2008年03月31日

戦後初期の苦難(3) 学校運営上のやりくり 3

059b07aa.JPG 本シリーズでは、父たち先人の、昭和20年代の苦闘を語ってきた。

 今日はその最終回。学校運営編である。これも大変なことだった。

  戦後初期の苦難(1) 二部授業 教室のやりくり
  戦後初期の苦難(2) 二部授業 授業のやりくり 


 それでは、『その3』をお届けします。




◎学校運営上のやりくり


〇補欠授業の要員となる。

 二部の学級の担任は、だいたい半日は空いている。そこで、その日、欠勤者があると、そこへ補欠授業にやらされる。大きい学校になると、全員そろうことはまれで、平均一人以上の欠勤者がある。現在は定員をきりつめられたので、二部の先生が補欠に使われることは、学校にとっては便利である。

 ある校長のごときは、少しぐらいは二部があった方がいい、などと言っている。


〇忙しい事務分掌の要員となる。

 事務のなかには、とても手数のかかるものがある。上の人は、一方では、『教室を離れるな。授業に専心せよ。』と指令しておきながら、実に面倒な事務や報告物を書かせる。

 役所からは切迫した日限の報告をさせる。

 そのために、どうしても、子どもを自習にしなければならないことが、かなり頻繁にある。


 入学・退学(転出入事務のこと。)で父母が来る。待たせては悪いと言われ、学籍係は授業中にその書類を作る。
 
 こうした係りは、二部の先生が都合よく分掌される。電話の取り次ぎで三階まで知らせにいくのも、来客にお茶の接待(近頃の学校使丁は、これをあまりやらない。)をさせたり、こうした雑用も、二部の先生が使われる。


〇高学年への援助授業や交換授業

 受け持つ授業時間数の少ない低学年の先生を、五、六年の学級へ援助の意味で、週二時間くらいの授業を受け持つことがよくある。

 そうしたとき、低学年が二部だと不都合になる。

 そこで、午前番の先生は午後に、午後番の先生は午前に、この出張授業をするように組まなければならない。受ける学級は隔週に、この授業が午前、午後にふりあてられる。交換授業も隔週にしなければならない。

 そして、この授業は、学級や子どもの必要や条件を無視して、一定の時に固定しなければならなくなる。


〇こまるのは経営・クラブ活動だ

 毎週一定の時間に、全校の先生が、いずれかの経営の部に、および、クラブの部に属してその指導をするわけだ。ところが二部の先生は、午後番のときには、これに出られない。

 そこで、二部の先生は、二人ずつ組んで、隔週に出ることになる。

 とすると、指導はどうしても不統一になりやすい。子どもの掌握は困難になり、継続する仕事は能率が上がらなくなる。

 かつて四年まで二部をしていたとき、やむをえず、経営活動の学級制にしたことがあったが、今は不便をしのんで学級解体制にしているが、どうも皮相に流されてしまいやすい。


〇職員会や研究会

 全職員がそろうのは、四時半になってしまうので、校内で職員会議や研究会を催す時間がとれなくなってしまう。やむをえず、二部の先生は半数が出るだけで、四時ごろからやるようになる。でなければ、時間超過をして夜までやらなければならない。何回夜までやっても、手当て一つもらえない。


〇土曜日も半ドンではない。

 土曜日も、午後四時まで、二部の半数の学級は授業をしている。授業があるうちは、退散時間にしてくれないから、土曜日だって、四時半ごろまで勤務時間になってしまうのだ。


 こんな支障は数えあげていけばきりがないが、ともかく、こんなわけで、子どもの学力は、どんな意味の学力でも、低下せざるをえない。少ない時間でも低下しないようにという研究も、その他の研究も、もっともっとやりたいが、不如意である。

 だから、子どもの実力とともに、先生の指導の実力も、遅々として上がらない。百パーセントの努力をしているつもりだが、結果はかようである。




 父の記事は以上だが、これに対し、研究会の講師として父の学校の教員方を指導していた、ある学者の方が、コメントを寄せている。それを紹介させていただきたい。


 今年(昭和29年)は、各地各校に二部授業が多くなってきている。二部授業が学校運営に、子どもたちに、先生方に、どのようなマイナスを出しているか、この現場報告によって、心を寒くさせられる。

 この学校は生活教育に真剣に取り組み、成果を上げつつある学校であるが、この二部授業には苦闘し続けているのである。

 わたしは時おり、この学校を訪れるので、この報告にあるような現状をまざまざと見て知っている。先生方はせめて子どもたちのマイナスを少なくしてあげようと、努力に努力を重ねており、センチな言い方だが、涙ぐましいものを感じている。

 二部授業の教育現実は、しぶくてきびしい。補欠授業、事務分掌にも、先生方にとっては問題も多い。二部授業をこのまま黙認して、教育財政上やむをえないとしておいてよいであろうか。

 子どもたちにとっても、教育上の問題点以上に、人道的な問題ではないかと思う。

 教育委員会よ。人道的な問題として、二部授業解消の問題解決にあたってほしい。これが教育行政の先決問題である。


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 先にも述べましたが、わたしも、二部授業の体験をしています。

 上記記事の書かれた昭和29年度、わたしは、4年生でした。わたしの通った学校では、4年生は二部ではなかったけれど、そのわたしも、1・2年生のときは、二部でした。

 体育館を仕切って、教室にしていた時期もありました。6教室くらいあったのでしょうか。

 ほんとうに大変でしたね。ほんの数人走り回る子がいただけでも、ものすごく音が反響しましたから、授業どころではありませんでした。


 一度すごいことがありました。

 鉄筋とはいえ、戦災にあった校舎はぼろぼろです。

 一度体育館の天井が、1屬らい、突然、バタンと落ちたことがありました。幸い子どもにあたることはなかったのですが、教室と違い、ものすごく高い天井ですから、肝を冷やしたものでした。


 それでは、今日も、皆様の1クリックをよろしくお願いします。 

rve83253 at 08:27│Comments(0)TrackBack(0)むかし | 学校経営

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