2008年07月04日

地球温暖化をめぐって、3

98969d4f.JPG 申し訳ありません。今日の記事は、教育には関係ありません。

 初老の人間の、くり言に過ぎなくなるかもしれません。よろしければご覧ください。

 

 もうすぐ、北海道洞爺湖サミットが開催される。その主テーマは、地球温暖化。
 
 このことに、ある種、強い感慨を抱くのは、・・・、わたしだけかな。



 地球温暖化。もちろん大問題である。いい加減に過ごせば、100年以内に、人類は滅亡してしまうかもしれない。今の人間が予測不可能な事態だって起きるかもしれないと言われている。


 考えてみれば、わたしが子どもだったころ、人類にこんな問題が降りかかってこようとは、だれも、想像しなかったに違いない。予測不可能だったと思う。


 だいたい、海、大気、地下資源の多く。こういったものは無限と考えられていた。地球は、今の我々が思う宇宙のごとく、実に広大だったのである。

 だから、工場から出る汚水は海や川へ流す。煙突から出る煙は、工業日本の繁栄のしるし。それを疑うものはいなかった。無限だから、広まって、薄まって、やがてなくなる。そう信じられていた。

 ・・・。そう、思う。



 そう。そう。煙が工業日本の繁栄のしるしというのは、我が居住地の近くの小学校では、校歌にまで歌われていたっけ。さすがその部分は、公害病が大問題となったとき、書き換えられたと聞いた。



 それに代わり、当時大問題だったのは、核兵器、核戦争への恐怖だった。アメリカ、ソビエト、英国・・・、もう、核実験が途絶えることはなかった。

 わたしが、小学生のころ、『雨にぬれてはいけません。どんなに小雨でも、傘をさしましょう。』よく先生にそう言われた。

 今の若い人は、なぜだか分かるかな。

 それは、雨には放射能が含まれていたから。

 『今度の核実験による放射能は、風の向きからして、〇日後には日本上空に到達の見込み。』などというニュースが流れたっけ。子ども心にほんとうにこわかった。

 第五福竜丸事件という悲劇があったのは、忘れもしない。このころのことだ。


 そして、わたしが高校生のとき、キューバ危機が起きる。一触即発。核戦争の恐怖が、全地球をおおった。わたしも、『人類滅亡か。これまで、核のバランスがとれているから大丈夫と思っていたけれど、とんでもなかったな。こわい。』そんな思いを抱いたのを覚えている。

 ソビエトのフルシチョフ首相が、アメリカ、ケネディ大統領の条件を受け入れ、『キューバに建設中だったミサイル基地やミサイルを解体する。』と発表したとき、わたしは、ものすごく強い安堵の念を抱いた。




 さて、今、大問題の地球温暖化。

 この核戦争の恐怖とはかなり趣きを異にする。

 一触即発ということはない。しかし、深く静かに、しかも、確実に進行している。

 ほんとうにこわいのは、こちらの方かもしれない。米ソ巨頭の決断で解決などという問題ではないものね。


 にほんブログ村 教育ブログへ

ninki



 この60年間で、地球はずいぶん小さくなったのだなと思います。無限と思っていたものが有限へ。航空機をはじめとしての高速交通網の発達。きわめつけは、宇宙からの地球映像でしょうか。

 そのせいか分かりませんが、『地球にやさしい。』という言葉。今は、『地球は悲鳴を上げている。』などとも言われるようになりました。


 でも、これはまやかしですね。

 地球が誕生してから、40億年以上。この間、地球は、灼熱地獄に始まり、氷河時代を何回も経験してきました。巨大隕石が衝突したこともあったようです。それでも、地球はびくともしませんでした。

 生物にしたところで、種としてなら絶滅を繰り返していますが、生物全体として絶滅したことはなかったわけです。

 地球温暖化の問題。これは、絶対、『人間にやさしい。』『人間は悲鳴を上げている。』でなければなりません。

rve83253 at 16:57│Comments(2)TrackBack(0)エッセイ | むかし

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by keiko   2008年07月05日 07:54
おはようございます。toshiさんのおっしゃるとおりだと思います。地球の歴史の中では人間の存在など塵にも満たないものだと思っています。「地球に優しく」なんて。。おこがましい。身の程知らずですよね。
地球が人間に愛想をつかせたのかな、、なんて思っています。
2. Posted by toshi   2008年07月06日 07:16
keikoさん
 人類が現れるはるか以前から、地球は、その環境の激変を何度も経験してきました。記事では、氷河期にふれましたが、今、問題になっている温暖化とは桁違いの温暖化を経験したこともあったようです。
 そして、そういうときは、ある生物が絶滅するとともに、別な生物にとっては進化の契機となりました。
 人類が絶滅したとしても、その新しい地球環境のなかで、それに適合した別な生物が進化を遂げていくということですね。
 今、人類は生物のなかで、王者のごとく振舞っています。その王者のごとき振る舞いが、人類滅亡を早めていくようにも思うのです。
 今こそ、人類全体として、謙虚さをもたなければいけないと思います。そういう意味で、北海道洞爺湖サミットを注視していきたいと思います。もちろん、わたしたち自身の生活も。

コメントする

名前
URL
 
  絵文字