2008年03月05日

PISA調査批判(1) いただいたメールから4

70280f44.JPG 先に、『PISA調査へのちょっとした疑念?』と題し、記事にしたところ、ある方から、メールをいただいた。

 それには、
『PISAについて少しだけ勉強してみました。先生のおっしゃるように、PISAの研究は注目に値しますが、実際に行なわれたテストは必ずしも出来の良いものとは思えません。
 PISA2006は科学的リテラシーを焦点としました。それは「文系の科学」を意図したものですが、かなりの偏りを持ち、とくに、理数教育には有効と思えません。すこしだけ、その批判をまとめてみましたのでごらんいただければ幸いです。』

とあった。


 さっそく拝見した。そして、驚いた。

 これは、これは、・・・、『少しだけ、〜。』などというものではない。いろいろな意味で、『すごい論文』である。


 まず、

 OECD生徒の学習到達度調査(PISA2003)〜その批判的検討〜
とある。

 そして、次なる論文は、
「科学的リテラシー」について 〜PISA2006の結果分析〜


 どちらも、A4判だと、優に20枚はいくと思う。


 さらに、内容がすごい。論理の進行の緻密さ、その実証的な姿勢、・・・。

 わたしは、先のような、『ちょっとした疑念』は記事にしたものの、基本的には、よい調査としていることから、自分の思いとは違う面が多々あるが、『うん。うん。そうか。なるほど。』などという思いも生まれ、心打たれるものがあった。

 この方の論理構成にくらべれば、わたしのブログ記事など、実に稚拙に見える。



 さあ、それでは、その方のお名前、また、記事にすること等、ご了解をいただいたので、ご紹介させていただこう。

 大阪の府立高校で長い間教鞭をとられ、管理職も歴任された方で、神原敬夫先生とおっしゃる。
 喜寿をお迎えになられたとのこと。大先輩である。


 
 ところで、本論に入る前に、ふれておきたいことがある。

 それは、

 わたし自身、先の『PISA調査へのちょっとした疑念?』を記事にするに当たっては、ちょっとしたためらいがあった。その理由は、

 〇これまで、PISA調査について、マスコミの論潮、学者の意見を含め、批判した文書を見たことがない。おそらく読者の皆様も同様ではあるまいか。

 〇わたしは、基本的には、同調査の意味、価値などを評価している立場だ。

  

 しかし、同氏は、PISA調査がねらっていることや、調査問題のあり方などを真正面からとらえ、それを批判されている。わたしと考えは異にするものの、その姿勢に対しては、心打たれるものがあった。

 それに第一、日本の世論が、前述の通り、マスコミ、学者の論調も含め、みんな支持では、気持ち悪いものね。


 そんなわけで、同氏がネットをなさっていないのを、残念に思った。

 この論文を公開されれば、他に例を見ないご主張なだけに、価値あるものになることは必定。そう、思った。


 そこで、わたしの方から、拙ブログにおいて、同氏の主張を記事にさせていただくことをお願いした。快くご了解いただいたので、2回の予定で、基本的には、わたしの主観は交えず、記事にさせていただこうと思う。



 今日は、12月に報告のあった、PISA調査2006の結果を受けての批判を、ご紹介したい。



 まず、

『マスコミもほとんど順位低下を見出しにはしていますが、前回、2004 年12月のときと違って、今回は、それほど騒ぎ立てる様子は見えないようです。
 ただ、理科を学ぶ動機を尋ねた「自分に役立つ」「将来の仕事の可能性を広げてくれる」という項目で日本は参加国中最下位だったことが大きく取り上げられているようです。』
とある。

 そして、日本のマスコミや、学者の論調、ひいては、中教審でさえ、『PISA型』へ傾斜をかけた主張になりつつある現状を指摘して、

 『しかし、本当に「PISA型」は必要なのでしょうか。この3年間、PISAの調査について多くが語られてきていますが、それらは、日本の子供たちの学力や学習意欲の低下を論じたものか、「リテラシー」の意味を説くもので、「PISA型」のめざす教育観についても、また、テスト問題の良否についても殆ど論じられていないようです。』
と問いかける。

 そして、同士のおっしゃりたいことは、

 『PISAの『科学的疑問』の対象が、科学の対象としての自然の不思議になく、
「科学的手法」に関する疑問にあるということです。』

ということだ。



 この後、調査対象、調査実施状況、科学的リテラシーの定義、評価の枠組、調査結果と続くのだが、ここでは割愛させていただく。



 続いて、科学的リテラシーの問題を一つ一つとり上げ、考察していく。

 そして、以下のように、考察の結果を述べていかれる。

〇多くの問題にはまず、状況を示す課題文が述べられています。「科学リテラシー」に関する問題では、その課題文のなかに科学的用語や、説明が加えられており、それが理解できるかが問われています。

 問題のなかの、ある部分の読取りができるかどうかが問われるのです。〜。

 このように、生徒たちは特段の科学的知識を要求されるわけではありません。その「科学的」説明や科学に関する諸説について理解できることこそが目的とされているからです。


〇この項は、以下、toshiの読み取った内容として、記述させていただく。

・図やグラフを含む説明文から、記述されていることの内容を聞く問題が多い。それらの多くは、科学的な内容が記述されているので、格段の科学的知識がなくても、読み取った結果として答えられるものばかりである。

・自由記述の問題は、3分の1を占めるが、たとえば、「酸素」「二酸化炭素」という言葉が使われていれば〇で、「空気」では×になるといった程度の知識があればよく、それほどむずかしい問題はない。

・日本の正答率の低い問題のなかには、多くの生徒が、『そんな簡単なことを問うているわけがない。何か分からないがもっとむずかしいことを問うているに違いない。』と考えて、うまく答えられなかったものもあると想像できる。

・設問1・2と続く問題で、設問1において『A』という推測をした場合、設問2は成立しないという問題を抱えたものがある。これは、やはり問題の不備ではないか。

・PISA調査は、知識より応用という考えが強いようだが、たとえば、溶液の知識を問わず、その先にある公害問題を問うていて、はたしてそれで、科学的リテラシーの問題と言えるのだろうか。科学的知識や論理はほとんど必要とされない。15歳の子どもの常識で十分解けるものばかりだ。

・文科省は、こういうテスト問題になれさせたいようだ。しかし、この種の問題では、科学教育の成果は測れないのではないか。



 そうして、この調査に欠落しているものが多々あるとして、同氏は、次のように述べている。


 何よりも、「自然」そのものをどの程度、どのように理解しているかを問うことがありません。
 したがって、植物の成長のしくみ、動物の習性とその環境、ひいては農業・畜産業といった最も自然と関わる分野は取り上げられていないようです。

 つぎに、「物理システム」の例示には主要なテーマが記されているものの、実際にはその比重が極めて少なくなっています。重さと質量、重心と釣合い、力と仕事、光と音、電気と磁気といった中学校でも扱う「物理」の基本や燃焼・酸化、物質の3態といった化学の基本も見られません。

 そして、科学に欠かせないものに定量的研究があるのですが、数値を伴う問題はほとんど無く、基本となる単位も見当たりません。
 
 また、科学において最も重要な事項として原理や法則が数多くありますが、PISAでは殆ど取り上げられていないようです。程度が高くなるということがあるのかもしれませんが、何より原理・法則といわれるものは何故?という問に答えられないからではないかと思われます。

 「人間の知識は、直接的な生活とか日常経験からは離れたものを必ず含んでいるそのことを認識できるかどうかというのが、成人にとっての知識観の重要なメルクマールになるのでは」といわれており、科学が科学として成り立つにはその力がどうしても必要だと思います。


 そして、最後に調査の技術的問題を述べ、後は資料を掲載して終わる。


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 なお、最後の資料で、同氏は、読解力と数学的リテラシーについて、設問ごとに2003年と2006年の正答率を比較していますが、やはり、ほとんどの問題で正答率が落ちていることは間違いないようです。

 ただ、これは、『学力低下』というよりも、『学習意欲の低下』なのだと、わたしなどは思うのですが、それは、推論に過ぎないのかもしれません。

 今日は、わたしの考えは極力避けてきましたが、最後は少し言ってしまいました。


 なお、先に、『PISA調査へのちょっとした疑念?』の記事で、『2006年問題は、2009年も使用するため、問題は公表しないようだ。』と書きましたが、上記リンクのように、一部は公表されているようです。

 その点、お詫びして訂正いたします。


 それでは、今日は、同氏の主張を紹介させていただいただけであり、1クリックをお願いするのも気が引けるのですが、すみません。よろしければ、1クリックをお願いします。

rve83253 at 12:48│Comments(12)TrackBack(1)教育観 | PISA

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1. 未来は変えることが出来るって話と北欧真理教  [ あかさたなの執行実験場 ]   2009年03月14日 20:06
http://blogs.yahoo.co.jp/takaakimitsuhashi/25584480.html 国家のモデル 最終回

この記事へのコメント

1. Posted by 柴田勝征   2008年03月09日 15:00
5 たいへん参考になりました。私自身、現在HPに「学力の国際比較に異議あり!」という連載(現在、第7回までを掲載)をしているので、非常に勇気づけられました。実は、私も数時間に渡ってネット検索をしたにもかかわらず、PISA批判のサイトが一つも見つからず、私の方が頭がおかしいのか、と心配になったりしたこともあります。今の予定では、少なくとも30回くらいは連載する予定です。
今回先生の記事に引用されている方にも私のURLを知らせていただければ幸いです。できれば、私もその方に連絡を取ってみたいので、仲介していただければうれしいんですが...。
2. Posted by かとう   2008年03月09日 20:58
私はむしろマスコミや学校教育を終えた日本国民の科学リテラシーの低さが怖かったですよ、PISA関係のニュースでは。統計的に有意性が無い差異(微細な順位差)をさも大変な事態が発生したかのように報道する新聞。それを真に受けて「学力崩壊だ!」と騒ぐ人たち。「いえ、あなたたちの学力だってロクなもんじゃないですから」と突っ込みたかったですね。
3. Posted by toshi   2008年03月10日 00:50
柴田勝征さん
 記事にも書きましたが、わたし自身は、基本的には、PISA調査を指示する立場です。しかし、世の中みんなが支持では、特に、よく理解していないままの支持では、何かおかしいという思いもあったものですから、批判も少ししましたし、そういう方からのメールはとてもうれしく思いました。
 ご紹介の件、分かりました。しかし、もう、わたしが紹介するまでもなく、もうご覧になっているかもしれませんね。
4. Posted by toshi   2008年03月10日 00:56
かとうさん
 もうおっしゃる通りと思います。日本はどうしても、底が浅く、理性を欠いた議論になりがち。
 本記事で紹介させていただいたような次元での、実証的な議論をしていきたいものだと思いました。
5. Posted by KG   2008年03月10日 18:50
熟読しきれていないので見当違いのコメントかもしれませんが・・・。

批判内容の通りに理数教育の成果を測るのであれば、結局TIMSSに落ち着くのではないでしょうか?
元々PISAはTIMSSで測定できないものを測定する為に生まれました。
当然、TIMSSでは測定できてPISAでは測定できないものもあります。批判内容の多くはPISAでは測定できないものを指摘しているのではないかと思われます。

6. Posted by 柴田勝征   2008年03月11日 11:54
早速のレスポンス、ありがとうございました。
私はOECDの様な国際機関が大規模な学力比較調査
をすること自体は非常に意味のあることだと考て
おり、それに携わっている方々の御尽力を高く
評価する者であります。しかし、PISAの調査に
は、多々の問題点があり、それを無視してひた
すら「PISA礼賛」「フィンランド礼賛」の盲目的
とも思える大政翼賛会的なマスコミ・教育界の
現状に強い危惧を抱いています。それに警鐘を
鳴らすために批判活動を続けているわけですが、
調査活動に取り組んでおられる皆様には、心から
敬意を払っております。私の持ち前の口の悪さ
で、これらの方々に不快感を与えたとしたら、
それは私の本意ではないので、お詫び申し上げ
たいと思っています。
7. Posted by toshi   2008年03月11日 17:11
KGさん
《批判内容の通りに理数教育の成果を測るのであれば、結局TIMSSに落ち着くのではないでしょうか?》
 そうですね。同感です。TIMSSは、やはり知識そのものを問うていますものね。
 PISAは、ほんとうに知識そのものを問うことに関しては、意識して避けていると感じますね。
 その辺、PISA反対論も十分検討吟味させていただき、近い将来記事にさせていただこうと思っています。
 いわゆる『PISA型読解力』のない大人の姿と違い、十分検討させていただく価値はあるものと思っています。
 なお、神原様は、ネットを開設されました。うれしく思っています。下記に紹介させていただきますね。『息焉游焉 やぶにらみ教育論』です。
http://homepage3.nifty.com/kkam12/sub3.html
8. Posted by toshi   2008年03月11日 17:16
柴田勝征さん
 ごめんなさい。まだ、神原様には連絡を取っていません。できるだけ早く対応します。お許しください。
 なお、上記、KGさん宛のコメントに書かせていただいたように、神原様はネットを開設されました。どうぞ、ご覧ください。
9. Posted by 柴田勝征   2008年03月12日 10:20
神原様のネットを開設についてお知らせ頂き、ありがとうございました。さっそくアクセスして、3本の論文をダウンロードして、一気に読ませて頂きました。包括的、精緻に分析されていて、すばらしい論文だと思いました。私といくつか重なっている点もありますが、新しく教えられる点が多々ありました。特に、個々の設問を精緻に分析されておられる所がすごいと思いました。例えば、人間の歩幅と1分間に歩く歩数が反比例する公式は常識に会わない、という指摘は、言われてみれば全くその通りで、「巨人はチョコチョコ歩き、小人はノッシノッシと歩く」わけですから、確かにおかしいです。同様の例がたくさん書かれていて、驚きました。
10. Posted by N.M   2009年08月17日 16:39
「『おバカ教育』の構造」(阿吽正望 日新報道)を読みました。
これ程までに、日本の教育が破綻し腐敗しているのかと驚きました。不登校、引きこもり、ニートが生まれ、犯罪者が続出するのは、教育システムが腐敗しているからです。
知識社会と言われる現代、教育こそが、最大の成長戦略であり、雇用対策です。呆れた実態があるのです。
日本の教育は、PISA批判のできるレベルではありません。
あなたは、日本の学校教育の現状すら理解していない。
是非、読んでみて下さい。
教員は、教師生活の危機を感じるでしょう。
親たちは、学校へ殴り込む準備をするにちがいありません
11. Posted by ドラゴン   2009年08月17日 18:24
N.Mさん
1冊の本で、語れるほど日本の教育は単純ではありません。
OECD加盟国の犯罪率ですが、ご紹介の本で良いとされているフィンランド、デンマーク、オランダ、アメリカは日本よりも高いですよ。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2788.html

クリティカルに物事を見ることも、PISAでは要求していますよ。

私の知る限りでは、ホンジュラスの算数教科書は、日本のメンバーで作成していますし、エジプトの教科書の指導書をサポートしたのも日本の研究者です。
アメリカは、今、日本の学習指導要領を手本にカリキュラムを作成しようとしています。英語圏では、教育研究者の間で「jyugyoukenkyu(授業研究)」が通用するようになっています。検索してみてください。
日本の教育制度を手本にしようとしている国はたくさんあります。
12. Posted by toshi   2009年08月19日 11:24
N.Mさん

 今の教育現場に、いろいろ問題があることはよく承知しています。拙ブログにも、読者の皆さんから、折々に、そうした問題を指摘したコメントをお寄せいただきます。そのたびに、公教育に携わるものとして、申し訳ない思いでいっぱいになります。

 しかし、そうした面がある一方で、すばらしい成果を上げている公教育もたくさんあります。
 拙ブログでは、そうした意味で、日本の公教育が少しでもいい方向に向かうよう、そして、その営みは不断の努力となるよう、微力を尽くさせていただいています。

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