2008年02月13日

PISA調査へのちょっとした疑念?4

c701d707.JPG 読者の皆さんは、今回の標題に驚かれたかもしれない。これまで、PISA調査へは全幅の信頼をおいて、考察したり教育論を述べたりしてきたからだ。

 もちろん、今も、基本的に、同調査への信頼はいささかのゆるぎもない。これまでも考察してきた通り、日本の教育改革に多大な影響を与えてくれることを期待している。


 しかし、これまで考察してきたなかで、やはり、不可解というか、よく分からないというか、そういう点も感じるようになってきた。

 今日はそういう点にお付き合い願いたいと思う。


 ただし、本日の論旨は、

 ある視点で見た場合、問題視したことが、

 別の視点で見たときは、妥当性ありとなるところがあって、その点、読者の皆さんを混乱させはしないかと、申し訳なく思う。

 くれぐれもよろしくお願いします。


 
1. 『問題解決能力』の問題は、?

 PISA2006学習到達度調査国際結果の要約を読ませていただくと、2003年には実施したはずの『問題解決能力の調査』に、まったくふれていないことに気づく。

 
 やめてしまったのだろうか。それとも実施したが結果の報告が遅れているのだろうか。その点が気がかりだった。(もっとも、先ほど、しかるべき機関に問い合わせた。その結果、かなり明確に分かった。そのことは、本稿末尾でふれる。)


 だって、

 もう何度も引用させていただいている2003年に日本で行われたシュライシャー氏の講演によれば、PISAは調査リテラシーの拡大をねらっているように思われるのだもの。(本講演録をご覧くださる方は、4ページ末から、お読みいただければと思う。)

 これを読ませていただくと、実施している読解、科学、数学的リテラシーのほかに、2003年には問題解決能力、そして、さらに将来的には、メタ認知能力、対人関係能力まで盛り込もうとしていることが分かる。

 だから、まさか、調査項目が減らされるとは思いもしなかった。

 
 また、『問題解決能力』の調査をやめてしまったのなら、これは、それこそ、『将来の実生活に役立つ学力を測る。』としている以上、問題だ。だって、『問題解決能力』は、『実生活に役立つ学力』の目玉であっていいはず。

 世界中の人が、『そうか。問題解決能力は測らなくていいのだな。実生活で大事なのは、読解、科学、数学なのだ。』そう思いはしないか。

 特に、学力低下論が渦巻いた日本の場合、『大人のPISA型読解力こそ問われるべき。』と、わたしも書いたし、そういうコメントもいただいた。表面的、皮相的にしかとらえない人が多い。それも政府要人だって同じということを考えると、ちょっと、この点心配である。



2. 真の問題解決能力の調査は?

 しかし、ここで、視点を変えてみよう。たいした問題ではないことが分かる。

 2003年の調査の問題を仔細に検討してみる(2006年の問題は2009年も使用するため、公表しないのだそうだ。)と、

 いわゆる『読解』と言われる問題の多くは、わたしに言わせれば、まさに、これこそ、『問題解決能力』の問題なのだ。

 そして、『問題解決能力を測るとされた問題』は、わたしに言わせれば、これはもう、何と言おうか、たんなる謎解きと言おうか、パズルのようなものと言おうか、算数の『場合の数』を想起させるものもあるし・・・、そういう問題が多いのだ。

 ほんとうにこのようなものを、『問題解決能力』と言っていいのか。

 正直のところ、最初に問題を見たときは、『読解』の問題のすばらしさにくらべ、『問題解決能力』とされた問題には、ちょっと落胆してしまったのである。


 今、両者を対比し、考察してみよう。


 いわゆる『読解』の問題は、

〇実際に起こっている、あるいは、起こりうると思われる社会問題を中心にとり上げている。

〇大人がまさに模索している、解決困難な問題を多くとり上げている。

〇それらの解決困難な問題について、資料をもとに子どもたちがどう判断するか、その見解を求めている問題もある。

〇文章の読解、資料の読み取りもあるが、子どもたちは今まさに問題解決学習をしている気分で、思考力をフルに発揮しながら解くことができる。

〇どういう判断を下したかで正答か誤答かが決まるわけではない。判断の拠り所として、どう客観的に資料を読み取っているか。独断だったり、主観的だったりしていないか、そのあたりを中心に採点しているのである。

 だから、わたしは、この問題の多くは、実は問題解決能力を診ているのだという判断を下す。


 それに対し、いわゆる『問題解決』の問題は、

〇作問者が、人為的に、いわゆる問題解決場面をつくっている。つまり、生活する上で起こりうることではあっても、社会問題ではないということだ。

〇そうしたことは、15歳の子どもなら、当然見抜くであろう。

〇つまり個人の生活で起こりうることではあっても、わたしたち、問題解決学習を標榜するものにとっての『問題』ではない。

〇別な言い方をすれば、解決困難なものをとり上げてはいない。いろいろな考えが成り立つというものでもない。こうすれば解決するというものばかりだ。

 だから、わたしは、この問題の多くは、実は、生活をより合理的におくるための処方箋を問うているに過ぎないと考える。


 そう。だから、この項の冒頭に、『たいした問題ではないことが分かる。』としたのは、『PISAは、現行でも、(『読解』という名ではあるが、)ちゃんと問題解決能力を測っていますよ。』
と言いたかったのである。



3. 『問題解決』の概念が異なる。

 だから、『問題解決』の概念が異なるのだ。


 そこで、広く、市民の方々に訴えたい。

 PISA調査を視る場合、言葉に惑わされないようにお願いしたい。


 すでに、ご理解いただいていると思うが、『読解』についても同じことが言えよう。PISAで言う『読解』は、日本人がその言葉から思い浮かべる概念とは、大きく異なる。日本人は、この言葉からは、『主題の読み取り、要約、小見出し、段落わけ』。そう言ったことしか思い浮かべないだろう。

 PISAは、それも含むが、それに重きをおいていない。それはすでに述べた通りだ。



 『問題解決』も同様である。

 ううん。でも、・・・、うなってしまう。


 市民の方にしてみれば、こうなるかな。

「いいではないか。算数の文章題だって、『問題』なのだから。何もそのようにむずかしく考えなくったって。」

 そうか。ここでは、やはり、PISAの言う『問題』と、『問題解決学習』でいうところの『問題』とでは、概念を異にするということだけご理解いただければよいか。
 
 ううん。でも、・・・、やっぱりな。・・・。



4. 誤解を招かないために、

 PISAは、今回、2006調査で、『問題解決能力』なるものを問わなかった。

 そう。やっぱり、問わなかったのだ。先ほど、しかるべき機関に電話で問い合わせて分かった。

 
 こういう説明だった。

 「2003年に実施しましたが、その後、各方面から、『これは、数学的リテラシーはじめ、他のものと関連し合うではないか。やる意味があるのか。』それで今回はやりませんでした。今後もやる予定はありません。」

 なお、それに付随するかたちで、以下のことも教えてもらった。

 「対人関係とともに、ICT(情報通信技術)も測ろうとする構想はあるのですが、まだ具体化してはいません。そういう意味では、2003年のシュライシャー講演から進んでいるとは言えません。」
とのことだった。


 それなら、世界中から誤解されないために、PISA調査への要望が2つある。

〇PISAが『問題解決能力』とした問題は、問題があったということだ。それをPISAも認めたということだろう。その理由も、わたしが感じたこと(つまり、『謎解きのような』『パズルのような』といったこと。)と大差ないと思った。

 それなら、それを公表してほしい。

〇また、『読解』と言っているものの多くが、実は、『問題解決能力』も測っているということも言ってほしい。


 繰り返すが、うわっつらだけしか見ず、『読み・書き・ソロバン的学力』を意味する『学力低下論』が渦巻いた日本だ。

 このままでは、

『やはり、PISAは、『問題解決力』というのは大事ではないと思っている。軽視していいのだ。』

 そういう誤解を招かないか心配だ。


 最後の結論。いろいろ述べてきたが、・・・、

 『将来の実生活に役立つ学力を問う。』として、『問題解決能力』を診る以上、そこで言う『問題』は、算数の文章題と同義であってはこまる。また、『謎解き』や『パズル』のようであってもこまる。(だから、今回、引っ込めたと理解する。)

 しかし、PISAは、真に『問題解決能力』を測る問題もつくっている。

 だから、おのおのの問題と、それがどのリテラシーに属するかを、もう一度しっかり検討吟味してほしい。
  

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 このようなことを述べても、PISAへの信頼は、いささかの揺るぎもありません。

 たとえば、わたしは、地域の学力検査の総括責任者を務めさせていただきましたので、よく分かるのですが、わたしたちも、問題解決的ないい問題をつくったという自負はあります。しかし、それでも、多岐選択の問題しか作れませんでした。

 自由記述の問題はできなかったのです。

 それなのに、ものすごい国々が参加するPISAの問題。そこで、自由記述が多用されていること。言語の点だけでも、すごい、大変なことと思います。その困難を乗り越え、世界中の国々から信頼され、教育政策に多大な影響を与えているということはすごいことだと思います。

 それに、『読解』。いえ、実は、『問題解決能力』の問題ですが、

 なにしろ、とり上げる問題のネタがいい。感嘆してしまいます。大人が解いても、けっこう充実した思いになり、楽しめるのではないでしょうか。


 それでは、わたしへも少しの信頼をお寄せいただけますでしょうか。今日も、ぜひ、1クリックをよろしくお願いします。





rve83253 at 16:18│Comments(7)TrackBack(1)PISA | 評価観

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1. PISAについて少しだけ  [ 今日行く審議会@はてな ]   2008年02月14日 01:59
PISA調査へのちょっとした疑念? 教育の窓・ある退職校長の想い:PISA調査へのちょっとした疑念? - livedoor Blog(ブログ)  今回取り上げる「教育の窓・ある退職校長の想い」というブログは,毎回拝見して色々と学ぶことの多いブログで大好きなブログです。おす

この記事へのコメント

1. Posted by yasuponta   2008年02月14日 00:07
記事、大変興味を持って読ませていただきました。
PISAの問題って公開されていたのですね。
日本のランクが落ち込んでいるといわれている「読解力」の問題を見てみましたが、意外と大量の文章を読ませることに驚きました。
更新楽しみにしています。
勉強させてください。
よろしくお願いします。
2. Posted by kaikai   2008年02月14日 02:03
5 toshiさん,ご無沙汰しております。毎回ブログ拝見させてもらっています。
今回のエントリーについて少し書いたのでトラックバックしました。
3. Posted by toshi   2008年02月14日 10:13
yasupontaさん
 ブログを開設されたのですね。おめでとうございます。
 ストレートに思いをぶつけながらも、大変柔軟な方とお見受けしました。今後とも、よろしくお願いします。
 わたし、うろ覚えですが、あれを全部、一人ひとりの子どもが解くわけではないのだと思います。コメント2番のkaikaiさんが、本を紹介してくださったので、わたしも少し読んでみようかと思っているところです。
4. Posted by toshi   2008年02月14日 10:17
kaikaiさん
 お久しぶりです。コメントとTBありがとうございます。
 そうですか。誤解していますか。
 すみません。おっしゃるように、ネットで分かることしか読んでいませんでした。
 さっそくご紹介いただいた本を読んでみたいと思います。
5. Posted by yasuponta   2008年02月16日 00:00
5 kaikaiさんのご紹介の本、私も興味を持ちました。
やはり、プロの集まるところは刺激になります。
6. Posted by kaikai   2008年02月20日 22:34
toshiさん,すみません。
 誤解していたのは私の方です。私がtoshiさんのエントリーを誤読していたみたいです。toshiさんが指摘されているように2006年調査では問題解決能力については調査されていません。
 トラックバックしたエントリーでも訂正をしておこうと思います。すみませんでした。
7. Posted by toshi   2008年02月21日 03:22
kaikaiさん
 ごていねいに、ありがとうございます。
 ご自分のブログまで、訂正してくださって、恐縮してしまいます。
 よく分かりました。
 今後とも、どうぞ、よろしくお願いします。

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