2008年12月22日

ACTION特番のお知らせ4

434024a5.JPG 拙ブログは、最近、『バンキシャ』に大変お世話になっている。

 なにしろ、同番組のブログにリンクさせていただき、それを通して、テレビで放送されたと同じ映像を見ながら、記事をご覧いただけるのだから、こんなにありがたいことはない。

 また、同番組ブログにも、折にふれ、コメントを入れさせていただいているので、

いつのころからか、真相報道バンキシャ!教育問題取材班の村松宏英さんと、メールのやり取りをするようになった。


 初めのころ、同氏からいただいたメールには、


 『〜。実は、toshi様のブログはわたしども取材班も後学のために、しばしば拝見しておりました。高い見識と豊富な経験に裏打ちされたtoshi様の説得力あるブログ記事は、大変勉強になっております。重ねて御礼を申し上げます。』

とあり、大変恐縮してしまった。とてもありがたく思っている。



 ところで、わたしは、同番組を通し、瀬見井犬山市教育長と、若月品川区教育長の話をしばしば引用させていただいているが

 そのおかげだと思う。

 村松氏より、特別に、ある番組の予告をいただいた。

 今、拙ブログにて、それをご紹介させていただきたいと思う。


 明日、23日、『ACTION特番』で、両氏の直接対決討論が放送されるとのこと。


 同氏からのメールには、次のようにある。

 『〜。あの品川の若月教育長と犬山の瀬見井教育長がついに直接対決(討論)し、
競争と学び合いについて激論を交わします。

 この中で、競争と評価の改革を断行する若月教育長の驚くべき原動力(動機)が明らかに(?)なります。

 例によって、僅か十数分という短いVTRの中では語り尽くせない事も多く、〜。』



 この番組は5時から9時までの長丁場で、そのなかのどのあたりで放送されるかは分からないのだが、わたしは大変期待している。

 読者の皆さんにも、ぜひ、ご覧いただければと思う。



 ところで、同番組の、『ACTION』が、本になるらしい。

 そして、その本に、わたしが、同番組のブログに入れさせていただいたコメントの一部が掲載されるとのことだ。これもありがたいと思っている。

 そこで、ここに、そのもととなったコメントを掲載させていただきたいと思う。

 ただし、今、読み返してみると、かなりの拙文なので、ちょっと手を加えたうえでの掲載とさせていただきたい。



 では、そのコメントをどうぞ。



 元小学校長でした。退職して、4年目になります。

 いい問題提起をしてくださったと感謝しております。

〇政治に左右されない教育委員会の独立性、教育の地方分権を守ることは、大事です。戦前の国家統制による教育に戻さないためにも、育てていかなければいけません。
 ただ、教育委員会自体にいろいろ問題があるのも事実ですね。そうならないようにするには、やはり戦後すぐの発足時の教育委員公選制に戻し、教育行政は地域住民に直接責任を負ってなされるようにしなければならないと考えます。

 一部勢力に牛耳られるとして公選制は廃止されたのですが、それは戦後すぐの混乱期だったからではないでしょうか。今のように、教育への関心が高く、諸説紛々、一億総教育評論家のような時代は、公選制に戻す意味は大きいと思います。

〇公選制支持につけたしですが、
 誰もが納得する正解はありません。しかし、民主主義は、住民の意向が反映される行政こそが正解ではないでしょうか。

〇仮に、『品川区の教育行政は評判が悪い。』としても、もしそれが、公選制によって選ばれた教育委員の施策なら、それは正しいと認めざるを得ません。民主主義とはそういうものではないでしょうか。現状は、地方行政の長の思惑で決められていますので、その施策が妥当性を欠くと判断されれば、非難されてしまうのだと思うのです。

〇人事考課制度にしても、積極的で子どもを真に育む学校運営、学級経営をしている教員が正当に評価されるシステムはあるはずです。そして、そういう学校(教員)を認め、称賛し、広めさせる評価でありたいと思います。

 それには、お金がかかりますね。

 予算をケチっておいて人事考課をとり入れるとなれば、ダメとされた学校(教員)には予算を削るになるでしょう。これでは、その学校に通う子どもたちは、かわいそうなことになるし、ますます教育の将来はありません。ほんとうはこういう学校こそ、予算をかけなければならないのです。

〇それでは、何を評価するのかということですが、

 よく、教育の成果はすぐには現れないとして、人事考課に反対する声がありますが、わたしは、すぐ現れる成果もあると思います。『子どもが明るく意欲的に充実した学校生活を営んでいるかどうか。』これは、数校(数学級)見ただけでも、明らかな違いが分かるものです。そういうものが正当に評価されなければなりません。少なくとも、テストの点数ではありませんよ。

〇『現場で“その改革を実践している教師”や“改革の受け手である子を持つ保護者”の意見も、(人事考課に)反映させるべきではないか?』『教職員や保護者などからも教育委員会が評価されれば、〜。』
 これがまさに、教育委員公選制を訴えるわたしの想いと一致するものです。

〇『教員の多忙』は、確かに問題です。子どもとふれ合う時間が少ないのでは、最大の被害者は子どもでしょう。これは教員増を図るなど予算措置を講じる以外に方法はないでしょう。財務省が反対とのことですが、それでは、日本の将来はありませんね。

〇北の小児科医さんのコメントにあるように、日本の予算はでたらめですね。こういうお金の使い方をしていれば、日本の教育、医療はだめになりますね。現実に問題はたくさんでています。
 こういう政府を選んでいるのが国民ですから、やはり、一番の問題はここ。

 その方のコメントに、『なんでこんな予算を組んでるのか、ぜひ財務省に取材をしていただきたいです。』とありましたが、

緊急にマスコミにお願いしたいのは、この点でしょうか。その矛盾をクローズアップしていただけたらと思います。


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ninki



 最後に、もう一つのブログを紹介させていただきます。

 それは、『バンキシャ』の教育問題特集に、コメンテーターとして登場する尾木直樹氏のブログです。どうぞ、よろしく。

   論客コラム 尾木直樹「学校Beアンビシャス!」

です。

rve83253 at 04:32│Comments(5)TrackBack(0)エッセイ | 教育制度・政策

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この記事へのコメント

1. Posted by KG   2008年12月26日 09:38
犬山市の教育改革が、よりによって学力テスト不参加問題をきっかけに後退局面を迎えているのは非常に残念な限りです。

学力テストは万能の物差しではありません。だからこそできる事と限界をはっきりわかった上で用いなければなりません。
その意味で全国学力調査は非常に危険だと考えています。
学力調査としては非常に粗雑なのに、その規模の大きさから万能の物差しのように誤解されている点が一番危険な点だと思います。
私は実は序列化という問題は、過去の全国学テと違って表面的には大きな問題にはならず、それが学校評価や予算と連動しない限りは大問題には発展しないかと思っています。

犬山市教育委員会の最大の失敗点は、学テ不参加の理由を序列化問題と、犬山の教育理念に合わないという点に絞った事が失敗だったと私は思います。

市民の多くが学力調査参加に賛成するという事は、学力調査の限界を知らないという事と、他に比べて劣っているのでは?という不安感の裏返しかと思われます。

学力調査は本来は教育行政調査で、あの調査で上位となった県の多くは少人数授業を導入しており、それが今もてはやされております。でもそれって犬山が既に独自でやってる事と後追いなんですよね。
犬山が今さら参加しなくても、教育行政的にはそういう手法が有効だと証明されているんですから。
犬山市教育委員会は、そういう手法でもっと市民に啓蒙していけばいいのではないかと思います。
2. Posted by toshi   2008年12月27日 09:33
KGさん
 わたしは、全国学力調査そのものは、比較的よくできた問題が多く、学校現場において明日の指導に役立たせる意味では、評価できるものととらえていました。
 KGさんにはもうご覧いただいているのですが、調査そのものの活用の記事は、すでに書かせていただいております。それを、本コメント欄のHNに貼り付けさせていただきました。まだご覧でない方はお読みいただけたらと思います。
 そんな意味のある調査ですが、最近変な活用が目立ってきたことはご案内の通りです。点数結果の公表の動きですね。
 国はそれをしないように言っているのに、一部地方行政府が、独走しています。
 わたし、これについては、記事にさせていただこうと思っています。
 また、よろしくお願いします。

《犬山市教育委員会の最大の失敗点は、学テ不参加の理由を序列化問題と、犬山の教育理念に合わないという点に絞った事だったと私は思います。》
 なるほどなと思いました。たしかに、犬山市教委はそれしか言っていないですね。それだけでは市民を納得させることができなかったということですね。やはり、いかに子どもをかわいそうなところへ追いやるか、それを強調すればよかったのですね。

 ただ、学力についての市民の不安感というのはどうでしょうか。犬山市の子どもの学力は、テストの点数にしぼっても良好であることは、バンキシャのブログがある新聞記事を引用していたこともあり、
市民には知られているのではないかと思いました。
3. Posted by KG   2008年12月27日 10:43
toshi先生は現場出身の方ですから、問題の出来不出来で全国学力調査を「良問多し」と評価なされているんでしょうね。

私が「粗雑」と評しているのは、問題の出来不出来ではありません。教育行政調査として生徒の学力という観点から調査するわけですから、国語・算数(数学)の2教科だけ、2学年の調査で本当に教育行政調査として足りますか?という事です。

PISAにしろNAEP(全米学力調査)にしろ、設問は広範な学習範囲を網羅しています。
日本の場合はサンプル数は多いかわりに、調査範囲が非常に狭いので、PISAやNAEPに比べて調査からわかる事というのが非常に少ないと思います。その点で「粗雑」と評しました。
4. Posted by KG   2008年12月27日 10:52
>学力についての市民の不安感というのはどうでしょうか。

これは知り合いに犬山市民がいるわけではないので私も憶測ですが・・・。

ただ日本の教育文化の中で、「相対的な順位」信仰は結構根強いものがあると思うんですよね。
誰もが通る「高校受験」は相対的な順位、偏差値が重要で、親自身がそういう教育を受けてきているわけですから。
犬山の子の学力が絶対的に高いという事がわかってはいても、一般的には全国と比べてみなければわからない、という不安感はあるのではないでしょうか?

犬山については、東大の苅谷教授のチームが教育システムを評価し、その調査結果は岩波ブックレットからも出版されていますから一般でも読むことが可能です。
しかし一般的には、専門的な尺度から高い評価をもらってるという事よりも、全国的な学力テストの結果が全国的に高いか低いか、そちらの方がわかりやすく、わかりやすい方に飛びつくわけです。(問題の中身はどうであれ)

それが学力調査賛成が多数派という結果につながっているのではないかと思います。
5. Posted by toshi   2008年12月27日 17:23
KGさん 
 そうでした。KGさんは、なぜ、国語と算数だけなのかとおっしゃっていましたね。
 そういう意味では、国語、算数ともに、問題解決のためのツールという感じが強いですよね。やはり国の言うところの『生きる力』、わたしがよくふれる問題解決力といったら、教科で言えば、やはり社会、理科、教科外なら、総合的な学習の時間でしょう。
 どなたかのブログにありました。
 今でも、教育畑でない評論家の言うには、
『学力と言えば、読み・書き・そろばんだ。これは江戸時代の学力観ではないか。高度な科学技術を駆使する今も、そのような学力観でいいのか。』と。
 ほんとうにそうだよなあと思いました。
 また、その国語、算数にしても、とても全領域を網羅できるものではなく、そういう意味でも粗雑ですね。

 もう一点。
 KGさんのおっしゃることから感じたのですが、高ければ高いで安心したいのかもしれませんね。

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