2008年11月09日

オバマ次期大統領決定に思う。4

cd2975b3.JPG アメリカの大統領選挙があるたびに思う。アメリカの民主主義はすごいなと。

 ものすごく長い期間をかけ、諸手続きを経て、当選に至る。その間の、各州を回っての遊説などは大変な数だろう。だから、当選前から、世界中の人々が、その顔と名前を覚えてしまう。

 このような選出の仕方は、他に例を見ないね。



 オバマ氏の勝利演説に、次の言葉がある。

「この国の民主主義の力を疑う人がいるなら、今晩こそがその人たちへの答えです。

 老いも若きも、金持ちも貧乏人も、民主党員も共和党員も、黒人も白人も、ヒスパニックもアジア人もアメリカ先住民も、ゲイもストレートも、障害者も障害のない人も、アメリカ人はみんなして、答えを出しました。

 アメリカは今夜、世界中にメッセージを発したのです。

 私たちはただ単に個人がバラバラに集まっている国だったこともなければ、単なる赤い州と青い州の寄せ集めだったこともないと。私たちは今までずっと、そしてこれから先もずっと、すべての州が一致団結したアメリカ合衆国だったのです。」

 何と格調の高い演説か。



 リンカーン大統領は、書物の上でしか知らないけれど、

 ケネディ氏は、わたしが高校時代の大統領だった。(ケネディ氏当選に、興奮した記憶がある。)

 今回のオバマ氏の勝利演説。上記、両者に並ぶ格調の高さを思わせる。


 
 この三者には共通点がある。

 リンカーンの奴隷解放宣言、ケネディの人種差別廃絶政策、

 そして、その歴史を背景にしての、今回の、初のアフリカ系アメリカ人大統領の出現だ。



 ただ、前二者は、戦いのにおいも強いものがあった。


 今回は、上記勝利演説のように、融和、団結の精神で進むことを祈る。そうなってこそ、アメリカ合衆国の真価が発揮されるのではないか。



 さて、

 わたしはここで、『日本の民主主義』について、対比して考えてしまう。



 民主主義は、基本的には、いいものだ。

 民主主義体制に、疑義を、さしはさむ声は聞いたことがない。

 人類が永年、弾圧下での闘争を繰り返し、かち取った政治体制だものね。

 それゆえ、どんなに政治が病んでも、『だから、民主主義はダメなのだ。』とはならないのだろう。


 やはり、民主主義体制にどのような問題があろうとも、それは、守り育てなければならない。


 日本はご承知の通り、議会制民主主義の国だ。

 議会で多数を占めた政党から、首相が選出される。本来、政権運営はうまくいっていいはずだ。

 ところが、今の日本は、これもご承知の通りのねじれ国会。ギクシャクしっぱなしである。



 わたしは思う。

 民主主義国なら、民意が政治に反映されなければならない。いや。民意で政治が動かなければならない。

 それなのに、今の政権政党は、選挙をやると負けること確実だからという『本音』で、選挙を先延ばししている。つまり、民意を反映した政権でないことを承知したまま、『国民のため』と称し、政治を行っている。


 それだけではない。

 今後とも、場合によっては、衆議院の3分の2を使って、参議院で否決された法案を再可決しようとしている。これはもはや、民意への裏切りと言っていいだろう。

 少なくとも、こうした状況で、政権運営している以上、解散しないのなら、もっともっと謙虚さがほしいものだ。



 これは制度が悪いからだろうか。確かに、一院制なら、このような問題は起きない。

 しかし、一院制だと、民意がはなれた場合、もっと深刻だ。その状況は、今より見にくくなるし、そのため、傲慢さはさらに強まるに違いない。



 あるとき、民主主義の先進国、イギリスの例を聞いた。

 長い間の試行錯誤の末だそうだが、

 イギリスでは、ねじれ国会となった場合、直近の民意が大切にされる。

 つまり、直近の選挙で勝利した政党の掲げたマニュフェストにある法案には、与党といえども反対しないという慣行があるらしい。

 なるほど。これなら、政治はスムースに運ぶのではないか。

 これが事実か確認したわけではないが、日本もその慣行をとり入れたらどうか。

 制度は運用し次第だものね。良くも悪くもなる。



 ところで、わたしは、民意を反映していない国会について、かつて記事にしたことがある。それもあわせてお読みいただけたら幸いである。

   議会制民主主義の破綻(!?)

 

 これでは、

 アメリカの大統領制の方がまだいいかな。

 でも、そうとも言えないね。その場合は、大統領と議会とのあいだで、ねじれが起こりうる。

 やっぱり制度の問題ではなく、運用する人の問題なのだろう。



 最後に、けさの報道で、驚いたり笑ったりしてしまった。

 どこかが、アメリカ大統領選挙への関心度について、世界各国で調査したのだそうだ。

 日本は、なんと、アメリカを抜いて、世界第一位だったとのこと。

 おそらく、自民党総裁選挙より、高かったことだろう。

 これも、日本の政治への不信が、目を外国に向けさせたのだろうか。そうだとすれば、そこには、せん望のまなざしがあったのではないか。



 そして、それについてだが、

 リンカーン氏は言った。『人民の人民による人民のための政治』

 そして、ケネディ氏は言った。『祖国があなたに何をしてくれるかではなく、あなたが祖国のために何をできるかを考えて、〜。』

 さらに、今回、オバマ氏は、『変革はワシントンからやってくるのではない。ワシントンへ向かっていくのだ。』

 やはり、民主主義の原点は、国民にあるのだね。


 わたしたち、日本人が、肝に銘ずべき言葉ではないかと思った。


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 話は変わりますが、今の政治を見ていると、これが、学級なら完全に学級崩壊、学校なら学校崩壊しているだろうと思われます。

 だって、言うことがコロコロ変わるのだものね。ちょっと民意の反発を受けると、当初言明したことがすぐ変わってしまいます。これを何度繰り返したことでしょう。


 もし、これが、学級の場合なら、

「今日の1時間目は図工をやる予定だったのだけれど、ちょっと国語が遅れているので、国語をやります。」
「ええっ。もう図工の用意しちゃっているよ。」
「そうだよ。先生。昨日、言ったじゃんよ。〜って。約束はしっかり守ってください。」
「ああ。そうだったわね。じゃあ、やっぱり図工にしましょう。」

 しっかりしている学級なら、これをやってもビクともしませんが、安定さを欠いた学級でこれをやると、学級崩壊の一つの要因となります。

 前もって、どういう姿勢で子どもに話すか。『昨日言ったこと』も含めて、よく考えて臨みたいものです。

rve83253 at 14:11│Comments(0)TrackBack(0)エッセイ 

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