2008年02月17日

KY いやな言葉(1)3

022fce01.JPG いつのころからだっただろう。標題の言葉がはやり始めたのは・・・。いやな言葉だと思った。

 『空気を読む。』これは、外国語に訳せない言葉なのだそうだ。
「そのとき、その状況に合わせた言葉で訳すことしかできません。」
通訳の方がそう話しているのを聞いたことがある。
 外国には、『空気を読む』といった概念がないのだろう。これは、日本の風土が生んだ言葉なのだね。

 『個性』、『その人らしさ』を尊重する外国。それに対し、『人に合わせる。』ことを大切にする日本。国民性の違いだ。
 そう。だから、そのはんちゅうなら、目くじらを立てるほどのことではない。だって、いつも記事にさせてもらっているように、『違いは尊重』しなければならないのだものね。

 でも、『KY』となるとどうだろう。この言葉には、『空気を読まない人』『読めない人』へのからかい、蔑視を感じる。いじめに直結する言葉とも思う。

 この言葉は、若い人がはやらせたらしい。それを、知ったとき、少なからず驚いたものだった。
 だって、若い人の多くは、大人に向かって、
「そんな、ぼくたちのこと、十把ひとからげに見ないでよ。どうして、姿、格好だけで判断するのよ。人それぞれみんな違うよ。だから、一人ひとりを見てほしい。」
そう主張するものだと思っていた。

 だから、『空気を読みなさい。』というのは、大人が若い人に向かって言う言葉だと思っていた。そうしてそれを言うと、『大人って古いなあ。』と言い返されるような、そんな姿を思い浮かべていたのである。(ああ。こう言い切ってしまうのも偏見だよね。すみません。)

 わたしのそうした感じ方がおかしかったのだろうか。
 いや。でも、わたしが若かったころ、若い人は、そのように言っていたと思う。いつから違ってきたのだろう。

 そう考えると、若い人のそうした姿について、その責任(?)の一端は、学校をはじめとする教育機関にありという気がしてきた。だって、家庭がそういうことを教えているとは思えないからだ。

 わたしは思う。
 学校は、『一人ひとりの思いを大切にした教育。』『個性を生かす教育。』などと言っている。そしてそうした指導をしたつもりになっているが、実際問題として、どれだけ尊重してきたのだろう。

 たとえば、
 小学校に勤めていると、あまり感じないのだが、中学校の授業参観をすると、やはり、奇異に感じてしまうのだ。(ごめんなさい。自分だって、かつて中学生のころがあったのに。それはもう、忘れている。)

 一言で言って殺風景。
 それに、標準服(制服)なるものがあるよね。みんな同じ服装だ。後ろから見ていると、誰がどこにいるのか分からない。我が娘が中学生のときも、授業参観にいったことがある。自分の娘なのに、どこにいるかなかなか分からなかった。だって、小学生と違うから、子どもがキョロキョロすることはほとんどない。また、教員の話を聞くばかりで、子どもの発言がほとんどない。
 
 このようなことはおそらく、中学校教員にとっては、きわめて当たり前、当然のことで、何の違和感もないのだろね。しかし、小学校のカラフルな教室風景とくらべれば、際立って異なる点である。
 こうした無意識の世界が、『KY』なる言葉をはやらせているのではないか。たいした根拠はないが、つながっているような気がする。


 わたしが、現職最後のころ、『世界に一つだけの花』がはやった。わたしの学校の教員が、
「いい歌ねえ。わたし、この歌大好きなの。」
と言っていたのを思い出す。

 そうか。さしずめ、KYの思想では、一つだけ派手な色の花が混ざっていたら、まわりの花から、『空気を読め。』と言われるのだろうな。

 この歌は大流行した。それと、『KY』の流行。どうも頭の中で結びつかない。
 
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rve83253 at 22:26│Comments(7)TrackBack(0)人権教育 | 子ども

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この記事へのコメント

1. Posted by エリ   2008年02月20日 03:26
はじめまして。
去年の秋に教育実習にいき、道徳の時間にこの『KY』について考えさせるという授業をしました。何の価値を教えたかったのかと言われて困ってしまいましたが(未熟です)、子どもたちはこれらの流行語に対して何かしらのものを感じ取ってくれたように思いました。私もこの言葉は好きではないです。

道徳が教科になるはずないとは思っていましたが、安心しました。
2. Posted by toshi   2008年02月20日 07:09
エリさん
 教育実習は、いかがでしたか。きっと、一生心に残るような成果を上げられたことと思います。わたしも、もう、40年近くむかしのこととなりますが、よく覚えていますよ。
 本物の、いい先生になられますよう、祈念しています。
《何の価値を教えたかったのかと言われて困ってしまいましたが(未熟です)、》
 これは必ずしも未熟なせいばかりではないでしょう。KYという言葉の概念が漠としていて、とらえにくいということもあると思います。
 だから、授業に臨む際は、KYのどの部分に、焦点を当てるか、それを明確にしておくといいですね。『いじめにつながりかねない部分』にするとか、『たんに全体の雰囲気を壊しかねなくて全体をしらけさせる部分』にするとか、そういうことですね。
 わたし、次回は、そうした点に焦点を当てた記事にしたいと思っています。よろしくお願いします。
3. Posted by きくちR   2008年02月21日 18:57
<<KYという言葉の概念が漠としていて、とらえにくいということもあると思います。>>
だからなのでしょうか。「空気が読めない」って初めて聞いたとき、ドッキリしたのは。未だに、得たいが知れず、解決方法も分からない感じがします。

一方で「空気を読む」っていうのは、とっても無責任な場合があるように思います。

空気を読む、空気が読めない、どちらのKYも嫌な言葉です。
4. Posted by toshi   2008年02月22日 07:23
きくちRさん
 この言葉を使われると、解決方法も分からないというのは、当然ということになりますね。どういう意味で使っているのかを問わなければならなくなります。
 このことと、外国語に訳せないということはつながりますね。
 やはり、教育の現場では、この言葉は使ってはいけないと思いました。
5. Posted by 消耗品   2011年09月08日 01:16
私も大嫌いな言葉です。
KYブームはイジメに直結します。また個人の主張を封じられます。
まだKYという言葉がそこまで流行っていない時に(少なくとも私のいる地域では)「世界に一つだけの花」と唄っているアイドルグループSMAPが彼らの番組中にKYという言葉を面白がって連発するのを見て、彼らのファンの子供たちが真似しなければよいが、と思っていたのですが、放送の翌日の授業から即、生徒がクラスメイトのある言動に対してKYという言葉で冷やかしておりました。あっという間にそこらかしこで使われるようになるのを見て、テレビの力、メディアの力、芸能人の影響力の恐ろしさを感じました。
6. Posted by 消耗品   2011年09月08日 01:26
この記事を拝読して、こんなにも考えていることがピッタリ一致されている方が居られたとは・・・正直、かなり驚いております。
KYに関して連想されること、他国との違い、人に合わせること、個性、いじめ、世界に一つだけの花、・・・これら連想したものも全て同じでした。
7. Posted by toshi   2011年09月12日 20:00
Aさん
 いやあ。ピッタリ一致とは、恐れ入ります。でも、うれしく思います。記事中の教員とは別な人なのですが、『わたし、スマップの、世界に一つだけの花、大好き。いい歌ねえ。』と言っているものがいました。しかし、その教員は、画一化の教育をやっていました。
 世の中、そんなものかもしれませんね。

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