2008年10月29日

『学校選択制』はどうなる?4

e7aea9cc.jpg 今、学校選択制について、見直しの機運が高まっているようだ。

 報道によれば、群馬県前橋市が、来年度から廃止することに決定したと言う。また、東京都江東区も、小学校に関しては、原則徒歩圏内からの通学に限定すると言う。こちらは縮小とある。

 学区外からの就学がある程度定着したなかでの廃止は、影響も多大なものがあるのではないか。いささか、心配である。

 

 わたしは、ここに、理想と現実のハザマに、もがく姿をみる。

 


 わたしは、当初、この制度を好意的にみていた。


 話は変わるが、

 もう、10年くらい前のことだ。わたしの教え子たちが、同窓会を開催した。彼らの多くは、幼稚園、小学校に通うお子さんをお持ちだったが、突然、インパクトのある質問を受けた。

「toshi先生。小学校を親が決めることは、なぜできないのですか。」
「そうですよ。幼稚園は自由に選ぶことができたのに。」
「小学校だって、どこに通うか、親が決めたいですよ。」

 予期しない質問で、しかも、そこには切実な思いを感じたし、その質問が一人や二人でなかったことに、いささかびっくりしたが、わたしは、冷静を装い、逆質問をした。

「何でそんなに選びたいのよ。小学校なんて、どこも、そんなには違わないだろうに。それに、まだ、6・7歳の子どもたちだ。安全面からみても、近いところがいいに決まっているだろう。幼稚園のような園バスなどないのだし。」

 前者は、心にもないことを言った。一口に小学校と言ったって、内容はかなりいろいろあることは分かった上での言葉だった。


 案の定、子どもたち(?)は、口々に言う。

「いや。違いますよ。小学校だって。人気がある学校、信頼されている学校って、やっぱりありますよ。」
「うちの子が通うことになる小学校は、外国人講師が定期的に来て、英語教育をやっているそうです。でも、そんなの、どこもやっているっていうわけではないでしょう。」
「toshi先生は、小学校の先生なのに、ほんとうにどこも違わない、同じって思っていらっしゃるのですか。」

 逆襲され、その点は正直に認めざるを得なくなったのだけれど、


 それまで、このような話は聞いたこともなかった。我が教え子ながら、保護者の意識が急速に変化しつつあるのを感じた。いや。教え子だからこそ、率直なところが聞けたのかもしれない。

 けっきょく、教え子たちの気持ちに、共感せざるを得なくなった。その理由は、


 今でこそ、我が地域では、どの小学校も、外国人講師が来るようになったけれど、当時はまだ、一部の学校だけだった。(関連記事があります。『英語教育導入は、異文化理解のために』

 だから、それを引き合いに出されれば、認めざるを得なくなったのだった。



 ところで、現在も、特色ある教育実践を積み重ねている小学校は、いくらもある。

 情操教育・体力づくり・問題解決学習・総合的な学習の時間の実践、それに、各教科の研究。さらには、地域との連携、外国人講師のほか担任も行う英語教育など、など。

 また、子どもが進学する中学校とも連携し、小中一貫教育に力を入れている学校もある。

 このように、特色ある教育実践がみられるのだ。けっして、どこも同じではないよね。教え子の皆さん、ごめんなさい。心にもないことを言って。



 そこで、さあ、

 冒頭の、『当初、この制度を好意的にみていた。』に戻るが、


 学校が、そのような自校の特色を、地域の保護者に、おおいにPRすれば、

 保護者は、自分のもつ教育観やお子さんの個性などを勘案した上で、自由に学校を選択できるようになるだろう。


 逆に言えば、学校が特色をもつことにより、

 たとえば、学区の小学校が、『体力づくり』を特色としていたとしよう。しかし、その地域に住む家庭に、子どもが運動を苦手とし、保護者もその意義をあまり感じていないようなケースがあったとしよう。

 こういう場合、学校選択制をとり入れることは、子どもと学習内容とのミスマッチをなくすことができるわけで、

 これは、新しい時代の公教育のあり方として、大変望ましいと思ったのである。



 ところが、これは、全国的に視野を広げると、わたしの誤解だったようだ。実際にとり入れられた学校選択制は、とてもそのようなものではなかったようなのである。


 今、かつて、記事にさせていただいた品川区を例に考えてみよう。

 ここは、つい最近、テレビ報道番組『バンキシャ』がとり上げたし、わたしはそれをもとに記事にまとめさせていただいた


 上記、画面を見ると、この区の教育長は、もう、はなから、わたしが思ったような、学校の特色づくりは、眼中にないことが分かる。

 あるのは、学力テストの点数競争、そして、ノルマのような数値目標。

 また、これは、画面がオーバーなのだと思うが、学校評価には、教員の服装チェックなどもかかわっているようだった。


 これでは、保護者が学校を選択する観点が違ってきてしまう。テストの点数を上げてくれる学校はどこか。それしかなくなってしまうのではないか。

 かりに、『豊かな情操を育む教育』を望む保護者がいたとしても、そんな観点で選択する余地はなさそうだった。


 現実に、保護者が学校を選択する観点は、

・落ち着いた雰囲気をもっているか、
・人気のある学校か、
・施設は充実しているか、など、など。また、中学校なら、
・子どもがやりたがっている部活があるか、

 そして、それらの多くは、風評に大きく支配されたようだ。

 いったん評判が悪くなり、人気が落ちると、あとは、どんなに学校が努力したとしても、それはなかなか知られていかない。いったん広がった格差は強烈なインパクトとなり、修正されるどころか、拡大する一方になったようである。

 
 そうなると、選択制の問題点ばかりが浮上するようになった。

・通学の安全が保てないとか、
・地域への愛着が薄れるとか、
・児童・生徒数の極端なアンバランスが生まれるとか、

 また、彼らがねらう、(テストの点数の)学力向上もおぼつかなくなってきたのではないか。良かれと思って導入した学校選択制が、教育荒廃の象徴のようにみえてきたのではないか。

 その結果として、学校選択制の縮小や廃止の動きとなった。

 もっとも今のところ、品川区においては、そうした動きはないようだが・・・。


 ここに至り、当初、好意的に見ていたわたしも、反対せざるを得なくなったのである。



 どうしてこうなってしまったのであろうか。これまでの記述から、ご想像いただけると思うが、

 それこそ、教育実践の中身はどこも同じ。違うのは、それがうまくいっているか、その度合いが違うだけなのだ。

 そうだよね。もともと、学校同士を競わせようという発想なのだから。


 もう一つ。これは実際にあったかどうかは分からないのだが、

 わたしのいう、『学校の特色づくり』が進んでいたとしても、

 変革が、短兵急であり過ぎれば、やはりうまくいかないだろう。

 周知徹底が図られるまでに至っていない。いろいろ議論し合って、市民段階でのコンセンサスを得る努力をしていない。そのため、保護者の側から見た場合、選択の観点がとぼしくなってしまう。

 そういうこともあったかもしれない。



 ところで、我が地域における学校選択制はどうなっているか。

 実は、来年度、世の大勢に逆らい(?)、数校に限定しての話だが、学校選択制が導入されるようだ。


 その数校とは、『特色ある学校づくり』が進んでいる学校だ。

 ただし条件がある。

・通学に保護者が責任をもてること。
・当該校の、特色ある学校づくりに、保護者が賛同していること。
・他


 どうだろう。

 一番目は当然として、二番目については、他に例をみないのではないだろうか。


 単なる風評での、学校選択を避ける意味があるのではないか。また、お子さんの個性とのミスマッチを防ぐ意味合いもあるのではないか。


 わたしは、これこそ、学校選択制を有効ならしめる、本来の姿と思うのだが・・・、

 読者の皆様はどうお考えになるだろうか。


 ただ、問題点もありそうだ。

・どの程度、周知徹底が図られているかというと、現状では、いささか疑問だ。わたしの妻も、この新しい制度を知らなかった。 

・わたしの居住する地域の小学校も、特色ある学校づくりを推進し、今回の選択対象になっているのだが、そういう学校に通学する子どもの他校選択は、認められていない。

 こうした点は今後の課題になるであろう。


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 わたしは、今、拙ブログに、『受験システム廃止論』を展開しています。

 それに対し、賛否双方のコメントをいただいておりますが、そのなかで、『受験システムは画一化教育と深くかかわる。』という論調をご紹介いただいております。

 それはそうですね。

 各校まちまちの学習内容では、受験システムは成り立ちません。

 そうした意味で、本日の記事は、受験システムとも深くかかわりがありそうです。受験システムになじむ学校選択制は危なっかしくなり、そうでない学校選択制は・・・、まだ始まろうとしているところですから、今の段階では、何とも言えないですね。

 次回は、ご紹介いただいた『論調』をとり上げ、自分の意見と対比させながら、記事にさせていただきたいと思っています。

rve83253 at 21:31│Comments(0)TrackBack(0)教育制度・政策 | 保護者

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