2008年09月11日

初任者の成長(8) 初任者の変容と子どもの成長と4

4320214c.JPG 4月。

 Aちゃんは甘えっ子のように見えた。

 よく手を上げるのだが・・・、

 初めは未熟さの感じる発言内容ではあったが、授業の流れには沿っていた。

 しかし、だんだん、おかしくなっていった。ニヤニヤしながら、『あのね。あのね。ええと。あのね。〜。』そんな感じでまわりのものをじらし、最後は、『忘れちゃった。』と言ってすわる。

 それが何回も続くと、はじめっから言う内容などないのに、手をあげているという感じがしてきた。初任者であるB先生に甘えたい、注目されたいあまりの挙手のようだった。

 Bさんは、
「何を言うか決まってから、手を上げるようにしようね。」
と言うが、

 Aちゃんの態度と、Bさんの、他の子に対するのと変わらないような言葉かけは、何か調子が合わない感じがした。


 そして、翌週は、なんと、指名されると、無言のまま黒板に出ていくようになった。そして、絵を描き始める。この授業には、まったく関係がない動きだ。

 級友から、
「何やっているのだよ。」
「なんですぐ前に出て行くのよ。」
「まただよ。」
「やめろよ。絵なんか描くの。今、授業中だよ。」

 そのような声がかかるようになった。

 わたしもこういうタイプの子は経験がない。初めてだ。Bさんはもてあまし気味。どう対応したものかと、考えあぐねているようだった。


 わたしは、

「Aちゃんのおうちは母子家庭だったね。だから、Bさんに、父親を求めているのではないかな。休み時間など、うんと甘えさせてやることだね。大変だけれど。」

 そんなことを言った。



 Bさんの努力が功を奏したか、すぐそれはなくなった。

 しかし、その代わりと言っては何だが、挙手はあまりしなくなり、授業にはそっぽを向き、やたら手いたずらをするようになった。

 でも、授業妨害にはならないから、Bさんはホッとしたようだった。


 今度は、

「まあ。確かに、やりやすくはなっただろうけれど、まるっきりお客さんにしておくのもよくないよ。ときには、授業に目が向くように、『Aちゃん。前はよく発言していたのに、 最近はまるっきり手を上げなくなっちゃったね。先生はさびしいよ。』などと刺激したらどうかな。」

 Bさんが、わたしの受け売りでそう言うと、そのときは、にやっとうれしそうな顔をするが、またすぐもとの状態に戻る。そのようなことを繰り返した。



 ここで話はまったく変わる。

 Bさんは、当初、子どもをぐいぐい引っ張る感じが強かった。わたしの言う、『子どもの思いをくみ取り、それを学習の流れに生かす。』ということは、理屈では分かっても、授業中の対応にはなかなか結びつかないようだった。


 そのころのBさんの口ぐせは、
「これは重要ですよ。しっかり覚えようね。」
だった。

 

 9月。

 気づいてみると、上記の口ぐせは、いつの間にかなくなっていた。Bさんの指導が変化しつつある。そう感じた。
 

 目に見えて、子どもの発言をよく聞くようになった。流れがギクシャクしてしまうことはあるけれど、成長を感じた。

 わたしは、それを、とてもうれしく思った。

「いやあ。Bさんの授業は変わったね。よくなったよ。

 7月までは、Bさんが、ペラペラしゃべってしまうから、『何でそんなことまで言ってしまうのだ。そのようなことは子どもに言わそうと努めなければダメじゃないか。』何度もそう言った。

 でも、9月になってからは、子どもの思いを引き出そうとする努力が、目に見えるようになったね。」

 

 でも、まだ、まだ、発展途上だ。

 
 今、国語では、『ちいちゃんのかげおくり』を学習している。

 一昨日のことだ。『ちいちゃんとおにいちゃんの2人でやるかげおくり』の場面を学習していた。

 子どもたちの話し合い学習の一部を再現してみる。

「あとに、『広い空は、楽しい所ではなく、とてもこわい所に変わりました。』って書いてあるからね。ちいちゃんとおにいちゃんの2人がかげおくりをしているときは、まだ楽しい空なのだけれどね。そのあと、こわい空になっちゃう。」

「 そう。ちいちゃんとおにいちゃんはいろいろなかげおくりをしているでしょう。ばんざいをしたり、片手を上げたり、足を開いたりして楽しそうだからね。だから、このときは平和なの。」

「平和じゃないよ。だって、お父さんは戦争にいっちゃっていないでしょう。いつ死んじゃうか分からないからね。平和じゃない。」

「お父さんは戦争にいっちゃったから、平和じゃないけれど、ちいちゃんとおにいちゃんは平和だよ。だって、お父さんやお母さんに教わったかげおくりをして、楽しそうだもの。」

「そう。まだ、楽しい空だよ。」

 

 そのときだ。とつぜん、Aちゃんが言わずにはいられないという感じで、大声を出した。怒っているようでもあった。決然とした感じでもあった。

「平和じゃない。ちいちゃんやお兄ちゃんだって平和じゃない。だって、お父さんがいないんだもん。」



 わたしにはジーンとするものがあった。読みは、やはりその子の個性を反映する。あるいは、家庭環境等も含め、その子の潜在的な意識を反映する。


 いっしゅん止まった話し合い。

 多くの子は、ちいちゃん、おにいちゃんと、お父さんを分けて考えているのだね。一方は平和。もう一方は平和ではないと。

 それに対し、Aちゃんは、家族全員を一体ととらえているようにみえる。


 しかし、残念ながら、話し合いは、他の場面へ流れ、Aちゃんの発言はそれっきりになってしまった。

 
 あとで、Bさんに言う。


「あそこはおしかったな。Aちゃんの発言を大事にして、切り返してほしかった。」

「ええ。わたしもそう思ったのですけれど、どう切り返したらいいか、とっさに判断がつかなくて。・・・。子どもにひきづられてしまいました。」

「ああ。そうか。でも、そこは、Aちゃんの言葉を受けて、『Aちゃんは、お父さんが戦争にいっちゃっていないから、ちいちゃんもおにいちゃんも、平和な気持ちではないと言うのだね。』と確認し、みんなにそれを投げ返すだけで、Aちゃんに賛成する意見も出たのではないかな。

 まだある。そのあとで、お母さんが、『体の弱いお父さんまで戦争に行かなければならないなんて。』とつぶやいた場面での話し合いがあったね。子どもたちは、『そのとき、お母さんのそばにちいちゃんがいたのかどうか。』ということしか話し合っていなかったけれど、あそこで、『お母さんはどんな気持ちでつぶやいたのか。』あるいは、『ちいちゃんはどんな気持ちでお母さんのつぶやきを聞いたのか。』と子どもに問えば、そこからでも、ちいちゃんとおにいちゃんは平和な気持ちかどうかに、つながっていったと思うよ。

 そうすれば、さびしさと相まって、お父さんがいないという、それも、戦争だから、死んでしまうかもしれないわけで、そんなちいちゃんやおにいちゃんのさびしさ・・・、そんなところへ話し合いがいったのではないかな。

 さらには、ばんざいをしたり足を開いたり片手を上げたりしたのも、さびしさを紛らわせるためなどという発言もでたかもしれない。

 まあ、今後の読みのなかで、この場面にまた戻る必要がでることもあるだろうから、そのときにとり上げるようにしてほしい。」

そう、注文をつけた。



 それにしても、Aちゃんは、まだ、言葉足らずの点はあるけれども、しかし、急速な成長を遂げたものと、その点は大変な感激を味わうことができた。

 もう、今、黒板へ出て行くようなことはない。担任に甘えることもない。手いたずらはないわけではないけれど、発言はしっかりしてきた。


 Bさんにしても、まだ、教材研究の甘さはあるけれども、しかし、これだけの話し合い学習を子どもがするようになったことは、やはり、担任の聞く姿勢への変化が大きいと、これも、うれしさ、喜びを感じることができた。


 初任者の変容と、子どもの成長とは、同時進行のようだ。


にほんブログ村 教育ブログへ

ninki



 以前も書きましたが、初任者にしろ、子どもにしろ、その成長、変容は、決して右肩上がりではありません。停滞もあるし、逆に、何かをきっかけにして、ふっきれたように急成長を遂げることもあります。


 そう。そう。Bさんには、もう一つ、大きく変化したことがあります。

 それは、ノートの使わせ方。

 以前は重要なこと。覚えなければいけないこと。そればかりだったと思います。だから、どの子のノートも似たり寄ったり。

 でも、今は、自分の考え、思い、そういうものもふんだんに書かせるようになりました。ノートを読むのも朱を入れるのも、楽しくなったようです。

rve83253 at 06:17│Comments(6)TrackBack(0)指導観 | 初任者指導

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by iいちみ   2008年09月11日 13:54
こんにちは。
「いちみの教室」の一美です。
子供って何も教えなくても自分で色々気づいていくもんなんですよね。
2. Posted by なおみ   2008年09月11日 22:20
こんにちは。先生の変容とともに、子どもも成長していくんですね。子育ても同じだな…と思います。
教室や授業の様子の記事、楽しみにしています。
3. Posted by toshi   2008年09月12日 23:34
いちみさん
《子供って何も教えなくても自分で色々気づいていくもんなんですよね。》
 そうですね。教員ですから教えるのですが、重要なのはその教え方であり、
 けっきょく、いちみさんのおっしゃっていることと同じになると思うのですが、
 子ども自らが学び、子ども自らが気づき、分かろうとする、そんな教え方を目指しています。
4. Posted by toshi   2008年09月12日 23:39
なおみさん
 初任者指導をしていると、つくづく感じます。なおみさんのおっしゃる、『先生の変容とともに、子どもも成長していく』ということを。
 初任者は、みんな、真剣です。子ども同様、自ら伸びようとしています。ただ、不安や迷いはあるので、その辺を分かってあげて、自ら伸びようとする気持ちを大切にしてやりたい。そう思うのです。
5. Posted by kanno   2008年09月27日 21:16
今日、初めて来ました。
早速RSSに登録しました。
これからは定期的に読ませていただきます。

僕は教職を目指す学生です。
この文章を読んで身が引き締まる思いがしました。
ここまで自分が出来るのだろうか、
ここまで考えて一つ一つの発言が出来るのだろうかと。

ブログを読みながら、勉強したいと思います。
6. Posted by toshi   2008年09月28日 14:18
kannoさん
 ご訪問いただき、ありがとうございます。
 教職を目指されていらっしゃるとのこと。夢の実現に向けて努力されていらしゃることでしょう。それが実りますよう、祈念しています。
 スタートは皆同じですよ。
 わたしにしても、もう40年近くむかしになりますが、
 わたしのクラスの子どもたちは、いつも授業中無表情でつまらなそうにしているのに、初めての遠足のとき、バスガイドさんの話に魅了され、嬉々としているのをみて、すごく劣等感にさいなまれたことを、昨日のように思い出します。
 みんなそういうところからスタートするのです。 ですから、不安があるのが当たり前なのだと、安心していただければと思います。

コメントする

名前
URL
 
  絵文字