2008年08月20日

入学準備教育は?3

439f8f99.JPG 先日、来春、お子さんが小学校へ入学という方から、メールをいただいた。おばあさんから、『入学準備号』と書かれた算数ドリルをプレゼントされたのだけれど、やらせていいものか迷っているとのことだった。

 入学準備号とのことだから、わたしは、『ブタさん』とか、『カメさん』とかの絵があって、ぬり絵などをしながら、何匹いるかを数字で書くとか、フリーハンドで、直線や曲線を書く練習をするとか、そのようなものを想像していた。

 しかし、驚いた。ぜんぜん違うのだ。



 添付された問題を見ると、

 なんだ。これは。

 入学準備どころではない。小学校1年生の学習内容そのものではないか。



 わたしは、それを眺めているうちに、このようなドリルを出す教育関係業者(?)に、腹が立ってきた。

 このようなものに、『入学準備号』と銘打つとは。


 だって、多くの保護者は、1年生の学習内容など、分かっていないだろう。そこで、入学準備号とあれば、『ああ。これは入学までに身につけておかなければいけないのだな。』と思ってしまうのではないか。

 わたしには、保護者が、その問題のできない我が子に対し、『こんなものもできないの。この問題ができないと、入学できないわよ。』と腹を立てている姿が目に浮かんできた。

 そうなってしまったら、子どもこそ、いい被害者だよね。入学前から、算数嫌いになること間違いなしだ。


 もっとも、その親御さんは、わたしと同じような心配をしたから、メールを送ってきたのだろうね。そういう意味では、問題がはっきりしてよかった。



 一つ例示しよう。

 とは言っても、添付されていた問題は、これしかなかったのだけれどね。(以下、問題文にかかわる記述は脚色してあります。)



 小学校1年生の学習内容に、『いくつといくつ』というのがある。まさに、その内容だった。

 動物の絵やカットや文章で成り立つ。それなりに、配慮はされていると思ったが、しかし、ドリルはドリルだ。

 ああ。これを入学前の子どもが解くのか。あぜんとしてしまった。



 わたしは、4回ほど1年生を担任している。

 1年生だって、この種の問題を解くとき、ただ、『解きなさい。』とやったら、どうしていいか分からない子は、けっこういるのだ。


 以下、1年生で、どういう実態かを、述べてみる。


〇ひらがなを覚えたばかりの子どもたち。ある程度読めるようになったとしても、たどたどしく文字を追っているわけだから、最後に来ると、もう最初の部分は忘れてしまっている。だから、何を聞いているのか分からない。

 こういうとき、1年生担任は、文章を読んでやる。そうすると、
「ああ。なんだ。そういうことか。」
というわけで、答えがすぐ書けるようになる。そういう子は多い。


〇一応、このドリルは、段階をふんでいるようには、書いてある。

 まず、絵と、矢印などの記号と、文章で、問題の趣旨を理解させてから、その例題を解くというようにはなっている。

 しかし、相手は1年生の子どもだ。

 例題をやるとき、冒頭の問題の趣旨をちゃんと覚えているとは限らない。そこで、何度も前に戻らなければならなくなる。親のなかには、『何度言ったら分かるの。』と怒り出すケースもありそうだ。

  
〇まだある。

 ドリルを見ると、まず、野原にいるタヌキさんが、7匹描かれる。そして、次は、タヌキさんが4匹家の中に入っているのと、相変わらず外にいるままの3匹のタヌキさんの絵になる。

 それに対応する問題は、

1.全体のタヌキの数を答える。
2.家に入ったタヌキさんの数を答える。
3.野原に残ったタヌキさんと、家に入ったタヌキさんを答える。

 そうなっている。つまり、2.と、3.とで、同じこと(家に入ったタヌキさん)を二度問うているわけだ。


 これは、1年生だってけっこうこまる。『先ほど答えたではないか。』と思うから、何か別のことを聞いているのだろうと思い、その結果、答えられなくなる。

 これも親がそばにいれば、

「何考えているの。今答えたばかりじゃない。同じことをまた書けばいいのよ。」
などと、怒るようになってしまうことも多いのではないか。



 だから、そうならないように、

 1年生の教室では、

 具体物を用意して、それを操作しながら、視覚的にとらえるようにしたり、ゲームのようにしたりして、楽しく数の合成や分解ができるように工夫するのだ。

 

 ああ。それなのに、

 この問題を解くのは、入学前の子どもたちだ。

 しかも、上記、メールをくださった方は、もし、わたしにメールをくださらなければ、今、この時期に、この問題を解かせたかもしれない。

 しかも、家庭でやるのだから、具体物を用意するわけではないだろう。ましてや、ゲームのようにするわけでもないだろう。



 ああ。想像するだに恐ろしい。『入学準備号』なる言葉がいかに罪深いかが、分かろうというものだ。

 これは、もう、算数嫌いを大量生産するのではないか。ぼう然としてしまった。

 


 まず、そのようなことを、メールをくださった保護者の方に書いて送った。




 でも、それだけでは、なんだか申し訳ない思いがした。

 きっと、算数の好きな子になるように、入学後、算数が苦手にならないように、授業にしっかりついていけるように・・・、

 そういう思いには、切実なものがあるのではないか。



 そこで、入学前の今の時期、算数好きなお子さんにするためには、親としてどうしたらよいかを書き足すことにした。

  

 それは、生活のなかに、いくらも算数の素材はころがっているということだ。

 一つ、ヒントになることを、最近いただいたコメントから拾ってみよう。

 本リンクコメントの10・11番、ドラゴンさんからいただいたものである。

 ここで、ドラゴンさんがおっしゃりたいことは、たぶん、『子どもは、生活のなかで、いくらも問題解決をやっていますよ。割り算で解く問題であっても、生活のなかでは、割り算を知らない幼児が、ちゃんと答えを出せるのです。』ということだろう。

 つまり、九九を知らなくったって、九九で解く問題は解ける。

 そりゃあ、『4×3』とあれば、これは九九を知っていないと無理だ。

 しかし、たとえば、『4人がけの長いすが3つあります。全部で何人座れますか。』というたぐいの問題。
 こうした問題解決の必要性が生活の場面で起きれば、長いすで数えたり、たしていったりして、幼児でも解くことができるだろう。数えられる幼児ならばね。

 そのような、生活における、子どもの問題解決を、親は力強く支えてやればいい。


 たとえば、今、お菓子が8つあるとする。家族は4人としよう。

 「Aちゃん。これ、4人に分けてくれるかな。」

とたのむ。そうすれば、子どもは、喜んでやるだろう。

 分けてくれたら、

「うわあ。ありがとう。ちゃんと同じ数になるように分けられたね。」
とか、
「うわあ、一人2個だと、みんな同じ数になるんだ。」
とか、感動してあげればいい。

 こういうことを生活のなかで、繰り返していれば、子どもは自然に、数への関心を強めるだろう。

 いろいろなことを言うようになるに違いない。

 そうしたら、たとえば、
「すごい。3人だと、うまく分けられないということを発見したんだ。」
などと言ってほめて上げられる。


 ただし、気をつけて。しつっこいようだが、これは、割り算をしているのとは違う。

 あくまで数への関心を高めることだ。

 

 また、

 おもちゃなら、なんでもいい。6つあったとする。

 「これ、AちゃんとBちゃんの分よ。」

 そうしたら、それだけで、子どもは分けて遊ぼうとするだろう。同じ数ずつ分けたら、
「うわあ。えらいね。ちゃんと同じ数に分けてあげたんだ。」
とか、
「うわあ。えらいね。3つずつ分けたんだ。」
とか言ってやる。


 もう一つ。例示をしよう。先ほどの、『いくつといくつ』につながるかな。


 たとえば、今、目の前にミニカーが6つある。

 それを3と3でもいいし、2と4でもいいし、1と5でもいい。

 そのように分ける。

「うわあ。6が、2と4に変身しちゃったよ。同じ数なのに。」
と独り言のように言う。

 また、みんな一緒にして、『6』。

 また、分けて、『2』と『4』。

 それを繰り返す。

 そして、突然、『1』と『5』を演出。

 子どもたちは、『2』と言いかけて、『あれぇっ。』

 ずっこけるとか、『ずるい。』とか言うかな。

 気をとり直し、元気に、『1』とか、『5』とか言うかな。とにかく、楽しい雰囲気になるよね。



 そのように、生活のなかで、数を意識づけることだ。ドリル、ノート、エンピツなど。そうしたたぐいはなくていい。


 あくまで意識付けである。そして、発見の喜びを演出してやることである。



 こうしたことが、将来のたし算にも、ひき算にも、かけ算にも、わり算にもつながっていく。

 
 
 そうすれば、来年4月、入学したあと、算数の授業をするたびに、

『あっ。今の勉強は、このまえ、お父さん、お母さんとやった、あのことだ。』

 子どもは、すごく感動的に思い出すだろう。そうしたら、切実性、必然性をもって、足し算や引き算を学ぶに違いない。

 今は、そういう財産を蓄積すべきときなのだ。

 

 それじゃあ、おばあさんからプレゼントされたドリルが無駄になるかな。

 それは大丈夫。

 第一、来年、入学してから、やらせればいい。そういう問題なのだから。

 次、親が勉強したらどうかな。

『1年生ってどんな勉強をするのだろう。』

そう思ってながめればいい。そうすれば、上記のことをヒントに、生活のなかで、どのようなときに、どのようなことを言ってあげればいいかが思い浮かぶだろう。


 上に、いくつか例示したけれど、そのような場面を親が設定してあげることができるようになるのではないか。


 
 こうしたことは何も算数に限らない。

 生活科もそう。お花の名前とか、虫の名前とか、魚を食べるときは、何の魚かとか、そういうことを話題にする。

 もっとも魚の勉強はないと思うけどね。

 

 入学前に大事にしたいことはそういうことだ。そして、できたらほめてやること。

 そう肝に銘じたら、勉強好きな子になること間違いなし。


 以上のこともメールに書かせてもらった。


にほんブログ村 教育ブログへ

ninki



 ここで、親が子どもに何かをやらせようとした場合の留意点を。


 それは、子どもの表情をみることです。子どもが喜んでやっているか、いやいややっているか、そういうことに敏感になることです。

 親が何かをやらそうとすれば、子どもはやるでしょう。それだけに、気をつけなければなりません。


 また、本日記事にしたことは、何も、入学前に限りません。入学後だって、大事な親の姿勢です。そういうことにつながる記事を、かつて書いたことがありました。

 よろしければご覧ください。

   学力検査の『品質』を高めるために(2)

rve83253 at 15:22│Comments(2)TrackBack(0)保護者 | エッセイ

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by なおみ   2008年08月20日 17:20
toshi先生こんにちは。
入学準備号と言わず、もっと低年齢の子に向けたドリル、お教室も同じようなものを子どもに要求しているのです。
そうした教育産業の幼児教育の市場への進出で、2〜4歳の幼児を持つ親御さんが小1レベルの文字の書きや計算ができないということを悩んで、相談に見えています。私は、こうした教育産業の姿勢が、多くの親御さんたちの教育に対する捉え方に強い影響を与えて、不安を煽っていると思っています。
今回のtoshi先生の記事は、幼児を持つ親御さんの参考になることと思いますので、虹色教室通信に↑のURLの記事にリンクさせていただきました。どうぞよろしくお願いします。
2. Posted by toshi   2008年08月21日 09:11
なおみさん
 今度の件で、ちょっと町の本屋さんにも行ってみました。ほんとうに幼児向けのドリルがたくさんあることに驚きました。
 わたしたちは、そのようなものは必要ないどころか、成長に害があることをもっと訴えていかなければいけないですね。
《2〜4歳の幼児を持つ親御さんが小1レベルの文字の書きや計算ができないということを悩んで、相談に見えています。》
 親御さんは、小1レベルということを知ったうえで、悩むのですね。そのあたりの感覚はちょっと分からないものがあります。ただただ、教育産業のペースに踊らされているということなのでしょうか。 生活の中で自然体で、算数のことが話題になる。そんな親子関係が構築できたらいいですね。
 
 たとえば、今、思い浮かんだのですが、算数の教科書の最初は絵ばかりです。そして、ちょうちょうは5羽飛んでいるのに、お花は4つしか咲いていないなどという絵が出てきます。
 これ、家族でファミレスなどに行った折に、人数と空席の数の対応などと関連しますね。
 まさか、親の方から、『席が4つなら空いているのだって。座れるのかなあ。座れないのかな。』などと言うのは、あまりに不自然だから、おかしくなってしまいますが、子どもの方から、『うわあ。おしい。あと一つあいていれば座れたのに。』などと言った場合は、もうこれは、まさに入学準備教育と言ったところです。もう、感動するようにほめてやればいい。ほんとうですよ。これはもう、感動ものと言ったところです。
 こういうところが大切なのですね。塾任せ、ドリル任せでない、家庭教育の面目躍如と言ったところではないでしょうか。

コメントする

名前
URL
 
  絵文字