2008年06月25日

中間管理職ならではの喜び(1) 教務主任になって4

944c1f1f.JPG もしかしたら、本日の表題には、違和感を抱かれた方がいらっしゃるかもしれない。ふつうよく言われるのは、『中間管理職の悲哀』だものね。

 でも、わたしは思う。

中間管理職というと、だいたい40代かな。人生のなかで一番脂ののりきった、充実した時期ではないだろうか。

 また、多くの教職員と一体となって仕事ができるし、管理職とも密接につながっている。

 そうした意味で、全体に視野を広げることのできる中間管理職は、『中間』ならではの喜びといったものが、本来あるはずと思うのである。


 教員社会の中間管理職。それは、教務主任であろう。


 わたしは、1年間ではあったが、この仕事を仰せつかった。


 この1年間は実に楽しかった。我が人生のなかで、もっとも充実したときと言っていい。

 『自分が学校を動かしている。』職場のなかで、『おうぎのかなめ』の位置にいる実感があった。

 
 教務主任の仕事は、日々の実務がほとんどだ。わたしが立案、調整、承認したもので、全教職員、全児童が動いていく。わたしの仕事がよければ、彼らは実に楽しそうに、スムースに動くし、逆なら、ものすごく迷惑をかける。

 言い換えれば、教職員一人ひとりと深くかかわらなければいけない仕事である。ともに笑い、ともに泣き、『ともに〜する。』という体験を毎日のようにさせていただいた。苦楽をともにしたという感じである。


 もちろん、学校経営の最終責任を負うのは校長だ。日々の教育実践も、最終的には校長のリーダーシップによるところが大きいだろう。そうした意味では、教務主任などは、宮仕えに過ぎないのかもしれない。

 ある先輩校長からいただいた年賀状で、忘れられないものがある。

『今は人生の中で一番大切な時期。自分を殺し、ひたすら宮仕えすることによって、男を磨くことが大切。そうした仕事は、将来の自分を鍛えてくれるはずだ。』

 つまり、今は校長の方針にしたがって仕事をするが、その方針のなかには、自分も将来校長になったときにやってみたいと思うものもあれば、あれだけはやりたくないと思うものもあるだろう。

今は、その材料をたくさん仕入れさせてもらっている。そう思えばいい。そういう時期なのだ。

ということだろう。

 

 でも、実際はさほどでもなかった。校長はだんだんわたしに任せてくれるようになったから、宮仕えのつらさというのは、まったくなかったと言ったらうそになるが、だんだん薄れていった。

  

 教務主任を仰せつかったとき、ひそかに心に誓ったことがある。

 それは、

 教務主任は、校長の意を体して仕事をしなければならない。それは法律的にも明確に定められている。校長の学校経営方針に沿い、その実現のために全力を尽くす。

 だから、教職員からみれば、『なんだ。toshiさんは、校長の言いなりではないか。何であそこまで、校長べったりにならなきゃいけないのだ。』となるおそれがある。

 もしそうなれば、教職員はついてこないし、学校は機能しなくなる。それこそ、中間管理職の悲哀となってしまう。


 そうならないように、

 『よし。それなら、教職員の意向もよく受け止めて、自分で仕事をかってでたりしよう。教職員の手足にもなろう。』そう決心した。

 そして、

 ・教職員の要望を受け止め、
 ・教職員が働きやすいようにし、
 ・まとまるように、
 ・積極的、創造的に仕事ができるように、

 そのためには、自分に何ができるかと考えた。



 そのヒントは学級経営にあった。

 そうだ。

 日ごろ、自ら学ぶ子どもの育成、子ども一人ひとりの心の豊かさを育む教育の実現とか、言っているではないか。

 それと、学校を動かすこととは同じはずだ。

 思いやり、協調、創造性の発揮など、自ら動く教職員集団にすればいい。

 そのためには、わたしが、率先垂範。わたし自らが、積極的に教職員とかかわり、教職員がやることに対して、感謝や共感や称賛の言葉かけを忘れないようにしよう。

 そう思った。


 別な言い方をすれば、前回、記事にさせていただいた、『先憂後楽』。それを実践することだ。




 それでは、今日はその具体例の一つ目。

 自分がつけていた週学習指導案の反省記録から、4月当初、入学式前日の記録を掲載させていただこうと思う。



 教務主任を仰せつかる。学校が新鮮である。忙しいが、充実感がある。一つ一つの仕事が、やっていて楽しい。


 職員室の行事黒板を昨日書いた。今日、出勤したばかりの先生方の反応が楽しかった。

 A先生、「行事黒板を見たら、あまりに感じが違っちゃったので、わたしが転勤したみたい。」

 B先生、黒板を見るなり、「あらあ。」の一言。いつまでも好奇心に満ちた表情で黒板を見つめている。

 C先生、「toshi先生は何でも黒板に書いちゃうのね。」
 歓送迎会まで書いたのは、おかしいのだそうだ。

 D先生、「黒板がカラフルになったね。いいんじゃない。でも、青は見にくいよ。」
 そうか。そうだな。5月は色を変えてみよう。

 E先生、「今日と明日の行事などは、開始時刻を全部書いてくださっているので、ありがたいです。いちいち自分で何時だったっけって調べなくてすむでしょう。予定をたてやすいです。」


 しかし、反省点もあった。

 〇〇のもち方を考えてくれるよう、特活部にたのむにあたり、それより前に、音楽のE先生に、歌をたのんでしまった。E先生、すぐ曲の選定に取り掛かってくれたのだが、特活部はまだ準備に入っていなかったから、双方の間がギクシャクしてしまった。

 わたしのミスと、すぐ双方に謝ったが、これから注意しないといけない。


 どの教職員も主体的に動いてくれる。A先生やD先生の協力がうれしい。D先生は、自分の仕事でないことまで積極的に動いてくれる。

「toshi先生。入学式の看板は出しましたか。」
「ああ。いえ。まだだ。」
「じゃあ、出しましょう。先生は南門をやってください。」
そんな感じで動いていく。

 後では、
「toshi先生が、式準備終了後、自分から昇降口の施錠にいったのが、すごいと思いましたよ。あんなこと、初めてだ。」

 A先生も、自分から、入学式のマイクに取り付けるリボンをていねいに作ってくれた。

 〜。

 このようにして、全体がきびきび動いていくことを、とてもうれしく思う。その一つ一つに感謝した。


 これから、もろもろの行事、学校経営が見えてくるであろう。校長、教頭とも、しっかり打ち合わせをして、遺漏なしを期したい。



 記録は以上である。




〇前教務主任は異動してしまった。その方から記録の引継ぎは受けていたものの、それだけでは、役に立たないことも多かった。また、校長も変わったから、一つ一つ、校長への相談や指示を仰ぐことが欠かせなかった。
 

〇校長から日誌をつけるように指示された。
「今年は仕方ないにしても、来年以降は、スムースに事が運ぶようにしないといけないわね。そのためには、毎日、教務日誌をしっかりつけてちょうだい。」
とのことだった。

 どのような日誌にしたらいいか、書き記すうえで、その形式など、アイデアをもって取り組む必要があった。

 日誌の形式、書く内容については、つけながら日々改善していった。

 ときどきはその日誌を校長にも見てもらった。

「うわあ。こんなにも細かくつけてくれているのね。ありがとう。」
そうおっしゃっていただけて、うれしかった。

 
〇入学式など、大きな行事があるときは、あらかじめ、全体への目配りを怠りなくする必要があった。だから、不明な点があれば、係りまで出向いて、しっかり把握することに努めた。
 できていない点があれば、係りとともにわたしもやるように努めた。


〇遺漏なきを期す。そのために必要なことは何か。

・屋上屋を重ねることだ。『やってくれるだろう。』『やってくれただろう。』ではダメだ。確実に確認をとるようにする。やってくれていたら感謝の言葉を忘れない。

・教職員から進言を受けた場合は、『そんなこと、分かっているよ。』という態度をとらない。『教えてくれてありがとう。』という態度を心がける。

 そうしたことの一つ一つが、教職員全体が働きやすい職場づくりにつながる。


 
 上記、日誌の記録をつけた数日後、職員室が、異様に明るく活気づいていることに気づいた。

 教職員の声が大きいし、皆さん、張り切っているのだ。表情も豊かである。

 また、『職員室の隅に数人が集まり、ひそひそ話にいそしむ。』などという姿は見られなくなった。それが無性にうれしかった。


〇わたしは、教職員一人ひとりのよさについて、積極的に校長に進言するように努めた。逆に、『校長先生がすごく感謝していたよ。』など、その教員に伝えるようにした。

〇教職員の協力も、だんだんすごいものになっていった。綴じ込みなどをやっていると、すぐ何人かが駆けつけてくれる。『ああ。toshi先生。そんなのこっちでやりますよ。』そう言ってくれた。そういうときは、感謝の言葉とともに、やってもらうようにした。

〇教職員も、主体的に仕事をやってくれることがふえた。『〜をしたいと思いますけれど、〜のようにすればいいでしょうか。』など、相談してくれる。その一つ一つに喜びを感じた。

〇だからと言って、見返りは期待しない。上記のように大体は助けてくれるが、完璧といかないのは当然だ。
 『こっちはこれだけやってやったのに。』などと思うと、腹が立ってくる。そうではなく、『見返りはなくて当然。やってくれたら感謝する。』その姿勢を一貫させた。



 以上、るる述べてきたが、そのようなわけで、教務主任を仰せつかった最初の数ヶ月は、なんか、初恋のときの、あのときめき感にも似た、そんな気分もあったのである。

 仕事になれてくると、気分も落ち着いてきたのだけれどね。


にほんブログ村 教育ブログへ

ninki



 これを読まれた皆さんのなかには、『そんな、中間管理職として悲哀を感じるか、喜びを感じるかは、校長しだいではないのか。』と感じられている方もいらっしゃるでしょう。

 そのあたりのことは、おいおい記事にしていきたいと思っています。

 
 また、本記事とは別に、わたしが職場の皆さんに迷惑をかけたこともありました。次回はそのことを記事にしていきます。

 どうぞ、よろしくお願いします。

   (2)へ続く。


rve83253 at 05:26│Comments(2)TrackBack(0)学校経営 | 学校管理職

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by shin   2012年03月24日 09:19
5 toshi先生、ブログを拝読。
私は4月から全日高校の教務主任を任されることになりました。生き生きと仕事をこなされたtoshi先生の姿が私の理想です。不安はありますが、「見返りをもとめず」に学校内を明るく元気にしていこうとの意欲が湧いてきました。
2. Posted by toshi   2012年03月24日 13:57
shinさん
 うわあ。高校となると、小学校と違い規模も大きいでしょうし、仕事の内容も比較にならないくらい多方面にわたるのでしょうね。それなのに、《toshi先生の姿が私の理想》などとおっしゃっていただき、大変光栄に存じます。
 生きがいとか喜びとかはたぶん共通するものがあるのではないかと思います。
 どうぞ、子どもたちのため、教職員のため、ご奮闘されますよう祈念しています。健康にも十分ご留意ください。
 

コメントする

名前
URL
 
  絵文字