2008年09月13日

校長先生の授業(3) A元校長先生の主張4

a30f4e52.jpg 先に、『校長先生の授業(2)TOSSとくらべて』と題し、先輩であるA元校長先生の授業を紹介させていただいた。

 6年生の社会科。

 『信長、秀吉、家康の3人の武将のなかで、好きな武将は誰ですか。』そして、次に、『自分が仕えるとしたら、どの武将に仕えたいですか。』から始まる授業だった。

 もし、そちらをまだお読みでなければ、まずは、上にリンクしたので、そちらを先にご覧いただければと思う。


 先日夜、その授業をめぐっての研究会が行われた。わたしも招かれて、参加させていただいた。そこには、A元校長先生はもちろん、当該学級担任のBさんもいらした。

 

 わたしはうれしくなってしまった。

 何がと言うと、

 先のわたしの記事は、授業を参観させていただいての、わたしの思いを書いたものであった。A先生が何を願って授業をされたか、そうしたことは、書いたとしても、それはわたしの推測でしかなかった。

 先日の研究会では、A先生の思いがふんだんに語られた。そして、わたしの記事がそんなに的外れではないことが確認できた。それがうれしかったのである。



 A先生がまとめられた、『わたしの主張』が、今、手元にある。掲載のお許しをいただいたので、それを中心に論を進めさせていただきたい。



 それでは、どうぞ。

 『授業は学級経営の上にしか成り立たないというのが、わたしの主張である。なぜなら、授業とは、「子どもの変容」を追うのがねらいだからである。(子どもの)実態が分からず、変容が分かるはずがない。

 では、なぜあえて授業をやったのか、わたしの考えを聞いてほしい。』



 冒頭、この文章から始まる。
 
 わたしの先の記事を振り返ってみよう。わたしはこう書いた。

『A先生は、とび込みの授業といったような、子どもの実態をあまり知らないまま授業に臨むことは、かつてはなかったに違いない。
 でも、もう、退職されて6年。もちろん自分の学級などあるわけはない。〜。』


 ここは、そうした制約のなかでも、『授業をやろう。やりたい。』という、強い契機があったに違いない。それは、何か。



 A先生の主張は続く。


1.教材開発のポイントを見てほしい。

 歴史学習について、自分なりの見通しを持つ。そして、本時の位置を明確にする。
 
 信長、秀吉、家康の3武将の天下統一の経過を追う単元である。3武将の生き方には、それぞれの個性が感じられるが、3人に共通することは、天下を統一して平和な世の中にしたいという強い願望である。

 家康の、江戸を中心にした広大な街づくりにその特徴が表れている。

 だから、江戸の古地図を中心に学習を組んだ。



 A先生の主張は、いったんおかせていただく。


 ああ。わたしは、先の記事で、この点にはふれなかった。

 教材開発。それは確かに、指導者の務めだ。今ある学習問題を解決する上で、一番象徴的な、あるいは、一番端的な、あるいは、子どもが燃えるような、そういう教材は何か。それを指導者は吟味する。

 本時にしたところで、子どもの、『栄えるようになってみせます。』『江戸はいいところ、ラッキー。』などという思いを知ったとき、A先生は、『よし。これは江戸の町の古地図を提示しよう。子どもたちの問題解決に役立つはずだ。』と思われたに違いない。

 A元校長先生の面目躍如たるところだね。

 それにしても、教材開発の大切さ。それをあらためて、認識させてもらった。




 A先生の主張に戻る。読者の皆さんは、次の主張が、上記、教材開発とつながっていることに、気づかれるだろう。



2.「子どもの考えをもとに授業を組む」ことを考えてほしい。

 本時は、D、E、Fさんに代表される考えをもとに、学習を進めていく。

 ・D 秀吉はひどい。豊臣家を絶対滅ぼしてやる!

 ・E 秀吉はひどい。見返してやる!

 ・F ラッキー!江戸は街づくりにいいぞ。

 その根拠を探させる。



 すみません。またまた、おかせていただいて、


 この点については、わたしは、十分ふれさせていただいたと思う。

 学習の主体者は子どもということだ。子どもの思い、こだわりを抜きにして、指導の計画はたたないということだ。

 本記事にTBしてくださった、亀@渋研Xさんの言葉をお借りすれば、
『自分が考えたことが次につながる授業なら、子どもたちは学校が楽しみになることだろう。』
ということになるのだろう。

 そして、この指導者の姿勢は、『子どもへの信頼』が背景としてある。『子どもが、まじめに、真剣に学習に取り組んでいる限り、子どものもつ疑問、こだわり、思いに、学習に耐え得ないものがあるわけはない。』という信頼である。


 何度も言うようで恐縮してしまうが、A先生はこの学級の子どもたちとは初対面と言ってもいい状態であった。それでも、子どもを信頼できるのがすごいところだと、あらためて認識させていただいた。




 それでは、次からは、A先生の主張を、一気に、どうぞ。

3.「授業に変化をもたせる」ことを考えてほしい。

 〇導入 誰でも何か言える場面を作る。
 3人の武将のうち誰が好きかを聞き、誰の家来になりたいかを重ねて問う。信長が好きと答えた子が11人、秀吉や家康に変わっている。前時までの学習をふり返りながら家康に目を向けさせるのがねらいである。

 〇展開1 根拠をさがす。
 豊臣家を滅ぼしたという事実の確認の活動

 〇展開2 資料の多様な見方
 江戸の街の発展を古地図からさがす活動

 〇本時のまとめと次時へのつなぎ その子なりのまとめ
 発展した江戸の街を見つめる家康の吹き出し


4.「授業のテンポ」を考えてほしい。

 話し合う場面がいくつかあったが、だらだらと話し合うのではなく、テンポよく授業を進めようとした。だから、教師の「しかけ」を早くした。

 〇なぜ自分のマグネットを変えたか。
 〇豊臣家を滅亡させた事実の確認
 〇古地図から計画的な街づくりを読み取る活動
 〇吹き出しを書く。


5.多様な活動を考えてほしい。

 ・名札マグネットで自分の考えを表す。
 ・自分なりの証拠をさがす。
 ・自分の考えを発言する。
 ・資料を読む。
 ・吹き出しに書く。


6.個々の活動に目を配ってほしい。

 話し合いの学習は大切である。しかし、話し合いに参加できない子にも目を配る必要がある。一人ひとりが何を根拠に自分の考えをつくっていくかを確かめる。古地図から何を読み取っているかを知りたかったが、時間が足りなかった。



 プリントに書かれたA先生の主張は以上である。


 わたしは、このA先生の主張を拝読して、驚いたことがある。

 それは、前記事にTBしてくださった亀@渋研Xさんのブログ記事と重なり合う部分が、あまりに多いということだ。

 同氏は、教員ではないはずだ。一市民の方の考察が、A先生の主張とぴったり重なり合うことに、驚きと尊敬の念を禁じえない。

 

 今、同氏の記事から、要点だけピックアップしてみよう。

〇この授業では、〜よどみが生じないような工夫がいくつもされている。事前の作文もそうだし、設問の簡潔さも、マグネットを使っているのも、チョークでちょっとした書き込みをするだけ、というのもそうだろう。

〇「なぜそう考えたか証拠を示す」なんていうのは、特に時間がかかるだろう。こういうところは、多くの場合、挙手して何人かが発表となりがちなのではないか。でも、「根拠に基づいて考える」ことを重視するためもあるのだろう、A元校長先生はひとりずつの考えを聞く。緩急をつける意味もあるのかもしれない。

〇一時限45分の授業で意見発表も含めてこれだけのやりとりが生じているということは、全体としては大変にテンポの良い授業と感じられたはずだ。 

〇『妙に子どもも大人も類型化したがる教員がいる。』と考えていたけれども、それがなぜなのか、またどうしてそれがまずいのか、今日の記事でわかったような気がする。
 個々の子ども(人)を見ているようで、実はバリエーションに当てはめて「想定している」だけで、実際には見ていないのだろう。

・・・。


 もう、解説は不要だね。

 同氏は、同記事の冒頭に、

『ここで紹介されている「A元校長先生の授業」には、舌を巻いた。』と書かれた。

 今、そっくりお返ししよう。

「ここまで考察される市民の方がいらっしゃるとは、我々教員は、舌を巻くしかない。『わたしたちも、うかうか授業はできないぞ。』の思いを深くした。」と。


 
 それでは、A先生が授業を行ったその学級の担任であるBさんの話を紹介したい。


『子どもたちは、ほとんど初対面だったににもかかわらず、A先生のあたたかさ、やさしさ、自分たちの話を聞いてくれるのだという信頼感によって、当初の緊張は薄れ、どんどんリラックスした感じになっていきました。〜。』


 それで、わたしは言った。

 「それはよく分かります。

しかし、これだけの授業の成立の背景には、Bさんの、日ごろのすばらしい学級経営や指導があると、それはぜひお話ししたいと思います。

 たとえば、家康の江戸入城時の、家康やその家来の思いを、子どもたちが想像しますね。
 とかくありがちなのは、資料で調べこそすれ、資料の丸写しになってしまうことです。もっとひどくなると、分からない言葉や漢字なども、分からないまま写して終わりにしてしまっている。

 それについて、Bさんの学級の子たちは、完全に、自分の言葉で思いを述べていますね。『やっつけてやる。』とか、『栄えさせてみせる。』とか、『ラッキー』とか、これは完全に資料を読みこなし、自分のものとした上で、自分の考えを述べている。参会の皆さんも、それに異存はないと思います。

 これは、失礼ながら、A元校長先生の指導の結果ではない。ただただ、担任であるBさんの日ごろの指導の成果です。


 また、初対面と言ってもいいA元校長先生の授業だったにもかかわらず、子どもたちはリラックスした姿をみせていたということ。これは、わたしも授業を見せていただいて強く感じたことです。ほんとうに、初対面のようには思えませんでしたね。
 『もう以前からなじんでいる。よく知っている先生。』そんな印象を強く受けました。
 これは、A先生のお人柄。子どもを大切にする姿勢などがあったからこそ。それは確かです。しかし、そうであっても、やはり、日ごろの学級経営の成果としての子ども同士の豊かな人間関係、子どもと担任とのつながり、それが日ごろから親密な関係になっていなければ、突然現れたA先生との授業は、とてもあのようにはいかなかったと思います。

 〜。」

 そのような話をさせていただいた。



 Bさんは、最後に、子どもたちがA先生に宛てて書いたお手紙を紹介された。

 それをここにも紹介させていただこう。


〇Fさん

 A先生。社会の楽しい授業をしてくださって、ありがとうございました。

 わたしは最初、自分の書いた徳川家康の紙が黒板にはってあって、びっくりしたけれど、ふだんあまり発言する勇気がなくて、発言できなかったわたしは、みんなの前で発言できたのでうれしかったです。

 A先生の授業は、ふだんのB先生の授業にくらべて、すごく時間も短く感じたし、楽しかったです。(会場から笑いが起きたけれど、それは温かな笑いだった。)

 それに江戸の今と昔の地図を両方はり出してくれたので、すごく江戸の変化がわかりやすかったです。

 A先生の授業がこの一回で終わってしまうのが、とても悲しいです。できればもう一回、A先生の授業を受けたいです。C小にも、6年〇組にも、今度また来てください。

 7月17日は楽しい授業を、ほんとうにありがとうございました。


〇Gさん

 今回、わたしたちに、社会(歴史)を教えてくれて、ほんとうにありがとうございました。

 すごく楽しく、分かりやすかったです。

 前にいるA先生に、分かったことを言いにいくのは、ふだんなかなか発言できないわたしにとっては、すごく、“ワクワク”“ドキドキ”するようなことでした。

 並んでいるとき、『どんなことを言われるのだろう?』とか、『まちがっているのかなあ?』とか考えていたけど、とても優しいA先生に、わたしは、“ホッ”としていました。

 よく知らない先生に勉強を教わる。

 これはすごく貴重なことで、なんだか、クラス替えをしたとき、もしくは、1年生に入学したとき、引っ越して転校したときのわたしを思い出させてくれるようでした。

 できることなら、A先生の授業をもう一度受けてみたいです。ぜひ、もう一度だけわたしたちのクラスで授業をしてくれたら、うれしいです。

 A先生。これからもお体に気をつけて、元気な毎日を過ごしてください。

 ほんとうにありがとうございました。


〇Hさん

 7月17日は、社会の授業をしに来てくださって、ありがとうございました。ものすごく楽しい授業で、すごく勉強になりました。

 ぼくは、今まで見たことのない江戸時代の地図を見せてもらったおかげで、家康の江戸幕府への考えが生まれました。

 ぼくは、その地図を見て、江戸はこんなに栄えていたから、江戸幕府が、〜になっていると、A先生に言ったら、『すごい。』と言ってくれたとき、すごくうれしかったです。

 〜。


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 教材開発については、ちょっとつけたしをさせてください。

 A先生もわたしも、学級担任時代、子どもが教材開発することもねらっていました。それは、『学習問題をつくるのも子どもなら、問題解決にどう取り組むかを考えるのも子どもなのですよ。指導者は、そういう自力解決する子どもを育むことをねらって努力するのです。』という考えに基づきます。


 もう一つ。

 『子どもが資料を読みこなし、自分のものにしている。』と、わたしは申しました。

 これは、PISA型読解力を思わせるものです。

 わたしは、PISA型読解力とは、まさにこうした授業のなかで養われるものと思っています。

 PISA調査は確かに『テスト』なのですが、そのテスト問題で、いくらPISA調査らしきものにふれさせても、それだけでは、『社会に出て生きる実用的学力。』が身につくとは思えないのです。


 それにしても、A元校長先生。退職後、授業をなさったのは、この授業が初めてだったそうで、あらためて、驚かされました。


rve83253 at 12:37│Comments(2)TrackBack(0)指導観 | 問題解決学習

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この記事へのコメント

1. Posted by なおみ   2008年09月16日 21:59
toshi先生こんにちは。
A先生の授業の記事を見ると、理解力、思考力の高い子にも低い子にも実りある授業になっていてすばらしいと思いました。「発達の最近接領域」の理論という本を読んでいて、平均的な能力の子を想定して進行する学校の授業の中で、IQが高い子の能力は教育の中で下降し、中くらいの子は能力を保持し、IQの低い子のIQが向上するという実験結果を知って、さまざまな能力の子がいっせいに学ぶ教育の難しさを感じていました。
でも私は、質の高い問題解決学習や、質の高い総合学習の時間は、どの子の能力も高めてくれるものだと考えています。子どもが頭をフルに使って夢中になって取り組める授業が、学校で受けれるようになるといいな…と思っています。
2. Posted by toshi   2008年09月17日 08:58
なおみさん
 もう、その通りです。『よくぞ。おっしゃっていただきました。』そんな感じがしています。
 真の問題解決学習は、どの子も認め、どの子も主体的に学び合えますから、友達の主体的な学びも大事にすることができ、そのことによって、どの子も伸びる学習です。
 その具体例を、上記HNに貼り付けさせていただきました。初任者向けの記事ですが、よろしければご覧ください。

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