2008年09月19日

ちいちゃんは、なぜ、朝、死んじゃったの?3

6a953d0f.JPG 本記事では、冒頭部分を除き、全国学力検査騒動にはふれない。しかし、それを意識して書かせてはいただく。

 『減給だ。』とか、『予算に差をつける。』とかおっしゃる方には、ぜひお読みいただきたい。

 短絡的に、『学力調査の結果=教員の努力の度合い』と信じていらっしゃる方には、ぜひお読みいただきたい。


 前にもふれたことがあるが、わたしの今の勤務校は、学力検査の結果は芳しくない学校である。

 何をかくそう。前記事に、校長の言葉を掲載したが、そのなかの、『うちはかなり平均より低いですが、とやかく言う人はいませんよ。〜。』は、現在の勤務校の校長の話である。



 話は変わるが、わたしは、現職のときから現在に至るまで、数十校の校内研究会にお邪魔している。そして、いろいろな学校の研究授業から受けるわたしの印象だが、学校によっては、学力差がかなりあるなというのは実感である。

 たとえば、5年生の授業だが、『障害のある人への想い』

 わたしの退職直後、初任者指導の1年目にお邪魔した学校だが、この授業が成立した学校は、かなり子どもの学力が高いと思われる地域にある。お読みいただければ、そのことが感じ取れるのではないかと思う。

 かなり高度な話し合い学習が展開されている。


 それに対し、今の勤務校は・・・、先ほど述べた通り。


 つまり、子どもの学力が高いか低いかは、その学校の地域の地域性に負うところが大きい。

 そして、教員の努力はどこの学校でもなされている。それは基本的に差はない。いや。地域がら問題を抱えている子どもの多い学校では、かなりの教員の努力を必要とするから、そちらの方が大変という部分もあるのだ。


 わたしたち教員の立場から見れば、『子どもの学力が低いのは、教員の努力が足りないから。子どもの学力が高いのは、教員が努力しているから。』というのは、あまりにノー天気な考え方と言わざるを得ない。


 そして、多くの市民の方は、そのことを分かってくださっていると思う。

 いつもお世話になっているなおみさんも、かつていただいたコメント7番で、
『〜、かなり荒れている公立中学から、校風で大変評判の良い他府県の高校に入学しましたが、「中学の時の先生方の方が親切。一方的に子どもをけなしたりしない。先生らしくて、真面目」〜。』とおっしゃっているが、そうだろうなあと思う。


 さあ。冒頭の部分は以上である。



 ここからは、低学力と思われる学校での授業にふれてみたい。



 3年生。『ちいちゃんのかげおくり』の授業である。

 何度も言うようで、この学級の子どもたちには大変失礼なのだが、学力は低いかもしれないが、その分、感性はとても豊かだと思う。


 最初に、このお話に入ったとき、初任者である担任が、このお話を範読した。とても読みが上手だったこともあり、Aちゃん、Bちゃん、Cちゃんなどは、もう、お話を聞きながら泣いていたり、泣きそうになったりしていた。

 かつて担任だったときのわたしの学級も含め、初任者指導に携わっていた各学級を振り返ってみても、このようなことは初めてだ。


 そして、数時間たち、

 幼いちいちゃんが、ひとりぼっちになり、ろくに食事もとれず、水も飲めず、体が衰弱して、ついに、4日目の朝だったかな。

 そこまで学習して、いよいよ、天国に召されていく場面の学習に入った。


 担任も、『ちいちゃんがかわいそう。』といった感じで、ボツボツと、しんみりと語り、子どもたちも、沈痛な面持ちで、発言は活発だが、いつものような陽気さはない。

 『ああ。いいなあ。いい雰囲気だなあ。』

 子どもたちは、お話の世界にしっかり入り込んでいる。そう思った。


 そのとき、Dちゃんがこう言った。やはり、ポツポツと、途切れ途切れの話し方であったが、

『不思議なのだけれどね。戦争は・・・夜、始まったのに、・・・なんで、ちいちゃんは、・・・朝、死んじゃったの。』



 さあ。読者の皆さん。

 このDちゃんの疑問はどういうことを言っているのか。また、何を言いたいのか、お分かりいただけるだろうか。意味不明としか言いようがないか。

 わたしも理解に苦しんだ。担任も同様だったようだ。この発言に対しては、言葉が出なかった。



 しかし、子どもたちは、次々に発言した。

「ええっ。戦争は、夜、始まったのう。」
「そんなこと、分かるのかなあ。」
「飛行機が、ばくだんやしょういだんを落としたのが、夜だったのではないの。」
「でも、ちいちゃんたちが逃げる夜よりもっと前から、飛行機はしょういだんやばくだんを落としているから、戦争はもっと前から始まっている。」


 でも、『ちいちゃんの死』の方は、『なぜ、朝と言われても・・・、』と思ったのか、反応はなかった。


 そして、話し合いは、いつの間にか他のことへ移っていったのだけれど、〜。



 Dちゃんの発言に何かあると思ったわたしは、授業中ではあったけれど、Dちゃんのところへ行き、声をかけた。



「なんで、Dちゃんが朝亡くなったことが不思議だと思ったのかな。」
「だって、飛行機が来たのは、夜でしょう。」
「そうか。Dちゃんは、(ちいちゃんが、)ばくだんやしょういだんで亡くなったのなら、不思議には思わなかったのか。」
「(黙ってうなづく。)」
「でも、それは、お母さんやお兄さんと必死になって逃げて、運がよかったから、死なないで済んだのではないのかな。お母さんとははぐれてしまったけれどね。」
「(黙って首をかしげ、なおも不思議そう。)」



 そうか。今の子どもたちは、空襲の実相が分からないから、爆弾や焼夷弾を落とされたら、百発百中。『逃げることができる。』そのことが不思議なのだ。

 
 でも、それだったら、Dちゃんの発言の前半は分かったけれど、後半の不可解さはまだ残る。『なぜ、朝、死んじゃったの。』の部分だ。



 もう、細かいことは省略しよう。


 これも話を聞いていて分かったのだが、

 わたしは、授業の流れを中断するようにして叫んだ。

「先生。それから、みんな。Dちゃんの言いたいことは分かったよ。Dちゃんは、『飛行機が爆弾や焼夷弾を落としたとき、どうしてちいちゃんは逃げることができたのかなという思いと、そのとき助かったのなら、『なぜ、4日後の朝、死んじゃったのかな。そのときは、飛行機は来ていないのに。』という思いと両方あるのだ。」


 「だって、それは、〜。」

 みんな口々に言い出した。飢えや、水もろくに飲めなかったことや、立つにもふらふらしていたことや、〜、そのなかに、『もう限界だったのだよ。』という発言もあった。


 そう。これは、もう、みんなで学習してきたことだったのだ。

 悪く言えば、これまで学習してきたことが定着していない。でも、よく言えば、Dちゃんだって、そのようなことはもうよく分かっていて、さらに、『それでも、〜。』と思わせる何かがあったのかもしれない。


 しかし、Dちゃんの『深層』はとりあえず置いておいても、こうした発言は、このクラスに割合多いのた。だから、既習内容がぶり返されることになる。

 しかし、これもよく考えれば、復習ができていいのだよね。確認できてとも言えるだろう。


 さらに言えば、初任者の学級経営がよくて、『何でも言い合える学級づくり』が、かなり成功しているとも言える。



 授業が終わって、休み時間になった。


 Eちゃんがわたしのところへ来て、

「toshi先生。わたしのおばあちゃんは、戦争中に沖縄で生まれたのだけれどね。やっぱり大変だったみたいだよ。ずいぶん逃げたみたい。」
「あっ。そうなの。おいくつになられるの。」
「ええとね。66歳。」
「そうか。じゃあ、わたしより、3つ上。・・・。それは、大変だっただろうなあ。
沖縄はね。ちいちゃんのこの話よりもっと大変だったのだ。ちいちゃんの場合は、飛行機が、ばくだんやしょういだんを落としたのだけれど、それもものすごく大変なことだったわけだけれど、沖縄は、それだけではなくて、アメリカ軍が上陸してきて、人と人とが戦い合ったのだものね。」
「うん。おばあちゃんもそう言っていた。」
「でも、おばあちゃん、助かって元気でいられてよかったね。ちいちゃんは、残念ながら、亡くなってしまったけれどね。」
「そうだよね。教科書の絵を見ると、ちいちゃんは、5歳くらいだよね。」
「そうか。そう思うか。わたしは、3歳くらいかと思っていた。もし3歳なら、Eちゃんのおばあさんと同じ歳ということになるね。」

 もう、何人もの子が集まってきて、Eちゃんとわたしとのやり取りをしっかり聞いていた。

 Fちゃんが言う。

「toshi先生。もしさ、Eちゃんのおばあちゃんが、戦争のとき死んじゃったらさあ、Eちゃんは生まれてこなかったのでしょう。」
「そうか。そうだな。そういうことになるなあ。おばあさんがちいちゃんと同じように、わずか3歳で亡くなっていることになるから、Eちゃんのお父さんも生まれてくることができなかったし、そうすると、Eちゃんも生まれてくることができなかった。そういうことになるなあ。」

 今度は、Eちゃんが、真剣に話を聞く番となった。
 

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 この地域も空襲にあっています。確か街は灰燼にきしたはずです。

 だからでしょうか。こうした戦争にまつわる話は、多くの子が家庭で聞かされているようです。そんな印象ももっています。


 知的には低いかもしれないけれど、感性豊かに育っている子どもたち。

 家庭の、教育への思いは低いかもしれないけれど、感性はこうした家庭においてもしっかり養われているのです。


 大阪府知事へ。

 以上。


 

rve83253 at 07:17│Comments(7)TrackBack(0)教育観 | 教育風土

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この記事へのコメント

1. Posted by madographos   2008年10月23日 10:34
 日ごろ,先生のご卓見から貴重な勉強をさせていただいております。ありがとうございます。
 実は,私もDちゃんと同じく,「ちいちゃんは、なぜ、朝、死んじゃったの?」かがはっきりわかっていないのです。それ以前に,ちいちゃんがどこで死んだのかがわからないのです。防空壕の外で死んでしまったのか,それとも暗い防空壕のなかで死んでしまったのか。最後のかげおくりは現実なのか幻なのか。それに,あれほどちいちゃんに親切にしてくれたはす向かいのおばさんが,小さなちいちゃんをそのまま残して去ってしまうとはどうしても思えないのです。空襲の後,ちいちゃんのお母さんがそこに戻ってくるという可能性が低いことは大人なら判断できたのではないか,自分は無理でも,だれかにちいちゃんのことを託してからそこを離れるということもあり得たのではないか,などなどいろいろ考えてしまいます。もしちいちゃんの存在を周囲の大人が知っていたのならば,ちいちゃんは死ぬことはなかったかもしれません。ちいちゃんは,戦争のために死んだのではなく,誰にも助けてもらえなかったから死んだということになってしまうような気がするのです。そういったわけで,ちいちゃんの死には釈然としないものが残ってしまうような気がしています。
2. Posted by toshi   2008年10月23日 20:23
madographosさん
《あれほどちいちゃんに親切にしてくれたはす向かいのおばさんが,小さなちいちゃんをそのまま残して去ってしまうとはどうしても思えないのです。》 そうですね。わたしもまったく同じ思いをもっています。とても親切なのに、行ってしまうという。 でも、それだけ、どんなに親切な人でも、大空襲下では、自分のことで精一杯だった。そういうことかなと思っています。そう思うと、ちいちゃんのことをあれだけ気遣ったわけだし、それでも、手放さざるを得なかったというようにも解釈でき、そう思えば、かえって戦争の悲惨さを伝えているように思うのです。
 でも、物語というのは、自然現象と違い、人間が書いたものですし、どうしても、矛盾や不可解は抱えているものですね。作者にとっては矛盾でも不可解でもないのでしょうが、一般読者にしてみれば納得できないということです。
 たとえば、あの有名なごんぎつねにしても、『兵十が、白いかみしもを着けて、位はいをささげている』のを見ただけで、『死んだのは兵十のおっかあだ。』と、ごんぎつねは思うわけです。ということは、兵十のうちは、兵十とおっかあしかいないということを知っているわけです。
 それなのに、もっと前では、「兵十のうちのだれが死んだんだろう。」と思っていますね。これは3人以上家族がいる場合の言い方ではないでしょうか。
 まあ、子どもたちはそのようなことを問題にすることはないと思いますがね。
 けっきょく、わたしたちは、そのお話のなかで、解釈したり、読み味わったりするしかないのではないか。そう思います。
 ちょっとよけいかもしれませんが、また、madographosさんはもうお読みいただいていると思いますから、大変失礼なのですが、
 逆に、お話の奥の深さに感動したという記事も書いています。本コメントのHNに貼り付けましたので、よろしければご覧ください。
 
3. Posted by ヒサ   2008年11月02日 20:42
初めまして。初任2年目のヒサと申します。
実は私も、つい最近Dちゃんと同じような疑問を持ちました。

ちいちゃんのかげおくりの第4場面冒頭部分には「明るい光が顔に当たって、目がさめました。(中略)いつの間にか、太陽は高く上がっていました。」とあります。第3場面の最後の方からつなげて考えると、ちいちゃんの体力の限界が近く、意識も朦朧としていることが想像できます。そのことと「いつの間にか太陽は高く上がっていました。」という表現から、ちいちゃんが目覚めたのは、昼であると考えました。
しかし、第4場面の最後の一文は「夏のはじめのある朝、こうして、小さな女の子の命が、空に消えました。」となっています。ちいちゃんは、昼に目覚めて最後の力を振り絞ってかげおくりをしたのに、何故、朝なんだろう?ちいちゃんが目覚めたのが昼であるという読み取りがそもそも間違っているのか?と考えてみましたが、やはりちいちゃんが目覚めたのは昼だという思いは拭えません。

結局自分の中では、ちいちゃんは昼に目覚め、最後の力を振り絞ってかげおくりをした後、その場に倒れるかどうかして、最終的に息を引き取ったのは一夜明けた朝だったのではないか、という結論に達したのですが…。
本当に、お話は奥が深い、と感じました。
4. Posted by ヒサ   2008年11月02日 20:54
規定の文字数を越えてしまいました。
連投、失礼します。

私は、Dちゃんの気付きはすばらしいと思いました。既習事項が定着していないという点もあったでしょうけれど、それでも、ちいちゃんが朝に亡くなっていることは疑問が残ります。
授業で取り上げることではないのかもしれませんが…指導しないまでも、教える側は考えて(知って)おきたいことというのはどの教科にもありますよね。
早速、職場で話題にしてみようと思います。他の先生方がどのように考えていらっしゃるか、意見を聞くのが楽しみです。
子供とのやりとりも楽しいですが、こういう部分も楽しいなぁと思う2年目の今日この頃です。

勢いで書いてしまったところもあり、生意気な発言もあったら大変申し訳ありません。
これからも、ブログを拝見して勉強したいと思っています。どうぞよろしくお願い致します。
5. Posted by toshi   2008年11月03日 18:03
ヒサさん
 初任2年目とのこと。きっと、子どもたちとも豊かにふれ合って、楽しく充実した毎日を過ごされていることと思います。
 物語というのは、それぞれにイメージをふくらませ、それぞれの思いで読み込んでいくものだなと、あらためて感じました。
 問題は、授業で、子どもの思いや感じ方やイメージを豊かに表現させているかどうかだと思います。《子供とのやりとりも楽しいですが、こういう部分も楽しいなぁと思う2年目の今日この頃です。》
 ヒサさんはきっと、それができているのだろうなと感じました。この世界は、何が正解か、何が誤答かというものではないですね。
 深く読み味わわせてやってくださいね。
 若い先生に、期待するところ、大です。
6. Posted by mihoko   2015年09月10日 18:34
こんにちは。
3年生の娘が、ちいちゃんのかげおくりを読んで、こんなことを言いました。
「ここは広島でしょ。ちいちゃんは、ピカドンと太陽を間違ったんだよね。喉も乾いたって言うし、熱いような、っていうし。死んじゃったんでしょ。」
なるほど、夏のはじめのある朝といいますが、8/6 8:15とも深読みできるかもしれないと思いました。
7. Posted by toshi   2015年09月11日 00:39
 mihokoさん
 お嬢さん、すばらしい読みですね。ピカドンと太陽を間違えたなんて、特に感動しました。
 わたしは、ピカドンに限らず、このお話のような事例は日本中どこでも起こりえたと思っていますが、いろいろな読みがあっていいと思いますから、お嬢さんの読みは大切にしてやりたいと思います。
 ごめんなさい。わたしの思いを書かせてください。
 わたしは昭和20年1月の生まれです。ちいちゃんが4歳だったとすれば、わたしより4つ上となります。今、生きていれば、74歳ですね。
 小さいとき母から戦争の話は何度も聞かされていましたから、このお話、涙なくしては読めません。教室で子どもの前で音読しても声を詰まらせてしまいます。子どもはびっくりしてわたしを見つめます。
 話は変わりますが、我が地域では、大空襲があったのと同じ日、校長講話で戦争の話をするのが慣例でした。わたしもしました。それを記事にしていますので、お読みいただけたら幸いです。本コメントのtoshi欄にリンクしましたので、よろしければクリックしてみてください。

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