2008年02月15日

中国からの食糧輸入で思う。〜学校給食のこと〜3

6139d5b8.JPG 今、全国的に、学校給食が大変なことになっているらしい。



 そもそも、学校給食は、安全とともに、安さを求められる。

 安さについて言えば、我が地域の場合、一食222円だ。そのなかで食材のやりくりをする。

 だから、近年、中国からの輸入食材にたよる傾向が出てきたのは、容易に理解できる。




 理解できないのは、安全への取組だ。

 だって、『中国の食材は不安がいっぱい。』とするなら、かなり前から、それは、分かっていたことだ。どこかの国では、死者がでたしね。今に始まったことではない。
 それなのに、ずっと、学校給食は、中国からの輸入にたより続けた。



 今になってあわてふためくような大騒ぎになることが、よく理解できない。



 あの広大な中国の、そのなかの、たった一つの工場が起こしたかもしれない不祥事(?)で、中国からの食材全般が使えないと考えることが、よく理解できない。



 言いたいことは、どちらも極端ではないかということ。


 危険と言えば、以前から危険だったのだし、それは、『ほんの一工場のことに過ぎないではないか。』と考えれば、今だって、99.999・・・%は安全ということになる。



 それなのに、急に危険になったかのような扱いをする。


 たとえば、報道によれば、安い単価を維持するために、

 〇量を減らす。
 〇食材の質を落とす。
 〇給食回数を減らす。

などの取組を、全国各地でしようとしているらしい。




 わたしは、そのようなことをする必要はないのではないかと思う。

 もう、中国からは何年も前から、食材を輸入していた。そして、何事も起こらなかった。安全だったのである。

 今回たまたま起きた、不幸な事件。しかし、それがあってもなお、99.999・・・%は安全ではないのか。そこに信頼をおいていいと思う。



 と言うのは、学校給食には、かつて、拙ブログでも記事にしたように、『検食』というのがあるからだ。通常、校長が行う。


 そこで、提案だが、

〇誰か一人がやればいいことになっているこの検食を、当分拡大したらどうだろう。基本的に学級担任でない教職員は、子どもたちより少なくとも30分は早く食べることにする。

〇あと、食材が納入されるときの検査を強める。とは言っても、見た目と手ざわりくらいのことなのだが、その双方を従来以上に時間をかけて確実にやってもらう。



 この二つにしっかり取り組むことにより、従来どおり、中国からの食材を使用することにしては。

〇要は、保護者が、それで納得してくれるかだが。

〇そうか。あと一つあるね。校長はじめ、教職員が、それで納得し、検食に応じてくれるかどうかだ。



 わたしの校長時代も、似た事件が起きた。

 A乳業が中毒事件を起こしたとき、我が校は、同社の牛乳を使っていた。

 それでも、製造工場が違うから安全ということで、しばらくはそのまま使用していた。

 保護者からの質問もあったが、大部分の保護者は、それで納得してくれた。

 でも、なかには、『企業にも風土というものがあるので、A工場が中毒事件を起こしたら、B工場だって危ないと考えるのがふつうではないのか。〜。』という質問を寄せられた方もいらした。


 このことは、今度の騒ぎにもそのまま当てはまるね。

 それでも、『中国の物は一切使用しない。』と、無理なことを考える必要はないと思うのだが・・・、(やや、自信喪失かな。)




 むかしの事件に話を戻す。

 しかし、その後、腹の立つ事態が出来した。

 事情はほとんど変わっていなかったのにもかかわらず、突然、地域の学校給食を統括している機関から、
『本日より、A社の牛乳は使用しないように。すでに納められている牛乳は、業者が引き取りに来るから渡すこと。』
というファックスが入った。



 驚いた。

 これでは、保護者への説明がつかない。うその説明をしてきたことになってしまう。結果的に、『企業風土〜。』の質問をした保護者の言い分が正しかったことになってしまった。


 第一、あまりにも急なファックスだったから、この日の給食は、飲料がないことになってしまう。



 そこで、教頭、教務主任と、あれこれ、協議。

 近隣校や地域の学校給食を統括する機関に連絡をして、緊急に学校対応で、他社の牛乳を買いに行くことにした。

 わたしと教務主任とで車を出し、市場へ向かう。そこで、食数分、数百個になるが、買い込んだ。


 学校へ戻ると、たまたま会合を終えたPTA役員さんたちと出っくわした。

「何事ですか。」
「いやあ。大変なことになってしまって。〜。それで、今、買ってきたところです。」


 そうしたら、その役員さんたち、

 車から降ろす。どんどん給食室へ運ぶ。各学級の食缶に児童数分入れる。

 調理員とともに、てきぱきとそういう仕事をやってくださった。時間がなかったから、大いに助かった。

 教頭には、『A乳業の牛乳が、〜の事情で使えなくなったため、緊急にB社の牛乳を用意した』旨、保護者向け文書を作成してもらった。



 さて、匿名のブログだから、こういうことが書ける。なぜなら、これは、やはり、やってはいけないことだ。


〇もし、途中で交通事故にあったら。

〇もし、その買い込んだ牛乳で中毒が起きたら。

 でも、わたしとしては、そのような万分の一の心配をするより、(起きたら、もう、アウトだが、)

 保護者に対し説明のつかない事態に、やはり最低限の誠意は示しておきたかった。




 今回の中国騒動。

 そうした、ありえないようなことが、今、全国の学校現場で起きているのではないか。心配している。

学校給食を統括する機関があり、そこがいろいろ決定してくるのに、危機管理、対応を求められるのは学校だ。

緊急対応と言ったって、わたしがやったようなことは決しておすすめできないが、どのような事態に臨んでも、沈着冷静、いい結論をお出しいただくよう祈念せずにはいられない。
 

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 中国の件に関しては、いろいろな考えがあるでしょう。わたしの思いは、思いとして、率直なところを述べさせていただきましたが、それが正しいというつもりもありません。

 いろいろなお考えをお聞かせいただければうれしいです。

 
 買い出しの件は、けがの功名。自分で買いに出たため、単価は非常に安く済みました。近隣校は、知り合いの業者が手配してくれたらしく、別業者が届けてくれたので、本校の2倍近い金額になってしまいました。

 でも、やはり、このやり方の方が正しかったと、後では反省したものでした。

 それでは、複雑な思いのわたしではありますが、皆様の1クリックをよろしくお願いします。

rve83253 at 16:09│Comments(7)TrackBack(0)学校経営 | 子どもの安全を

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この記事へのコメント

1. Posted by ドラゴン   2008年02月16日 11:20
私も、ご指摘のように思います。
日本でも食品の偽装はありました。それじゃあ、日本の食材を使わないのか、と言う議論にはなりませんね。
私は、toshi先生のご指摘から違うことを考えてみました。
昨日、某小学校の公開研究に参加しました。全国からものすごい数の参加者です。おそらく、参加者全員が、「子どもをよくしたい」との願っているだろうと思います。また、その熱意には頭が下がる思いです。
でも、一人の起こした不祥事で、教師全体が悪く見られる。
前回の改訂でも、一部の内容の削減で、指導要領全体が悪く言われる。
そのような社会の見方があるように思うのです。
2. Posted by toshi   2008年02月16日 19:32
ドラゴンさん
 おっしゃる通りと思います。ちょっと話がかみ合わないかもしれませんが、お許しください。
 どうも、今の日本のマスコミなどの論調、世論などを見ますと、科学的でない、情緒的、イデオロギー的なものが目立つように思います。
 これは、中世の魔女狩りを想起します。

 わたしたちは、『子どもの思いを大切に』と、よく言います。もちろん大切にしなければいけません。しかし、やみくもに大切にするわけではないと思うのです。客観性、妥当性をいつも大事にする、そういう指導も合わせ大切にしていかないといけないと思うのです。
3. Posted by きくちR   2008年02月17日 10:08
>どうも、今の日本のマスコミなどの論調、世論などを見ますと、科学的でない、情緒的、イデオロギー的なものが目立つように思います。
教育や食の問題だけでなく、さまざまなことに対して同様に感じています。また、給食に関して言えば、これに同調しなければ、「子ども達の安全を考えていない」と思われそうな雰囲気も感じています。保護者間で話題になるとき、事前によく考える機会がなく突然にその話題になった場合は、最初に話題にした人が賛成か反対かにより、積極的に同調しないものの、その場で考えることを止めてしまうこともあります。
4. Posted by きくちR   2008年02月17日 10:10
(上からの続き)
今回、toshi先生がブログに挙げられたことでいろいろ考えています。正義感や優しさが、問題となったときに企業に対する否定として現れるのではなく、toshi先生がブログに書かれておられるような安全への取組として機能すれば、子ども達の安全が守られるのはもちろんこと、大人達の有り様から問題解決の方法も子ども達は学ぶことができるように思いました。私個人に関していえば、子ども達の前で、もっと理性的であらねば、という気持ちになりました。
いつも、ありがとうございます。
5. Posted by toshi   2008年02月17日 23:27
きくちRさん
 昨日、文科省から新学習指導要領が発表になりました。例によって、基礎・基本の徹底と、個性を生かす教育と両輪を言っていますが、やはり、これからは、前者が特に強調されるのでしょう。
 そうなると、ますます知識の暗記中心となり、科学的でない、情緒的、イデオロギー的なものが目立ってしまうのでしょう。現場の努力で、何とかそうならないように、あるいは、そうなってしまうのを最小にとどめるように、がんばっていきたいと思います。
 思考停止のお話は、今日の記事のKYに関係あるのでしょうかね。そんな感じがします。
《大人達の有り様から問題解決の方法も子ども達は学ぶことができるように思いました。》
 これ、ほんとうにその通りです。子どもを育てる場なのに、一番大切なことを書き落としてしまいました。示唆を与えていただき、ありがとうございました。 
6. Posted by きくちR   2008年02月18日 08:24
>例によって、基礎・基本の徹底と、個性を生かす教育と両輪を言っていますが、やはり、これからは、前者が特に強調されるのでしょう。
 既に上の子ときよりも下の子の方が、暗記やシシャ(?子どもによると、教科書の書き写し)などの宿題が多くなりました。暗記が苦手で困り果てる息子・・・とうとう逃げ道を与えてしまいました(「情景を想像しながら、○回読んだら、それでいいよ」って)。担任の先生、ごめんなさい。

 PISAを意識して「知識の活用」にも重点が当たるようですが、訓練によってある程度、点数が上がるのでしょうね。でも、「自ら考える」とは、違うような気がします。
7. Posted by toshi   2008年02月18日 23:38
きくちRさん
 なんか、分かるような気がします。現場は、先取りするのですよね。『不易と流行』と言うけれど、圧倒的に、『流行』の部分が大きいなと思います。無意味な反復訓練学習が横行しないよう、『学び』への意欲喚起が一番大事なのですから、その辺を見失うことなく、初任者指導に当たったり、ブログを書かせてもらったりしていこうと思います。
 暗記や視写など、よほど意欲付けに留意しないと、無意味で学びへの意欲を萎えさせる結果となるのは明白で、気をつけたいと思います。
《PISAを意識して「知識の活用」にも重点が当たるようですが、訓練によってある程度、点数が上がるのでしょうね。でも、「自ら考える」とは、違うような気がします。》
 これも、おっしゃる通りです。どんなにいい問題も、それを『訓練』にしてしまうのでは、意欲喚起にはつながりません。

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