2008年08月24日

姪夫婦の来訪 フランスと日本と4

2e3a64e1.jpg すみません。今日の記事は、とりとめもなく、ダラダラ記述することになってしまいそう。

 よろしければご覧ください。



 先日、姪から、メールが届いた。

《こんにちは。先日は、お世話になりました。

 一昨日の夜、無事にパリに着きました。3週間というのは、今までで、一番短い帰省だったように思います。
 限られた時間の中で、いろんな事を計画的にこなし、風の様に通り過ぎていったというのが本音です。

 もう少し滞在してもいいかな?とも思いましたが、あの暑さに体の方はぎりぎりだったようです。

 パリはとても涼しいです。〜。

 夫は今日からお仕事。朝、元気に自転車で通勤して行きました。

 私はというと、〜これからは暫くは、少し時間にゆとりをもてそうなので、伯父さんのブログが読める事を、楽しみにしています。

 では、皆さまによろしく。》


 無事、帰られてよかった。


 フランスの長い夏休みも終わり、ふだんの日々が戻ったことをうかがわせた。きっとご両親ともども、思い出深い旅行になったことだろう。

 

 わたしはさっそく、返信のメールを打った。しかし、その文面を見たら、自分でおかしくなってしまった。

なんと、
「お帰りなさい。」
と打っているではないか。

 姪夫婦は日本からフランスに帰ったというのに、その日本にいるわたしが、『お帰りなさい。』と言う。・・・。ほんとうは変だよね。


 メールという通信手段が発達した現在、『思い』は、すばやく地球をかけめぐる。姪が日本にいるより、パリにいてくれた方が、意思の疎通はしやすいというわけだ。

『これで、いつでも、メールを打てるし、もらうこともできる。』それが言わせた、『お帰りなさい。』ではなかったか。



 ところで、

 姪夫婦は、帰国する数日前、我が家を訪れてくれた。急に思いついたようだった。


 その我が家で、ご夫君は、目ざとくプレゼントしてくれた写真を見つけた。フランスの、ご夫君のふるさとのきれいな写真だ。

 「おお。飾ってくれていますね。ありがとうございます。」

 それで、わたしは、その写真を、拙ブログに使わせていただいた礼を述べる。

 そして、ブログを開くと、またまた、『おおっ。』と、感嘆の声を上げてくれた。すぐ、記事の内容に、興味をもたれたようだった。


 そこで、yokoさんが、コメント7番で教えてくださったグーグル翻訳を使い、訳してみた。

 ところが、『やすらかに、』の後半部が、動物のカニに訳されるなどということがあるらしく、どうも理解不能のフランス語だったようだ。

 たぶん、わたしの、個性的日本語では、うまく訳せないのだろう。教科書的日本語でないと、ダメなのかな。そう思った。

 まだまだ改善の余地は多いということだね。



 
 あと、姪から、この記事の間違いを指摘されたので、それは訂正させていただきます。すみませんでした。


 それは、

 『ひとむかし前までは教育熱がさかんで、大学への道を目指す傾向が強かったが、近年、卒業できるとは限らないため、初めっから、バカロレア資格にこだわらず、早くから職を身につけることを考える傾向がでてきているようだ。』
のくだり。

 『バカロレア資格は、一応、皆さんとろうとするの。でも、大学への道にはこだわらない。そう言ったつもりだったのだけれど。』とのことだった。

 

 そんなわけで、一応、姪が全文訳してくれた。



 その後、しばらく、日本語とフランス語(英語も)の話になった。


 わたしは、常々、自分だけが思っていることを言った。たぶん合っていると思うけれど、確かめることができないので、ほんとうのところは分からないのだが・・・、

「英語だと、アルファベット26文字を覚えるだけでいいよな。たぶんフランス語も似たようなものだと思う。

 ところが、日本語は、ひらがなにかたかな、それと漢字を覚えなければならない。漢字は数千もあるから、覚えるのは大変なのだけれど、そのせいで同じことを言うのに、日本語は短くて済む。『teacher』と、『先生』という具合にね。

 だから、同じことを英語で書くのと、日本語で書くのとでは、日本語の方が面積が少なくて済む。本にすれば、薄くてすむということだね。

 つまり何が言いたいかと言うと、資源節約言語だということだ。」

 
 ちなみに、かつて、拙ブログに、日本語と、それを訳した英語と、双方を記事にしたことがある。

 日本語では19行だったのが、英語だと24行なのであった。


 これについては、『ふうん。』といった感じで、姪夫婦は聞いていたが、特に反応はなかった。



 次に、わたしは、もう一つの話を持ち出した。

(すみません。わたしが言ったことばかり書いて。なにしろ、酒が入っていたのものですから、姪夫婦の話というのは、上記訂正のこと以外、記憶にないのです。)


 それは次のようなことだ。

 読者の皆さんはご存知かな。

「戦争に負けてすぐのことだけれど、日本では有名な作家が、『日本語はいい言語ではないから廃止して、フランス語を日本の国語にしたらどうか。』と言った人がいるのですよ。」

 これには、ご夫君はひどくびっくりされた。

「それは、どうしてですか。」

日本語でそう質問された。

「ううん。よくは覚えていないけれど、戦争に負けて、日本人は自信がなくなってしまったのだね。それまでは、勝つに決まっていると、思わせられていたのだ。

 でも、勝った国が自国語を負けた国に強制するというのは聞いたことがあるけれど、負けた国の国民が、自ら自国語を捨てようなどいうのは、日本だけかもしれないね。」

「『日本語って、文法が確立していない。あいまいな言語だ。』そういうことを言ったのではないかと思うけれどね。確かに、同じ表現が、肯定にも否定にもなるということがあって、外国の人が日本語を覚えるとき、混乱するのではないかな。」

「その作家って誰ですか。」

今度は姪に訪ねられた。

「うん。みんな知っているよ。暗夜行路などで有名な志賀直哉さんだ。」

 上記、わたしの言葉は、不正確だから、今、正確と思われるHPにリンクさせていただこう。

 

 さて、義弟のふるさとで、お会いしたのも含め、2回話す機会があったわけだが、最近拙ブログでとり上げている、『議論のある家庭』にからみ、ちょっと感じたことがあるので、最後に、そのことにふれてみたい。


 『フランス人は、』と言っていいのかどうか、

 以前記事にした、『姪から届いたメール』などをふりかえってみると、『欧米人は、』と言った方がいいと思うのだが、自分の考えをしっかり言うとともに、質問が多い。


 上記、志賀直哉さんのフランス語国語化論にしても、『それは、どうしてですか。』って、さっと質問されるし、

 先日の義弟のふるさとでお会いした、フランスのご両親にしても、

 わたしが、何か質問すると、それについての思いを語られた後、『toshiさんは、そのことについてどう思いますか。』と、必ず聞き返された。

 やはり、『家庭の中に、議論があるのだ。』ということをうかがわせた。


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 ここで思い出すのは、去年でしたか、石原都知事が、『フランス語は数を勘定できないから、国際語としては失格ではないか。』と発言、物議をかもしましたね。

 60年たち、時代が変わって、日本人が自信を持ち出したということでしょうか。

 フランス語こそ、もち上げられたり、けなされたり、気の毒です。

 また、両方とも、作家の言葉であるところがおもしろいですね。

 こちらの方は、ご夫君には話しませんでした。

rve83253 at 17:47│Comments(9)TrackBack(0)エッセイ | 自己啓発

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この記事へのコメント

1. Posted by みっきーまま   2008年08月26日 10:22
はじめまして。なおみさんのブログから来させていただき、いつも拝見させていただいております。子育てをしてゆく中で、とても勉強になっております。ありがとうございます。私は、子どもが小さい頃、東京で育て、周りが幼児教育やなんやで、田舎育ちの私は、ノイローゼになってしまうほどでした。(私の心の弱さもあったのですが・・・)今は、大阪に帰って来て、主人の実家で二世帯で暮らしていて、祖父母のありがたさを感じながらのんびり子育てしております。東京で子育てをしてゆく中で、唯一私をを支えてくれたのが「絵本の読み聞かせの子育て」でした。(それしか、周りの忙しさから逃れる方法がなかったのと、図書館が近かったのと、私自身が本に癒されたというのが理由です)でも、今、ココロが元に戻り、考えてみると絵本の読み聞かせが私を母親にしてくれたと言っても過言ではないような感じです。何が?というと、子どもとのふれあいの時間を毎晩1時間くらいとれたということです。そこで、親子の共通の会話が生まれ、今では、長男とは戦争の本などを読んだ後にいろい
ろと議論しあったり、ママはこう思うよという話をしたりして、私もすごく楽しんでいます。(私の小さかったときの話もずいぶんしました。)
今は、絵本の読み聞かせの大切さを皆さんに知ってもらいたいと、幼稚園でお母さま方に絵本の紹介などをする「絵本の会」を開いていたり、絵本のブログを書いています。http//blog.zaq.ne.jp/ehonmt/(絵本がいっぱい!の子育て)小学校では読み聞かせをしていますが、中では、自分の自己満足で読まれている方や、意見の押し付けなども見受けられたりして疑問に思うことも多々あり、小学校で、私にできることはないか(もっと、子どもと本との架け橋になってあげたいのと、それをお母様方に伝えたい)とただいま模索中です。
2. Posted by toshi   2008年08月27日 07:47
みっきーままさん
 なおみさんのブログから、お越しいただいたとのこと。ありがとうございます。よろしくお願いします。
 絵本の読み聞かせを大切にして子育てなさったとのこと。それもすばらしいけれど、そのあと、1時間も親子の会話をされたとのこと。これがさらにすばらしい。まさに、なおみさんのおっしゃる、『議論のある家庭』ですね。
 ああ。ごめんなさい。みっきーままさんも、議論とおっしゃっていますね。
 貴ブログ、読ませていただきました。ただ絵本のブログというだけでなく、まさに、『会話、議論』をうかがわせる記事もあって、すてきだなあと思いました。
 小学校で、読み聞かせをなさっていらっしゃるとのこと。今、全国的に盛んになっているのかもしれません。我が地域でも、また、わたしが勤務した学校でも、ほとんどの学校で行われていました。
 ただ、問題というほどのことでもないのですが、みっきーままさんがおっしゃる点は、わたしも感じました。やってくださる地域の方、保護者の方の思いは、実に多様なのですね。
 学級崩壊に近い学級で、学級を立て直すお手伝いをしたいという意味合いの方もいらっしゃいました。ご自分のお子さんへということなのか、我が子の学級でやることしか念頭にない方もいらっしゃいました。自己満足に入るのかもしれませんが、自分の度胸だめし、自分の話術の向上のためという方もいらっしゃいました。
 わたしは、それら多様なお気持ちを受け止めることが大切と思い、まずはすべてを受け入れました。ただやはり、お礼というか、感謝というか、そういう話をするときは、みっきーままさんのようなお気持ちに対して、謝意を表することを中心としました。 
3. Posted by みっきーまま   2008年08月27日 08:56
お返事頂き光栄に思っています。ありがとうございます。また、ブログにも目を通して頂き、本当にありがとうございました。読み聞かせボランティアのお母様方の熱心さ、良くしていきたいという気持ちに対して私も尊敬の念でいっぱいです。うちの小学校では全クラス、一度に読み聞かせが出来る程、ボランティアの親御さんがおられます。それはすごいことだと思っています。ここで、やはりせっかくなので質を問いたいと、年に一度は外部から司書さんをお招きしての勉強会も行っています。本当は黒子となり、純粋に本と子どもとの架け橋となってほしいとは思っていますが、きっと少しずつでも思いは通じていくかしら?と最近は皆さんを信じるようにしています。また、ここに来て、新たなアイデアなど閃けばなあ、なんて思いながら、読ませていただいています。今後とも宜しくお願いいたします。
4. Posted by toshi   2008年08月27日 11:02
みっきーままさん
《うちの小学校では全クラス、一度に読み聞かせが出来る程、ボランティアの親御さんがおられます。それはすごいことだと思っています。》
 いやあ。ほんとうにすごいですね。わたしが勤務した学校にも、地域、保護者の方による読み聞かせ教室はあったと書かせていただきましたが、そのような例はありません。感動しました。

《やはりせっかくなので質を問いたいと、年に一度は外部から司書さんをお招きしての勉強会も行っています。》
 これもいいですね。質にもかかわりますが、こういう努力は、参加される保護者の方々の多様な思いを昇華させていく力になると思います。
5. Posted by みっきーまま   2008年08月28日 09:51
ありがとうございます。なんだか勇気が出てきました。これからもがんばります。
夏休みは長男が自由研究を「オリンピックの歴史」にしたもんですから、長男の質問が戦争の話にまで発展しました。私も再度勉強しなおすことになり、また、もっと勉強したくもなり・・で。
長男と議論の末、ブログにも書いたんですが、「お互いに相手を認め合う」これが大事という結論に達しました。本と、子どもとの会話にはこっちも真剣になってしまいます。でも、まさか小さな子どもと話して、ここまでになるとは思っていなかった・・・子どもってすごいです・・・
6. Posted by toshi   2008年08月28日 16:31
みっきーままさん

 認め合い、信頼し合いの家族。すばらしいですね。あとは、貴ブログに寄らせていただきます。よろしくお願いします。
7. Posted by 柴田勝征   2008年09月25日 17:45
こんにちわ。柴田です。ブログ本文と投稿欄を興味深く読ませて頂きました。Toshi先生には、パリに暮らしておられる姪御さんがいらっしゃるのですね。私も大昔の若い頃、大阪大学に就職していたときに2年半ほどパリに留学させてもらいました。それで、「フランス人がよく質問する」という点についての思い出を一つ。パリ大学の数学科のセミナーで、数周間前にアメリカから帰ってきたばかりの張り切り数学者が、「みんな、もっとどんどん質問しようよ。アメリカでは、セミナーの時にみんながどんどん気さくに質問するんだよ。ほら、日本から来ているShibataだってどんどん質問しているじゃないか。幼稚な質問をして他の人から「あいつはそんなことも知らないのか」と思われるんじゃないか、なんて心配しなくていいんだよ」と言いました。
8. Posted by 柴田勝征   2008年09月25日 18:01
柴田の続きです。私が阪大で助手をしていた頃に、私より数年先輩の助教授で松田道彦先生という方がおられました。御父君は「育児法」で有名なDr.松田道夫氏です。私は帰国後、埼玉大学に転勤しましたが、今度はジュネーブに留学しました。ヘルシンキで国際会議があり、そこで松田先生と数年ぶりで再会したら、「柴田君が転勤したので、阪大の数学科もまともな人ばかりになってしまい、すっかりつまらなくなった。」と言われました。「そんなことはないでしょう。まだ一人、大物が残っています」と返答したら、「わっ、はっ、はっ」と大笑いしておられました。御父君に似て、たいへんユニークな先生でした。フランスの話を読んで、若い頃のことを思い出した話はこれでおしまいです。
9. Posted by toshi   2008年09月26日 16:58
柴田勝征さん
 わたしには内地留学も、海外派遣も経験がありませんので、大変うらやましく思いました。
 やはり若いときに、そういう経験ができるというのは貴重でしょうね。
 柴田さんのお話を大変おもしろくうかがったのは、なんか、わたしが記事にした質問をよくするというのが、日本と欧米で逆転しているかのような、そんな思いを抱かせていただきました。やはり、小泉元首相ではないけれど、いろいろなのですね。

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