2008年04月12日

わたしの初任者指導遍歴4

d8c64e76.JPG このたび、姉妹関連ブログの『小学校初任者のホームページ・トップページ』を一新した。


 それには、ここ一年近くの思いがあった。


 ともすると、先輩から、
「toshiは理屈っぽいよ。」
と言われてきたし、

 このブログも、そうしたにおいがプンプンしていると思うが、・・・、それだけに、トップページには、詩をとり入れたいなという夢をもっていた。

 その方が、初任者にも、やさしい気持ちで入ってもらえるのではないか。


 しかし、詩なんて書くがらでもないし、挑戦意欲はあっても、なかなか更新に至らなかった。

 詩って、一生懸命考えてできるものではないのかもしれない。

 なんか、ある瞬間、ひらめくというか、思い浮かぶ。そういうものを書き留めて、それで、できていくものなのかな。

 だから、ものすごい月日を要した。


 それでやっとでき上がったトップページ。

 恥ずかしいが、もう公開してしまったことでもあるし、・・・、ご覧いただけますか。

 

 自分の書いた詩を読み返しながら思うことは、自分の初任者指導遍歴である。


 今さら申すまでもないが、わたしが教員として採用されたのは、昭和45年。

 当時、今のように制度化された初任者研修はなかったが、校内で、あるいは、地域で、任意に行われていた。

 我が校の初任者研修は3年間だった。違った言い方をすれば、3年間、初任者扱いだったとも言えよう。そして、4年目を迎えようとしていたあるとき、教務主任に呼ばれた。

「toshiさん。来年は、toshiさんに、初任者指導をお願いしようと思っている。」

「ええっ。それはまた、・・・、
 わたしは、初任者研修を終えようとしているところではないですか。それなのに、いきなり、今度は、指導する側になるのですか。
 無理ですよ。大先輩の方がいいに決まっている。」

「それは違うぞ。初任者が何に悩み、何を不安がり、何を喜びとするか。そういうことが一番よく分かるのは、ついこの前まで初任者だった君ではないか。適任だよ。」


 そう聞いて、わたしは、ルソーのエミールを思い出した。

「子どもにとって、最良の教師は、子どもより、2・3歳上の者である。どの問題でつっとってしまうか、どう学習を進めれば理解できるか、そういうことが一番よく分かるのは、ついこの前そういう経験をし、ホットな思いをもっている者である。」
確かそのようなことが書いてあったと思う。

 それで、この校務分掌を快く受けることにした。


 仲間のような関係ですすめる初任者研修は、ことのほか、楽しかった。6時、7時を過ぎると、大体雑談になった。いつ終わるか知れない、研修なのか雑談なのか分からない話し合いに、教頭先生が心配してやってきたことも何度かあった。

 しばらくわたしたちの話を聞いた後、
「さあ。toshiさん、もう、時間もかなりたったし、終わりにしたらどうかな。」

 それで切り上げることも何度かあった。

 以上は、20代の話。


 
 30代になると、初任者の地域巡検にあたり、そのガイド役をおおせつかるようになった。観光バスで、半日、地域全域を回る。それぞれの土地ごとに、どう社会科の授業に役立てたらいいかという観点で、説明をした。

 初任者は、午前中、子どもたちと奮闘し、午後これに参加するから、疲れがどっと出るのであろう。バスのなかでは、わたしの説明が子守唄になってしまう初任者も、けっこういたっけ。でも、逆に、熱心にメモをとり、質問してくる初任者もいた。



 40代になると、国による、制度化された初任者研修が始まった。

 校内では、

 ほんとうは、指導者は、学級担任であってはならないようだったが、わたしは、学級担任を務めながら、初任者指導もするという、ちょっと、考えられないような形がとられた。 
 当時、我が校の初任者には、音楽専科もいた。その専門的な指導は無理だったが、子どもが意欲的に歌ったり演奏したりするようになる指導は得意(?)だった。我がクラスの子どもの歌声がすばらしくなっていくのは、わたしにとっても喜びだった。


 地域では、

 地域で行われる、夏休み中の宿泊初任者研修でも、講師を務めた。

 そのとき、実に楽しかったのだが、強烈な思い出となっていることがある。

 休憩時間になると、我々講師陣は、頭脳の疲れを休めるべく、ゴロンと横になる。そして、講師同士で、雑談をする。

 しかし、彼ら、初任者は、ほんの少しの時間でも外へ出て、バスケットボールや、バレーボールに興じていた。

 『若いなあ。』『若さっていいなあ。うらやましい。』そのような思いを強くもった。

 そうか。彼らの大部分は、子どもたちと、10歳ちょっとしか歳は違わないのだ。『半分子どものようなものかもしれないなあ。(失礼!)』そのような思いももった。


 地域で行う初任者指導に資するための、新採用教員用研修冊子の編集に携わったこともあった。

 自分の思い、信念を文字にしたかったが、公的性格ももつ冊子であるから、そうそう、自己流に走ることもできなかった。でも、多くの編集委員は、わたしの思いも受け止めてくれて、わたしらしさを最大限生かしてくださった。

 それをかつて、小学校初任者のブログに、書かせていただいたこともある。

   はれて教員となった皆さんへ



 わたしには、『自ら求めず、くるものは拒まず』の信念というか、処世訓のようなものがある。

 一つ仕事をさせてもらうと、それが財産となって、次の仕事へと必然的につながっていく。

 わたしにとっては、初任者指導も、そうした流れのなかにあった。

 だから、地域の教育委員会が、自分の退職に合わせてくれたわけでもないだろうが、管理職経験者も初任者指導に携わることを可能にしてくださったとき、

 わたしは、これこそ『自分の天職』と思い、自然にこの道に進むことにしたのだった。


 でも、考えてみれば、自分のような老兵がこの仕事に携わることは、上記文章と矛盾するよね。だから、矛盾とならないように、子どもの思い、初任者の思いには、常に共感的、受容的な態度をなくさないようにしたいと思っている。



 今年の勤務校も決まった。昨年に引き続き、3年生の学級である。

 今年度も、姉妹ブログともども、よろしくお願いします。


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 ほんとうは、『小学校初任者のホームページ』の更新は、4月1日にできるとよかったですね。ちょっと遅れてしまいました。すみません。

 それにしても、今のような、制度化された初任者研修の時代なら、20代での初任者指導など、まったく考えられないですね。これも、古きよき時代ということでしょう。

 それでは、以上の遍歴のわたしへの、励ましの1クリックをいただければ、とてもうれしく思います。

rve83253 at 11:29│Comments(0)TrackBack(0)むかし | 初任者指導

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