 真理に対し謙虚な姿勢をもつ子どもを育まないといけないという指導をいただいた。



その2

 その2と、その3に書かせていただく内容は、かつて記事にしたことがあったと思うのだが、見つけることができなかった。そこで、再掲させていただく。


 「ある養蜂家は、毎年、ミツバチと共に、九州、沖縄から北海道まで大旅行をしていた。花の咲く時期をねらって、長期にわたり、蜜を集めるようにしたのだ。

 あるとき、その養蜂家は考えた。
『これは思い切って南国に行ってみよう。そうすれば、花は一年中咲いているのだから、わざわざ大旅行をしなくて済む。』

 これは名案だ。養蜂家は自分の思いつきに喜び、南国へ旅立った。

 確かに初めのうちは、ハチは蜜をいっぱい集めた。しかし、そのうち、ハチは蜜を集めなくなってしまった。なぜだか分かりますか。

 ハチも覚えたのですね。ここは、一年中花が咲いている。それなら、わざわざ一生懸命はたらいて蜜を集める必要はない。いつでも欲しいとき、ほしいだけ取りに行けばいいのだから。


 さて、

 B小学校(わたしが勤務していた学校)の研究は確かにすばらしい。子どももいきいきと意欲的に問題追求に取り組んでいる。確かにすばらしいのだが、

 どうだろう。子どもは、『ぼくたちが問題追求すれば、それを解決するための資料は、いつも先生が用意し、提示してくれる。』そう思っているのではないか。

 B小学校の先生は熱心だ。子どもの思考の流れを予想し、それなら、こういう資料があればいいと、常にそのように考え、準備される。
 その資料も綿密だ。いつも感心させられる。

 しかしね。準備が行き届いていると、子どもは自分で資料収集をしなくなりますよ。やはり、心の飢餓状態を作り出し、自分たちも問題解決のために資料を収集しようとする。それこそが自力解決であり、大切なのではないか。『生きる力』を育むことにもなる。」

 『学ぶ力』『生きる力』を育む上で大変重要な示唆をいただいた。



その3

 A先生は、ある期間、指導主事でもいらした。

 ある年、全国指導主事会議なるものが、米どころの、C県で行われた。

 その会合で、次のような話がでたらしい。

 5年生の農業学習なのだが、その地域は別な米どころのD県をとり上げて、学習を進めていた。

 けげんに思ったA先生は、聞いたそうである。

「こんな米どころなのに、なぜ、米作の学習を、ご自分のC地域でやらないで、よそのD県をとり上げるのですか。ご自分の地域の方が、資料も得やすいし、取材もしやすいのではないですか。子どもにも切実感が生まれ、生きた学習ができると思いますよ。」

 そうしたら、そう言われた、C県の指導主事も、けげんそうな顔になって、言ったそうである。

「だって、教科書が、そちらをとり上げているのだから、仕方ないではないですか。」


 以下、A先生の話。

「これには、驚いたよ。教科書の内容を学習しなければいけないと、思い込んでいるようだった。教科書は、ある意味、資料集の役割を果たすはずだし、また、別な意味では、実践事例集的役割ももっている。
 教科書に対する認識がまったく違うのだな。」

 わたしもうかがって、驚いたものだった。どの事象をとり上げて学習を進めようかというとき、教科書のことなど、まったく眼中になかったなあと、あらためて、おかしくなったものだった。



 A先生。

 ほんとうに、これまでいろいろご指導いただき、ありがとうございました。

 まだまだたくさん教えていただきたかったです。

 衷心から哀悼の意を表します。


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 A先生は、ユーモアもおありでした。あるとき、

「わたしの出身地では、雨は上から下へ降るのだよな。」
「ええっ。どこだってそうじゃないですか。」
「いや。こちらは違うぞ。雨は横に降る。だから、傘が差しにくくて仕方ない。」

 なるほど。風が強く吹くことをおっしゃっていたのですね。

 わたしは、この土地で生まれ育ちましたから、全然思ってもみなかったことでした。そう言えば、傘を斜めに差していることが多いなあと、あらためて、思いました。

 それでは、1クリックをよろしくお願いします。

rve83253 at 23:03│Comments(2)TrackBack(0)エッセイ | 社会科指導

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この記事へのコメント

1. Posted by ドラゴン   2008年02月08日 09:40
いつも拝見しております。
ここでご紹介されたA先生について、もう少し情報をいただけないでしょうか。
もしかしたら、A先生が、私が20年くらい前にお話しをおうかがいした方ではないかと思いました。
2. Posted by toshi   2008年02月08日 16:38
ドラゴンさん
 お読みいただき、ありがとうございます。
 申し訳ありません。情報とおっしゃいましても、お互いに匿名ですし、どうしたものかなあといった気持ちです。
 メールをいただければ、あるいは、細かくお話できるかもしれません。
 すみません。

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