2008年10月26日

教頭先生のお仕事(4) 補佐について4

441efc07.JPG まずお断りさせていただきたい。

 今日の記事で、標題の『教頭先生のお仕事』ともいうべき内容は、後半部分になってしまうであろう。申し訳ありません。


 かつて記事にさせていただいたことがあるが、わたしの、教頭から校長への昇任は、学校が変わらなかった。これを『自校昇任』と言う。

 我が地域において、自校昇任は、そんなに多くはないが、めずらしいというほどでもない。

 まあ、校長に昇任したからといって、誰でも経験できることではないだけに、いろいろ貴重な経験をさせていただいた。


 教職員が、『校長先生。おめでとうございます。これからもよろしくお願いします。』と言ってくれるが、当座、お互いに感覚がなじまない。


 教職員の、『教頭先生。』と呼ぶ声に、新教頭とわたしが同時に、『はい。』と答えてしまう。さらに、念の入ったことには、その教職員も、わたしの方を向いている。

 新教頭の返事を聞いて、『あっ。いけない。間違えた。』

 その教職員も、わたしも、何とも申し訳ないような、そんな感じになって苦笑いだ。


 子どもも同様だ。

 新聞発表のあった日、新教頭と町を歩いていたら、子どもと出っくわす。

『教頭先生。こんにちは。

 教頭先生は、今日、校長先生になったんだよね。わたし知っているよ。新聞に出ていたでしょう。お母さんが教えてくれたの。』

 知っていても、呼ぶ声は、『教頭先生』なのだ。当然だけれどね。

 
 学校においても、5月いっぱい続いたと思う。

 子どもが、わたしに、
「きょうと・・・、あっ。いけない。間違えちゃった。校長先生。」
などということがあった。あわてて口を手で押さえるしぐさがかわいかった。

 ことほどさように、自校昇任というものは、まわりの皆さんに迷惑をかける。


 鍵のありかにしても、継続中の仕事にしても、何でも、わたしの方がよく知っている。当然のことだ。ついうっかり、わたしが立ったり答えたりしてしまう。

「申し訳ありません。いつも、もたもたしているばっかりに、校長先生にご迷惑をおかけしています。」
「いいや。それは違いますよ。わたしがいつまでも教頭気分でいて、ほんとうに申し訳ありません。」

などというやり取りが、何度となくあった。



その1

 さて、やっと本題に入るのだが、わたしには、このときのことで、一大反省事項がある。ほんとうに、このときは汗をかいた。


 年度の切り替え時は、市教委等への提出文書を中心に、仕事量が多い。それも、提出期日が、4月初旬だったり、中旬だったりする。

 それでも、教頭異動のときは、そういう仕事は3月中にやってしまって新教頭に迷惑をかけないのが、一応、マナーとしてあるだろう。なかには鉛筆書きで新教頭に引き継いでもらうものもあるが、まあ、それはいろいろあっても、できるだけ迷惑をかけないようにするのが大切だ。


 ところが、わたしは、『学校が変わらないのだから、まあ、ゆっくりとりかかればいいだろう。』と、仕事の先延ばしを決め込んだ。


 その仕事を黙ってやっていると、新教頭に見つけられてしまった。

「あっ。それは、わたしの仕事です。わたしにやらせてください。」

あわてたわたし。

「いや。それは違う。これは本来昨年度中にやっておかなければいけないもので、わたしの仕事です。」
「いえ。そうではありません。4月1日過ぎたら、それはわたしの仕事です。」

 何度もそうしたやり取りを繰り返したあと、けっきょくわたしがお詫びするとともに、強く校長職権(?)を主張し、わたしがやらせてもらうことを了承してもらった。


 それにしても、ちょっと前のお猿さんではないけれど、一大反省を迫られた。反省しても、もう遅い。教頭に戻ることはまずないのだろうからね。

 仕事の先延ばしはいけない。



その2

 これは秋ごろのことだ。

 教頭もすっかり学校になれ、教職員、PTA(保護者)、子どもなどとうちとけて話すようになっていた。皆さんからの信頼も厚い教頭だった。


 そのときは、職員室に、2人だけしかいなかった。

 話の流れのなかで、

「そう言えば、校長先生は、今日、A先生に・・・、あっ。いけない。・・・。校長先生。一言、言わせていただいていいでしょうか。」

「ああ。いいですよ。・・・。何だろう。こわいなあ。」

「校長先生は、今日、A先生に、かつてのご自分の学級経営の自慢話をなさりましたでしょう。」

「ああ。しましたよ。だって、A先生が、『教えてください。』と言ったから。」

「それは、校長先生が、かつて、こういう学級経営をしていたとおっしゃれば、先生方は、『教えてください。』って言うしかないですよ。

 でも、A先生は、今、ご自分の学級経営で悩まれていることがあります。そうしたなかでは、おそらく素直には受け取らなかったと思います。

 わたしにしても、同じです。とても素直な性格ではないですから、『何さ。自分の自慢話をして。』そのようにひねくれた受け取り方をしてしまうと思うのです。

 ここは、やはり、ご自分の学級経営としてではなく、校長先生の教育観というか、児童観というか、そういうかたちでおっしゃった方がよかったのではないでしょうか。

 ・・・。すみません。つい、校長先生に甘えて、言いたいことを言ってしまいました。申し訳ありません。」

「ああ。ほんとうだ。確かに、A先生に対しては、そうだね。いやあ。まいったなあ。教頭先生のおっしゃるとおりだ。」



 さあ。まとめに入るが、

 教頭の職務は、学校教育法第28条第4項において、

『教頭は、校長を助け、校務を整理し、及び必要に応じ児童の教育をつかさどる。』と規定されている。ただし、前段が主たる職務であって、後段は副次的職務とされるのが通例であろう。


 この補佐についての概念は、一応言葉としての定義はあるが、職務の実際としては、いろいろな解釈が成り立つだろう。


 わたしは思う。

 校長とて、人間である以上、個性的存在である。校長であるわたしも皆さんの個性を大切にする。それなら、教頭の補佐も、校長の個性を見つめ、把握したうえでの、補佐であるべきだ。

 校長とて、人間である以上、クセがあるだろう。完全無欠などということはない。そこをカバーしてくれれば、学校経営はより完璧に近づく。


 校長と教頭は、原則として、一校に一人ずつしかいない。

とすれば、100校あれば、100通りの補佐の仕方がある。

わたしはそのように理解する。



 でも、この記事を読まれる教頭先生からは、次のような言葉が出そうだ。

 『とてもじゃないが、校長に対し意見することなど、できません。』

そうだよね。痛いほどよく分かる。


 ここは、校長の資質も問われるところだ。

 完全無欠のものなどいない以上、校長がワンマンのように振舞えば、危機はそれだけ増大すると肝に銘じたほうがいい。

 『その2』のような意味での補佐はしてもらえなくなるのだからね。


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 教頭が校長批判をしている場合、ときに、『この人は、自分が描く理想の校長像に仕えようとしているのではないか。』と感じることがあります。

 これだとまずいですね。

 理想の校長像に耐えうる校長など、ほとんどいないだろう・・・からです。


 まあ、そうは言っても、教頭は手広く、『どこからでもこい。』といった感じの態勢をつくっておく必要があり、それはそれでつらいときも多いですよね。

 ほんとうに日夜、ご苦労様です。くれぐれもご自愛ください。

 
 最後に、今日の記事に少しは関連すると思いますが、管理職は男女の組み合わせがいいという趣旨の記事を書いたことがあります。よろしければご覧ください。

    両性のこと(1) 学校管理職

rve83253 at 01:03│Comments(0)TrackBack(0)学校管理職 | 学校経営

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