2008年05月27日

PTAと学校(11) PTAの未来像は、4

880dab8c.JPG わたしの考える未来のPTAを一口で言えば、『楽しくなければPTAではない。』


 むかし、いわゆる『ゆとり教育』がスタートしたころ、文科省の寺脇研氏は言った。


「今、全国各地で、PTAがもえています。情熱的で、活動することが楽しくて仕方ないというPTAがふえています。」


 それを聞いていたわたしは、『ああ。これは、我が勤務校のことを言っているのだな。そうか。そういうPTAが全国にふえているのか。』そう思った。とてもうれしかった。

 これは、『ひらかれたPTA』にくわしい。


 時代が多様性を求めている。

 一人ひとりが、自分らしく生きる。充実した生き方を求めている。

 そのようなときに、PTAだって、その生き方を認める方向で改革していかないと、いずれつっとってしまうことは目に見えている。


 
 そこで、上記、『ひらかれたPTA』なる記事を振り返りながら、新たな視点も加えて、未来のPTA像を考えてみたいと思う。


〇やりたい人が、やりたい活動をやる。やりたいという人がいない活動はしない。
 これは、PTA活動の自主性、任意性、多様性を認めるということである。

 学校としては、『PTAをあてにした学校経営は古い。』と認識すべきである。任意性が高いから、今年行われた活動が来年も継続するとは限らない。そう腹をくくるべきである。


〇やりたい人の集まりだから、活動は活発になる。楽しく活動できる。アイデアもわく。意欲的でよくまとまる。犬山市教育長が言っていたように、自発的にやる活動には、多忙感がない。
 また、一部の人だけが忙しいという事態は、かなり解消される。仕事が幅広く分担される。
 活動の楽しさが広く伝わっていくから、やりたい人の輪は広がっていく。


〇旧来のPTAが存続するなかで、『いやなことをやらされた。』ということでトラウマになったり、PTA内部に派閥のようなものがあって、いやな経験を何度もしたと思ったりする人が多ければ、やりたい人がいなくなることもありうる。その場合は、PTAは廃止である。

 PTAがなくても、学校は動く。わたし自身、PTAを廃止したということは、経験したことも聞いたこともないが、新設校で、何年もなかなかPTAができなかったという話は聞いたことがある。

 その学校の校長が言っていたっけ。
「いやあ。初めっからないのだから、別にこまることはありません。ただ、授業参観と学級懇談会があるだけです。もっと幅広く連携を図ろうとする動きもないわけではないですが、その必要はないという考えの方もいらして、今のところはまとまっていません。」
 これも、親校でいやな思いをしたということが尾を引いていたようだ。
 まあ、なくてもやっていけるということだ。
 

〇任意性が高い、多様性を認めるということは、活動は保護者に限定しなくてもいいということだ。学校に在籍する子どもたち(その保護者を含む。)のための活動であることは確かだが、希望すれば、お子さんが卒業した後も活動できるようにしてかまわない。

 また、こうした考えは、地域に向けての門戸開放にもつながる。その場合は、人的にも、組織的にも、オープンになっていく。
 たとえば、放課後児童クラブ、学童保育など、さらには、町内会には子ども会などがあると思うが、そういう組織との連携が図れるようになっていく。同一人物がそれら複数にかかわっているなどということもあって、『やりたい。参加したい。』という人たちの輪は広がっていく。
 それが、PTA、子ども会、学童保育等の共同事業などを生み出す力にもなっていく。
 町内会、保護者、趣味に生きる人、学生などが、『子どもとかかわりたい。子どもにしてやりたい。』などという思いでつながっていく。

 こうして、やりたい人がやりたいことをやるという気運が培われるようになると、そういう意欲に支えられて新たな組織が生まれることもある。

 我が地域で、今、急速に広がりつつあるのは、『おやじの会』だ。お父さんが子育てに参加するなかで、PTAにもかかわろうとする気運が醸成されている。防犯、警備、学校への協力など、幅広く活動してくださる。

 学校としては、PTAなどをあてにするわけではないが、『やりたい。』『学校教育に参画したい。』という声には、大いに応えていきたいものである。本の読み聞かせ教室などに代表されるだろうが、授業時間も活用していただく。幸い、総合的な学習の時間などがあるので、活用する時間は容易に確保できる。 


〇新たな時代の信頼関係が生まれる。

 もともと活動が定例化、義務化していないので、学校とPTAのあいだには、『なくて当然。やってくれれば感謝』という関係が生まれる。
 同じ、やるにしても、『昨年やっていたのだから今年もやらなければならない。』ではなくて、『昨年やっていたようだけれど、今年はどうしましょうか。』から始まる継続なので、そこには、常に、意義、目的、内容などの検討がある。当然、『やらされる。』という意識ではなく、『やる。』という思いでの活動が始まる。

 学校としては、常に感謝の思いを忘れない。その思いをストレートに活動している方々に伝えることはもちろん、教職員にも伝える。そして、子どもにかかわる活動ならば、全校朝会などで子どもにも話す。

 そう。最後に書いたことは、そうした信頼関係構築の営みが、そのまま教育力につながるということでもある。

 これは、学校とPTAの関係においてだけではない。PTA内部においても、そういうつながりがこくなっていくだろう。また、他の機関とも、同様の関係でつながっていく。

 
 ちょっとわき道にそれるが、わたしには、これにかかわって、大きな反省事項がある。

 わたしは、上記、『ひらかれたPTA』なる学校に着任したとき、同記事では、『ショックだった。』とし、その理由の一つとして、『広報紙などはなくなってしまうのではないか。』と書いた。

 しかし、それは逆だった。広報紙を出したいという人は少なからずいらしたし、活動は大いに盛り上がり、地域のPTA広報紙コンクールで賞をいただくまでになったのである。

 『自由にすれば、人は活動しない。』

 そう思っていた。

 わたしは、基本的に、人間というものが分かっていなかった。人間、やりたいことには、ものすごい情熱を発揮するのだね。

 わたしは、『人への信頼』という、教職にあるものにとっては不可欠な人間観なるものを学ばせていただいた。

 でも、前述の通り、トラウマに襲われたり、いやでいやでたまらないというような思いがすでに多くの人にあるのなら、話は別。

 こういう場合は、別な努力が必要になってくるだろう。


〇活動が盛り上がるには、もう一つ、カギがある。

 それは、いくらやりたい人がやると言っても、それが、固定してしまってはならないということだ。『やりたい人』『やりたくない人』が、あたかも別人種であるかのように、二層として固定してしまった場合は、全体としての盛り上がりは期待できない。

 常に門戸は開いておく必要がある。

 それだけではダメで、門戸を開いていることが周知徹底されなければならない。

 『楽しそうだなあ。わたしも参加してみようかなあ。』と思ってもらえるような広報活動が大切である。


 活動によっては、『年度途中における加入、離脱は迷惑。』ということがあるかもしれない。しかし、それを口にしたり表情に出したりしてはダメだ。いつでも参入者を歓迎するというムードがないと、長続きしない。もちろん、抜ける自由も同様である。

 ただ活動する以上、責任を伴うことは当然だ。やりたいとしてやる以上、途中での放棄などはあってはならない。
 もっとも、現実的にはこのような心配は不要だろう。

 学校としても、先ほど書いたように、活動への感謝の思いを忘れない。教育にかかわる内容なら、学校だよりなどで、どんどん思いを伝えるようにしたい。


〇対外的な関係においては、必ずしも、うまくいくとは限らない。連携しようとしても、その組織がないという事態が起こりうるからだ。

 この辺は、創意工夫が望まれる。

 たとえば、学校保健委員会なるものがある。教員・児童・PTA代表、及び、校医などで組織される。
 これは、学校保健法という法律によって実施されるものだから、やらないわけにはいかない。
 しかし、PTAに保健委員会なるものがないということは起こりうる。

 この場合は、PTA役員、あるいは、学級委員が任務を代行することになるだろう。


 地域PTA(市P連など)への参加体制でも同様だ。

 地域PTAにも、〇〇委員会(部)というものはあるだろう。ところが、本校PTAでは、『その活動はしていない。』ということも起こりうる。

 その場合は、所属しない自由、提案しないで済む自由が与えられなければならないだろう。
 その延長線上には、当然、抜ける自由も必要となる。


 ただ、逆に、地域PTAに対して、学校のPTA同様、任意性を求めていく方向性もあっていいだろう。いや。望ましいPTA活動を求めていくのであれば、脱退よりも、こちらの方がベターだね。


 自然発生的な連携も起こりうる。

 現に、わたしにメールを送ってくださったあるPTA会長さんは、次のようなことをおっしゃっていた。

「我が校のPTAが、一つの行事をやる場合、近隣校のPTAが、お手伝いに来てくださいます。
 自校の会員は、皆、行事に参加したいわけですから、そういうとき、会開催中の警備、幼児の見守り、世話などで、他校からお手伝いに来てくださると、ほんとうに助かります。当然、逆の場合は、うちの方からお手伝いにうかがいます。」

 すごい。こういう営みが、新たな活動意欲を盛り上げることになる。


 また、学校独自では大変な、名士を招いての講演会なども、近隣校と連携なら、やりやすくなるだろう。


〇最後になるが、前記事に書かせていただいたことにふれる。

 こうした活動の楽しさ、充実感、そういったものは、子どもたちにも伝わる。先にも述べたが、それは、有形・無形の教育力となっていく。

『いろいろあっていいのだ。』
『人生は多様なのだ。』
『みんな同じでなければならないというのは間違いだ。』
『人間は、自分のやりたいことは、大変な情熱を傾けてやるものだ。』
 
 そういったことが、言葉にならないメッセージとして伝わっていくだろう。

 
 
 これからのPTAは、自分たちの多様性、主体性を求めれば求めるほど、そして、それが実現すればするほど、子どものそれも求めていかなければいけない。いや。必然として、そうなっていくであろう。

 矛盾した言い方になるが、『多様性、主体性を求める方向で、子どもの教育に対しては、一つにまとまる。』ということだ。


 自分たちは主体的に生きる。任意性を求める。生き方は多様であっていいと考える。

 そうであれば、

 画一的な教育、子どもを受身におく教育、ランキング等で競わせる教育、

 かわいい我が子がそういうめにあわされることについて、無関心であっていいわけはない。

 当然、ある場合は学校へ、ある場合は行政へ、ある場合は国へ、異議を申し立てていいはずだ。いや。それが必然であろう。


 かつて、PTAは、地域と連携して、学校施設の充実に努めた。

 次には、義務教育の公費負担を行政に求めた。

 そして、今、活動の自主性、主体性、任意性を求めている。あるいは、求めようとしている。ひらかれたPTA、多様性を認めるPTAを求めている。

 それなら、民主主義教育とは何か、子どもが主体的に生きる教育とは何か、そうした声を結集して、要求していこうではないか。

 子どもの学習だって、楽しくなければ始まらないのだもの。


 幸いと言ってはなんだが、

 今は、PTAが、異議申し立てをすることも比較的容易にできるようになっている。それは、

  学校民営化?なる記事にくわしい。

 
 わたしは未来のPTAには、それをお願いしたい。

 


 以上、るる述べてきたが、どうだろう。

 こうした、活動の自由、任意性、多様性を認めるということは、

 このブログ等、ネット社会と共通していないだろうか。
 

 ブログは誰からも強制されているわけではない。やりたいからやっている。やめたくなったらやめる。

 コメントをくださる方にしても同様だ。コメントしたくなるからする。したくなくなったらやめる。それだけのこと。

 ネットは、参入する自由、抜ける自由が、明確である。誰でも、自明のこととして理解し、参入している。

 
 でもねえ。PTAのようなリアル社会においては、いろいろなしがらみがあるだろうから簡単ではないだろうが、これからは、ネット社会のような自由さ、気軽さを認めることが、組織発展のもとになると考えるべきだろう。

逆に言えば、ネットの気軽さが、自主性、多様性を求める気分を醸成し、それがリアル社会(PTA等)に影響を与えていくということにもなるのではないか。


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 活動の自主性、任意性は、今、行政にも及んでいます。かつて、福島県矢祭町の『もったいない図書館』を中心とした記事を書いたことがあります。これなども、町の行政が、人への信頼を基にしたものになっているあかしでしょう。

『自由にすれば、活動しない。』ではなく、『自由にすれば、やりたい人がやり、その輪は広がり、充実していく。』のです。

 これはなにやら、『子どもは自ら学ぶ存在である。』と似ていますね。

 どちらも、人への信頼が、それを可能にするのです。

なお、ブログで懇意にしていただいている作家の川端裕人氏も、PTAの未来像を書かれています。ご紹介します。

   『みんなのPTAを探して』ブログ版 第18回 カワバタ私案を発表します

rve83253 at 18:06│Comments(18)TrackBack(0)PTA | 学校経営

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この記事へのコメント

1. Posted by cryptwell   2008年05月28日 00:28
今のPTAはボランティアという側面と役所・学校の一部としての側面を持っているために制約が強くなっているのでは、と思います。そのことが「やりたくないこともやらなければならない」と受け取られて敬遠されるのかもしれません。

その点、toshiさんの勤務校のように本来のボランティア的な活動に戻ることができれば親もかえって自主的な活動を行うのではないかと思います。

任意参加にする場合の自分の心配は予算をどのように立案するのか、という点です。些細なことですが、今は前年度の終りに予算を確定させています。これができなくなるといろいろと大変かもしれません。
2. Posted by toshi   2008年05月28日 05:33
cryptwellさん
 我が地域では、役所の一部といった側面は考えられません。役所もお金がないからでしょう。どんどん切ってきました。家庭教育学級にしろ、PTA・地域・学校の広報紙にしろ、各校PTAの意向が重視されています。
 学校の一部という側面は校長によって、または、慣行としてはあるかもしれません。
 いずれにしても、将来的には、解消されるべきでしょう。各校PTAの意向を追認しての予算措置ならいいでしょうね。
 我が勤務校の予算は、余る傾向にありました。実質サークル活動のほとんどは、自分もちの活動だったからです。
 一応前年の実績で組んでいましたが、あてがはずれることはよくあったようです。
 そう。そう。学校援助費は0円だったです。でも、随時、PTAの皆さんの意向によって、別名目で出してくださいました。これも、定例化していないことの現れだったと思います。
3. Posted by まるお   2008年12月20日 18:09
はじめまして。
まるおと申します。

PTAの人権侵害を追っております。
(国分寺のPTA改革に関わり、わたしもカワバタさんの連載で取り上げてもらいました。)

先生のご発言、やや「我田引水」の嫌いがあったかと反省しておりますが、ブログで引用紹介させていただきました。
ありがとうございます。

今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。
4. Posted by toshi   2008年12月21日 07:09
まるおさん
 ブログ、拝見しました。使っていただき、うれしく思っています。こちらこそ、よろしくお願いします。
 PTAの人権侵害。川端氏の連載を見ても、ものすごい例があるようですね。義務化、慣習化は、もう古いと認識すべきでしょう。
5. Posted by 中   2009年05月21日 09:48
なぜ、役員経験者が皆、いいこともあるけれど、やらないで済むなら、それに越した事がないと言うのか。
それは、対外的な活動が(それも土日に、子供連れ禁止)ありすぎるからです。

確かに学校にとって、P連など、参加しなければならないというのは、わかります。
でも、保護者にとって、土日に子供を預けてまで、遠い場所まで行き参加して、
これが、本当に子供のための活動なのかと思うのです。


学校での子供達のための活動は、ボランティアも存在しますし、役員も、そのために活動するのは、
今だからこそ出来るものと楽しんでやっています。
子供も、親が楽しそうに学校で働いているのを、
休み時間に見に来たり、嬉しそうです。
こういう時、やって良かったなと思うのです。


ですが、問題は「対外的活動」。
子供のお稽古、子供を預ける人がいない、
仕事があって無理など、
役員でさえも全部に協力することが出来ず、
結局、学校に来ているボランティアさんに声がかかります。

こんなことするから、ボランティアでさえも、
一定の人数で、それ以上、増えません。
皆、役員が断った対外的活動が回ってくると、知っているからです。


ですが、土日や、子供の下校時間にかかるような、
子供達に直接関係の無い対外的活動は、
減らしていかなければ、
将来、PTAのなり手は、ますます減るばかりと危惧します。


実際、役員をしてみて、
対外的な活動を、もう少し減らしてくれれば、
子供が学校にいる時間を使って、幾らでも協力できるのに…と歯がゆさを感じます。

来年の引継ぎ者のためにも、今、役員で協力し合って、学校側にPTA改革の更なる前進を働きかけていこうとしています(もちろん、和やかに!です)。
学校での活動は、意外にも楽しいのです。









6. Posted by toshi   2009年05月22日 06:56
中さん
《対外的な活動が(それも土日に、子供連れ禁止)ありすぎるからです。》
 本記事では、PTAの未来像にふれていますが、この点も、間違いなく、これから見直されていくと思います。
 記事に書かせていただいたように、対外的な活動も、皆さんの必要性、切実性にかかわること重視で、形式的、慣習的で意味がないとみなされたものは、カットされていくのではないかと思います。
《来年の引継ぎ者のためにも、今、役員で協力し合って、学校側にPTA改革の更なる前進を働きかけていこうとしています(もちろん、和やかに!です)。》
 中さんも、その一翼を担っていただけるようで、うれしく思います。
《学校での活動は、意外にも楽しいのです。》
 大変うれしく拝見しました。やはり、活動を担っている方が楽しいと思ってくださる活動が、一番大切なのですよね。

 
7. Posted by ピーチャン   2010年07月12日 11:19
ありがとうございました。
ブログを読んでとてもいい勉強になりました。
わたしもPTA活動に取り組もうといています。
とても励みになりました。
また、訪問します。
8. Posted by toshi   2010年07月12日 15:28
ピーチャンさん
 この記事を書いたとき、あらためて、人を『信頼すること』の大切さを学ばせていただいた思いでした。
 教育の場であれば、なおさらですね。
 ピーチャンさんのPTA活動が実りあるものでありますように。
 
9. Posted by PTA初心者   2011年02月05日 20:45
5 大変興味深く拝見しました。
2008年の記事なんですね。
私の所属するPTAは未だに「どうすればより強制力を高められるか」について役員達が会議をしていました。
私は、PTAの役員会議で私の担当委員の活動の縮小を提案し「やりたい人がやれる範囲で行ったほうが、参加もしやすいし継続する。」と言っても新参者の意見はきけないようで「大変なのはみんな同じなのだから」との答えしか返ってきませんでした。

事前に教頭先生に相談し「縮小でも構わないし学校・保護者共に縮小の方がメリットが高いよね。」と話をまとめておいて教頭先生き方からも働きかけてみる約束はしているので、縮小はされると思うのですが。
でも、教頭先生からの働きかけには応じて、委員代表からの意見には耳をかさないというのもおかしな話ですね。

私はまだ今のPTAに加入してから日が浅い(子が転入して1年)のでこれからも色々様子をみたいなと思います。
因みに転校前の学校のPTAは自動加入・委員活動全員参加でしたが、結構ゆるかったので逆に参加しやすく活動も苦になりませんでした。
10. Posted by みーやママ   2011年02月05日 21:10
私は、PTA役員をやったことがありません。
4月の懇談会は、申し訳なくて、こわくて
出席することができません。

息子の入学式は 1年担任だったので
行けなかったのですが、娘の入学式に参加したとき
役員が決まらないから、くじになりました。

「当たった方は、今週の木曜日、10時からです。」
その声を聞きながら、当たったらどうするんだろう。学級は自習にするしかない。当たらないでほしい。と心から・・・。

あるときから、役員をしない人は係をしなくては
ならなくなりました。運動会係も
日程が重なってしまえば、できません。
講演会係をやっています。講演会は週末のものもあるので・・。

「ベルマークの役員、平日収集のほかに休日収集、作ってほしい。」
副会長さんに話したことがあります。

コメントの中に週末の役員の仕事が多い。と言う方もいらしたのですが、うちのほうは、役員の集まり、仕事は、平日の午前がやっぱり圧倒的に多いかな。と思います。

「あの人、役員一度もやってないのよ。」
それが、つらいので、学級を自習にしないで役員の仕事がやれたら、私も一度やってしまいたいのです。そして、この後ろ暗さからのがれたいです。





11. Posted by toshi   2011年02月06日 01:03
PTA初心者さん
 コメント、ありがとうございました。
 今は、文科省からして、PTA任意加入の徹底をPRしている時代です。当然活動の任意性も認めなければなりません。
《教頭先生からの働きかけには応じて、委員代表からの意見には耳をかさないというのもおかしな話ですね。》
 ほんとうにおっしゃる通りとは思いながらも、教頭先生がPTAの任意性について支持する立場なようで、その点は心強いですね。
 貴PTAが会員の主体的な活動により、ますます盛り上がっていくよう祈念しています。 

12. Posted by toshi   2011年02月06日 01:52
みーやママさん
 ふり返ってみれば、教員が我が子の学校でPTA役員をやったという話は聞いたことがないですね。もしそういうことがあれば、休日に限定するなど、活動は控えめにやるしかないでしょう。ご自分の学級を自習にしてPTAの活動をするというのは、やはり本末転倒でしょうから。
 そういう意味でも、活動の任意性は求められるところですね。
 その点、みーやママさんは、講演会係をなさるなど、うまく仕事とPTA活動の調和を図っていらっしゃるようで、すばらしいですね。やれる範囲でベストを尽くしていらっしゃる。そんな感じを受けました。
 わたしも学級担任時代に町内会長を仰せつかり、一年間、何とか務め上げた経験があります。こちらは休日の活動でしたから、何とかやることができました。
 これも過去記事に書いたことがあります。よろしかったらご覧ください。本コメントのtoshi欄に貼りつけさせていただきました。

 
13. Posted by PTA初心者   2011年02月06日 15:45
そうですね、教頭先生が柔軟な方で大変助かりました。
保護者側も、自分の所属する団体について一度勉強し直す必要があると思いました。
どうも役所(学校)の下請けと思い込んでいる節があります。学校側がどの様に思っているかはさておき(そのように思ってはいないと信じていますが)。

ただ、正直PTAのあの雰囲気の中で大幅な見直しを意見するのはとても嫌でした。
モンスターペアレンツ予備と思われるのかなとか、陰口があるのかなとか考えちゃいます。田舎は特に。
なので、見直し出来ないのも無理はないなあと思いました。
14. Posted by toshi   2011年02月08日 23:49
PTA初心者さん
 そうですね。以前も、小さな田舎の学校のPTAの方からコメントをいただいたことがありました。そちらでは、PTAの理想以前に、子どもたちのために教育活動の一端を担わざるを得ない事情があるようでした。
 いろいろ大変でしょうが、少しでも楽しく活動できるといいですね。
15. Posted by KK   2016年02月29日 19:02
5 はじめまして。
小学生の母です。
PTAや学校と任意加入周知をする
ように話し合いをしましたが
不調に終わり退会した者です。
そのやり取りをブログにしています。

もしよろしければ、こちらのブログの
ご紹介とリンクを貼らせていただけないでしょうか。
よろしくお願いいたします。

toshi先生の姿勢に大変感銘を受けました。


16. Posted by toshi   2016年03月03日 05:50
KKさん
 はじめまして。
 お返事が遅くなり、申し訳ありません。感銘などとおっしゃってくださり、恐縮しております。
 紹介とリンクをしていただけるとのこと。ありがとうございます。よろしくお願いします。
17. Posted by KK   2016年03月28日 20:26
5 toshi先生、ご快諾ありがとう
ございます。
ご連絡遅くなりました。

バダバタしてまだご紹介できておらず
大変申し訳ありません。
近々の予定です。

今の校長がそろそろ転任の時期かと
思いどのタイミングでご紹介が
よいのか少々迷っていました。
どうぞよろしくお願いいたします。

18. Posted by toshi   2016年03月31日 10:37
KKさん
 いえ。いえ。了解しました。
 どうぞ、折を見てなさってください。

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