2008年06月04日

テレビ報道番組から、4

3cd1ffe0.JPG 先に、テレビ報道番組『バンキシャ』でとり上げた、愛知県犬山市と東京都品川区の教育政策をめぐり、記事にさせていただいた。

   『壮大な実験!?』

 この記事のリンク先、『真相報道 バンキシャ! 子どものための「教師再生を」』には、テレビで報道したままの画像があるので(左側サイドバー上部『過去の放送』欄の『ACTION特番第2弾』と『なぞ/“競争のない犬山を東京の教師は?』)、拙ブログ読者の皆さんは、それを見ながら読んでいただける。その点、大変ありがたい。

 


 また、同ブログには、以下、2点、興味深いものがある。

放送をご覧になっての感想が、視聴者から多数寄せられている。

〇『ACTION特番第2弾』放送後の記事2編は、取材班の葛藤を示している。品川区教育長批判のコメントがあまりに多いからだろう。『あまり批判が多いと、その取材に悪影響を与えるのではないか。』それを心配しているものとみえる。
 でも、取材班の努力はよく分かり、頭の下がる思いがする。



 品川区教育長批判のコメント。これは、わたしも同感するものが多い。なにしろ、はっきり画像にあるものだから、そこから受ける印象には、説得力がある。


 校長の権限強化と言うけれど、そして、それは進んでいるけれど、あの画像から受ける印象では、まさに、『教育長の権限強化』、校長はその末端という感じがしてならなかった。

 上からの圧迫。

 『それによって、学校現場を引き締める。』と言っているが、『学校現場を萎縮させているのではないか。』そのような思いにもさせられた。



 同ブログ記事によれば、

 皆さんからの批判が続いている若月教育長の件ですが、特に批判が集中している「先生たちまで“生き生き”されたら困る」という発言に関しては、現在、取材の中でもその真意を若月教育長にお聞きしております。まだ放送前なので詳細はお伝えできませんが、若月教育長はこの発言が誤解を招くものであった、と認めた上で、大筋で以下のように釈明しています。

■若月教育長インタビュー(要旨)
「教師のエゴや都合ばかりを押し通す事が、教師を“生き生き”させる事だと、履き違えている者がいる」
「教師が自分たちのことばかり考えるな、ということを伝えたかった」

とある。


 どうなのだろう。

 品川区では、『教員が、自己のエゴや都合ばかりを押し通す。』『自分のことばかり考える。』ことが、そんなに多いのだろうか。

 よそのことは、そんなに分かるわけではないが、自分の地域のことを考えると、信じられない思いだ。



 これは、強圧的な教育委員会側に問題があるのか。それとも、自己本位の教員側に問題があるのか。それは、分からない。おそらく両方とも何かしらの問題があるのだと思うが、その辺は、近いうち、バンキシャで、また、放送があるようだから、それを見てからの考察としたい。



 ただ、東京都については、もう一つ、気になることがある。

 バンキシャではないが、あるニュース番組が伝えていた。

 それは、都立高校に限った話のようではあるが、

〇平成18年度に、東京都教育委員会は、職員会議での多数決による決定や、議論の禁止を、各学校に通達した。

〇それに対し、つい先日のことだが、ある都立高校校長が、反旗をひるがえした。(反旗とは、このニュース番組が使っていた言葉。)
「生徒に直接かかわっている教員の声が、学校運営に反映できない。」
「言論の自由がおびやかされている。」
とのこと。


 わたしは、『多数決による決定の禁止』通達は知っていた。そして、

 『まあ、確かに多数決による決定は問題のある場合もあるだろうが、しかし、通達まで出すというのは、あきらかに行き過ぎだろう。そこまでしなければいけないものか。ふつうは校長裁量にゆだねるものだが。』

と思っていた。


 しかし、『職員会議における議論の禁止』まで言っていたとは知らなかった。

 もっとも、検索にかけて調べてみたが、議論の禁止まで通達しているというものは、見つからなかった。



 ただ、思うことは、

 確かに、職員会議での多数決多用は、望ましいとは思わない。

 職員会議は、総会とは違う。

 校長は管理職である。当然管理責任を負うものだ。


 ただし、校長は、リーダーシップを発揮し、教職員の納得を得るべく努力する責任はあるだろう。

 また、教職員の意向を受け止める必要もある。1人、2人の管理職の意向より、数十人いる教職員の意向の方が望ましい場合だってあるはずだ。その場合は、教職員の意向をとり入れる柔軟性もほしい。

 校長が、管理者として、最終責任を負うものであるから、校長が決定することは確かだが、それは、以上のような経過をふまえての話と思う。

 議論も禁止では、『生徒に直接かかわっている教員の声が、学校運営に反映できない。』以上に、『教員の声が分からない。』となりそうだ。



 以上、東京における2つの事例から感じること。


〇どうも、武断的で、硬直した教育政策という感じがする。そこには、人間への信頼がない。人間というものはほおっておけば、『何をするか分からない。』『なまける。』そういう人間観があるのではないか。

〇これは、そういう児童観の反映でもある。『子どもというものは、宿題をしっかり与えないと、家では勉強しないものである。』『子どもの内面に、自ら伸びようとする心などあるとは思えない。ほおっておけば勉強などしない。努力もしない。しっかり教え込まないと、子どもは伸びていかない。』

そういう教育観、児童観があるのではないか。

 また、

〇品川区教育長の言葉にも表れていたが、学力調査至上主義でもある。『学力調査の結果をよくしないと、『子どもが逃げる。』のだそうだ。

 

 この人間観には、重大な欠陥がある。

〇人間、強圧的に臨まれれば、萎縮するか、反発するか、そうした面がものすごく現れてくるであろう。

〇ぎすぎすした職場環境になる。



 バンキシャのブログに戻ろう。

 記事によれば、取材している学校の子どもたちは、明るく元気だと言う。とてもかわいらしく、いきいきしているとも言う。

 しかし、品川区民から寄せられたコメントには、
『毎日、朝、出勤時に、登校する小学生たちを見かけますが、ほとんどの子ども達が、下を向いて、元気なく、登校していきます。その姿を見ると、とても心が痛むのですが、〜。』
ともある。

 なにやら、学校選択制の現状を見る思いがする。

 そのあたり、近日中に放送されるであろう、同番組を注視していきたい。


にほんブログ村 教育ブログへ

ninki


わたしが、校長として、職員会議にどう臨んだが、参考にしていただける記事があります。

   卒業式シーズンに

 また、記事に、『1人、2人の管理職の意向より、数十人いる教職員の意向の方が望ましい場合だってあるはずだ。』と書きました。
 その例ではありませんが、PTA役員さんの声をとり入れての学校運営については、記事にさせていただいたことがあります。

   保護者の声に応えて

 どうぞ、まだご覧でなかったら、クリックしてみてください。

   『テレビ報道番組から(2)』へ続く。



rve83253 at 03:15│Comments(0)TrackBack(0)教育観 | 学校、第三の民主化

トラックバックURL

コメントする

名前
URL
 
  絵文字