2008年04月06日

感動のニュース 校長を慕う子どもたち5

cfe6aa24.JPG 『退職校長』で検索にかけていたら、心にジーンとくるニュースを見つけた。

  退職校長に「卒業式」 吉野中学の全校生が手作り企画とある。

 先に、校長が逮捕されたことをめぐって記事にしたことがあるだけに、これはまた、何とも明るく、ほのぼのした記事で、ほんとうにうれしくなってしまった。

 すごい校長がいたものだ。わたしなど、足元にも及ばない。

 教育って、やっぱり、突き詰めれば『豊かな心の通い合い』、そして、『愛』なのだね。

 それさえあれば、何でもできる。

 この中学校の生徒たちは、校長先生の退職を心からお祝いしたかったのだろう。これまで自分たちに示してくれた愛情に、心からの感謝を伝えたかったのだろう。

 だからと言って、『あまい』『やさしい』ばかりではない。しっかりとした『きびしさ』も持ち合わせている。それが、記事からうかがえる。

 やさしさ、きびしさを超越したところにある、『子どもたちへの愛情』。それが、子どもにも伝わっているのだろう。子どもの心にひびいているのだろう。


 
 わたしもかつて、このような校長のもとで、勤務したことがある。A校長と呼ばせていただく。この記事同様、熱血漢で、自分たち教職員のこと、子どもたちのこと、また、地域・保護者のことなど、きびしくもあたたかい目で見守り、ご指導くださった。

 この校長の退職のとき、わたしたち教職員も、手作りの卒業証書をお渡ししたし、さらには、職員朝の打ち合わせでの話とか、全校朝会での子どもたちへの話とかをワープロに打ち込んで、手作りの本にした。

 いずれ、近いうち、この本(講話集)のことも記事にしたいと思うが、今日は、そのなかから、わたしが書かせていただいた、『A校長先生から学んだこと』を、採録させていただきたい。

 おそらく、これは、冒頭の記事の校長先生にも、当てはまるのではないかと思う。



 A校長先生から学んだこと


 A校長先生の退任式。先生におくる言葉を述べる児童代表の6年生男子は、おくるつらさからであろう。話す前から泣いていた。そして、涙声のまま、最後までしっかり話し続けた。けなげだった。

 校長先生をおくるとき、低学年児童は、校長先生の手を握りしめ、これも涙を流しながら、
「校長先生。ぼく、もう、これから、お友達とけんかしません。」
と叫んだという。

 校長先生ご自身も、誰はばかるともなく、涙を流されていた。


 校長先生への惜別の情。感謝。こういう校長先生に見守られながら、ぼくたち、わたしたちは成長したのだという誇り。それは、決して子どもだけのものではなかっただろう。わたしたち教職員も、保護者も、同じだったと思う。


 何が校長先生を慕い、尊敬させたのか。その秘密は、この講話集にも求められるであろう。


 わたしたちは、校長先生から、数多くのことを学ばせていただいた。

 つくづく思う。そこに流れる一貫したテーマは、『愛』だったのではなかろうか。


 校長先生は、子ども、保護者、教職員の一人ひとりに、愛をそそいでくださった。子どもの名前をほとんど覚えていらっしゃる。そして、名前をあげて話される。

 『愛』の第一は、一人ひとりを大事にされたことだ。


 次に、『何がすばらしいのか。何がダメなのか。』具体的に話される。そのために、時間がかかり、どうしても話が長くなるのだが、わたしたちは納得して校長先生の話をうかがうことができた。目指すべき指針を話されるときも、話は具体的だった。

 このように、『愛』の第二は、話が具体的ということだ。わたしたちも、学級経営で、職員室で、そして、地域で、やはりこの点を学ばなければいけないだろう。


 そして、具体的ということは、校長先生が大変きめの細かい気配りを、わたしたち、教職員、子ども、保護者にしてくださったということだ。

 よく教材研究というが、校長先生の場合、一人ひとりについての人間研究に意を尽くされたのではあるまいか。そして、みんながやる気になるように、一人ひとりに合った対応をしてくださった。

 この、『人間研究』を、第三の『愛』にあげたいと思う。


 校長先生は、この気配りを、わたしたちにも植えつけようとされた。そのご指導のおかげで、わたしたちは、この方向性を正しく受け止め、努力していくことができた。それがすばらしい学校づくりの土台になったのだと思う。

 校長先生は、歯にきぬきせず話される。叱責の言葉も端的だ。そして、やはり具体的なのである。叱責の言葉に、あたたかさがある。

「ああ。また、校長先生に叱られちゃった。明日からまた、がんばらなくっちゃ。」

 そんな、教職員の声が、幾度となく聞かれた。ときに、このきびしさは、PTAにも向けられた。

 このきびしさが、第四の『愛』といえるだろう。


 今、この講話集を読み返す。

 朝の打ち合わせでの校長先生の話。その話のすべてに、『年頭の言葉』に匹敵するくらいの重さを感じる。圧倒される。


 すばらしい指針を得て、わたしたちは、校長先生退任後も、いっそう自己の道に精進することを誓う。そして、『愛』は永遠であることを学び続ける。

 わたしたちの輪は、ますます強まっていく。

 


にほんブログ村 教育ブログへ

ninki



 わたしは、このブログに、かつて、中学校長から学ぶ(1)と題し、記事にしたことがあります。

 ご覧でなかったら、それも、あわせて、お読みいただければ幸いです。

 それでは、今日も、1クリックをお願いできればと思います。

   『慕われる校長(1)』に続く。

rve83253 at 10:16│Comments(6)TrackBack(0)子どもと管理職と | エッセイ

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by yoko   2008年04月11日 10:33
≪教育って、やっぱり、突き詰めれば『豊かな心の通い合い』、そして、『愛』なのだね≫本当にそうですね。家庭でも学校でも…、良好な人間関係の根底には必要なことですね。乾いた陽の当たらない土壌では花は育ちませんものね。
娘の学校の校長先生が、この春退職されました。
すれ違った時はいつも立ち止まって気持ちよく挨拶をして下さいますし、PTAのレクリエーションでスポーツをする時は、若い先生方以上に活躍し場を盛り上げて下さいました。印象的だったのは、PTA総会の時に「気持ちはちゃんと言葉で表さないと伝わらないと思っています」そのような事をおっしゃって、良い事も悪い事も、お願いも感謝の言葉も話されました。お話は長かったのですが、とてもいい印象を持ちました。そんな校長先生でした。
2. Posted by yoko   2008年04月11日 10:34
(続きです)
それで、自然と役員の間で退職される校長先生に、全校生徒の寄せ書きと写真をアルバムにしてプレゼントしようという事になりました。子供達の寄せ書き、書く事がないなんて言う子がいるのではないかと思って本当は少し心配だったのです。そんな心配をする必要もなかったようです。感動する事を色々と書いてくれました。子供達からも慕われていたのだなぁと思いました。
素敵な校長先生だと、学校全体もそういう風になるのかな、なんて少し思いました。
3. Posted by toshi   2008年04月11日 12:09
yokoさん
 すばらしい校長先生ですね。わたしがリンクさせていただいたニュースの校長先生、また、本記事のA校長先生とも重なってきます。
 ああ。わたしなんぞ、足元にも及びません。
 『校長によって学校はいかようにもなる。』
 それはかなりの確率で言えることだと思います。
《「気持ちはちゃんと言葉で表さないと伝わらないと思っています。」》
 これもまったく同感です。付け加えれば、もう今は、『後姿を見て育つ』時代ではないと思っています。あまりに映像文化が発達したためでしょうね。
 もう一つ。この校長先生の言葉は、わたしの初任者指導でも、繰り返し、よく言っていることです。
4. Posted by TED   2015年06月07日 20:51
この、校長に、子供は、体罰を、受けました。暴言も…
他の先生は、愛情だからと、助けてはくれませんでした。影では辛い思いをした、子供が、たくさんいます、
5. Posted by toshi   2015年06月12日 16:52
TEDさん
 どうもすみません。新聞記事のみで書かせていただきました。
6. Posted by TED   2015年06月29日 00:10
こちらこそ、すみません。部活の体罰や、学校の事をネットで、検索していましたら、偶然、この記事を見つけてしまいました。娘の事でいろいろと、悩んでいる時期にたまたま見つけてしまいました。完璧な人などいませんが、この元校長が、部活の指導などで、暴力や、暴言で、指導していたことは、間違いありません。今まで、誰も何も言えなかっただけです。泣き寝入りですね。この方の指導方法が、正しいと思ってる人達がいるのも、事実です。この記事を、見つけたことも、何かしら意味があるのだと思いました。長々と、関係ない方に嫌な内容になりましたが
すみません。世の中にはまたまだ、体罰、暴言で、辛い思いをしている子供がたくさんいますね。当事者にならないと、気持ちはわかりませんね

コメントする

名前
URL
 
  絵文字