2008年09月03日

全国学力検査の結果公表で、(3) 大人の狂奏曲3

ae0cc871.JPG 前記事で、わたしは、今回、結果が公表された全国学力検査について、『複雑な思い』と述べた。
 
 この検査そのものを、どう評価したらいいか、とまどいが消えないのだ。


 前記事においては、『ああ。いいな。』と思われる、学校現場や、地方教育行政の取組を見てきた。


 本記事では、逆に、『学校をテストによる学力の競争の場に追いやろうとする動き。』
 それは、とりもなおさず、知識・技能偏重の学力観と、教え込みにより、子どもを受身の学びに追いやることになりはしないかという危惧でもあるわけだが、そうした動きを中心に見ていくことにしたい。



 その前にお断りしておきたいが、国は、その看板を下ろしたのだ。


 国は、調査実施前、それは安倍政権下であったが、ランキング化の動きを見せていた。しかし、その後、世論の強い反対で、それを引っ込めた。それどころか、今は、都道府県別にこそ正答率の公表を行うが、市町村別や学校ごとの正答率の公表はしないように、各教委に求めている。
 
 ベネッセの『「全国学力・学習状況調査」をどう生かすか』を見てみよう。

・各学校では、行った教育が果たして効果を上げられたか、上げられなかったのならば何が問題で、どう改善していけばいいかを考えなければなりません。

・市区町村の教育委員会は、各学校が教育効果を上げるための支援策を立てることも必要になります。

・学校別や自治体別に順位をつけて競わせることは意図していません。

とある。


 それにもかかわらず、いまだに、学校を競争の場に追いやろうとする勢力があるようだ。
 どうも、一部地方行政、あるいは、一部市民の、『学校ランキング化につながる言動』があとを絶たない。


 それでは、以上をふまえ、『本調査をどう使うべきか。』について、これまで表面化した問題点を中心に、述べてみたい。


 
〇まず、この調査によって分かる学力は、国が学習指導要領に示す学力の一部に過ぎないということだ。それなのに、マスコミも政治家も一部市民も、これが学力のすべてであるかのように認識していると思われる。

 興味・関心・意欲・態度だって、立派に学力の一部なのに、

 そして、PISA調査により、日本は、この点について世界最低と言われているのに、これについては、ほとんどふれられていない。

 もう、2回目になるわけだが、この、『意欲低下』についての抜本的解決策は、いまだに示されていないようだ。

 だから、いわゆる学力向上策のなかには、一部の子どもの残し勉強など、『意欲減退策』のようなものもでてくる。


 
〇昨年度、沖縄県の結果は、看過できないくらいの有意差をもって低位にいることが分かった。

 今回はどうだったか。

 低位であることに違いないが、同県教委は、若干、国の平均との差が縮まったとした。
 同県教育長の言葉。

「昨年の結果を受けての県教育委員会の取り組みにふれ、
『現場で(学力向上対策の)スタートを切った矢先の調査なので、昨年と同様に全国との差は出てくるだろうと考えていた。』
と話す一方、
『昨年と同じくらい差が大きく開くのではないかと思っていたが8科目のうち6科目は縮んだ。少し安堵(あんど)している。』と述べた。

 同県知事の言動はまったく報道がないので、よくは分からない。たぶん、静観の構えでいらっしゃるのではないだろうか。


 それに対し、沖縄県ほどではないが、やはり低位に位置する大阪府。そして、ここも、沖縄同様、国の平均との差は若干縮まったのである。

 ところが、ここでは、府知事が結果に激怒。教委を激しく批判したとある。


 どちらも、まあ、縮まったとは言えないかもしれないくらいの縮まりではある。

 でも、双方の知事の対応はまったく逆だ。(もっとも、沖縄の方はまったく報道がないから、推測であるが、)

 府知事の言動に関しては、あとに譲るが、ここでは、低位に位置した府県に対して、国がどう支援したか、それが見えないことにふれたい。

 
 昨年度の結果公表を受けて、『両府県とも、国に対し、学力向上のための格段の施策を要望した。』とある。しかし、それに、国がどう応えたかの報道はない。

 そこがちょっと分からない。

 国が格段の施策をとっていないとしたら、それこそ、一体何のための、全国悉皆調査だったか。地方の教育行政の独立性は保障しなければいけないが、必要な金銭的支援は果たしていかないと、一定の教育水準は保てないではないか。

 国は、今回、2回目の調査結果の公表を行った。今後を見守りたいと思う。
  


〇もう一つ。

 昨年度、就学援助を受けている家庭の子どもが多く通う学校についても、そうでない学校との間で、かなりの差をもっていることがはっきりした。

 そして、これは、今年度も同様のようである。それなら、そういう実態をふまえた政策がとられたか。これも不明なのだ。特にそうした報道はない。

 これも、前項同様、地方教育行政、ないしは、国の支援により、そうした学校への支援策が講じられなければならない。



〇昨年度の結果公表の際、国は、学力低下論について、『学力低下の裏づけとなる根拠はなかった。』と述べた。

 そして、これは、今回も同様だ。

 新聞記事によれば、過去との同一問題は24問出されたが、正答率はほぼ過去を上回るとある。


 何度も言うが、『ほら。学力は上がっているではないか。』などと言うつもりはない。下がったと言える資料もある。ここ数年、どちらの資料もあるのだ。


 そうなると、数年前の過剰なばかりの学力低下論は、一体なんだったのだろう。

 現在の教育施策が、この『学力低下論』に影響された部分が大きいことを考えると、数年前の、マスコミ等のセンセーショナルな報道がうとまれてならない。

 国はやはり、ほんらいの『ゆとり教育』の保障に向けて、軌道修正を図らなければいけないのではないか。



〇悪しき学力低下論が災いしたと思う面はまだある。個々の問題別の考察は、今後を待たなければならないのかもしれないが、

 一つ。算数Aに、『150平方センチメートル』の面積をもつものは何かという問題がある。選択肢のある問題であるが、なんと、正答の『はがき』と答えられたのは2割弱。『教科書』としたものがほぼ半数いたとのこと。


 おもしろいなあと思う。

 これは、わたしの思いだが、

 学力低下論の騒動によって、計算、漢字など、多くの学校、教員が基礎・基本と思うところの学力向上ばかりに目が向いてしまった結果ではないか。

 わたしが拙ブログにおいて主張する、子ども主体の学習、子どもの生活に根ざす切実、必然性のある学習が重視されていれば、上記『150平方センチメートル』の問題などは、当然多くの子どもが正解したと思われる。

 『見通しをもつ』とか、『見当をつける』とか、これは、実生活において、実用的で大切な学力と思う。まさに、『ゆとり教育』の象徴とも言える学力を問う問題だ。
 
 漢字、計算などの問題はよくできた。しかし、こうした常識を問うような問題については、驚くような結果になってしまった。ここに拙速で、変な、教育改革のゆがみが出てしまったような気がしてならない。



〇今回は、前年(平成19年度)より、正答率が落ちたと言われるが、これは、良問が増えた結果と思う。

 一例。

 平行四辺形の面積を出す問題で、昨年は、底辺と高さの数値しか示さなかったため、96%という正答率だった。しかし、今回はそれに加えて、斜辺の数値も示したため、正答率は約85%になった。

 これは、前年のは、単なる計算の技能問題ともいえるような問題だったのに対し、今回は、必要な情報を選択するという意味合いが加わったわけで、面積を出す問題らしくなったといえよう。それだけ、望ましい問題になったのであり、まあ、その結果としての正答率低下だから、それはいい傾向と思う。



〇最後に・・・、と言っても、この最後がだいぶ長くなってしまうが、

 
その1

 学力調査の結果が低位に甘んじた、大阪府知事の言い草がすごい。報道によれば、

 「我が地域において、公立小中学校への保護者の信頼度は、全国で最も低い。」
 「教育委員会は最悪だ。もっと教員はしっかりしろと言いたい。」
 「公務員でも仕事の結果は重視しないといけない。2年連続でこんなザマなら、民間では減給は当たり前だ。」
と怒りをあらわにした。

とある。


 すごい言動だ。

〇まず、拙ブログ記事で何回もふれているように、教育行政は、地方行政府からも独立している。知事と言えども、土足で踏み込むことはできない。せいぜい記者との雑談のようなものならほほえましいだろうが、ここまでくると、明らかな越権行為だ。

〇ここは、もう、教員の給料だって、一割削減したのではなかったっけ。さらに、減給ということかな。

〇『民間なら。』『民間なら。』と盛んに言うが、民間はそんなにいいか。食品偽装だって、証券取引の問題だって、違法就労の問題だって、みんな民間の問題ではないのかね。
 だから、公教育の問題にしても、『民間なら、』などと言うのではなく、日本社会共通の問題というとらえでないと、まずいのではないか。


 早くも、不協和音が聞こえ始めた。

 学力調査の負の部分だ。何度も言うように、子どもの学力向上のために、正しく使ってほしいもの。もっとも、そういう使い方もしているのだが、上記知事のような、感情的、拙速的反応は、おかしな方向へ行くこと間違いなし。

 このようなことを許しておくと、現場は、テストの点数のみにこだわり、広義の学力観はないがしろにされる。だって、学校評価に当たり、考慮されないのだものね。拙記事に書いた、品川区の再現だ。


その2

 この調査結果の市町村別、あるいは、学校ごとの公表を求める声が、全国各地で起きているという。何を隠そう。先の大阪府知事はその急先鋒のようだ。

 国は、非公開と言っているが、一部市民が納得しないようだ。もっとも、都道府県別は公表しているわけだから、その必然の流れかな。

 都道府県別でさえ、上記のような騒動だから、これを、市町村別、学校ごとにまでいったら、一体どのような騒動が起きるか、想像するだに、恐ろしい。


 わたしがこの動きを憂慮するのは、『不要で過激な競争を招く。』というよりも、

 上記のように、子どもを真に育む『ゆとり教育』否定につながるからである。


 おもしろいなあと思う。

 学力調査の問題そのものは、PISA調査などの影響を受け、ゆとり教育を象徴するかのような良問が増えたというのに、

 その結果をめぐっては、従来の日本の伝統的な教え込みに戻りそうな気配を見せる。

 くわしくは、過去記事をお読みいただきたいが
  
 要するに、結果を求めるに急なあまり、『活用』問題まで、子どもの活用力を見るのではなく、知識・技能の問題であるかのように、教え込んでしまうことを恐れるのだ。

 もっと言えば、ことは、教育観にかかわる。

 テストの点数を急激に上げようとすれば、教え込みにならざるを得ない。子どもの思考力を養うなどということは、まどろっこしくて、考えなくなる。


 もっとも、むずかしい部分もあるのだよね。上記、大阪府知事の『我が地域において、公立小中学校への保護者の信頼度は、全国で最も低い。』については、

 それを裏付けるようなコメントを、すでに、拙ブログにいただいている。なおみさんからいただいた2番である。

 何が原因でこうなってしまうのか、その辺は、他地域のわたしには分からないが、これは府知事の言動が、そんなに根拠のない話ではないことをうかがわせる。

 何をどう判断し、どう解決策を探るかは、それこそ、知事から教育委員会当局、現場の教員に至るまで、一致協力して取り組んでもらうしかないだろう。そして、これは、学力調査以前の問題ではないのかと思う。


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 この学力調査結果公表の日の新聞は、何と言うことでしょう。

 大人の不祥事(学力低下を思わせる)の記事が満載。

 まず一面のトップは、『大分の21教員の採用取り消し』でした。

 そして、その斜め下には、新党結成と思いきや、ドタキャンで元の政党にそのまま残ることになったという記事。

 また、これは一面ではありませんが、現職閣僚の政治資金がらみの記事もありました。


 さらに、この記事を書いているさいちゅうに、もう、驚愕のニュース。

 なんと、福田首相の退陣声明。新聞には、『二度連続の政権投げ出し』とあります。まあ、何ということでしょう。

 この日本は、とりあえず、大人のための学力調査が必要なのかもしれません。


 標題は、日本の教育(学力調査)の現状をもじって、『狂奏曲』としました。しかし、子どもの教育をめぐって、真の『協奏曲』を奏でられる社会になるよう、大人が学力をつけていきましょう。

   (4)へ続く。


rve83253 at 06:27│Comments(12)TrackBack(0)教育制度・政策 | 全国学力調査

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この記事へのコメント

1. Posted by KG   2008年09月03日 10:10
これは全国悉皆調査であるが故のひずみですよね。
2年目の今年からは前年との比較もできますから、ますますひずみが大きくなっているような気がします。
昨年も同じようなコメントをしたと思いますが、学力調査の目的は教育行政評価と生徒個人の学力評価の2つがあります。
これを同時に、しかも大規模にやろうとするから無理が生じるわけで、切り離して考えればもっとシンプルかつ弊害がすくない形で行えるのではないかと思います。
2. Posted by KG   2008年09月03日 10:40
(つづき)
教育行政評価・・・PISAと同様に抽出調査で行う。

生徒個人の学力調査・・・国が標準学力調査問題冊子を開発し、希望する学校、学年、学級、個人単位が購入(無償)し、調査を行う。
イメージとしては知能検査(発達診断)の学力調査版で、こういったものはおそらく業者テストにはあるんじゃないかなぁと思います。それを国で開発するということ。
他地域との競争で煽られることはありません。
さらに一歩進めてこれをIT化するともっと面白いことができます。
問題群を難易度別に5段階くらいにわけ、最初はLV3の問題、正当者→LV4、誤答者→LV2、と分岐していけば、学力水準が異なる集団においても、同じ時間内で被験者個人の学力に応じた問題を効率よく出題できます。
要はITを使った項目反応理論の応用ですけど。
マイクロソフト社の資格、MCPの試験なんかもこれが使われてるそうです。
全国一斉だと全員同一時間、同一問題で行わなければならないため、平易な問題も難易度の高い問題も同列に並べなくてはならず、結果として測定できる範囲が狭まりますが、こういうところにITを使うべきなんじゃないかと思います。集計も楽ですしね。
3. Posted by totoro   2008年09月04日 05:24
私は小学校に勤務しています。現場の私たちは、この調査が子供の一部しか見ていないと感じ、資料の一部として考えていけばよいと思っています。
しかし小学校に中学校畑の校長が多く赴任しています。この人達は、中学に勤務していた時代、「小学校が、楽しい授業をするあまり、受験に係わる記憶する学習がおろそかになっている。もっと学力をつけて中学に送ってほしい。」と考えていました。
その上、(教育基本法が改正?され、学校評価や教員の質まで疑問視され)教育委員会から結果を求められています。必要以上に、この調査結果にこだわります。
この調査は、国がほしい人材を育っているかどうかというお上からの視点で行われます。教育はその視点だけでは成り立たないと思うのです。
ごめんなさい。愚痴です。
4. Posted by toshi   2008年09月04日 08:14
KGさん
 なるほど。学力調査のIT化。おもしろい発想ですね。一人ひとりの学力の実態をみるという意味では、有効に機能するでしょうね。
 KGさんのコメントを拝見して、あらためて思ったのですが、今回の調査では、『時間が足りなかった。』とする児童が、国語に関しては、40%以上いたという、ちょっと信じられないような出題の仕方があったのですね。
 また、悉皆(全国共通問題)であるために、出題数は限られ、とても、当該学年の学習内容をすべて問うということはできない。
 その一方で、出題数が多すぎて全問解くことができないという、そういうジレンマもありますね。

 また、

 国は、ランキング化はとり下げたものの、全国悉皆で実施しましたから、ランキング化をとり入れる要因は残しているわけですね。
 それが一部市民や行政府の情報公開の動きにつながるわけです。
 『情報公開はいいに決まっている。』わたしはそう思っていました。しかし、こと、子どもの学力の実態に関してはね。まずいですね。

 教員の指導力アップを願っての開示請求だと思いますが、それなら、別な方法で指導力アップをねらってほしいもの。

 そういう学校評価、人事考課であってほしいと思うのですが・・・、

 むずかしいのかな。

 
5. Posted by toshi   2008年09月04日 09:05
totoroさん
 いえ。いえ。グチは大いにけっこう。こういう場でしか言えないこともあるかもしれません。
 ご遠慮なく、お願いします。
《小学校に中学校畑の校長が多く赴任しています。この人達は、中学に勤務していた時代、「小学校が、楽しい授業をするあまり、受験に係わる記憶する学習がおろそかになっている。もっと学力をつけて中学に送ってほしい。」と考えていました。》
 わたしも、数回、『小中の断層』は記事にしています。本コメントのわたしのHNをクリックしていただければ出るようにしましたので、よろしければご覧ください。
 一つの希望。
 それは、PISA型読解力の理解が中学校でも進めば、覚えること中心から、思考力の育成へと認識が変わっていくのではないかと、そのような期待をひそかに描いています。

6. Posted by toshi   2008年09月05日 11:59
読者の皆さんへ
 わたし、うっかりしました。
 標題の『狂奏曲』というのは、『協奏曲』をもじったつもりでいました。それなのに、記事で何もふれないのでは、誤字扱いになってしまいますね。
 そして、さらにややっこしいのは、『狂奏曲』は誤字ですが、『狂想曲』は、ちゃんと存在する熟語なのですね。
 そうすると、わたしの意図はますます伝わりにくくなりそうです。
 そこで、記事の末尾に以下の文をつけたさせていただきました。

 標題は、日本の教育(学力調査)の現状をもじって、『狂奏曲』としました。しかし、子どもの教育をめぐって、真の『協奏曲』を奏でられる社会になるよう、大人が学力をつけていきましょう。
7. Posted by なおみ   2008年09月05日 21:53
大阪でずっと暮らしている私の目から見て、大阪府の知事が、公立小中学校への保護者の信頼度は、全国で最も低い原因をすべて教師の責任のように言って責めているのは、ずいぶん偏った間違った見方だなぁと思います。娘はかなり荒れている公立中学に在籍していていて、その後、とても校風で大変評判の良い他府県の高校に入学しましたが、「中学の時の先生方の方が親切。一方的に子どもをけなしたりしない。先生らしくて、真面目」と評していましたし、私もそう感じました。小学校も、息子の先生も娘の先生も教育熱心で、他府県の私学の先生より不真面目でも教えるのが下手でもなかったのです。
ただ大阪は地域によっては、他府県より教育に極端に無関心な親御さんが多いし、中学になると悪ぶる子がたくさんいます。学力低下の最大の原因は、子ども自身の学習への意欲低下であることは、きちんと物を見れる人であれば、一目瞭然の事実だと思います。
8. Posted by とびうお   2008年09月07日 10:32
私は実は、学力テストの活用問題が大好きな一方、学力テストには反対で「その金で正規の先生増やしてくれ」と願っている教師です。

先日名前欄の記事を見て、コメント欄を含めて全面的に同意しました。一部引用します。

>学力は、教師の資質とか教育委員会がどうこうとかいう、そんなちまちましたもので
簡単にどうにかなるもんじゃない。
>根本にあるのは地域の格差、家庭の経済力だ
>だから本気で考えだしたら、この国の社会構造がどうとかいう話になってしまう。

>俺達教師のなんとかできる範囲なんて、本当に限られている。
>社会全体の歪を見てみぬ振りをして教育の上っ面だけいじくり回しても、効果は疑問だ。

橋下氏には雇用や家庭の問題を含めた府民の生活をトータルでてこ入れしてほしいです。
「あなたのせいだ。監視する」から「お困りでしょう。手伝いますよ」に代わればかなり印象が変わると思うのですが…

一方で教職員も不言実行・以心伝心では先がありません。実績アピールや情報共有をして筋の通った組織でないと自衛できない悲しい時代です。
9. Posted by toshi   2008年09月07日 16:43
なおみさん
 そうでしたね。なおみさんは以前から、保護者の教育への意識の二極化を指摘されていましたよね。
 さらに申せば、大阪における学力の二極化は、報道されてもいました。
 幼児教育に携わっていらっしゃるなおみさんのこのコメントは、橋下知事にもぜひ読んでいただきたいものですね。
10. Posted by toshi   2008年09月07日 17:37
とびうおさん
 『活用』問題が好きというのは分かる気がします。解いていて楽しさがあるし、おもしろい問題だなという思いにもなるし、授業に生かせると思うこともあるでしょう。
 わたしは、学力検査については、記事中にも書いたとおり、使い方しだいだと思います。
 また、日本は教育予算が少ないのですから、どちらも予算化してほしいなと思います。

 おっしゃることよく分かります。そして、その通りと思います。
 わたしは、今の仕事である初任者指導をがんばるとともに、とびうおさんのおっしゃる、実績アピールや教育に関する主張を、ブログを通してやり続けようと思います。
 
11. Posted by 今日   2008年09月12日 11:35
ご無沙汰いたしました。

お元気で、書き続けておりますね。
うれしいです。

品川区のこともお書きですね。
このような問題が出るのではないかと危惧いしておりました。

いくつか、TBさせていただきますね。
12. Posted by toshi   2008年09月12日 23:48
今日さん
 うわあ。お久しぶりです。コメント、ありがとうございます。
 今日さんもお書きでいらっしゃいますが、日本の教育は迷走し出していますね。
 わたし、当初はけっこう教育改革を前向きに受け止めていたのです。しかし、だんだんぼろが出てきたと言うか、人々の本心がむき出しになってきたと言うか、子どもを伸ばすはずの教育観が、ゆがめられつつあるなと感じています。

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