2008年04月21日

慕われる校長(1)4

e992ea49.JPG 先日、新聞に載っていた、『校長先生の退職をお祝いする生徒たち』にリンクさせていただき、記事をまとめた。

 そのときも申し上げたが、わたしもかつて担任時代に、子どもや保護者、それに、教職員からも慕われる校長のもとで働いたことがある。A校長だ。

 A校長が退職される、つまり最後の一年間。わたしは、これだけの校長のお話をただ聞きっぱなしにするのは、もったいない。自分も損をするのではないかと思い、記録に残すことにした。

 当時、初任者だったBさんが一番校長の席の近くだったから、
「〜というわけで、朝の教職員打ち合わせでの校長先生の話を録音してくれ。」
と頼み込んだ。
 それを聴きながら、ワープロで打ち込む。何度もテープを巻き戻しては、話したとおりに打ち込むことを心がけた。


 笑い話がある。

 Bさんは、自分の机に、テープレコーダーを置きっぱなしにした。

 まさか、いつも自分の話を録音されているとは知らないA校長。あるとき、Bさんにお説教をした。

「何だ。だらしない。いつまでテープレコーダーを置きっぱなしにするのだ。いい加減に片付けろ。」

 わたしはそれを聞いていたから、Bさんに大変すまない思いがして、後でひそかにあやまった。
「ああ。いいですよ。わたしもいけなかったです。出しっぱなしにしていましたから。」

 それからというもの、A校長には見えないようにして、机の下において録音をしたものだから、ちょっとボリュームを上げないと聴き取れないようになってしまった。


 それでは、ある日の、A校長の話を採録させていただこう。

 この日、特別に長く話したわけではない。このくらいはふつうだった。

 聴く方も、『今日は、どんな話だろう。』と、A校長の話をいつも楽しみにしていた。

 それでは、どうぞ。




平成〇年11月6日(〇曜)


 黒板に書いてありますけれど、toshi先生は、今日、Cホールで、勤続二十年の表彰ということで、大変おめでとうございます。これからも、ますます健康に気をつけてがんばっていただきたいと思います。


 それから、D先生の紹介でもって、校庭でやる野焼きに使うわらを大量にいただいたわけなんですが、その後、先方の、わらを提供してくださった方に、代金をお支払いしようとしましたところ、その方は、
「E小学校で、そんなに子どものために一生懸命やってくださるのなら、わらのお代はいりません。」
と、非常に心温まるお返事をいただきました。大変感謝しております。


 やはり、教育活動、学校教育というのは、見捨てたもんじゃないな。世の中の人は、学校を信頼してくれて、わたしたちに協力してくれているんだなということを、しみじみ感じました。


 それから、もう退職された校長先生ですが、図工研のF先生が、昨日ちょっとおみえになりまして、B先生に彫刻の授業についての指導をしてくださいました。F先生も大変立派な方で、

「E小学校の図工の研究発表会に、わたしは、自分の気持ちとしてくるんですから、先生方は、わたしのことをかまわないでください。」と。

「当日は、わたしはしのびのような形で来ますから、ぜひ、来賓というような扱いはしないでください。」
というようなことでございました。

 まあ。F先生のそういったお気持ちをわたしたちは感じて、水面下でご指導いただくようにしております。承知しておいてください。


 それから、先生方の教室環境ですけれども、図工については、大変いい雰囲気をもっているんですが、他の教科についても、わたしたちは図工だけをやっているわけではないんで、全教育活動を行っているんだということを、やはり、使命としてもたなければいけません。

 したがいまして、各教室は、それぞれの子どもの作品だけではなくて、先生方が指導する環境というものも整える必要があるんじゃないかと思います。

 たとえば、

 教室によっては、やさしい雰囲気の現れているところ、あるいは、がんばろうという励ましを与えるような、そんな雰囲気の学級もあるようです。

 ただ図工の作品だけでは、ほんとうの教育活動ではないと思います。

 その辺は、子どもと先生が一体となって、教室環境を整えてほしいと思います。

 
 それから、あのう、昨日もつくづく感じたんですけども。ずっと前にね。こういうことがあったんです。


 社会科の授業をやっていて、子どもが、『おうちへ帰ったら、ポストをもう一回調べに行くよ。』ということで終わったんです。

 そうしたら、『起立。これで社会科の勉強を終わります。』

 これじゃあ、意味をなさないわけですよね。

 子どもは、おうちへ帰っても、意欲をもってポストを調べようという気持ちをもっているわけです。社会科の勉強は決して終わってはいないよね。

 そういうところ、我々も、日常生活のなかで、ずいぶんあるんじゃないでしょうかね。つい、無意識にやってしまうことがね。


ですから、『気をつけ。礼。』全校朝会。あれは別です。あれは、一回一回始まりと終わりでいい。


 教室では、わたし、学級経営をやっているときには、朝、教室に入っていけば、『おはよう。』それで、子どもたちも、『おはようございます。』

 で、あとは、すんなり授業に入っていった。授業の一時間一時間で、『気をつけ。終わります。』なんてやりませんでした。

 子どもそれぞれは、課題をもっているはずなんです。そういう、子どもの心に残るような、持続発展していくような授業を考えていかなければいけないんじゃないかと思います。


 去年でしたかね。

 あのときは、講師にお願いしていましたけれど、F先生が話してくださいました。

 造形遊び。

 さんざんやって、『はい。図工の勉強を終わります。』ってやったら、子どもは、『やったあ。さあ。遊べるぞ。』ってとび出していったという。

 これでは、意味をなさないわけだな。せっかく、『造形遊び』なのに、終わったら、『これで遊べる。』というのは、やはり変でしょう。

 やっぱり『遊び』はね。子どもに本気に遊ばしてやらなくっちゃいけない。


 指導する側は違いますよ。

 これは、しっかり子どもをみとる。どのようにしたら、子どもが本気に遊ぶかを考える。そして、遊びのなかから、図工のねらう美的情操ですか。それと、表現の喜びね。遊びを通して造形的な創造活動の基礎的な能力を養うわけですから、

 そういうところのけじめっていうか、我々工夫する必要があるんじゃないかと、常に思います。

 以上です。


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 この講話集には、朝の打ち合わせでの話のほかに、全校朝会での子ども向けの話、それに学校だよりなどを収めています。

 わたしは、毎回、何度も聴きなおしながら、打っていたからでしょう。もう、A校長の話は、自然に頭の中に入ってしまいました。それが、自分が校長になってから、どれだけ役立ったか分かりません。

 何かひとつのことをやったり言ったりしたとき、『ああ。これは、A校長がなさっていたことをまねさせていただいているな。』

 そう思ったことは何度もあります。校長としても、よき師でした。


 それでは、最後に、今日も、1クリックをお願いできるでしょうか。どうぞ、よろしく。

(2)へ続く。 

rve83253 at 12:37│Comments(0)TrackBack(0)学校管理職 | 学校経営

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