2008年04月30日

強い思い3

8ebc31c0.JPG もともと、この種の思いはあったのだが、YKさんとコメントのやり取りをしているうちに、その思いはますます強まり、さらに、具体性のあるものになってきた。そういう意味で、YKさんに感謝したい。ありがとうございます。

 そこで、YKさんの最新のコメントをもとに、それに答えるつもりで本記事を書いてみたい。

 おもに、上記リンクのコメント12番から14番である。


  
〇行政のムダについて

 これはもう、YKさんが書かれた『地方のムダ』と、『国政のムダ』は、同じ言葉を使っているものの、次元が違うと思った。

 地方のムダは、ムダとは言いながら、一応、地域のためには、また、一部ではあるかもしれないが、その方々のためにはなっていると思われる。だから、財政が豊かであれば、削る必要のないものが多いのではなかろうか。

 それに対し、今問題となっている国政のムダは、これは犯罪的で、許されないものがほとんどである。国は実質それに対し、対策を講じることなく、本日、ガソリンの暫定税率を復活させようとしている。



 ある意味、わたしは不思議でならない。

 これまで、定見シリーズにおいて、『国は、世論の動向をものすごく気にするようになっている。』と、繰り返し書かせていただいた。しかし、今回の暫定税率の問題では、それは、当てはまらない。どうして、世論を敵に回すようなことをするのか、それが不可解である。

 思うに、もしかしたら、犯罪的なムダの件も含め、ぬかるみにはまり過ぎて、もうそこから抜け出せなくなっているのかもしれない。



〇『生きる力』の解釈について、

 YKさんはおっしゃる。ただし、これはコメント8番においてである。

《文科省のいう『生きる力』と一般社会の言う『生きる力』の意味はかい離しているのではないか、という疑問です。多分、ほとんどの人は、生きる力を格差社会における競争力(国際的であれ、企業間であれ)と見做しているのではないかと考えています。》

 これはすごく納得できた。たぶんそうだろうなあと思う。


 文科省は、「生きる力」について

〇基礎・基本を確実に身に付け、いかに社会が変化しようと、自ら課題を見つけ、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力

〇自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性

〇たくましく生きるための健康や体力 など

と規定した。

 どこにも、『格差社会における競争力』などという概念はない。


 そして、わたしも、この点においては、文科省にまったく同意である。

 と言うより、もっと焦点化して、わたしは、YKさんに答えた。コメントの6番である。

《わたしは、『生きる力』とは、自立(『自律』も含む)し、科学的に判断し、自分らしく生きる力と考えます。》

 これまでブログを続けてきて、わたしは、『心の教育』については、しっかり概念規定をしないと誤解を招きかねない言葉と思っていた。しかし、今回、『生きる力』についても同様だなと思った。YKさん。ありがとう。



〇『愛国心』と『生きる力』について

 YKさんは、新学習指導要領において、この双方が成り立つことの意味が分からないとおっしゃる。

 わたしも同感だ。どうも相容れない両者を、無定見にとり入れようとしているとしかみえない。


 愛国心を否定はしない。YKさんがおっしゃるように、

《愛国心というのは、自尊感情を持った人間によって健全に持つことのできるものですが、自尊感情というのは、愛される経験によって磨かれるものです。》

 ほんとうにその通りだ。


 自ら学び、主体的に判断し、よりよい問題解決をしようとしたり、豊かな人間性を身につけようとしたりするには、自己肯定感は欠かせない。自分を真に大切にできる人間こそが、こうした力を身につけるのだし、そういう人は、他人も愛することができる。


 今、連日のように報道される犯罪。その多くは、自己肯定感の欠如を思わせる。

 よく、『むかしの方が犯罪は多かった。』と言う人がいるが、それはそうなのだろう。しかし、どうなのだろう。『死刑になりたいから、人を殺した。相手は誰でもよかった。』というたぐいの犯罪がむかしからあっただろうか。

 これは、わたしはよく分からないので問題提起なのだが、むかしはただただ貧しさゆえの犯罪だったのではないかと思っている。

 それはともかくとして、犯罪までいきつく者はきわめて少数に違いないのだが、この自尊感情のなさというのは、けっこう日本人に蔓延していないだろうか。

 とすれば、これは、教育の失敗と言えなくもない。


 ここでさらに突っ込むために、YKさんの言葉を借りよう。コメントの13番である。

《改正教育基本法では、愛国心を強調していますが、この愛国における国とはかなり抽象的な概念です。なぜなら、この法律を作った国会議員が、国を愛するといいながら、現在生きている国民を愛しているという心が見えないからであり、国を愛することで生きる力(自尊感情)が養われることを示していないからです。》

 そうなのだ。上も上なのである。

 法律を作った者たちに、自尊感情がない。つい最近の言葉で言えば、山口県の補選でああいう結果が示されたのにもかかわらず、『あれは民意ではない。ガソリン税率復活こそ民意です。』と平気で言い放つ。国民の心を傷つけているのに、国民の反発をかうに決まっているのに、それに気づかない。

 どう考えても、文科省言うところの『生きる力』、すなわち、

 『よりよく問題を解決する資質や能力』や、『自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心などの豊かな人間性』があるとは思えない。YKさんがおっしゃるように、国民を愛しているとは思えない。

 自分を真に大切にしているとは思えないのだ。

 政権のこれからが、自暴自棄路線にならなければ幸いである。


 話を戻そう。

 こういう人たちが説く、本心の愛国心とは何か。少なくとも、『我が国の伝統と文化に親しみ、国を愛する心をもつとともに外国の人々や文化に関心をもつ。』ではあるまい。

 『わが国の伝統や文化を押し付け〜』にならなければ幸いである。

 『親しむ』感情。これも、自尊感情抜きにしては語れない。

 

〇わたしは、さらに、つけたしたい。

 国は、今回の学力調査でも、PISA型学力重視の姿勢を見せた。それと、文語調の日本語の音読や暗唱重視とが、どう考えても、結びつかないのだ。

 わたしはかつて、定見シリーズにおいて、国の無定見を指摘したが、『無定見、きわまれり。』という思いがする。

 『文語調の日本語の音読や暗唱重視』これが、小学校の新学習指導要領に盛り込まれているのだ。

 子どもの生活無視。子どもの成長発達段階無視。きわまれり。

 その一方で、『自ら課題を見つけ、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力』の育成も説く。

 ああ。日本人の精神が分裂してしまわなければ幸いである。


 今こそ、教育現場は、心して、子どもの教育に取り組まなければならないであろう。子どもに対し、押し付けを絶対してはならない。どうも上のせいにして、平気で(『やむを得ず』という気持ちもあるな。)押し付ける実態が、わずかではあるが、あるような気がしてならない。


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 『心の教育』『愛国心』『生きる力』(いつだったか話題にした『奉仕活動』も含む。)など、わたしがこれを述べるときは、誤解を招かないためにも、いちいち概念規定をした方がいいなと、今、思っています。

 ようするに、『押し付けるものではありませんよ。子どもの思い、子どもの主体性を軸に自尊感情を養うなかで、子ども自らが学び取りながら身につけていくもの』ということになりますね。

 それでは、本日も、押し付けでない、読者の皆様の主体性による1クリックをいただければ幸いに存じます。 

rve83253 at 06:30│Comments(11)TrackBack(0)エッセイ | 教育観

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この記事へのコメント

1. Posted by とびうお   2008年04月30日 07:27
初めてコメントします。
我々公務員はバッシングを恐れて、政治思想を語ることを避けがちであるように思います。

語るにしても教育施策について無難なコメントをする程度でしょうか。
しかし教育行政もまた政治の一部分であり、大きな流れの中で実施されているものだと思います。

いつも穏やかなtoshi先生の、歯に衣着せぬ物言いに賞賛の拍手を送ります。
2. Posted by toshi   2008年05月01日 11:14
とびうおさん
 うれしいコメントをありがとうございました。
 ちょっと、腹立たしいことがあったもので、と申しても、この記事のテーマでは、多くの方が怒っていらっしゃるでしょうね。
 ある意味、民主主義の危機という思いもしています。
 さらには、教育の責務はますます重大になってきているとも、感じます。
3. Posted by YK   2008年05月01日 18:29
YKです。

私とのやりとりを取り上げていただき、大変恐縮しています。私も今回のテーマはとても勉強になりました。テーマがテーマだけに慎重になりましたが、記事にまでしていただき有難く思っております。国政のムダについては、、倫理意識の有無が国民に与える影響は大きいな、と感じています。一人の大人としては、模範となる人物を教科書で教えるよりも、自分が模範になることを目指したほうが早いのではないかと思っています。教科書で教えても、全体には浸透しませんから。。
4. Posted by YK   2008年05月01日 18:47
≪『死刑になりたいから、人を殺した。相手は誰でもよかった。』というたぐいの犯罪がむかしからあっただろうか。≫

こういう「理由なき殺人」の話題について最近18の子と意見交換しました。興味深いことに、18の子(女の子です)も「最近はおかしい。」と考えているのですね。「人間には社会があり、だからこそルールやモラルがあるけれども、暗黙の了解であるために逆に『人を殺してはいけない』という理屈が説得力を失うのかもしれない」と。確かに、法律やモラルとの間の葛藤が見られないような事件が次々と起こっているのは最近のことでしょう。その子も「将来、自分の子をどう育てたらいいのか」と言ってましたけれど。
5. Posted by YK   2008年05月01日 19:05
確かに、暗黙の了解が崩壊するとなると、「自分がされたら嫌なことはするな」という理屈抜きの教育(と言うんでしょうか)が成り立たないですから厄介です。私としては、聖書を引用したり、将来の子どもとの対話の重要性について意見しましたが、彼女の不安にとってどのくらい意味があるのかは、私にもわからないです。今から考えれば、自己肯定感を感じさせるように愛しなさい、くらい言ってあげたほうが良かったのかもしれない、とも思います。
6. Posted by KG   2008年05月02日 13:49
toshi先生、お久し振りです。
「物騒な世の中」に関しては、以前本当にそうなんだろうか?と疑問に思って調べた事があります。
こと、少年犯罪、しかも殺人や強盗などの重大犯罪に限れば統計上は件数、発生率(少年人口10万人あたり)ともに昭和30年代と比較して激減しています。
理由なき殺人は近年だけの傾向かと言われると、実は戦前からもあるようで今に限った話しではないようです。
少年犯罪データベースというHPがあるので参考までに。
http://kangaeru.s59.xrea.com/
7. Posted by KG   2008年05月02日 13:56
「生きる力」については過去にコメントした事もありますが、全くtoshi先生と同様です。
「競争力」という幻想が一般に広く信じられている事も事実だと思いますし、残念ながら教育界でも競争力幻想は根強いと思います。
文科省が生きる力をもっと具体的に、一般にわかりやすい言葉で示すことが必要でしょうね。(文科省も本当は良く分かっていないのでは?と思いますが)
企業においても、まず抽象的な理念があり、やや具体化したビジョンがあり、そのビジョンを実現するための具体策を策定し、さらに中期経営計画という形で数値化して目標を策定していきます。
今は理念からいきなり具体策(学習指導要領など)にとんでいるので、それが生きる力とどう結びつくか誰もわからない状況なのではないでしょうか?
8. Posted by toshi   2008年05月03日 07:34
YKさん
《模範となる人物を教科書で教えるよりも、自分が模範になることを目指したほうが早いのではないかと思っています。》
 いいですねえ。ほんとう。このくらいの心意気が必要ですよね。ただし、人間性としての模範を示すとなると窮屈なことも多いでしょうから、共感、受容などを中心とした師弟同行の模範を示すことができれば、間違いなく子どもは伸びるでしょう。

 18歳の女の子の話。興味深く拝見しました。『大丈夫。家庭のなかに、共感的、受容的な心のふれ合いがあり、面倒くさがらない子育てが行われていれば、わたしは、いい子どもが育つ。』と信じています。
9. Posted by toshi   2008年05月03日 07:41
「自分がされたら嫌なことはするな」
これもおもしろいテーマだと思います。これを言う人の心は、
『自分がされたらいやだと思ったのなら、相手もいやと思うに違いないのだから、やったらだめじゃないか。友達ができなくなるぞ。』
ということなのだと思いますが、言われた方の心理は、
『自分がされていやな思いをしたことがあるのだから、相手だってそういう思いをしてくれなくては公平ではないではないか。』
となるのでしょうね。
 だからこそ、指導する側は、受容的、共感的な対応が必要になってくるのでしょう。

 『なぜ人を殺してはいけないのか。』
 最初にこれを聞いたときは、驚愕したものでしたが、よく考えてみれば、同じことなのでしょう。やはり子どもは愛されて成長してきたという実感がないと、健全に育たないのだと思います。

 自己肯定感を抱かせること。これも、受容的、共感的態度で子どもに接すること。そこには、子どもが感じ取れる『愛』がありますから、それが土壌となって育まれるのだと思います。
10. Posted by toshi   2008年05月03日 12:13
KGさん
 いつも、資料をご紹介いただき、ほんとうにありがとうございます。自分がなかなかこうした資料を見つけられないものですから、いつも感謝しております。
 よく分かりました。戦前のいろいろな犯罪まで具体的に載っていますので、すごく納得できました。ただ、ものすごく驚いています。どう解釈したらいいのか、これから考えてみたいと思います。

 『生きる力』に限らず、最近思うのは、国に主体性なく、学者、教員、市民などのいろいろな考え方を無定見にとり入れてしまいますから、何が言いたいのか分からないということになるのでしょうね。『生きる力』を養うという看板は下ろさないといいながら、具体的にはそれと矛盾することをたくさん取り入れています。
11. Posted by YK   2008年05月04日 13:58
≪ただし、人間性としての模範を示すとなると窮屈なことも多いでしょうから、共感、受容などを中心とした師弟同行の模範を示すことができれば、間違いなく子どもは伸びるでしょう。≫

アドバイスありがとうございます。おそらくですが、私自身が模範になろうとしても成功しないでしょう。あくまで目指す方向性として、です。「規範を食べさせ続ければ吐き気を催すものです」。これは、ヤヌシュ・コルチャック先生の言葉ですが、これはおそらく正しいでしょう。大人も子どもも同じだと思いますが、饒舌な子がうまく自分の考えを表現できているとは限らないし、静かな子に内面世界が無いということもないはずです。

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