2008年12月03日

不況を乗り越える!4

400d2d2c.JPG 麻生首相が、経済界首脳と懇談し、労働者の賃上げと雇用の安定を要請したという。
 自民党政権が、こういうことをお願いするというのは、異例のことではないか。それだけ、今の不況は深刻ということだろう。

 しかし、同首脳は、雇用の安定はともかく、賃上げには難色を示したという。

 
 経済界首脳の回答はやむをえないことなのか、それとも、問題なのか、それはわたしには分からない。
 しかし、一つだけ、言いたいことがある。



 いきなり話がそれてしまうが、

 我が祖父は、わたしが中3のとき、脳溢血で亡くなった。

 その祖父は、戦前、理容業を営んでいた。戦後は廃業し、我が家族と一緒に住んでいたが、そのようなわけで、よくわたしたちの頭髪をかってくれた。



 生前、その祖父が語っていた言葉で、忘れられないものがある。

 それは、昭和大恐慌のころのことだ。

「あのころは、ほんとうに生活するのが大変だった。一日中、店を開けていても、お客さんが一人も来ない日があった。みんな、お金がないから、自分でかってしまうのだな。当時、一番経費削減できるのは床屋だったというわけだ。

 だって、食費など、生きていくうえで、必要最低限の費用をけずることはできないだろう。その点、頭髪をかるなどというのは、当時、庶民はそんなにおしゃれのできる時代ではなかったから、一番節約できたというわけだ。

 そんなわけで、ちっとももうからないから、何度も引越しをした。どこへでも行ったよ。でも、みんな似たり寄ったりで、いいことは少しもなかったなあ。」


 その話を聞かされたのは、わたしが子どもだったころだから、単純に、『それでは、ほとんどもうからないだろうな。いったい祖父はどうやって生活したのだろう。大変だっただろうな。』などと思っただけだった。でも、こうして、よく記憶しているところをみると、衝撃を受けたことは間違いない。



 その後、中学、高校と、日本史を学ぶにつれ、当時、

 東北地方では、娘の身売りが起きたり、

 『大学はでたけれど』という言葉に象徴されるように、就職できない大学生が大量にでたりして、

 これが、第二次世界大戦勃発の一つのきっかけとなったことを知る。そういう意味では聞きしにまさる不況だったと言えよう。




 そういう時代だったことを思うと、以下のことはすごいことだと思う。


 わたしは、かつて松下幸之助氏のことを記事にさせていただいたことがある。


    豊かな人間関係の構築を(2)

 この記事にあるように、同氏は、社員を一人も解雇せずに、この大恐慌を乗り切ったのである。

 経営者と労働者が信頼関係で結ばれると、労働者も会社のためにがんばるし、すごい力を発揮するものだなと思った。



 今は、どうだろう。

 かつてのような不況ということはないのではないか。世界各国も、そのときの教訓を生かし(?)、一応連携し合っているように見える。



 ここで、今の経済界に対し、言いたいことは、

 雇用の安定はもちろんのこと、賃上げに関しても、もっと企業努力をし、やれることはやるという、気概を示すことが大切なのではないかということだ。



 ここで、また、話は変わるが・・・、どうも、すみません。


 前号でもふれせていただいたが、わたしは、上記記事にかかわって、先輩校長の言葉を引用させていただいた。

 『民間会社なら、もしかしたら、(豊かな人間関係の構築は)利益を追求する上での手段に過ぎないのかもしれないが、教育においては、目的そのものである。』と書かせてもらった。

 それに対し、そのころ大変お世話になっていた、Hidekiさんが、『会社だって、豊かな人間関係の構築は、目的足りうるものです。』という記事を、ご自分のブログにお書きになった。

 今、それを紹介させていただこう。

   「人たらしの教育」


 わたしは、その記事を読ませていただいたとき、大変失礼なことを自分が考えていたと、反省させられたものだった。


 そうだ。そうなのだ。

 会社経営だって、商売だって、人間関係が大きく左右する。人間関係がもたらす信用が大きなウエートを占めるであろう。


 同氏ブログの言葉で、強く印象に残ったのは、次の言葉だった。


 「相手への思いやり。相手が何をしてほしいと思っているかの洞察。心のゆとり。
共感し合えたことを喜びとする心情。」

 そういったものは、学校という時間・空間だけでなく、大人になって、「社会」に出てからこそ、非常に重要な要素になってくると思うのです。

 お客様の気持ちがよめない、お客様目線で考えられない、そんな人材とならないためにも、なおのこと「教育」という視点でとらえるべき課題に私は思います。

 いや、そういう人材に、子どもの頃から育てていかなくてはいけない。



 
 しかし、最近の世相はどうだろう。

 まず一点目。

 豊かな人間関係どころか、『信用などどうだっていい。もうかればいい。もうかれば、犯罪行為を犯したっていい。』そのような会社経営が大変多く報道されている。

 次、

 上記は論外としても、
 
 不況のときこそ、経済が苦しいときこそ、経営の土台となる、『豊かな人間関係の構築を経営の目的にすえる。』べきである。経済界には、ぜひ、その点、要望したい。



 さて、Hidekiさんがおっしゃるように、この点でも、教育の力は大きいというわけだが、


 今、暗く、日本崩壊を思わせるような事態が相次いでいる。しかし、いいお手本はいくらでもある。

 松下氏に見習ったわけでもないだろうが、意欲的で、温かな経営というのは、今も健在なのだ。


 そこで、テレビ等でわたしが知りえた範囲だが、ご紹介させていただこう。



その1

 ネットによって、食料生産者と消費者を直結させる動きがある。生産者の顔の見える販売。注文を受けてからの収穫。彼らは有機野菜の生産に命を懸ける。消費者が喜ぶことが分かっているからだ。

 かつて松下氏は、足で稼ぐ販売法をとった。しかし、今は、ネットがその役目を果たす。ネットは、極少消費、極少生産でも、採算が取れ、急成長を遂げている。

 よく知られているが、大量生産、大量消費の世界では、規格が大切にされる。曲がったきゅうり。見た目の悪い野菜は、捨てられる運命にある。

 しかし、極少消費、極少生産の世界では、そういう野菜も、日の目を見る。安い値段で、それでもよいとする消費者のもとに届けられる。



その2

 『もったいない図書館』を企画し、成功させ、今、見事に運営している地方行政府がある。福島県の矢祭町だ。
 これはかつて記事にさせていただいた。

    町の行政に感涙(!?)

 これなど、地方行政府が奇跡を起こした、すごい事例と言えよう。



その3

 お年寄りの多い町で、お年寄りに生きがいをもたせ、充実した町づくりを行っている。

 町の行政も、アイデア勝負だなとつくづく思う。

   葉っぱを宝に変えた町〜徳島県上勝町



その4

 離島でも、がんばれば、努力は実るという、そんな事例である。若い人たちが、この島に移住してきている。

 何よりうれしかったのは、拙ブログにおいて、かつて記事にしたこともある、『先憂後楽』の思想。それが、この町に生きていることだ。(下のリンク記事の『自立促進プラン』の項を参照してください。)

   地域再生の現場から 〜スペシャル


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 アイデア、情熱、人の心への洞察、いきがい、など、など。

 不況であっても、希望を持って生き抜く知恵。

 教育が何を目指すべきか、そこには、明確な答えがあるように思います。


 我が祖父は、生活が苦しかったころ、離島に移り住んだこともあったようです。もし、今、生きていたら、上記事例に掲載させていただいた町にも移り住んだことでしょう。

 亡き祖父に報告する思いで、今日の記事を書かせていただきました。


rve83253 at 05:53│Comments(15)TrackBack(0)エッセイ | むかし

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この記事へのコメント

1. Posted by みっきーまま   2008年12月03日 09:55
先日は、もったいない御言葉ありがとうございました。私の実家の父は事業をしております。私が小さい頃は10人程度の従業員で、いつつぶれてもおかしくない状態で、今は500人からの会社に成長しました。いつも父は会社は、結局、人で成り立っているんだと申しておりました。人が一番大事なんだと。バブル崩壊を乗り越え、これだけ大きくなっても、人に感謝を忘れずに常に会社内で人の教育が大事とそこにお金をつぎ込んできたという父。その後姿を見てきた私は、今、子育てにそのことがどれだけ生かされているかわかりません。
私は長男が小さい頃、病気をしました。それは私を強くしただけではなく、子育てにおいて、明日私がいなくなっても、子どもらは自ら考えて生きてゆける子になってほしいとそういう視点でものを考えれるようになりました。人間、さまざまピンチこそが大きく成長させてくれる!そう思います。
だから、ピンチが起きる度に「今度は何を私に教えてくれるつもりなんだろう」とわくわくするようになりました。不思議と開き直ると状況はたちまちよくなってくるんですね〜。
私は自分が人様のお役に立てることを自分なりにこれからもしてゆこうと思っています。
2. Posted by みっきーまま   2008年12月03日 10:03
昨日の長男と会話です↓
「ママ、人を助けると自分に返ってくるね。でも、返ってくるのを期待していると、自分の本当に望んでいるとことは違うものになって返ってくるわ」
「そうやねぇ。どうしてそう思うの?」
「昨日、○○くんが、おれにいいことしてくれて、後で、そういえば、だいぶ前に○○くんにわからんとこ教えてあげたなあと思い出してん。」
「そう。○○くん、教えてもらってうれしかったんやね」
「自然にいいことをすると返してくれたときには、わからんけど、後で、あっそういえば・・・って感じで思い出すねん。『蜘蛛の糸』のように神様はみてはるんやなあ。それに、直接、その子から帰ってくるとは限らんで。まわりまわって返ってくることもある気がする。人のつながりっておもしろいなあ。」
「そうやって、世の中、人と人がつながってるんかもね」
3. Posted by toshi   2008年12月03日 14:31
みっきーままさん
 すばらしいお父様でいらっしゃいますね。
 わたしは、いくら以前のこととは言え、『企業において、豊かな人間関係の構築は経営の手段かもしれないが、』などと書き、穴があったら入りたい気持ちになりました。
 企業経営が、学校教育にも、そして、子育てにも通ずるものがあるということ、いまさらながらつかませていただいた感じです。

 開き直ると状況が良くなるということ、それは、常に明るい気分でいられるので、良くなるし、また、

よくなったような気がする。→よくなる。

ということもあるような気がします。

『直接、その子から返ってくるとは限らんで。まわりまわって返ってくることもある気がする。』

 これは、すごい。

 わたしのように、管理職をやっていると、わたしの方では、よく知らない方でも、先方はわたしのことをよく知っているということがあるものです。そうすると、それまで何もかかわりのなかった方まで、わたしに好意を示してくれることがあるのですね。これこそ、まさに、まわりまわってということでしょう。
 
 こういうことの理解や実感には、大人も子どももないのだなということを、あらためて感じさせていただきました。
4. Posted by 石田剛   2008年12月06日 06:51
みっきーまま さん
石田は「神様はみてはる」ってなことは、まったく思ってない者ですが、もしわが子が「まわりまわって返ってくることもある気がする。人のつながりっておもしろいなあ」と言いだすことがあれば、親ばか丸出しで喜ぶでしょうね。
お子さんが みっきーまま さんに、このような話ができることはすごいことだと思います。(うらやましくなんかないぞ。うちの子だってゼッタイそうなるんだから!)

けど、根っからのひねくれ者で、しかもいじわるな石田は、きっと子供に下記のような話をすることでしょう。

<石田の妄想話/はじめ>
神様なんておるかい。重要なのは『人のつながり』の方だ。誰かから何かしてほしいとか、してもらって嬉しいなら、誰かから何かしてもらえる社会で生きると良いだろう。そして「誰かから何かしてもらえる社会」で生きるには、その社会に「誰かのために何かする人」が十分に多く居なきゃならん。そういう人を増やすために一番簡単で確実な方法のひとつが、自分自身が「誰かのために何かする人」になることだ。
<石田の妄想話/おわり>

石田は「まわりまわって返ってくる」について、主に上に書いた妄想話のような考えを持っています。

toshi先生
仕事場などの人つながりで、自分の言動や評判が知られていることによって、初対面の方でも自分に好意を示してくれることがあるケースは、上で石田が書いた妄想話の件とは、ちょっとちがう性質があるようですね。
この作用は、組織内で各自が矜持を保ち、良質な仕事をすることの動機になり、組織全体の効用を高める効果があるんじゃないかと、石田は考えています。
もちろん、これも「まわりまわって」のひとつのかたちだと石田も考えています。
5. Posted by YK   2008年12月06日 07:08
このあたりの議論について、竹中平蔵が言っていて面白いな、と思ったのは、80年代あたりまで、財界と政治はかなり独立した関係にあったらしいですね。独立していたというのは、経営者自身が、自分のところの社員の面倒を自分が見るという気概が空気としてあったということなんでしょうが。それが、中曽根内閣あたりから、財界と政治の依存関係が強まった、と。だから、今の経営者は、自力で昭和恐慌を乗り切った松下さんみたいな経営者とは、ちょっとメンタルの面で違うんだろうと思います。もう一つ、今の賃上げの問題でいえば、正規・非正規の問題を考慮しないといけないと思います。非正規社員を正規雇用することを拒んでいるのは、実は、経営者だけではなくて、労働組合だということです。なぜかというと、非正規と正規の差は、保険の問題ですから、非正規を正規にすると、コストがかかります。当然、正規社員の給料が下がる可能性がある。その結果、経営者と労働組合の利害が一致して、非正規雇用者の問題を切り捨てている、という構造のようですね。だから、私は、賃上げよりは、雇用対策が現在の最優先課題だと思っています。
6. Posted by toshi   2008年12月06日 17:49
石田剛さん
 なるほど、『まわりまわって』も、いろいろあるということですね。みっきーままさんのお子さんのように、完全な個人的なつながりのなかでのことと、わたしが挙げたような組織と個人との関係でのこととは、意味が異なるでしょうね。よく分かりました。
 ただ、みっきーままさんのお子さんの、『神様』の例は、わたしは、ほんとうに神様がいると思っているのではなくて、ただ単に不思議な因縁というような意味で、使っているのだろうと理解しておりました。もちろん、これは、分からないことですけれど。
 そうか。これはわたしの思いなのですね。
 学級経営をしていて、子どもたちに話す時、確かに上記のような意味で、『神様』という言葉を使ったこともありました。
 そうは言っても、宗教教育とは一線を画するものだという確信を持っていました。
7. Posted by toshi   2008年12月06日 17:58
YKさん
 本記事を入稿した翌日、この記事でとり上げた経済界首脳の経営する企業が、非正規社員を解雇するという事態が起きたようです。つまり、記事中の『雇用の安定はともかく』は間違いだったということになりますね。残念です。
 もう、まさに、YKさんのおっしゃるように、賃上げよりは、雇用対策が最優先課題ということですね。
8. Posted by 石田剛   2008年12月07日 06:12
toshi先生
石田も、みっきーままさんのお子さんの『神様』の例は、お子さんが本当に神様が居ると思ってるかどうかは、わからないし重要でもないと思っています。

石田の解釈では、おそらくこの『神様』は自分を取り巻く宇宙全体を象徴する言葉として使われているのでしょう。当然、この「宇宙」には、世の中での人同士のつながりを含むし、学校での子供同士の人間関係も含むわけです。

石田が妄想話の中で「神様なんておるかい」って、言って見せたのは、『神様』という多義的な概念よりも『人のつながり』を強く明確に意識してほしいということが、おもな動機です。
(とか言いつつ、実は単に石田がいじわるなだけで、上に書いたのは後付の言い訳だったりするのかも知れないですよ。)

石田は学校で教員の方が「神様」という言葉を使ったとしても、これが直ちに宗教教育だなどとは、まったく考えません。言葉狩りは無意味です。もし、宗教教育を本当に懸念するなら、その「神様」という言葉がどういう文脈で用いられたかを重視すべきです。

おそらく toshi先生 のおっしゃる「宗教教育とは一線を画するものだという確信」は、妥当なものだったのだろうと、石田は推測しています。

以下、余談です。
むしろ、宗教教育を警戒するなら、「神様」とか「仏陀」とか「グル」とか「ビッグ・ブラザー」とかいった言葉を使わなくても、特定の宗教に子供を誘導することは可能であることに注意すべきだと、石田は考えています。
9. Posted by toshi   2008年12月08日 06:57
石田剛さん
 ちょっとよけいなことを書いてしまったなと、申し訳なく思います。
 ただ、むかし、わたしの勤務校で、実際にあったことなのですが、
 当時、生活科の教科書には、『秋と遊ぼう』などの単元で、おみこしを作ってみんなで遊ぶ姿が紹介されていました。
 一保護者から、『おみこしは漢字で書くと、お神輿となる。これは特定の宗教を公立学校が教えることになるのではないか。』というクレームが入ったことがあったのです。
 そのようなこともあったので、つい、よけいなことを書いてしまいました。すみません。
 なお、公立学校の場合、宗教教育はしてはいけませんが、宗教的心情を養う教育は大切と思っています。そのあたり、過去記事に書いたことがあり、今、本コメントのHN欄に、貼り付けさせていただきましたので、よろしければご覧ください。
10. Posted by 石田剛   2008年12月10日 03:44
toshi先生

> 『おみこしは漢字で書くと、お神輿となる。
> これは特定の宗教を公立学校が教えること
> になるのではないか。』

石田ならおもわず「なるかボケッ」とか言ってしまいそうです。けど、石田にもそれは「言っちゃダメ」だと判断するだけの分別はあるつもりです。

石田なら、こういうときは「確かに お神輿 は特定宗教と関わりがありますが、その教義に沿った教育をするわけでなし、単にみこしを担ぐのが楽しそうだからやってるだけですよ。ご心配なく。ルーツは宗教でも、宗教と関わりなく、単に楽しいから遊びや暮らしに取り入れられた行事は、ほかにもたくさんあります。これらを全部やめるのは不合理でしょう」とでも応じるでしょうね。

ご紹介いただいた「宗教的情操を養う教育」も読ませていただきます。ありがとうございました。
11. Posted by toshi   2008年12月12日 09:48
石田剛さん
 もうおっしゃる通りです。一応そのようにお答えはするのですけれどね。
 日本人の宗教観は、世界の中では独特なのでしょうか。生活そのものになじんでいるような感じで、いちいち宗教を意識していないことが多いですよね。
12. Posted by 経費削減のアイデア   2009年05月29日 15:52
面白い記事ですね。
100年に1度の不況と言われていますが、力を合わせて乗り切るしかない。
ですもんね。
13. Posted by toshi   2009年05月30日 14:18
経費削減のアイデアさん
 不況に対処するというか、順応するというか、やはり、その点でも、教育の力は大きいような気がします。こういうときも、人の心を大切にすることが大事なのでしょう。
14. Posted by ワンピース大好きセリフ   2010年06月29日 18:07
素敵なおじいちゃんですね。先日の日曜日が私の祖父の13回忌でした。やはり先祖は偉大ですね。
15. Posted by toshi   2010年06月30日 06:30
ワンピース大好きセリフさん
 先祖にされてしまいましたか。なんともはや。
 わたしも、小2、幼稚園年長組の孫3人のおじいちゃんです。

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