2008年10月11日

ノーベル賞、受賞、おめでとうございます。5

be4cb5e9.JPG 世界経済が、恐ろしい状態になっているときに、一服の清涼剤というか、明るいニュースがとび込んできた。

 日本人として、大変喜ばしい。


 ノーベル賞受賞、大変おめでとうございます。『ちっとも喜ばしいことではない。』などとおっしゃっていた方も、その後は、満面の笑みをうかべられているようで、ほんとうによかった。

 お祝いの気持ちをあらわすとともに、ご健康とご長寿を祈念させていただこう。



 ふり返ってみれば、ノーベル賞受賞者の主張は、わたしの主張とけっこう波長が合うようだ。


 まずは、過去記事から紹介させていただこう。

   保護者の皆さんへ(1)

 2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏が、3歳のお孫さんの思考力に感動するという話である。


 もう一つ。

   教育再生会議の提言に思う。(4) 教育の地方分権を

 この記事では、お名前をあげたわけではないが、2001年にノーベル化学賞を受賞した野依良治氏の、塾廃止論にふれている。

 わたしは、国家権力による塾廃止論に組するものではないが、同記事でもふれたように、今の入試による選抜システムを改革すれば、自然に大手進学塾は淘汰されるものと思っている。(ただ、同氏が座長を務めた教育再生会議において、そうした議論がほとんどなかったと思われるのは、残念である。)


 さて、今回の受賞に関し、益川敏英・京大名誉教授と小林誠・高エネルギー加速器研究機構名誉教授のお二人が、文部科学省を訪れ大臣と懇談したことが報道されている。 



 報道によると、

 現在の教育システムをめぐる話になると、なごやかなムードが一変したとある。


 たとえば、

〇現行の大学入試について、「採点が早くできるように選択式になっており、(受験生が)時間をかけて考えない。」と指摘。「意味のある採点ができるように考え直すようご指導を。」と、見直しを要望した。

〇(益川さんは、)「選択式の試験問題で、教師は『知らない問題はパスしろ』と指導し、考えない人を育てている。」と、熱弁を振るった。小林さんも、「今の教科書には最低限のことしか書いてない。全体のストーリーが見えない。」と加勢し、塩谷文科相はたじたじだった。

〇塩谷文科相に対し、益川さんは「本来みんなが持っている好奇心が選択式テストの受験体制ですさんでいる。『教育汚染』だ。」「今の親は教育熱心でなく、『教育結果熱心』」などと持論を直言。塩谷文科相は「これからどんどんご指導いただきたい」と述べた。



 さて、わたしと波長が合うとした点についてだが、

1.両氏ともに、また、小柴氏も同様だが、『考える力』を養うことの重要性を強調している。

2.教科書のストーリー性ではないが、授業のストーリー性については、わたしも、つい先日、拙ブログにおいて言及したところである。

    toshiの家庭学習(宿題)論(1)

 これについては、本記事ではちょっとふれた程度なので、近日中に、あらためて、記事にさせていただきたいと思っている。

3.センター試験についても、かつて記事にさせていただいた。

    『ああ。やっぱりなあ。』センター試験実施中

 ここでは、センター試験が、学生気質に多大な影響を与えていることについて、ある大学の准教授の言葉を紹介している。今回のノーベル賞受賞の両名のおっしゃっていることをもっと具体的に書いたものと思う。

4.両氏が、受験による選抜システムそのものに反対し、見直しを求めているのかどうかは分からない。野依氏の発言と併せ、また、『今の親は〜、』なる発言を加味すると、そこまで視野に入れての発言であると感じさせてくれるが、でも、やっぱり分からない。

5.『教育結果熱心』は言い得て妙だ。拙ブログの前回記事と、まったく一致するではないか。


 ある報道番組が、

「もっとくわしく、両名の教育論を聞きたいですね。たとえば、全国学力調査をめぐって、調査結果の公表が今問題になっていますが、そういうことについてどうおっしゃるか、聞いてみたいですね。」

と言った。

 わたしも知りたい。



 でも、もうかなりの部分は、想像がつく。



 だって、今の受験中心の選抜システムは、ノーベル賞受賞者を減らす方向にしか、作用しないと思われるからだ。


 なんか、『日本はすごい。これで、〇〇人目の受賞者だ。』という論調を聞いたが、そうかな。そんなにすごいかな。


 世界国別受賞者ランキングなるものがあった。もちろんそれがすべてとは思わないが、それを見ても、別に、『すごい。』などというほど、受賞してはいない。

 それに、これまで、何回も何回も記事にしてきたが、現在の教育・選抜システムを続けている限り、やがてはじり貧になるのではないかと思う。


 受賞者の言葉は、その危機感のあらわれではないか。

 だって、子どもの探究心、不とう不屈の精神など。そういうものを養うどころか、カベがやってくると簡単に屈してしまうような、そんな人間を大量生産しているようにみえる。



 話をまったく変えてしまうが、

 今、『苦学生』という言葉は死語になったのではないか。

 貧しくとも、がんばり抜く精神があると、まわりの理解と支援により、進学の道に進むという、そういうものは小説の世界でしかありえないようになってしまったのではないか。


 今、貧富の差が、そのまま教育の結果として現れてしまう。二極分化構造もそのあらわれであるように思う。

 ここでいう『教育の結果』とは、何も受験的学力だけを指しているのではない。関心、意欲、態度などの心の面も含め、広い意味の学力を指しているつもりだ。

 今のシステムを続けていると、貧しいものはますます貧しく、富めるものはさらに富むといった構造がより強化されていくのではないか。


 かつての一億総中流社会では、受験システムがあっても、多くは対等に受験に臨むことができたから、まだその弊害は小さかった。

 でも、二極分化社会となった今の日本。こうなると、受験システムは、二極化を固定、進化させるはたらきをもつことになる。


 わたしは、かつて、拙ブログに、

   日本の教育の進むべき道は!?

なる記事を書かせていただいた。

 今、それに補足をしたい。


 貧富の差に関係なく教育の機会均等を図るには、そして、貧富に関係なく優秀な者はどんどん学ぶ喜びを体現できるようにするには、受験による選抜システムをやめて、

 その代わりは、『学校差をなくし、どの学校にもいろいろな能力の子どもがいるというシステム』にすることだが(本リンク記事の中ほど、『次に、今の日本の教育改革について、緊急に提言したいことがある。』からをお読みいただきたい。))、それだけではダメで、受け皿である公立学校の教育力の充実を図るしかない。

 それは、端的に言えば、教員の指導力アップである。どの子にも学ぶ喜びを感じさせることができ、考える力を養うことのできる指導力を身につけさせることである。断じてテストの点数アップではない。いや。そのようなものは、二の次、三の次でいい。

 この点に関しては、フィンランドから学ぶべきものがあると考える。

 その場合も、指導力アップ研修の手法を学ぶべきと言っているのであって、そのアップ策の中身まで言っているのでないことは特にふれておきたい。くわしくは、『日本の教育の進むべき道は!?』(本記事の末尾に書いています。)を参照願いたい。


 どうだろうか。

 『学ぶ喜び』『考える力』など、など。冒頭のノーベル賞受賞者の言葉と重なってくるのではなかろうか。


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 なおみさんからいただいたコメント1〜3番には、わたしの主張と一見逆のようなことが書かれています。

 わたしにしてみれば、まことに残念ですが、現在の公教育の克服していかなければいけない状況が具体的に書かれています。

 なおみさんは、それを、教員の問題ではないと、好意的に書いてくださっていて、それはそれで、大変ありがたいのですが、しかし、公教育が充実していれば、課題を抱えた子こそ学校が好きになり、先生を慕うようになるというのも事実ですので、やはり、教員の指導力アップは大切なことと思っています。

 少なくとも、子どものしらけムード、無気力一掃などは、急務ですね。

rve83253 at 17:17│Comments(57)TrackBack(0)教育観 | エッセイ

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この記事へのコメント

1. Posted by なおみ   2008年10月11日 18:31
toshi先生へ
今回の記事、とても興味深く読みました。コメントを取りあげていただきありがとうございました。本質的には私はtoshi先生のお考えにとても近いところにいるのだと思います。子育て時も、今している教室にしても、自発的な自分の興味から出発し、学ぶ事を心から楽しむことを中心にしてきたのですから…。ただ、受験がなくなることについて悩んでしまうのは、「現代の日本という時代」を踏まえての悩みです。バーチャルな世界や物に囲まれて育つ子供達、便利さを追う親達が、いきなり漠然とした先の安心感を手に入れてしまったら、本当に自分の好奇心を満たすために学ぶとなるのか疑問なのです。園児の親もそこそこ教育熱心な方以外は、テレビを見せっぱなしで、外に遊びに連れて行くのもめんどう…と言ったりします。
現実に私の周りを見渡すと、成長してもそうした学問的な好奇心を追い続けるのは、主に発達障害を持った子供達です。定型発達の子は思春期になると、おしゃれ、友達との関係(友にどう見られるかのために勉強している)遊び、バイト、クラブ活動などが興味の中心のようです。
家業の手伝いとか、地域の手伝いとか、昔のように子どもに課せられる厳しいものがない今、受験がなくなったら、辛いことに耐えたり、我慢したりして社会人になる心の準備をする機会があるのか…むずかしいな…とわが子たちを見ていて思います。
携帯、ネット、カラオケ、ショッピング…中高生では毎日の当たり前で、うちの子も例外ではありません。私には、学校や受験体制が変ると、そうした文化も変るとは思えないのです。
2. Posted by なおみ   2008年10月11日 18:32
でも、だから、toshi先生のおっしゃるシステムが無理と考えているわけではありません。我が家で子供達と科学や数学と親しむ取り組みを続けてきたら、どの子も夢中になってそうしたことに取り組みますから…。ただそこにも悩みがあります。発達障害の子らなどは、自分の興味ある事を追求しとことん学びますが、好き嫌いや得手不得手が大きいので、受験でもないと、嫌なことにはまったく手をつけないまま成長したりするのです。学校で習っても聞いていません。
toshi先生のおっしゃるシステムになれば、こうした子たちに学びの機会が広がるという思いと、狭まるという思い…おそらく子どもによってどちらかになるのでしょうが…を抱いています。
3. Posted by YK   2008年10月11日 22:01
個人的な意見ですが、制度論で言えば、塾廃止よりは大学入試センター試験廃止のほうが現状を変えるような気がします。それはそれとして、日本の教育が汚染されているという意見に反対はできません。そもそも、灘高校を出て、東大理靴鮟个神鎖晴憤紊受験の技術論を書いて売れている時点で、現在の学習環境は悲惨なものと考えなければならないでしょう。とはいえ、、一教育関係者としては、現代の教育については、PISAの是非よりも、自分の足下を見るのが先ではないかと思っています。具体的に言えば、日本の偉大な教育者、例えば、慶応義塾の福沢諭吉、同志社の新島譲、松下村塾の吉田松陰といった人々の教育について、見直した方がいいのではないかと思っています。彼らの教育は、今風に言えば問題解決学習と呼んでいいのではないかと思いますが、私はああいうところに教育の原理があるのではないかと思っています。
4. Posted by helipilot777 @ YouTube   2008年10月12日 01:54
5 日本の教育システムを改善するには 国民が国会議員、mediaに手紙を書き 世論を形成する必要があります。 世論が形成されて初めて 総理大臣のLeadershipにより 法令化等を通じて社会システムが変更されます。 現状に問題があることを認めたくない お役所、 天下り先を確保する為に 受験産業の拡大、小規模大学の増設、教育に関する 詰問会?等のMemberも受験産業の社員等が多く、本当に国民の為になる政策が出てくるとは思えません。  親が塾に金をつぎ込んでも 日本の経済発展にはつながりません。 Creativeな人間が知的財産、新たなビジネスモデルの新たな産業を興し 雇用を創出して経済は発展するものです。 

 Califoria Higher Education Mater Plan, 地元の短大から4年生の大学への編入制度の充実等 本当にUser(受益者)の立場に立った制度になっており関心させられます。 BlogのFixing Education System SectionにURL Linkがありますのでご参照下さい。(英語ですが)

 今回のNobel賞 受賞者のお二方の文部大臣への苦言、良くぞ言ってくれたという気がします。

元多摩大学の学長の本に下記の改革案あります。
http://cwaweb.bai.ne.jp/~dsssm/syohyou/nazenihonnokyoui.htm
 九州大学の総長、ICUの総長、ACCJのPresident(在日米国商工会議所)、Morgan Stanley Alan Feldmanさん等が日本の教育問題につき日本経済新聞に意見が掲載されてましたので 抵抗勢力ではない方を通じて 世論形成が必要です、海外の教育システム、世界経済の中での日本の今後、経済発展の為には何か重要であるか、考える力を与える教育方法とは暗記なのか論文なのか等 知見のある方を総動員する必要があります、教育システムの改善につき 貢献可能な方を総動員すべく宜しくお願い致します。 




 
5. Posted by helipilot777 @ YouTube   2008年10月12日 02:03
追加です。

元多摩大学の学長の本に下記の改革案あります。
http://cwaweb.bai.ne.jp/~dsssm/syohyou/nazenihonnokyoui.htm

・欧米の個人主義的なインセンティブを導入すること(ただし日本に合うように調整して)
・暫定入学制度
・飛び入学
・ダブル専攻生
・学年度の九月開始
・日本への外国人留学生を増やす
・大学生を正しく評価し、勉強しない学生を退学させる為の方策を導入する
・入学を多発勝負にする
・勉強することが自分の利益になるのだということを充分に悟らせるシステムをつくる
・企業が採用の時に大学で何を勉強したかを見ること
・道徳を改善するためには、学校や塾という箱から子どもを出し、様々な人と出会って社会でルールを守る必要があるという事を実感させること
6. Posted by toshi   2008年10月12日 07:57
なおみさん

《本質的には私はtoshi先生のお考えにとても近いところにいるのだと思います。》
 はい。わたしもよく理解しています。なおみさんの実践は、なおみさんのブログによく著されていると思います。

《ただ、受験がなくなることについて悩んでしまうのは、「現代の日本という時代」を踏まえての悩みです。》
 これもよく理解しております。特になおみさんのお住まいの地域において、公教育への不信感は強いものがあり、それが受験システムがなくなったらどうなるかという思いを増幅させてしまっているのでしょう。なおみさんのコメントを読ませていただくと、貴地域は、二極分化を全国に先駆けて進行させてしまったように思えなくもないのです。そうだとすると、このまま受験システムを続けていると、やがては全国が貴地域のようになってしまう。そう思われてなりません。
 わたしは、こう思います。
 受験システムは、二極分化をジワジワと固定、進化させるはたらきがある。それは確かだと思います。
 しかし、現在の日本の二極分化は、受験システムが主要因ではありません。急激な規制緩和、過激で不自然な競争社会の出現などのなせる技でしょう。 たとえジワジワであっても、今、受験システムの改革を図らないと、将来の日本は大変なことになるという思いがしています。

 ただ、ごめんなさい。

 なおみさんは、わたしの意見を一つ誤解されているように思います。《いきなり漠然とした先の安心感を手に入れてしまったら、》という言葉にそれを感じました。

 わたしは、入学はやさしくと言っていますが、卒業はきびしくとも言っています。(一部かな。それとも大部分かな。)遊びほうける大学生を、本来の学問としての成果をあげる大学生に意識改革させるのです。

 これこそが本来の大学のあるべき姿と確信しています。
7. Posted by toshi   2008年10月12日 08:19
YKさん
 YKさんとわたしとで、そんなに考えは違わないと思っていますが、大学入試センター試験については、思うことが違います。
 現状では、確かによくないでしょう。ノーベル賞受賞者がおっしゃる通りです。

 わたしは、
・センター試験一本にし、大学ごとの入試を廃止する。
・センター試験は現状ではダメで、大学で学ぶことにふさわしい資質を備えているか分かる問題にする。これは、PISA調査問題がおおいに参考になるでしょう。
・センター試験合格者は、どの大学でも随意に入学できるようにする。ただし、卒業はきびしくする。
 
 ある意味、フランスのバカロレア資格とよく似ていると思います。大学ごとの入試を続けていると、大学間の格差はうまらないと思うのです。

 YKさんご指摘の先人の方々も、こうした実りある学問追究を支持してくれるのではないかと思います。そういう学びこそが大切で、大学がそうなると、中学、高校ともに、進学先への入学準備教育から解放され、実りある問題解決学習が実現するようになると思います。

 が、どうでしょうかね。
8. Posted by toshi   2008年10月12日 10:09
helipilot777 @ YouTube さん
 コメント、ありがとうございました。
《天下り先を確保する為に 受験産業の拡大、小規模大学の増設、教育に関する 詰問会?等のMemberも受験産業の社員等が多く、本当に国民の為になる政策が出てくるとは思えません。》
 これは、ほんとうにその通りなようですね。こんなところにも、天下りや政治献金があるなんて、まあ、現状は、受験産業に関する報道がないので、単なるうわさかどうかは分からないのですが、
 政治的には、天下りをなくし、それに付随しての莫大な浪費をなくせば、この受験産業にまつわる話もクローズアップされてくるかもしれませんね。そして、入試改革につながれば、万々歳なのですが。

《Creativeな人間が知的財産、新たなビジネスモデルの新たな産業を興し 雇用を創出して経済は発展するものです。》
 これも大賛成です。と言うより、そうなっていくでしょう。わたしが思うのは、ネットの世界での雇用創出です。これはかつて記事にしました。本コメントのHNをクリックしていただければ出るようにしましたので、よろしかったらご覧ください。
 その記事の末尾、5.です。 

 元多摩大学の学長関連の記事、おもしろそうです。今日午後、再度コメントを入れさせてください。 
9. Posted by toshi   2008年10月12日 16:38
『なぜ日本の教育は変わらないのですか?』
 たいへん興味深く読ませていただきました。文部科学省官僚のことなど、なにやら、今話題になっている官僚の姿と重なりますね。《審議会の議事を自分たちの都合のいいように操作しており、そもそも自分たちと意見の異なる専門家の意見を聞くつもりなどない。》は、妙に納得してしまいました。
 今、ある政党は、『官僚を政治家が使いこなす。』と言っていますから、そこに期待するしかないかなとも思いました。また、今回のノーベル賞受賞者も、やがてそういう立場におかれるのかと、ちょっと気の毒な感じもしてしまいました。
 また、『グループ内平等主義』については、決していけないこととは思わないのですが、それが『責任者が明確でないので、誰も責任をとらない。』となると、それはよくないですね。
 ただ、どうでしょう。これは、2003年の出版ですね。規制緩和がまさに進行中のときだったのではないでしょうか。定員のこととか、退学のシステムのこととか、その後、どうなったかはおおいに知りたい点です。
 そうか。先日、柴田さんからいただいたコメントを拝見すると、『少子化で大学の経営も大変です。勉強しないから退学などとは、とても言えません。』とありましたから、これは、現状、大学の事情からも無理かな。
 でも、勉強しないものまで温存し、無事(?)卒業させるというのはやはり変ですよね。これは日本の教育を悪くする大きな要因と思いました。
 欧米の学校は図書館であるのに対し、日本のそれは家族というのも、ほんとうにそうだなあと納得してしまいました。
 提言の11項目はおおむね賛成です。ただ、飛び級の問題など、若干考えさせていただきたいものもあります。
 最後に、おおいに参考になりました。ほんとうにありがとうございました。 
10. Posted by YK   2008年10月12日 17:06
私はtoshi先生のブログから多く学んでおります。匿名でコメントを記入しておりますが、一応は教育・研究機関に勤めている身なので、大変参考になります。7番のコメントについてですが、8番のコメントとも重なるのですが、その大学入試センターというのが、天下り先と言われる機関なんですよね・・私も理屈ではセンター試験のPISA調査の反映というのもわかるのですが、もっと根深い問題に思えるのです。
他の記事などでご指摘される教育の地方分権というのは、私は全面的に賛成です。クリエイティブな人材を育てることができるのはクリエイティブな人間だけだと思います。公立学校の先生も本当は色々アイデアがあるのに、規制されてしまっているのではないかと思うんです。そう考えると、残念な気がしています。
11. Posted by toshi   2008年10月13日 08:55
YKさん
 いつもお世話になります。『学んでいる。』などとおっしゃっていただいて、大変光栄に存じます。どうぞ、今後ともよろしくお願いします。
《大学入試センターというのが、天下り先と言われる機関なんですよね。》
 さもありなん。わたし、そこまでは気づいていませんでしたが、言われてみれば、なっとくです。
 ほんとうに日本の諸悪の根源は、天下り、それにくっついている不純なお金の使い方、利権などでしょうね。
 これはこれで、正さなければいけませんね。それがもとで試験内容の適正化が図られないとすれば、教育は絶対によくならないでしょう。
 helipilot777 @ YouTubeさんからのコメントと併せ、今度の選挙は重大だなと思いました。 
12. Posted by 亀@渋研X   2008年10月17日 03:24
toshi先生、ひとつだけ教えてください。

> 今、貧富の差が、そのまま教育の結果として現れてしまう。二極分化構造もそのあらわれであるように思う。
>
> ここでいう『教育の結果』とは、何も受験的学力だけを指しているのではない。関心、意欲、態度などの心の面も含め、広い意味の学力を指しているつもりだ。

日本でも(あるいは、toshi先生の身近では)そうなのでしょうか。PISAの調査結果から、そうではないような印象を持っておりました。

「OECD生徒の学習到達度調査 Programme for International Student Asessment(PISA)〜2006年調査国際結果の要約〜」(文科省)
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku-chousa/sonota/071205/001.pdf
>生徒の社会経済文化的背景は、科学的リテラシー得点と強い相関関係がある。しかし、日本は、カナダ、フィンランド、韓国、香港などと共に科学的リテラシーの得点水準が高く、生徒の社会経済文化的背景の得点への影響が弱い国に位置している。(p.11より)

今、見返して、ぼくがなにか読み違えているのかもしれないとも思っています。科学的リテラシーに限定しての話なのかな、とも思います。あるいは程度の問題であって、日本でも実際にはかなり違いがある、ということなのかな、とも。

この辺、どうお考えになっておいでですか?
13. Posted by toshi   2008年10月18日 07:43
亀@渋研Xさん
 そうですね。PISA調査に限定すれば、おっしゃる通りです。PISA調査については、拙ブログの『PISA調査2006結果報告を受けて』にくわしく掲載しています。本コメントのHNに貼り付けましたので、どうぞご覧ください。(ごめんなさい。もうお読みでいらっしゃるでしょうね。)
 ここでは、読解力と、数学的リテラシーについて、比較検討していますが、下位グループは前回とくらべ、たいした変化がなかったのに対し、上位グループが減少してしまいました。
 ですから、前回に比べ、学力の二極分化が進んだということはないと、確かに同記事では結論付けました。
〇ただし、学ぼうとする意欲の低下(これも学力のうちととらえたいと思います。)は、同調査によっても裏付けられていますね。そして、これは、主に低位グループの特徴と、わたしは思っています。

 そして、その後、
〇『日本の教育の進むべき道は!?』なる記事
http://blog.livedoor.jp/rve83253/archives/1086904.html
などに書かせていただきましたが、日本の教育行政のとる諸政策が、学力格差増大の方向に進んでいること。
〇国の全国学力調査では、平均点しか示していないので、全国的規模での二極分化は分からないが、わたしの身の回りの学校、学級では、学力の二極分化がみられること。そして、同じ趣旨のコメントもいただくこと。
などから、最近は、確信に近いものを抱くようになりました。

 以上です。よろしくお願いします。
14. Posted by 亀@渋研X   2008年10月18日 18:57
toshi先生、ご教示ありがとうございます。ごめんなさい、書き方が悪かったです。戸惑われたことと思います。ぼくが気になったのは「学力格差と貧富の差が関係ありなのか」という点だったのです。自明とも言えそうなことに、どうもお手間をおかけして申し訳ありませんでした。

二極化はぼくも感じています。我が地域の調査でも、実にしばしば2こぶラクダ型の得点分布にお目にかかります。「諸政策が、学力格差増大の方向に進んでいる」という点も同感です。意欲の低下が成績下位層に顕著なのではないかということも、生活感覚でですが同意できます。PISAの調査結果を絶対視するつもりもありません。

toshi先生は、そうした傾向が、貧富の差と関連性が深いと見ておいでなわけでしょうね。言わずもがなかもしれませんが、「貧富の差のせいではないだろう」と言いたかったわけでもないのです。昔から言う「貧すりゃ鈍す」のような話なわけですから、腑に落ちやすい見解なだけに警戒している、と申しましょうか。しかし、情報の少ない保護者よりも先生方の方が、そうした関連はちゃんと見えるお立場でしょう。如実にわかる機会があってもおかしくないだろうとも思います。

PISAの調査では先入観を裏切られて「ほう、そうなのか」という思いでした。が、今回もう一度要約を確認すると「影響が弱い」「関連は弱い」となっていますね(裕福な家庭の子=読解力が高い、とならないのも日本の特徴だそうで、そういう弱さも含まれるわけです)。要は「他国ほどは、はっきり関連が見られないにが、関連がないわけでもない」ということだろうと思います。改めて考えてみれば当然ですね。「貧富の差が学力の差などということはあって欲しくない」という思いが、自分の読み取りをゆがめたのかもしれません。

15. Posted by toshi   2008年10月19日 02:44
亀@渋研Xさん
 いえ。わたしこそ、申し訳ありませんでした。
 お尋ねの「学力格差と貧富の差」については、拙ブログ読者の皆様には、毎度おなじみの、OECDシュライシャ氏が、講演でふれていらっしゃいます。2000年の調査を分析した、2003年の講演です。
http://www.p.u-tokyo.ac.jp/coe/workingpaper/Vol.1.pdf
 本講演では、貧富の差とは言っていなくて、「社会的背景」という言葉を使っていますが、日本は、学力と社会的背景との相関関係があまりない国とされています。(同講演録P12左側)それに対し、今、日本は、習熟度別などでイギリスのマネをしていると思うのですが、同国は、相関関係の高い国としています。
 ただし、注釈がありまして、(同P22左側)『日本は、貧富はもちろん親の職業も尋ねることのできない国なので、他の資料で代替し、そのために誤差は、他国の3倍となっている。』とのこと。

 ですので、ここから先はわたしの主観なのですが、『かつての日本は、学力と貧富の差との相関関係はあまりなかった。でも、二極分化の進んだ現在は、いろいろな経験則、いただくコメントなどからすると、イギリスに近づいているのではないか。つまり、相関関係が高まりつつあるのではないか。そう思うわけです。

 もう一つ。習熟度と貧富の差の相関関係については、同P17左側でもふれられています。

 回答になったでしょうか。ちょっと不安もありますが、よろしくお願いします。
16. Posted by helipilot777 @ YouTube   2008年10月23日 23:33
受験戦争は 引きこもりの原因の一部?

ひきこもりの原因を アメリカの方が分析してます、個性を出してはいけない、人と違ったことをしてはいけないと言うPressureが 引きこもりの原因との分析。又、引きこもりは日本、中国等受験戦争がある国のみに見られる現象とのコメントもあり、 受験に関する母親等からのPressureが引きこもりにつながっているのではとの分析あり。

 下記のPDFの17−18Pageに 引きこもりにつながるMechanismの説明があります。

http://towakudai.blogs.com/Hikikomori.Research.Survey.pdf


Please email me any further questions at: enoch_arise@yahoo.com
This document is Copyright Michael Dziesinski, 2004.

Micheal Zさんは日本通で日本語も達者な方と聞いております。
http://www.shuttingoutthesun.com/

http://www.shuttingoutthesun.com/review/Washington-Post-091906.html

引きこもりの方の数:
http://www.geocities.jp/chibahikikomori/2.html

浪人の数 17万人:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/chuuou/gijiroku/002/990302.htm

 アメリカは地元の短大等に全入可能、その後4年制大学に編入と説明あります。
17. Posted by helipilot777 @ YouTube   2008年10月23日 23:48
追加です。


 引きこもりの方の数と浪人の総数を考えるとGlobal化で 生産基地が中国に移ってしまっているなかで 経済発展の為に必要なことは?

 受験制度の改革を通じて 浪人を無くし、一年でも早く社会人の数を増やし 引きこもりの数も減らし、親に貯蓄を減らすのでは無く、給料を得て消費を行うことが 国民総生産に貢献する(マクロ経済)ということであれば 現状を変える必要性が理解出来ると思いますがいかがでしょうか? 

 現状を変えるのは国民の意見がMedia等に取り上げられ 政治家も無視出来なくなった場合のみです。 米国では100万人がWashington DCに終結して初めて 公民権が与えられ 国内ではC型肝炎問題もMediaで取り上げられて初めて 議員立法となったわけです。

 教育問題の難しさは Root Causeを取り除かないと何をやっても逆効果であり 十分な議論が必要です。 既得権益者と業界で飯を食っている方は 斬新な制度には同意出来ないと思いますので 教育制度を改革したいと考えている方を総動員する必要あります。

Call for Action:
  知り合いの方、教育制度が様々な問題を引き起こしていると認識している方、影響力のある方、 他のBlogger 総動員お願いします。 国民のコンセンサスなくして社会政策、制度変更はありえません。 制度を変えると損をすると感じる抵抗勢力には注意が必要です。
18. Posted by toshi   2008年10月25日 10:03
helipilot777 @ YouTubeさん
 アメリカにおいても、日本の引きこもりが分析されているというのは知りませんでした。ご紹介いただき、ありがとうございました。
 しかし、残念ながら、グーグル翻訳にかけてみても、意味の通る日本語になっていなくて、理解不能といった感じでした。それでも、受験という言葉は出てこなかったように思います。
 ですから、この問題については、『受験戦争は 引きこもりの原因の一部?』とあるように、(?)付きでしょうね。
 日本語で検索にかけてみても、受験戦争が要因になるひきこもりはあまりないといった感じでした。したがって、拙ブログにおいては、ひきこもりと関係付けて論じることはひかえようと思いました。でも、一つの視点を与えてくださったことには感謝しております。
 ありがとうございました。
19. Posted by toshi   2008年10月25日 10:11
ただ一つ。
 『受験戦争』という言葉は、久しぶりに聞いたような気がしました。
 この言葉には、やはり、『子どもが犠牲になっている。』『子どもにとって過酷である。』そのようなイメージがありますね。
 わたしのこれまでの記事では、『子どもにとっての受験システム』といった視点がたりなかったかなと、あらためて感じさせてもらいました。
 
20. Posted by DSSSM(松浦豊)   2008年10月26日 09:02
 はじめまして。DSSSM(松浦豊)といいます。
 『なぜ日本の教育は変わらないのですか?』の書評は昔に私が書いたのですが、その書評を話題にしてもらっているという事でメールを頂きまして、読ませていただきました。

 ノーベル賞受賞者の方達の苦言は私も非常に賛成でした。しかし、日本社会は物事の合理性(この場合、それら苦言の内容が合理的で、正しい、ということ)よりも、既存の共同体(員)の利益を守ることを遥かに優先する社会なので、すでにマークシート方式が世を席巻している状態では、なかなかに難しいだろうなぁという感慨を抱いていました。

 しかし、「世の中は変えられる」という意識を持った人間がどれだけいるかで世の中が変わる度合いが違ってくるのも確かですから、この様なブログがあって活発な議論がされているということで嬉しくなりました(私もかつて掲示板で色々書き込んで観ていたんですが、なかなかでした(^_^;))。

 現在私はフリースクールでスタッフをしているんですが、本当は、そういう今回のノーベル賞受賞者の方達の言われた様な内容のオルタナティブスクールを作って、そこで働ければなぁ……というのが夢なんですが、非常に難しいようです。日本では……。
21. Posted by toshi   2008年10月26日 17:08
松浦豊さん

 うわあ。書評を書かれた方からのコメントなんて、感激であり、光栄です。まさか、いただけるものとは思ってもみませんでした。
 『変革の力は、現場の実践から。』
 そういきたいものだなと思います。
 
 松浦さんにぜひ紹介させてください。わたしが担当した初任者が、わたしの手を離れ自立した教職3年目。それは昨年度のことなのですが、そのとき行った授業の様子です。
 『人権教育(15)交流をテーマの総合的な学習の時間』
の記事です。本コメントのわたしのHNをクリックしていただければ出るようにしましたので、ご高覧賜れば幸いです。
22. Posted by DSSSM(松浦豊)   2008年10月27日 09:09
 読ませていただきました。私も昔養護学校に勤めていた時期がありました。

 その3年目くらいだったかに、ベテランの先生に「最初はどうしていいか分からなかった。だからどうしたらいいのかをずっと見てるだけでした(何もできなかった)」と言ったら、「それが教育の原点だ」と言われ、びっくりした思い出があります。詳しい説明は貰えなかったんですが(^_^;)、つまりは「子どもの状況をまずは良く見て、それに合わせろ」という事だったのではないかと思っています。

 そういうことや、「ありのままを見て」というのは、教育全体や、フリースクールでの活動にも当てはまることかと思います。

 ただ現在、日本全国で「学力向上」が喧しいではないですか。改革は必要だと思いますが、それが序列化された物差しを見てばかりの、上からのプレッシャーになってしまっている様に思います。

 以前知っている先生が「2階に上げられてはしごを下ろされたよう」と形容していた事がありましたが、まさに上司と子どもを見ての中間管理職状態に世の先生方が陥っているのではとも考えたりします。
23. Posted by 柴田勝征   2008年10月27日 11:35
亀@渋研Xさん

 日本の生徒たちと彼らの両親の収入・学歴との相関関係についての大規模な社会学的な調査の結果がいくつか出版されています。例えば、刈谷剛彦「階層化日本と教育危機 -- 不平等再生産から意欲格差社会へ」(有信堂)では、生徒たちの成績・意欲・希望のレベルと彼らの両親の年収・学歴・社会的地位とが統計的に非常に強い相関関係があることが数字の上で実証されています。膨大な調査データの綿密な統計分析が行われており、個々の分析についての統計的方法の解説も付いているので、「社会学的調査を統計分析するにはどのようにしたらよいのか」を学ぶ教科書のような感じすらあります。もしも未だお読みになっていないのであれば、ぜひ一読をお薦めします。
 その他、既にお読みになっているかもしれませんが、以下のような書籍も私にはたいへん参考になることがたくさん書いてありました。
山田昌弘「希望格差社会 -- 『負け組』の絶望感が日本を引き裂く」(筑摩書房)、佐藤俊樹「不平等社会日本 -- さよなら総中流」(中公新書)、三浦展「下流社会 -- 新たな階層集団の出現」(光文社新書)、橋本健二「階級社会日本」(青木書店)
いずれも、非常に多くの具体的な統計データを用いてがっちり分析しており、非常に固い感じのする本ですが、「勉強」のつもりで読めば、有益だと思います。
 PISAの評価については、まったく別の問題があり、確かに数字の上では亀@渋研Xさんのご指摘の通りですが、これについては余り知られていない
(と言うか、世間ではとても誤解されている)裏事情がいくつもあります。
24. Posted by 柴田勝征   2008年10月27日 11:43
例えば、神原敬夫さんの論文「『科学的リテラシー』について−−PISA2006
の結果分析」(彼のHPからダウンロード可能)によると、日本での2006年のPISAテストは、高校の1学期末の期末試験が終わって、「さあ、今日から夏休み」という日を1日つぶして実施した学校が多かったそうです。
だから生徒たちは、「やれやれ、やっと期末テストが終わった」とほっとできる筈の日に登校させられて、自分の成績にも影響しないテストをやらされたので不満たらたらで、試験時間の途中で試験を途中退席し(つまり、試験時間を目一杯使わないで、途中で解答を打ち切った)た生徒もいたそうで、実施に当たった国立教育政策研究所も、あまり適切な時期ではなかったと認めているそうです。PISAの配点には無関係の、質問調査紙に書いてあるアンケートで、「このテストにどれくらい真剣に取り組んだか」(努力値)を回答する欄には、日本の生徒は「真剣に解答しなかった」と答えた割合が主要国の中では最も多かった、というのもうなずけます。こういうこともあって朝日新聞などは大見出しぶち抜きで「日本の生徒、関心は世界最低」などど書いているのですが、せっかくの夏休み第1日をつぶされた生徒の身になったら当然の結果と、私は日本の生徒たちに同情しています。世界の多くの国々では、PISAテストに参加する生徒たちにお菓子を配ったり、国によっては現金を支給したりして参加率や「やる気」を上げていることが国際的な批判にさらされています。日本の高校生は、こんなに「嫌々」やらされて、しかも途中で努力を放棄した者もいるというのに、かなりの設問に対してフィンランドを抜いて世界1の点数を上げています。
25. Posted by 柴田勝征   2008年10月27日 11:47
世界の教育界の中で日本の教育だけがいかに「異常に優秀」であるかが分かると思います。これは皮肉な意味で言っているのではなく、「本音」です。刈谷剛彦氏流に言えば、「欲張りすぎる日本の教育」ならぬ「優秀すぎる日本の教育」「出来過ぎる日本の生徒たち」ということです。

 toshi先生、私の意見として

> また、大学教授の柴田勝征氏は、少子化の折、そのようなシステムは、大学経営上考えられないとおっしゃる。

と紹介して頂きましたが、たしかにこれに近いことは書いたような気もしますが、私がいちばんにいたいことはこれではありません。。私が言いたいことは、「現在の日本では、大学入試制度は事実上廃止されている」ということです。
ちょっと考えていただければ分かるように、全国の大学で募集している入学
定員よりも高校卒業予定者の大学進学希望者の数の方が少ないのです。これは希望者を全員入学させたとしても、まだ大学の教室はがら空きが出来てしまう、ということです。事実、少なからぬ大学で、そうなりつつあり、最近では毎年いくつかの大学が学生が来てくれないために潰れています。受験競争があるのは大都市圏の特別な大学だけの例外的な現象であり、過疎化が進む多くの地方の大学(国立・私立を問わず)には全く当てはまりません。そういう日本の現実の中で、もしもtoshi先生が提案されるような大学入学試験制度全廃をすれば、弱肉強食の自由競争が起こって、首都圏の有名大学に学生が無制限に集中するでしょう。toshi先生の主張は、「地方(九州・四国・東北・北陸・北海道など)の大学はみんな潰れてしまえ。大学は大都市圏にだけあればよい」と言うことになります。もちろん、toshi先生はお気持ちとしては、そんな主張をなさってはいないと強く反発されるでしょう。
26. Posted by 柴田勝征   2008年10月27日 11:54
しかし、理想論はともかく、現実には、そうならざるを得ない、という単純明白なことを、toshi先生ほどの優秀な頭脳をお持ちの方がどうして分かって下さらないのだろう、というもどかしい気持ちをいつも感じています。

 それから、このHPの投稿欄に大学の共通1次試験の廃止を主張された方もいらっしゃいましたが、私が勤務する大学は約2万人の学生がいますが、共通1次を受けて入って来た学生は100人にも満たない(たしか50人くらいだったと思います)ので、共通1次か廃止されようと、あるいは改革されようと、どうなっても99%以上の学生には関係のないことです。
 1部分の例外的な事例を見て全体を推測すると、判断を誤ると思います。大学教授だって、確かに、売れっ子になってテレビに頻繁に出演したり、ベストセラーの本を次々と出版している人もいますが、そういう教授はどんなに多く見積もっても数十人でしょう。全国に数万人か、あるいはもっと大勢いる大学教授全体から見れば本当に例外的な存在です。「受験競争の過熱」現象も、大都市圏の恵まれた社会階層の家庭にだけ見られる例外的な現象です。

 昨日、北九州市で開かれた「高校・大学連携、情報教育研究集会」に参加しました。高校と大学の教員が連携し、高校生と大学生が協力して学び合う実践活動の報告が続きました。例えば、佐賀大学の例では、地元の工業高校や普通高校と協力して、最先端のインターネット技術を応用して、地元の有田市で年に1度開かれる「有田焼き祭り」のイベントをリアルタイムで全国に中継した取り組みを報告しました。工業高校の生徒も普通高校の生徒も、この取り組みまでは、大学に進学せずに就職するつもりだった生徒が多かったそうですが、この取り組みの中で、「どんなに経済的に苦しくとも、絶対に大学に進学して、先端技術を学びたい」という気持ちに変わっていったそうです。
27. Posted by 柴田勝征   2008年10月27日 11:56
私はこれまでは、「高校の情報教育はコンピュータ操作を教えることに重点を置きすぎているのではないか」という偏見を持っていましたが、昨日発表された先生方は、「情報教育の基本は情報倫理教育である」「どの科目の教育も、根本は人間教育に尽きる」と自信を持って言い切っておられたので、自分の偏見をうち砕かれました。
 技術立国ニッポンが世界的に見て異常なほどの底力を持っているのは、こういう教育の力がしっかりと基礎を支えているからだ、と改めて確信しました。
(長くなってしまい、申しわけありません。以上で終わりです。)
28. Posted by YK   2008年10月27日 14:12
>>共通1次か廃止されようと、あるいは改革されようと、どうなっても99%以上の学生には関係のないことです。

妙ですね。福岡大学には、九州大学や福岡女子大学の滑り止めとして受験した学生はいないのでしょうか。国公立抜きで、福岡大学一本狙いで20000人いるというのは、私には少し信じ難いことですが。もしかして、センター試験で入るというのは、「センター試験利用入試」のことで、それが50名程度と言っているのでしょうか。それであれば、99%以上の学生にとっては、センター試験が意味のないことにはならないでしょう。例えば、九州大学に落ちて、福岡大学に進学する学生がいれば、センター試験という制度が意味のないということにはならないはずです。もしかして、意図的に数字を動かして、ミスリードを誘っているのでしょうか。
29. Posted by toshi   2008年10月27日 17:58
松浦豊さん
《「子どもの状況をまずは良く見て、それに合わせろ」》
 教育の真髄をおっしゃっているように思います。
さらに言わせていただければ、元来、『合わせざるを得ない』はずなのですよね。
 赤ちゃんが誕生してから、その子どもが成長し、成人するまで、間違いなく、親は、子どもの各成長段階に合わせていっているはずなのです。そして、それは無意識の世界というか、きわめて自然にやってのけていると思います。
 養護学校もそれに近いかたちで子どもに寄り添っていると思いますが、小学校、中学校となると話は別。子どもの方が指導者に合わせなければならない。現状、そういうことは多いわけです。
 さらに、現在は、もっと大きな力がはたらくようになりましたね。はしごをかけられたり外されたりしているのは、ほんとうは子どもなのではないでしょうか。自然体で伸ばしてもらえればそれが一番の幸せなのですが、国が、一部の知事が、はたまた一部の国民が、子どもを暗いところへ追い込んでいるような気がしてなりません。
 少しでもそれを防ぐ力と現場がなるように、努力していきたいと思います。
30. Posted by 柴田勝征   2008年10月27日 18:01
あっ、どうも。YKさん、ご指摘、ありがとうございました。

> もしかして、センター試験で入るというのは、「センター試験利用入試」のことで、それが50名程度と言っているのでしょうか。それであれば、99%以上の学生にとっては、センター試験が意味のないことにはならないでしょう。例えば、九州大学に落ちて、福岡大学に進学する学生がいれば、センター試験という制度が意味のないということにはならないはずです。

 なるほど。この「もしかして...」、という意味で考えていました。たしかに、私は今まで、自分の授業に出ている学生が、「もしかしたらこの学生は九大を受けたけれど落ちて、滑り止めの福岡大学に入った学生かもしれない」と考えたことが、福大に転勤してきてから十数年の間、まったく無かったものですから、うっかりいたしました。

>もしかして、意図的に数字を動かして、ミスリードを誘っているのでしょうか。

 確かに、何事にも疑いの気持ちを抱くことは大切ですが、上記の場合には、この疑いは杞憂でした。学生に国立大学を受験したかどうか質問したことがないので、本当のところは分からないのですが、少なくとも私の学科では、九大を落ちてやむを得ず福岡大学に入った、という学生は極めて少ないという感じがします。以前、あまりに理解力が高い学生がいたので、私の授業以外でも非常によい成績を上げているのかどうか、他の教員に尋ねたところ、「あの子は医学部志望だったけれど、現役で(医学部を)受験して落ちたので、浪人して理学部に変わったんですよ」と教えてもらいました。「医学部」というのは(それ以上、深く尋ねなかったのですが)恐らく福岡大学の医学部だろうと思います。
31. Posted by 柴田勝征   2008年10月27日 18:04
 しかし、学部・学科によって受験生・合格生の層が異なることも考えられますので、ご指摘のように「99%以上の学生にとっては、センター試験が意味のないことにはならないでしょう。」は、私の表現が実態よりもオーバーになってしまったと思います。「80〜90%以上(?)」くらいにするべきだったかもしれません。従って、ご指摘の点を考慮すると、センター試験があったおかげで、本命の国立大学に入学できずに「やむを得ず」福岡大学に入学せざるを得なかった学生がある程度の人数いたとすると、センター入試は福岡大学にとっては、かなりのメリットになっているのかもしれません。そうであれば、「現行の大学入試制度を廃止して全員が自分の希望する大学に入学できるようにすると、特定の有名大学に新入生が集中して、有名でない地方大学には打撃になる」という私の予測をいっそう根拠づけて頂いたわけで、どうもありがとうございます。
 ただし、これは「全廃か否か」と問題を立てた場合で、「廃止しないで改革を」という御主張であれば、「改革」の中身をいろいろな想定できるケースについてよく検討してみないと、一概には「関係あり、なし」とは割り切れないと思いますので、「共通1次か廃止されようと、あるいは改革されようと、どうなっても99%以上の学生には関係のないことです。」は言い過ぎでした。ご指摘に感謝いたします。
32. Posted by YK   2008年10月27日 22:33
お返事有難うございます、柴田先生。私の文章に失礼な表現があったと思いますのでその点についてもお詫び申し上げます。

>>「現行の大学入試制度を廃止して全員が自分の希望する大学に入学できるようにすると、特定の有名大学に新入生が集中して、有名でない地方大学には打撃になる」

すでに少子高齢社会が来ているわけですから、潰れる大学は増えるでしょうね。これは、もう制度の問題というより、多く作り過ぎたから、然るべき時期に潰れているだけでしょう。これに対しては、何の異存もありません。地方私大が定員割れで経営難にあるというのは、私の地方も同じですし、専門学校と大学の境界が曖昧になっている感もあります。あとは、外国人留学生の受け入れですが、全国的にも地域差はあるでしょうが、中国人留学生で経営が成り立っているという大学は多いように思われます。
しかし、ここで私が言うべきことは、地方であれ、無名であれ、絶対に潰してはならないタイプの学校が存在し、私はそれを守るために働かなければならない、ということだけです。そして、そのタイプとは何かという問題は、働いている私が知っていればいいことでしょう。
33. Posted by helipilot777 @ YouTube   2008年10月28日 01:52
盛り上がってますね!
10月27日の朝日新聞の3面に 東大大学院 教育学 研究科准教授 本田由紀さんのInterviewあり。 高度成長が終わり 生産工場が中国等に移り、社会と隔離された受験戦争を経て 社会人としても仕事人間、家族の相手もせず、誰も幸せでない状況が Global化の中で 新たな社会モデルを作る必要あるとのことです。 実現するのは国民のコンセンサスと意思であり、教育制度も破壊と創造が必要です。


  (会社に入って必要なのは 数学、物理、経済学等の大学での授業の沢山の授業からの知識ではなく、 いかに他の人と協調して物事を達成するかのSkillである旨 他の人に教えたい事実という米国のHome Pageで読んだことがあります 
  難関大学の入学Screeningにあわせて 暗記中心の試験を受験させ、 人間性なり 何を勉強したいのか、地域社会への貢献、社会問題等の解決方法等の議論等が二の次になっているのが現在日本の問題ではないでしょうか。)


”教育の根本は、生きていく為に必要な術を身につけさせる事である。この点を勘違いしている教育者が多くいる。例えば、教育とは、知識を身につけさせる事だと思っている教育者、また、人間教育と称して人間性を身につけさせる事だと勝手に思いこんでいる。”
http://www.fujitsubame.jp/bea.html

http://cmap.ihmc.us/Publications/ResearchPapers/TheoryCmaps/TheoryUnderlyingConceptMaps.htm
 Figure 2, Figure3の通り 暗記では 関係する情報集めや Topicに対する感情も湧かず Creative Outputにはつながらないとのこと。 暗記することがすべてという価値観は今回のノーベル賞の先生方の苦言と一致していると思います。

34. Posted by helipilot777 @ YouTube   2008年10月28日 02:10
道州制になり 旧帝大と国公立大も地元枠や 高専、短大からの編入が 成績優秀者にはあたりまえになれば UserのNeedsにあった制度になりましょうか?

California Master Plan for Higher Education,
 高校の成績Top12%がUniv of Califの10のCampusの何所か、Top33%がCalif State Univ25校の何所かに入学可、その他の生徒、又は地元で安くあげたい生徒は地元の短大。 高校は義務教育で$は掛かりません。
http://www.universityofcalifornia.edu/aboutuc/masterplan.html

Santa Barbara City College よりUC,CSUへの編入について (履修したクラスの単位互換について)
http://www.sbcc.edu/articulation/index.php?sec=83

”○事務局
「諸外国の大学入学者選抜の状況について」 最初にアメリカ合衆国でございます。”
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/chuuou/gijiroku/002/990302.htm
米国、英国の教育制度。 米国は高校迄義務教育、各地に無料に近い短大あり、4年生の大学に編入可能。 勉強しない大学生は退学させらるが評価が下の大学に編入は可能ですが Appleの創業者の技術者のSteveはBerkeleyの電子工学を休学しとHPでの技術者として働き学費を稼ぎ 6年がかりで卒業したとのこと。 日本も教育も就職も もっと柔軟な制度が必要です。
http://www2.haas.berkeley.edu/Videos/Steve%20Wozniak.aspx
35. Posted by helipilot777 @ YouTube   2008年10月28日 02:24
破壊と創造、新たな社会システムとしての教育システムのコンセンサス作りが必要です。 受験産業と政策に失敗を認めたく無い方々に任せていたのでは穴のある鍋から 穴のある鍋へ水を移している様なもので 受験戦争、引きこもり、学部の教育と企業の期待との乖離、Post Doctorの就職難、英語力の改善等は期待出来ません、、、 

新説、受験戦争は解決可能である!
http://www141.sannet.ne.jp/juken/index.html

http://ejwatanabe.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-bea8.html
”全入時代の大学 大胆な「機能分化」に取り組め”

http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/a/56/index.html
「規制だらけ」日本の教育を変えるヒント
経営コンサルタント 大前 研一氏   2006年11月15日

 NTT Dataのコンセンサス社会に関する論文ご参考まで。 Case1の概念図、ご参照。
http://www.nttdata.co.jp/event/report/consensus/cc_vol16-18.html

是非 Internet上で案を練り上げ、行進し制度を変えていきませんか? 

36. Posted by 柴田勝征   2008年10月28日 08:55
YKさん、

> しかし、ここで私が言うべきことは、地方であれ、無名であれ、絶対に潰してはならないタイプの学校が存在し、私はそれを守るために働かなければならない、ということだけです。そして、そのタイプとは何かという問題は、働いている私が知っていればいいことでしょう。

私も100%同感です。

37. Posted by なおみ   2008年10月29日 21:21
以前<私は教育改革そのものには、とても興味がありますが、いきなり制度を発足し、混乱し、その後落ち着いていく…という形での改革は日本では難しいと感じているのです。まず、こうしたことは、それを非常に望む一部の人々の限定された世界での小さな成功の積み重ねと問題の修正をくりかえすことからはじまって、次第に市民権を得て広がっていくのなら日本にその制度がもし合っているのなら根付くのかもしれないと感じています>とコメントさせていただいたのですが、成功の積み重ねという言葉が具体的でなかったので、もう一度コメントしなおさせてください。コメント20番の松浦豊さんの<今回のノーベル賞受賞者の方達の言われた様な内容のオルタナティブスクール>や以前私のブログでYKさんが↑のURLの記事に<生活を豊かにする科学的思考、合理的思考と、もう一方で、人生を味わうための自然観、人間観、宇宙観、家族観、死生観などの価値観を教育に反映することはできるかどうか…そうした教育の実現を田舎で考えている>というくださったコメントにあるような本当に教育の未来について考えている方々が、クリエイティブで独創的な個として魅力ある教育を作っていくことからスタートした方が良いと考えているのです。
38. Posted by なおみ   2008年10月29日 21:21
新しい価値観が根付いていく中で、できるところから現実の経済的な問題や先の指摘にあった日本社会が物事の合理性よりも、既存の共同体(員)の利益を守ることを遥かに優先する社会だという問題(実現には共同体の意識の変化が必要)を少しづつ解決していったらよいと思うのです。そんな悠長な…と感じるかもしれませんが、「ゆとり教育」の失敗も、制度だけが先走って、その良さを実現できる人が周囲を納得させられるほどの実績を積む間もなく、現場のその教育の勝ちがわからない人の手によってゆがめられてしまったからだと感じています。そうした理由から、まず制度をという考えに反対はしているものの、私自身も現状に問題を感じ、子供たちにより良い教育の道が開かれる事を望んでいるひとりなのです。
39. Posted by なおみ   2008年10月29日 21:24
↑「価値」が「勝ち」と変換されていました。すいません。
40. Posted by なおみ   2008年10月29日 21:48
どんなに良い案も「だれがネコに鈴をつけるのか」という問題にぶつかると、厳しいです。私がtoshi先生のお考えに引っかかりを感じるのは、もし受験のプレッシャーがなくなって、中高で豊かな教育を実現できるゆとりが生まれたとして、toshi先生が実践されているような問題解決授業を基本とする豊かさのある教育を実現しようとする先生が何パーセントいるのだろう…という疑問なのです。進学をあまり考えていないのんびりした中学や高校というのは今も存在していますが、その学校の子たちが進学校の子らより学問的好奇心を花開かせているように見えないのです。といって、偏差値が低いから卑屈になっているというのではありません。ふつうの現代っ子がゆとりができるとそうなるという姿を体現しているだけです。ですから制度によって時間のゆとりが先にできるよりも、子どもを豊かな教育に導ける人材が整い、新しい教育制度を実験的に実践し、学ぶ事を愛する人間性豊かな子供達を社会に送り出していくことが先だと感じているのです。そうして世間が注目し、認めれば、最終的には日本の教育制度までもが変っていくのではないかと思っています。
41. Posted by toshi   2008年10月29日 23:05
柴田勝征さん
 コメント23、24番は、わたし宛ではないようですが、
 二極分化社会の進行に伴う受験システムの弊害については、わたしが常々記事にしているところですから、ご紹介の刈谷剛彦氏の本は、ぜひ読んでみたいと思いました。
 24番の神原敬夫さんの論文にふれたコメントでは、『夏休みをつぶして、〜。』と受け取れる文になっています。まあ、期末テスト終了時のいい時期でないことは確かですが、同氏は、『つぶして』とは書いていないと思います。
 また、読書習慣、読書傾向や、授業評価など、意欲にかかわる調査結果については、日ごろの生活や思いを聞いているわけですから、調査時期が関係しているとは思えないのですが、・・・。
 また、『かなりの設問に対してフィンランドを抜いて世界1の点数を上げています。』は事実と異なると思います。
 わたし、ある年の読解力リテラシーについて調べましたが、日本がフィンランドより有意差をもって上にあるのは、44問中10問に過ぎませんでした。世界1はもっと少ないですよ。まあ、そんなことにこだわるわけではありませんが、誤解は解いておきたいと思います。
 また、25番の「現在の日本では、大学入試制度は事実上廃止されている」については、単に日本の全大学の定数合計を満たさないからといって、受験戦争が軽減されたとみることはできないでしょう。
42. Posted by toshi   2008年10月29日 23:15
また、卒業はきびしくと言っているのですから、《弱肉強食の自由競争が起こって、首都圏の有名大学に学生が無制限に集中する》ことはないと思われます。フランスのバカロレア資格では、大学に入るのは簡単でも、卒業はきびしいので、大学進学にはこだわらない傾向がうまれたと、姪の言葉にあったのですが、そこまできびしくはしなくても、一部大学に集中することはない。わたしはそう思います。 
 26番の北九州市での集会のお話は、とてもすてきですね。わたしは、大学もそういう特長ある学問の場を持つべきだと思います。魅力的な場で学問に励む学生像を夢見ています。
43. Posted by toshi   2008年10月29日 23:34
helipilot777 @ YouTubeさん
 いつも貴重な文献の紹介をいただいてありがとうございます。『新説、受験戦争は解決可能である!』や、『「規制だらけ」日本の教育を変えるヒント』は、特に感銘を受けました。特に後者のほうは、先ほど投稿した、『学校選択制』の記事にもかかわると思いました。また、それらにリンクさせていただきながら、記事にできればいいなと思っています。ありがとうございました。
 社会が急激に変わっているのに、教育のシステムだけが旧態依然としていたのでは、確かにまずいですよね。『国民のコンセンサス』づくりの一助になるべく、ブログでがんばりたいと思います。
《会社に入って必要なのは 数学、物理、経済学等の大学での授業の沢山の授業からの知識ではなく、 いかに他の人と協調して物事を達成するかのSkillである。》
そう。まさに、そういう資質を養う教育を、小、中、高で行えるようにすることが大切なのですね。ただし、会社に限定する問題ではないですね。社会人として生きるうえでの、それこそ、基礎・基本といえるのではないでしょうか。
44. Posted by toshi   2008年10月29日 23:47
なおみさん
 《いきなり制度を発足し、混乱し、その後落ち着いていく…という形での改革》がまずいことに関して、また、《「ゆとり教育」の失敗も、制度だけが先走って、その良さを実現できる人が周囲を納得させられるほどの実績を積む間もなく、現場のその教育の価値がわからない人の手によってゆがめられてしまったからだと感じています。》はまったく同感です。今日、投稿した、『学校選択制』の記事も、そういうことにかかわると思います。
《進学をあまり考えていないのんびりした中学や高校というのは今も存在していますが、その学校の子たちが進学校の子らより学問的好奇心を花開かせているように見えないのです。》ですから、わたしは、受験システムの廃止と、教員の指導力アップは同時進行でなければならないと主張しています。また、大学の卒業をきびしくとしか言っていないからかもしれませんが、『各学校段階で、その時期にしかできない教育を完結させる。』ということは、高校だって、『入学はやさしく、卒業はきびしく。』ということなのです。
 まあ、諸外国にみられるように、小、中まで留年がある制度にとまでは言いませんがね。
 《まず制度を》とまでは、わたしは言っていないと思います。先ほど申したように同時進行です。
45. Posted by なおみ   2008年10月30日 08:45
toshi先生へ
<卒業はきびしくと言っているのですから、《弱肉強食の自由競争が起こって、首都圏の有名大学に学生が無制限に集中する》ことはないと思われます。フランスのバカロレア資格では、大学に入るのは簡単でも、卒業はきびしいので、大学進学にはこだわらない傾向がうまれた…>という柴田先生へのお返事について、少し疑問を感じています。
フランスの学生は、ファッションがあれほど大切にされている国にもかかわらず、ジーンズとトレーナー(シャツ)という地味でシンプルな(実用的な)格好をしていると何度か雑誌で見た事があります。それは、学生にもかかわらず、男の子までブランド物を身にまとい、派手に遊ぶ日本の学生と対照的な姿です。合理的な考え方をしたり、客観的に自分が見れたり、自己責任について本当の意味でわかっている人が多いヨーロッパの人がからこそうまくいっていることを、日本に当てはめて考えるのは難しいと思うのです。日本では、、《弱肉強食の自由競争が起こって、首都圏の有名大学に学生が無制限に集中する》ことは、大いにありえると思っています。「たまごっち」や「遊戯王カード」のようなおもちゃに大の大人が大金を払って売買するなど、日本人独特の流行だけで物を判断したり、目先のことに気持ちを奪われて、大きな視野で物を眺めれなくなるところがあります。それが大学だけは、堅実なヨーロッパ人のような確かな価値観で選べるようになる…とは思えないのです。テレビ番組の流行、ものの流行を見ていれば、「首都圏の有名大学といったって中身はおなじだから…」という見えない質を感じ取って、地方の名前のしれない大学を選ぶようになるのか疑問なのです。自分に何が必要か、何を学びたいかよりも、他人からどう見られるか、判断されるかを重要視している日本の学生は多いです。
46. Posted by なおみ   2008年10月30日 08:45
日本には、返す能力がないのに借金をしたり、客観的に自分の力を見つめずに、がんばれば信じればできると思いこんだりする人が、バーチャルな世界に囲まれるようになって増えている気がします。また、推測したり想像したりすることが難しく、細部にこだわって全体を見ない広汎性発達障害の子らが、入学したものの卒業できないケースが増えることも考えられます。まじめにいくらがんばっても能力的に無理があった場合、最初に厳しいようでも、卒業に至れそうか判断のめやすになる受験があることは、お金と時間の浪費をふせいでくれると思うのです。
47. Posted by なおみ   2008年10月30日 08:46
私も自分の子が勉強する様子を見ていて、いくら「絶対、○に行きたい!頑張るから!」と口では言っていても、3日坊主で、すぐに計画を放り出してテレビを見ているような間は、本人の一時のやる気だけで何か選ばせるのはしんどいな…と思っているんです。まだ子どもなので、自分ができると思っていることと、本当にできることの間に大きな開きがあるのです。それを私の決め付けで「あなたにはできない」というつもりはなく、受験期間という自分の能力と持続力を見つめる期間があることは、苦しい家計から大学費用を捻出しなくてはならない我が家のような家庭ではずいぶん助かっている部分もあるのです。だから受験が必要とまで思っていないし、忙しすぎる進学校の高校生の姿は見ていて辛く疑問も感じています。
48. Posted by なおみ   2008年10月30日 08:47
<《まず制度を》とまでは、わたしは言っていないと思います。先ほど申したように同時進行です。>
は、よくわかります。私はあれこれ意見をこのコメント欄で書かせていただいていますが、それは私の思いであって、toshi先生への批判ではないのです。
自分の意見が通ればいいと考えているわけではありません。もし今、私には理想論のように思えるものも、実際やってみればうまくいって、多くの子どもたち良いものがもたらされるなら、それはそれですごくうれしいんです。誰の意見が正しかろうと、私にとっては、最終的に、子ども時代が明るく豊かなものになったり、子どもの未来がすばらしいものになるのなら…それが望みなんですから。批判しているように見えることも、子どものために実行した良いことが準備不足で途中で廃止されてしまうのが嫌だから、前もって予防のためにあれこれ批判しているだけなので、それらが取り越し苦労で、本当はうまくいくのならいいなと考えているのです。
49. Posted by toshi   2008年10月31日 04:14
なおみさん
《合理的な考え方をしたり、客観的に自分が見れたり、自己責任について本当の意味でわかっている人が多いヨーロッパの人だからこそうまくいっていることを、日本に当てはめて考えるのは難しいと思うのです。》
 なおみさんは、ずいぶん日本人に関して悲観的ですね。
 なおみさんのおっしゃる日本人像の存在こそ、受験システムによって毒された学校教育の弊害を示していると思います。だって、合理的な考え方をしたり客観的に自分が見れたり、自己責任の意味が分かっていたりする、そういう教育を受けさせてもらっていないのですもの。
 わたし、最新記事のなかで、かつての教え子の同窓会にふれましたが、同じ彼らが、20代のころの同窓会で忘れられないものがあります。
 ちょうど、『新人類』という言葉がはやっていたころでした。二次会で、彼らが怒っていました。
『toshi先生。ぼくたちを見ていて、新人類などと思われますか。』
 わたしははっきり言いましたよ。
『いや。まったくそうは思わない。君たちは十分、自主的、主体的に生きているし、人との関係も豊かなものがある。まったく思わないよ。』と。
 それになおみさんのお子さんだって、十分に自主的、主体的、創造的な生き方をされているではないですか。
 わたしはほとんどの子どもがかよう公教育こそがそういう教育を実施できる、そういう日本にしないと、二極分化が進行しつつある今、日本は大変なことになると思っているのです。
 受験システムの解消と教員の実践力強化が同時進行という意味も、そこにあります。 
50. Posted by なおみ   2008年10月31日 08:00
toshi先生へ
私の捉え方が悲観的だからとか、受験システムに毒されてとかでなく、日本人がヨーロッパ人と異なる考え方をするのは当然だし、テレビなどの影響も大きく日本人の意識に影響を与えていると思っています。toshi先生のお若いころほど、現在っ子は学歴に対するコンプレックスなどは少なく、むしろ顔や見た目について序列をつけて悩む姿の方が目立ちます。男の子までもです。それまで受験システムがなくなると消えるとは思えないです。何がなくなっても、日本人的捉え方(個人主義になりきれないところ)はあるのではないでしょうか?
51. Posted by なおみ   2008年10月31日 08:01

うちの子が10代で自分の本当にできることとやりたいことの間で揺れながら試行錯誤を繰り返しているから、自主的でないとか創造的でないとも思っていないのです。そういう年齢だから、私が評価するのでなく、自分である一定の期間試させたいのです。別に受験でなければならないと思っているわけではありません。相手がまだ力を貯めていないときに、勝手に信じてはっぱをかけ、失敗したら手のひらを返したように切ってしまうということをしたくないだけです。10代の間は、夢を大きく抱きつつも等身大の自分に気付いていくことも大事だと感じているので。娘も息子も受験期間の間に、将来、自分にあった仕事について真剣に考えるようになりました。職業名として選ぶのでなく、勉強という作業を通して、自分に何が向いているのか、どんなことにどれくらい夢中になれるのか気付いていったのです。10代も半ばを過ぎると大人が褒めたり叱ったり、評価したりしても、子供達にはあまり意味がないようです。自信は自分で作っていってます。私はあまり口は出さないけれど、冷静な目で見て、背後では支援しています。
難しい年頃の、中高は、教員の実践力アップがそのまま子どもの能力の向上と結びつきにくい時期じゃないかとも感じているのです。反抗期で大人の言うことに従いたくないし、褒めてもほしくない。でも仲間の間では目立ちたい。そうした時期に自分の意志で進められる受験や競争はそこそこ必要でもあるのだと思ってます。ただ、今の日本の受験の現状は賛成できるものではありません。クリエイティブさや独創性を育てる配慮がされていないですし…。
52. Posted by なおみ   2008年10月31日 08:01

私がここで、いろいろ問題点をあげているのは、悲観的な考えにとらわれて、二極分化の進行を加速させようとしているわけではないんです。どんな良い案も現実的な問題点を十分に意識して、対象の良い面だけでなく欠点もきちんと把握していないと、実際スタートしたらうまくいかなくなってしまうからです。欠点は欠点として冷静に見つめて対処を考えることを、消極的な考えとは思ってないんです。
53. Posted by HeliPilot777@YouTube   2009年07月30日 01:50
下記のテーマで 政策議論の場 Google Moderatorに Upいたしました。
 ”教育改革、海外留学への奨学金, 知識社会時代の人材育成”
http://moderator.appspot.com/#16/e=a372a

雇用を創出する新たな産業の立ち上げや 楽天、ユニクロ、Softbank等の優位性がありMarket NeedsにあったVentureを立ち上げる為には Creativeで Innovativeな人材を増やす必要があります。 海外のTop Levelのビジネススクールや NanoTech, WebMedia, CleanEnergy、社会政策等の専門分野の大学院等に留学する人間に対しては 企業からの奨学金制度を拡充し 100%所得税税額控除を企業に対し認める必要があります。

 異文化に触れ、Innovative Spritのある人材との交流等 多様な経験が経済の発展には必要です。

世界第二の経済大国も 知財を活かしたビジネスに変革する必要があり 海外のTop Schoolに受かる人はどんどん行かせて勉強し 帰国後実践していただく必要があります。

 社会人もグローバル化、Internetにてビジネスモデルが変わる中、大学院等にて勉強する必要があるが、身近に社会人大学院が無い、職場の理解が得られない、などと問題がある旨の日本語の論文です。
http://db1.wdc-jp.com/cgi-bin/jssp/wbpnew/master/download.php?submission_id=2006-E-0020&type=1

http://www009.upp.so-net.ne.jp/juka/Lifetimecontractchart1.pdf

54. Posted by toshi   2009年07月31日 09:06
HeliPilot777@YouTubeさん

 ご活躍のご様子、何よりと存じます。

 ほんとうに、日本の教育がもっともっと考える力を養うものであれば、今の日本の経済状況にしても、改善の兆しはいくらもみられるようになるのだと思います。

 人間愛、環境問題への洞察などを根底に置いての雇用の創出、これからの成長産業の見極めなど、いくらもできそうに思うのです。また、そこにネットが果たす役割もあると思います。

 この点での、今の日本の政治の貧困は否めないと思います。

 
55. Posted by HeliPilot777@YouTube   2009年10月19日 03:38
Toshi Sensei

新しい文部大臣による、破壊と創造が必要と思います。

http://knol.google.com/k/eiji-a-j-hagiwara/%EF%BC%92%EF%BC%91%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AE%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%95%99%E8%82%B2%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0%E3%81%B8%E3%81%AE%E6%8F%90%E8%A8%80-overhauling-japanese/2cg2xof6ancr8/12#view

利用者の利便性を実現するOverhaulの必要性について
世界がGlobal化し 欧州全域で大学の単位の互換性や編入のシステムが確立されていることや 様々なNeedsに答えるべく教育改革が各国にて行われていることを考えると 日本の現状に於いて 国立大、公立大、私立大等の縦割り経営が 優れた教材の共有、留学制度や編入制度の拡充、 社会人への大学のアクセスの容易性を防ぎ、割高な教育コストを招いていることなどから 大幅な教育システムのOverhaulが早急に必要である。 今回の政権交代で奨学金の拡充等が期待されるが 地元で自宅から通いながら学部の2年間の教養課程を受講する等、より多くの大学をシステム上、連携させる制度の新設により 生活費を含めた教育コストを下げる、 学科の選択枝を増やすなどの方策の導入も不可欠である。
56. Posted by HeliPilot777@YouTube   2009年10月19日 20:18
上記に関する 提言、Action Item  
URLに纏めました。
http://knol.google.com/k/eiji-a-j-hagiwara/21世紀の日本の教育システムへの提言-overhauling-japanese/2cg2xof6ancr8/12
57. Posted by toshi   2009年10月20日 11:40
HeliPilot777@YouTubeさん
 
 貴ホームページで、わたしの記事を引用していただいていることが分かり、感謝しています。ほんとうにありがとうございます。
 わたしは、大学のことには詳しくありませんが、外国と日本の大きな違いは、《大学の単位の互換性や編入のシステム》がないことでしょう。これは、『確立できていない。』云々の問題ではなく、受験体制がある以上、もう、まったく考えることすらできない状況に日本があるということだと思います。 民主党マニフェストによれば、本コメントに関連することでは、『大学入試のあり方については、大学センター試験・大学入試そのものの抜本的な検討を進めます。』としか書かれていないのですが、ほんとうに、HeliPilot777@YouTubeさんがおっしゃるような視点での改革が必要と思います。

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