2008年07月02日

子どもって、いいなあ。4

4f3ec53f.JPG 今日は、『子どもっていいなあ。』と題し、明るく、ほほえましい話題を提供したいと思う。

 現在勤務している学校については、すでに記事にさせてもらったことがある。お読みでない方は、こちらを先にお読みいただければ、我が勤務校の様子が、よりくわしく分かっていただけるものと思う。

  新しい学校が決まった。

 リンク先にも書かれているが、以下は3年生。初任者のクラスの子どもたちである。



 その1 


 今日は、地域のお年寄りを招いての、ふれ合い交流会なるものがあった。我が初任者の学級にも、7人のお年寄りがいらした。けん玉、お手玉、いろはがるたなど、子どもたちと楽しくふれ合ってくださった。自然体の会話が多いのが印象的だった。


 子どもたちの絵を見ながら、
「いいねえ。今の子の描く絵って、明るくて、のびのびしているのだなあ。」
「どの絵にも題名がついているけれど、これは、子どもが自分で考えたのかい。(はい。)ああ。そうか。題も、楽しそうじゃないか。」

 それを聞いている子どもたちもうれしそう。


 さて、このふれ合い交流会は、給食も一緒に食べることになっている。メニューは、学校独自献立で、和食。お年寄りのお口に合うように配慮している。五目ご飯に、枝豆、味噌汁。そして、牛乳ならぬ、お茶が用意されていた。


 お年寄りは、子どもたちに、『おうちはどっちの方か。』『今日の給食はとてもおいしいけれど、みんなが好きな給食の献立は。』など、よく話しかけながら召し上がっていらした。

 ああ。こういう気さくな地域だからこそ、子どもたちも、人なつこく、社交的なのだなと、いたく感心した。


 しばらくすると、いつものように、子どもたちのお代わりの行列ができた。

 すると、すわって、食べている子のなかから、
「よう。みんながお代わりしちゃっていいのかよう。おじいさんやおばあさんの分も、ちゃんととっとけよ。」
と声がかかる。


 その声がかかったとたん、列の一番前のAちゃんが、さっと食缶を手に持って、お年寄りの席をまわり始めた。
「よろしかったら、お代わりをどうぞ。」
と言いながら。

 お年寄りたちは、
「いや。もう十分いただきましたよ。どうぞ、皆さんでお代わりしてください。」
と、Aちゃんに、にこにこしながら受け答えしてくださった。


 すてきな交流会になった。

 

 その2 


 そうしたクラスのなかでも、また、さらに際立って、社交的なBちゃん。動きが派手だし、活気ある行動を示す。その上、けん玉がとても上手で、お年寄りも感心していた。


 この子は楽しい子で、授業が真剣で盛り上がっているときと、ふざけ半分でまじめさが感じられない雰囲気が教室に漂っているときとで、態度が激変してしまう。

 後者のとき、わたしに話しかけてくるのに、『ねえ。toshiちゃん。あのさあ。〜』などと言うときもあった。

 そのときのわたしは、何も言わない。ただ不機嫌そうな顔をするだけ。

 
 そうしたら、一度、みなが真剣で、教室中、すごく盛り上がっているとき、『はい。toshiちゃん。わたしを指して。』と言ったときがあった。

 でも、その後がえらかった。わたしがムッとするよりも早く、教室の雰囲気に合わない声かけだったことに気づいたのだろう。『アッ。』というような顔をして、あわてて、『はい。toshi先生。』と言い直した。

 わたしはそれを激賞した。

「あっ。言い直してくれたね。よかった。・・・。先生を呼ぶのに、ふさわしい呼び方になったね。わたしは、うれしいよ。」


 もうそれだけで、その後のBちゃん。学級の雰囲気がリラックスムードのときも、ちゃんと呼ぶようになった。



 その3 


 今、非常勤講師のわたしは、1日5時間勤務なので、子どもの下校と一緒に退勤することもある。

 ある日、Cちゃん、Dちゃんと昇降口で出会い、一緒に帰ることになった。
「toshi先生。ここに、ぺんぺん草がいっぱい生えてるよ。」

 歩道橋の橋脚のところに、ほんとう。群生とまではいかないけれど、けっこうあった。
「これね。こうすると、音がするんだよ。」

 しばらくそのようなことをして遊んだ。



 そうして、数日後の出勤日、地域の人がこれを雑草として扱い、きれいに清掃してしまったことに気づいた。

 『ああ。Cちゃん、Dちゃんは、がっかりしているだろうな。』


 わたしは、これは、総合的な学習のテーマになりうると思い、初任者の担任にもその旨話していた。

〇ぺんぺん草は、春の七草でもあることから、いろいろな調べ学習へ発展していくであろうこと。

〇きれいに抜き取られてしまったことはがっかりだが、そのことを通して、地域の方々の活動へと、興味関心が発展してと期待できること。

 それが、総合としてとり上げるにふさわしいと思ったわけだ。


 しかし、その後、Cちゃん、Dちゃんにそれを話すと、

「うん。知ってる。でも、まちの人は、これがぺんぺん草って知らないので、抜いちゃったんじゃないかな。まちをきれいにしたくて。」

 落ち着いたもので、ちっともくやしがっていなかった。まちの人たちに対する思いやりあふれる言葉に心打たれた。



 その4 


 もう一つ。総合的な学習のネタになりそうな話題。

 ここの学校の学区域ではないが、生活圏に、大きな川が流れている。

 社会科で、町の概観をやっているとき、Eチャンがすっとんきょうな声を上げた。

「ええっ。F川は、海につながっているの。」

 川を湖か沼と同じように思っていたようだ。

 これはおもしろい。だって、河口は、それほど遠くにあるわけではないのだもの。単純に距離だけで言えば、30分も歩けば着いてしまう。
 だけれど、河口付近は工業地帯だから、ほとんどの子どもは行ったことがない。それで。上記のような言葉になったものとみえる。


 これは、『見に行けたらいいなあ。』初任者にもそう話した。

 そうしたら、学年の教員は、河口にある工場に見学のお願いをした。
『我が地域の学校ということですから、いいでしょう。どうぞ、工場には屋上もありますので、そこから見てください。』
以上、許可もいただいた。来週早々、見学にうかがうことになる。


 子どもの素直な疑問。またそれを大事にする担任の尽力で、工場への立ち入りが許可されることになった。すごいことだ。

 頭の下がる思いがした。


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 子どもたちの、こうした無垢な気持ちを、ずっと、ずっと大切にしていきたいと思います。学習でも大いにとり上げていきましょう。



rve83253 at 20:46│Comments(0)TrackBack(0)子ども | 総合的な学習の時間の指導

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