2008年06月27日

中間管理職として(2) わたしの反省3

c4a57b99.JPG 教務主任としての1年間は、実に楽しく、充実していた。前記事にも書かせていただいたが、『自分が、学校を動かしている。』という実感があった。

 初めは、かなり緊張感をもって仕事をしていた。

 そのうち、学校が一つにまとまり、盛り上がっていくのを感じるようになった。

 校長がわたしを信頼してくれる。

 また、教職員の手足となって仕事をしているうちに、今度は教職員がわたしの手足となって動いてくれるようになった。

 それが感じられると、有頂天になってしまった。自信ならばいいのだが、おごりがでてきたかもしれない。


 自らが招いた、大きな失敗であった。

 読者のなかにも、今、教務主任をなさっている方がいらっしゃるだろう。わたしのような失敗のないように、他山の石としていただけたら、幸いである。

 また、多くの保護者の皆さんは、お子さんが通われる学校の教務主任がだれか、分かっていらっしゃるだろうか。あんがい分からないかもしれないね。
 どの学校にもいる、この、教務主任の仕事について、ご理解いただけたら幸いである。



 さあ。それでは、本論に入らせていただきます。



 この学校には、『全校クリーン活動』なるものがあった。全校朝会のあと、毎月1回だが、20分くらいの清掃活動を行っていた。奉仕活動と言ってもいいだろう。

 1・2年生は校舎内の廊下、3・4年生は校庭、5年生は校舎の裏庭、6年生は学校に隣接する公園といった具合に、分担が決まっていた。



 ところが、あるときから、校庭の改良工事が始まることとなった。子どもたちがふだん登下校する門は、トラック等の乗り入れ専用となった。そのため、ふだんは使用しない裏門を、登下校用に使用するようになった。


 
〇わたしの失敗の第一

 
 それまでも、雨天のとき、また、大勢壇上に上がらなければならないときは、体育館で朝会を行なっていた。

 だから、校庭が使えなくなったことにより、朝会は当然体育館で行うことになる。これはもう分かり切ったこと。きわめて当然のことだったから、全教職員で、この確認を行うことはなかった。

 それがいけなかった。全校クリーン活動についても、3・4年生の活動場所がなくなるのだから、『工事中は、当然、活動はなし。』これも自明の理とばかり、決めこんでしまった。

 おそらく、全教職員、わたし同様に思っていたのではないだろうか。『toshi先生。全校クリーン活動はどうしますか。とりやめますか。』などという質問はなかったのである。わたしも、行事の黒板に、この活動は記入しなかった。
 また、数人の教職員とは、『なし』を前提としての、もろもろの会話をしていた。


 さあ。肝心の校長とはどうだったか。

 毎日のように打ち合わせをしていたが、数々の仕事に追われ(いや。自明の理と思いこんでいたからだろう。)、うっかりこの確認はぬけたまま、前日の夜を迎えてしまった。


 もう、ほとんどの教職員が帰ってしまったころ、校長がポツンと独り言のように言った。
「ああ。明日は全校クリーン活動があるのだね。」

 驚いたわたし。
「ええ。やるのですか。校庭は改良工事中ですけれど。」
「そうねえ。でも、できるんじゃない。3・4年生は他の学年の分担場所を助けに行くとか、自分の教室の片づけをやるとか、工夫すればできるわよ。」

 ぼう然としたわたし。それから、しばらくは、校長に対し、無理と思う事情を話した。


 これまでの全校朝会なら、校庭でやっていたから、そのままスムースに同活動に移行できた。しかし、今回は体育館での朝会だから、同活動に入るには、多くの学年が下ばきに履き替えなければならない。そのため、けっこう時間がかかってしまう。

 でも、校長は、これについても、『時間差を設けるなど、工夫すれば大丈夫。』との判断だった。


 ああ。全教職員は、翌日(正確には月曜日だが、)『ない。』と思っている。早く来る教職員はともかく、ぎりぎりに来る教職員は、びっくりしてしまうのではないか。きめ細かくやっていたつもりが、えらいことになってしまった。


 
 いや。すぐにでも、こまってしまう事態が発生した。

 これまで、同活動の担当者は、前日放課後、竹ぼうき、ビニル袋、バケツなど、たくさん昇降口に出して準備している。

 でも、同活動の担当者は、当然それをしないまま、もう帰宅してしまった。
 すぐにでも、予定変更、準備のための連絡をとらなければならない。うまく連絡がとれればいいが、ダメならわたしがやろう。それしかない。

 全教職員には、当日、出勤時に、わたしからお詫びし協力を求めよう。



 幸い、担当者と連絡をとることができた。
「はい。分かりました。それでは、当日は早めに出勤して、準備をします。」

 わたしがえらく気にしているのが、先方に伝わってしまったようだ。
「toshi先生。大丈夫ですよ。そんな、気になさらないでください。ちょっと早く出勤するくらい、何でもないですから。」
電話の向こうで、冷静で、努めて明るく振舞ってくれているのがよく分かった。

 何でもないことなどないのだ。わたしは、その教員が、お子さんを保育園に預けて通勤しているのをよく承知していた。だから、ありがたい思いでいっぱいになった。わたしは少しホッとした。


 当日の朝も、それぞれの教職員にそれぞれの予定はあっただろうに、みんな、冷静な顔で、あるいは、にこにこしながら、
「ああ。分かりました。やるのですね。」

3・4年の担任も、すぐ学年で協議、どう子どもたちの活動場所を分けるかを話し合ってくれた。

 わたしは、『ごめんな。』『ありがとう。』を連発するだけだった。



〇わたしの失敗の第二


 ところが、いざ、やってみると、大混乱となってしまった。

 昇降口を出ると、もう数メートルで、工事現場のフェンスとなってしまう。そこは極端にせまかった。
 体育館を出るにあたって、学年ごとに時間差を設けたが、それでも、うまくいかず、昇降口は大変こみ合ってしまった。

・下ばきに履き替えるのに、おしあいへしあいの学級もあった。

・先述のように、外はせまいから、学級ごとに並ぶこともできない。そのため、『履き替えたものから、どんどん分担場所に行きなさい。』と、怒鳴るしかなかった。

・またまた、先述のようにだが、子どもたちが使用する門は、裏門に変わった。そのため、6年生の分担場所である公園へ行くには、いったん、公道に出なければならなくなった。子どもたちは、並ばず混乱したままだったから、公道に走ってとび出すものが続出した。おまけに、3・4年生の一部も、なれないまま公園に向かうことになったから、混乱に拍車をかけた。

 車の通行量は多くなかったが、危ないとばかり、急きょ、わたしはじめ数人が、交通整理にあたった。


 以上、大変だったのである。事故が起きなかったのには、ほんとうにホッとする思いだった。



 反省点の数々。

 やはり事前の打ち合わせが抜けたことが致命的だった。

・ふだん、全校朝会のあと、各担任はいちいち児童の誘導はしない。そのクセがついていたからだろう。この日は、かなり状況が違うのに、やはり誘導しない担任がけっこういた。わたしにも、『誘導をお願いしないと大変なことになる。』という認識が欠けていた。

・あらかじめ打ち合わせておけば、『体育館を出る学年ごとの時間差をどのくらい設けたらよいか。』『他の活動場所に向かう3・4年生は、どのように誘導したらいいか。』など、きめ細かく対応できたに違いない。

・『ない。』と思っていた同活動が、『ある。』ことになったとき、わたしは、パニックに陥ってしまったようだ。『帰った職員に、どう連絡をとるか。』『全教職員にお詫びしないといけない。』ということで頭がいっぱいになってしまった。

・そのため、重大なポイントである、『昇降口を出ると、もう数メートルで工事現場のフェンスとなってしまう。』ことや、『全児童が昇降口で靴を履き替えるのに必要な時間』の検討など、大事なことについての検討、対策が、完全に抜けてしまった。


 子どもたちや教職員に多大な迷惑をかけてしまった。でも、不満の声はまったくなかった。それどころか、
「toshi先生。大変でしたね。急な予定変更でしたものね。」
などと声をかけてくれた。
「いやあ。申し訳なかった。『なし。』と決めこんだわたしがいけなかった。」


 その日の夕方、校長がポツンと言った。

「toshi先生。やっぱり、toshi先生が言ったように、全校クリーン活動は無理だったね。ごめんね。来月からは、やらないようにしよう。それにしても、今日はご苦労様でした。」
「いえ。わたしこそ、よく検討しないまま活動に入ることになってしまって、ほんとうに申し訳ありませんでした。今日の反省を生かし、次回は、こういう失敗のないようにしますから、大丈夫ではないでしょうか。」

 そう言ったものの、校長先生の言葉は、涙が出るくらいありがたかった。

 でも、校長には、『やって、整然とできたにしても、移動にものすごく時間をとられるだろう。』という認識があり(そうなのだ。よく検討すると、同活動が終わって教室に戻るのも大変で、ゆうに、1単位時間を費やしてしまうだろうという結論になった。)、けっきょく工事期間中は、とりやめとなった。



 教訓は、

前々記事『先憂後楽の思想』では、防犯監視カメラを例に、えらそうなことを書かせてもらった。でも、本記事においては、わたしにそれができていなかった。今思い返すと、当たり前に検討しておかなければいけないことが、できていない。悲しくなるほどだ。

前記事の、『屋上屋を重ねる。』という思いは、このとき生まれた。『ないだろう。』『ないに決まっている。』と決めこんだところに、欠陥があった。そう思ったときこそ、『待てよ。』と立ち止まり、しっかり確認し合わないといけない。

〇危機管理は、危機と認識することによって始まる。校長から想定外のことを言われたとき、パニックになってはだめだ。パニックになった瞬間から、『おうぎのかなめ』は外れてしまい、おうぎはバラバラになってしまう。

 つまり、冷静な判断力が奪われる。このように、『どうしよう。どうしよう。』となるのではなく、事態を冷静、客観的に見つめ、しっかり対策を講じないといけない。
 この場合、夜間ではあったが、昇降口に立って、フェンスとの距離を再確認しながら、どのくらい時間差を設けるかなどをしっかり考える必要があった。

〇教職員はみんな、急な予定変更だったのにもかかわらず、不満など言うことはなく、冷静に対応してくれた。これには、どれだけ救われたか分からない。心から感謝した。
 場合によっては、管理職と教職員のはざまにたって、悲哀を一番感じてしまうケースだったかもしれない。
 これを機に、さらに教職員の助けになるようなことを率先してやろうと決意するようになった。


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 この件以降、校長はけっこうわたしに任せてくれるようになりました。それだけに、わたしはわたしで、上記のような判断、冷静な対応ができるように、努力したつもりです。
 少なくとも、このようなパニックに陥ることはなくなりました。

 悲哀となるか、喜びとなるかは、教務主任しだいという面と、校長と教職員が信頼関係で結ばれているかいなかとありますね。本シリーズの次回は、そうしたことをテーマとして、書かせていただきましょう。

 それでは、全国の教務主任さんにエールを贈る気持ちと、わたしのような失敗をしないようにという願いをこめて、今日も、1クリックいただければ、ありがたく存じます。

(3)へ続く。
 

rve83253 at 09:55│Comments(6)TrackBack(0)学校経営 | 学校管理職

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この記事へのコメント

1. Posted by なおみ   2008年06月27日 15:06
toshi先生こんにちは。うちのダンナさんは、数年間子ども会の会長を勤めさせていただいたので、このクリーン運動やら学校の校庭を子ども会のソフトボールで使う際に起こるいろいろなことを、陰ながら体験させてもらいました。(うちの地区ではクリーン運動は子ども会の仕事なんです)
子どもが学校のガラスをソフトのボールで割ってしまう事件や、学校の工事の時に校庭が使えない場合、ラジオ体操が出来なくなった連絡がいきとどかなくて、学校と地域住民がもめる事件もありました。
2. Posted by なおみ   2008年06月27日 15:07
私は、平日ハードな仕事をしているダンナさんが、まったく休みが取れなくなっていたため、早く会長職を次に譲るようにアクションかけていました。が、ようやく次に会長になってくださる方が現れた今となっては、夫婦ともどもいろんなことを学ばせてもらったこの役につかせてもらったことに感謝しています。
toshi先生のお話は、とてもわかりやすく、教職に就いていない私にもとてもためになります。
いつもありがとうございます。
3. Posted by toshi   2008年06月28日 09:43
なおみさん
《〜学校と地域住民がもめる事件もありました。》
 これ、ほんとうに起こりがちなんです。わたしも何度かやってしまい、そのたびにお詫びしました。
 むかし学校は、おもにPTAだけに気をつかっていれば済んだのですが、町内会、子ども会、学童保育、放課後児童クラブ、学校開放など、さまざまな団体が学校を使うようになり、また、学校以外が場所を取り合うなどということもおき、ほんとうに渉外的気配りは大切なこととなりました。
 そして、これも、教頭か、教務主任の仕事になっていると思います。
 でも、逆に言えば、いろいろな方とお付き合いできる幸せでもあります。そういう関係となるよう、努力したいですね。
 《とてもわかりやすく》などとおっしゃっていただき、ありがとうございます。
 今後とも、どうぞよろしくお願いします。
 貴ブログも拝見させていただきます。

4. Posted by くるみ   2008年06月29日 17:02
toshi先生
ご無沙汰しています。
学校全体が連動して動く要だなあと息子の学校の教務主任の先生と重ねながら読ませていただきました。

教務主任ってサッカーの「司令塔」みたいですね。
今でいうと、中村俊輔でしょうか(笑)。

PTA役員として学校、地域と関わる中で教務主任の先生の大変さ・・・え〜こんなことまで先生のお仕事ですか?なんてこともあったり、司令塔としてのご苦労を垣間見たり、とつくづく頭が下がる想いです。

5. Posted by toshi   2008年06月30日 05:37
くるみさん
 お久しぶりです。なつかしく存じます。そして、教務主任の仕事に深いご理解を賜り、ありがたく思います。
 わたしの学校において、わたし以前は、教務主任の仕事も何人かで分担していたのです。でも、これは、扇にたとえると、仮にかなめが3つあったとして、3分の1ずつを束ねることになるので、そのかなめ同士が強く結ばれたとしても、そのような扇を使いたいと思う人はいないですよね。
 学校としては、盛り上がりが今一欠けることになります。
 その場合でも、司令塔はもちろん一つでした。でも、指令がどうしても弱めになってしまうようでした。
 やっぱり司令塔は全体に目が行き届かなければ意味がないなあと思ったものでした。
6. Posted by toshi   2008年06月30日 05:44
《え〜こんなことまで先生のお仕事ですか?》
 保護者の方にこのように思っていただけるというのも、ありがたいですね。確かに、教務主任の仕事は、『何でも屋』でもあります。
 でも、そうしたもろもろを、さりげなく、何気なくこなしていくのが大切と思います。
 まわりの方々が教務主任を見たとき、『忙しそうだな。』『大変そうだな。』と思わせたのでは、やはり、周りは遠慮してしまうことも起きるだろうと思うからです。
 ああ。これは、教頭にも言えることですね。

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