2009年01月03日

ああ。どうなってしまうのだろう。(3)3

a32a24c6.JPG 新年早々、驚くようなブログ記事を読ませてもらった。

 いつもお世話になっている今日さんの、『日本の教育は、これでよいのかな』のブログだ。

 大変なニュースを記事にしてくださった。

 
 タイトルには、『国民が教育を考える年』とある。

 ほんとうに、国民みんなが、教育のあり方について真剣に考えないと、学校教育は大変なことになりそうだ。


 例によって、大阪府の教育事情にかかわるニュースである。


 以前も、読者の方から、同地域の教育事情については、教えてもらったことがあったっけ。その折も、記事にもさせてもらった。

    ああ。どうなってしまうのだろう。 


 今回は、それがエスカレートしたように思える。  


 陰山英男大阪府教育委員は、恥も外聞もないといった感じだ。よくこのようなことが言えるなあ。あまりにも言動がストレートすぎる。

 上記、今日さんのブログには、資料も掲載されているが、それによると、

「漢字は詰め込みが一番」
「理想は棚上げ、結果を作れ」
「目的のためには、手段を選ぶな。」

とある。

 そして、『全国学力調査の結果をよくするためのプロジェクト』といった感のある記事が続く。

 
 
 これはすごいことだ。

 もう、『なりふり構わず』か。


 そこで、上記、3つの言葉を検証してみよう。


〇『(漢字はつめこみではありませんよ。)漢字は、言葉なのだから、その漢字の意味を先ず、分からせなくてはならないということです。』

 これは、今日さんが繰り返しブログに書かれているところだ。

 今日さんのブログを勝手に引用させていただくのは申し訳ないのだが、

 『現象』という言葉には、動物の『象』の漢字が使われる。なぜか。それは、象という漢字には、『モノの形や姿』という意味もあるから。

 あとは、くわしく、今日さんのブログ記事をお読みいただきたいと思うが、

  28歳のA先生の象の授業記録(勉強がわかるようになる抽象漢字語の指導)

ということなのである。


 この28歳のA先生の授業記録をお読みいただければ分かると思うが、たとえ漢字の学習であっても、思考力を大事にしながら学習を進めている。

 それに対し、『漢字は詰め込みが一番』ということは、思考力は一切関係なし。

 ということは、『現像』と書く子が現れても不思議はないということになる。

 
〇「理想は棚上げ、結果を作れ」とは、どういうことか。

 だいたい理想って何だろう。

 思考力の養成。問題解決学習の推進。子ども主体の学習。

 そういったものを指しているのであろう。


 しかし、それは、ほんとうに、『理想』か。

 心ある教員なら、みんなやっていることではないか。そういう意味では、まさに、『現実』である。それをおし進めればいいではないか。


 彼らの意識は、

 『今は、学力が全国最低という非常事態。なりふり構ってはいられない。』

ということかもしれない。


 しかし、それは、断じて子どもの問題意識ではない。一部大人の問題意識(?)であるに過ぎない。子どもはそれに振り回されることになる。

 最大の犠牲は子どもなのだ。


 民主主義国家に生まれ育つ子どもたち。

 しかし、陰山氏の方針に従えば、

 現実の学校教育は、上からの一方的な価値観を押し付けられることになる。自ら考え、自ら学ぼうとする意欲を養われることはなくなる。
 

 それだけではない。
 
 子どもたちは、大人のそういう姿を通し、

・自分のやりたいようにやるには、人を罵倒すればいい。(リンク先コメントの1番)

・自分のやりたいようにやるには、ノルマを課していい。

 そういう姿を学ぶことになる。


 再び彼らは言うのであろう。

『そのようなことを言ったって、今は緊急事態なのだ。現状が、そのような理想を描けなくなっているのだ。』

と。


 しかし、それなら、わたしがいつも言っているように、教員の指導力アップをねらい、教員研修に力を入れればいいではないか。

 その場合は、先に記事にした、東京都北区の神谷中学校のような取組を、地域版として行えばいい。

 また、全国学力調査の活用に限定しても、すばらしい取組は、全国各地に見られる。それも、記事に書かせていただいたことがある

 ここで紹介させていただいた事例は、学校の取組もあるし、地域として、教育委員会としての取組もある。そして、どれもみな、調査の趣旨をよく理解し、真に子どもを育むべく、努力している実践である。

 これらを参考にしていけばいいのにね。


 だいたい、陰山氏は、全国学力調査が、どのような問題で行われているのか、見ているのかね。漢字や、百ます計算の訓練で、何とかなるような問題は少ない。

 単なる暗記やつめこみでは解けないような、思考力を大切にした問題が多いのだ。

 基本的なところで間違えている。


〇「目的のためには、手段を選ぶな。」

 これには、正直、驚かされた。

 上記2項はまだ分かる。質の悪い教育者だったら言いそうなことだ。

 しかし、この3項目は・・・、

 ほんとうにこのようなことを言ったのだろうか。


 ここでも、子どもたちは、

・自分のやりたいようにやるには、手段など気にする必要はない。ただただ突っ走ればいい。

ということを学ばされる。


 ああ。もう、こうなると、民主主義とは相容れない人格の形成を余儀なくされるのだね。


 現に、拙ブログには、こうした教育の犠牲になった子どもといっていいであろう。

そうしたかわいそうな子どもの姿についてのコメントをいただいている。

   『全国学力・学習状況調査実施』の記事にいただいたコメントの9、12、13、30、31番です。

上から学校現場への押し付け、それによって、学校が子どもたちを追い込むという図式が具体的に描かれている。読ませてもらうだけで、くらい気持ちになってしまう。

 こうした事態が、大阪の各地にみられるようになったらと思うと、いたたまれない気持ちになる。そう予想できるだけに、府知事、教育委員の罪は重い。


 もう一つ、いたたまれない気持ちになることがある。

 拙ブログには、大阪にお住まいの方からいただくコメントやメールが多いのだが、

 その中のお一人。一時期大変お世話になっていた、『虹色教室通信』と、『ADD?先生の発達障害児 教育支援サイト』のなおみさんが、次のようなコメントをくださったことがある。

    『公教育を盛り上げるには、』にいただいたコメントの1番である。

 『私がtoshi先生のブログで驚いたというのは、娘と息子の小学校の間と娘の公立の中高を通して、先生方に子どもの長所も見るとか褒めるとかいう発想はほとんどなかったからなんです。1人くらいはいましたが…。

 うちの子が問題児だからというのではなく、どの子も褒めたり長所を見ている姿は見た事がないし、懇談会は欠点を聞きにいく時間ときまっているんです。

 といって、先生の指摘は100マス計算でミスがあるとか、体操服を着替えるのが遅いとかささいなことばかり…。そんな小さなことしか欠点がないならしっかりしてるんだな…と問題を指摘されて考える状態です。

 個人的には良い先生方なので、おそらく先生方に子供達の良いところに目を向ける、それを言葉にするという考えが共有されてないのではないかと思います。』


 保護者の方からこのように見られる公教育。

 府知事や教育委員は、こういう実態にまず目を当てなければならないだろう。

 長所を見つめ伸ばす教育、心を育む教育、そこに視点を定めなければ、将来への展望はないのではないか。


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 何度も申し上げていますが、学力調査によって分かる学力は、学力の一部です。まして、前述のように、単純な読み、書き、ソロバンなどはもっと一部。そのために、全学力が犠牲になってしまうのは、耐えられないですね。


 一方、

 秋田県は、県知事が、全国学力調査の結果を公表したところ、多くの教育委員会は、学力調査への不参加を検討というニュースが流れています。 

 大阪からは、こういうニュースが聞こえてこない点、ちょっと心配でもあります。


 わたしは、全国学力調査そのものに反対はしていません。記事にも書きましたが、正しく利用すれば、成果は上がるはずですし、日本の教育改革にも役立つものと思っています。

 でも、今の、目先の点数に追われるという狂乱振りでは、それはとても無理。秋田県の各教育委員会の『検討』を支持します。

rve83253 at 11:50│Comments(20)TrackBack(0)教育制度・政策 | 教育風土

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この記事へのコメント

1. Posted by 社会人   2009年01月03日 13:32
先生のご意見に共感します。
それに詰め込みで覚えテストの点数が上がっても使わないと忘れてしまいます。
ゆとり教育の総合の指導計画を忙しい教員に任せた為に曖昧な時間の使い方になったのは、残念です。しかし体験学習は、大切だと思います。知識や記憶とも繋がり理解になり考えて表現する力にも身につきます。

詰め込み教育では、再び学力偏重になり生活力や実践力が無く応用が利かない大人が増えてしまうと危惧します。
2. Posted by 今日   2009年01月03日 14:06
おめでとうございます。これからも、よろしくお願いいたします。

引用ありがとうございます。このような誌面に引用されますと、多くの皆様に読んで戴け、お考えになって戴けますので、ありがたいです。感謝です。

蔭山氏は、

「漢字は詰め込みが一番」
「理想は棚上げ、結果を作れ」

と言っていますが、これには、根本的に賛成しかねますので、僕は、1月1日のブログで取り上げました。

子どもたちの勉強が分からなくなる理由の一つに「漢字の意味が分からない」が、あります。

これは、ずっと、以前から教育界で、指摘されてきた一般性があることです。

では、その漢字をどう教えるか、20数年、仲間と研究して来ました。(先輩の研究を入れると、60数年です。)

その中で、漢字の詰め込みでは、子どもに漢字力が着かないことが、はっきりして来ました。

では、どう指導するのか、そのことが、ある程度、提案としてまとまり、本にまとめて出版(『たのしく 学ぼう漢字』し、多くの方の検討を仰ぎたいと思っているところに、上記の蔭山さんの論です。

そのような訳で、ブログで、取り上げました。

TB、ありがとうございました。

こちらのTB、もさせて戴きます。
3. Posted by YK   2009年01月04日 03:39
この陰山という人が何を言っていることが私にはさっぱり分からないのです。「目的のために手段を選ばない」と彼は言っているのですが、彼は陰山メソッドという教育の方法論を開発したのですよね?手段(方法論)を開発した人が、「目的のために手段(方法)を選ばない」というのは、自己の仕事の全否定(自分の方法を選ばない)か自己の仕事の全肯定(自分の方法しか選ばない)しかありえないと思うのです。でも、自己否定をしている様子はないので、彼のロジックでは、「教育の手段=教育の目的」か「教育の手段>教育の目的」ということになるのですか?そうではなく「教育の目的>教育の手段」だとすれば、彼が教育者を自認するならばメソッドの開発に情熱を注げばいいわけで、ある意味での政治問題に関わろうとする理由が全く私には理解不能です。そうではなくて、彼の中ではメソッドが確立しているからこそ、政治問題に口を出しているわけですよね?しかし、メソッドは飽くまでメソッドですから、彼の唱える教育の目的と、彼の開発した教育の手段が完全に一致するという事はあり得ないでしょう。教育においては、目的が常に手段に優先しなければならないわけですから、手段に拘れば、ある段階において、「手段=教育」になるしかないのではないないですか。しかし、そのようにすればするほど、現場の実情と乖離していくのではないかと思うのですが。
4. Posted by kawa   2009年01月04日 06:30
どんな状況にあっても、どんな目的であっても、手段は「人間的」「道徳的」「社会的」に許容される範囲で選択すべきだと思います。この範囲で効果的な方法が見つからないのであれば、それはその人の能力あるいは熱意が疑われても仕方がないと思っています。ただ、今回の場合は、そもそもの「教育観」が違うような気がします。あるいは生徒観といったほうがいいでしょうか。つまり、「(教育の)目的」そのものがどうも非人間的な気がするのです。彼ら(もしかしたらTOSSも)の考えは、「工場での大量生産(すべて同じ規格の製品)」と根本の部分が同じです。先生が決めた規格の人間を大量に早く作らなければいけないのですから、いきつくところは「効率化」しかありません。そこでは、「間違い」も「違い」も許されるはずがありません。そして、その教育の行き着く先もすでに実証済みだと私は思っていたのですが、まだ実験が必要だと思っている人がいるということですね。他山の石といたします。
5. Posted by toshi   2009年01月04日 06:44
社会人さん
《詰め込みで覚えテストの点数が上がっても使わないと忘れてしまいます。》
 彼らの発想では、あくまで目先の点数であり、そのあとで忘れるかどうかは、どうでもいいことなのでしょうね。
《体験学習は、大切だと思います。知識や記憶とも繋がり理解になり考えて表現する力にも身につきます。》
 そうなのです。何事もつなげて考えてこそ、そこに意味づけ価値付けも伴うことになるので、知識が身につくのですよね。
 ただ、棒暗記ではどうしようもありません。
 
6. Posted by toshi   2009年01月04日 06:54
今日さん
 あけましておめでとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします。
 このたびは、貴記事にリンクさせていただきながら、記事をまとめさせていただき、厚く感謝しています。
 棒暗記ではダメだということ。彼らには分からないのでしょうね。そういう人が教育委員ということが悲しいですね。
 貴記事に対するコメントで、どなたかが、『まるで軍国主義教育のようだ。』と書いていらっしゃいましたが、ほんとうに、言い得て妙だと思いました。
 
7. Posted by toshi   2009年01月04日 07:12
YKさん
 ほんとうに彼の言葉は欺瞞に満ちていると思います。彼は、校長研修会で、「金を出さない政府、しつけの悪い親、無責任なテレビ局、なぜ教師は怒られないといけないのか。・・・。皆さんが学力の数値を落としているから反論できない。目くそは鼻くそを笑えないのです。このくやしさを晴らしましょう。」と言ったのですね。
 まったく論旨がめちゃくちゃです。ハッタリで生きてした人としか言いようがありません。
《現場の実情と乖離していくのではないかと思うのですが。》
 そうです。わたしも乖離していくと思いますよ。あれた学校の実情は、もっとひどくなっていくでしょう。悲しいけれど、そう思わざるを得ません。
8. Posted by toshi   2009年01月04日 07:18
kawaさん
《彼ら(もしかしたらTOSSも)の考えは、「工場での大量生産(すべて同じ規格の製品)」と根本の部分が同じです。先生が決めた規格の人間を大量に早く作らなければいけないのですから、いきつくところは「効率化」しかありません。そこでは、「間違い」も「違い」も許されるはずがありません。》
 いやあ。まったくその通りです。TOSSも間違いなくそうです。今日さんのブログ記事に、どなたかが、『まるで軍国主義教育のようだ。』とコメントされていましたが、わたしもその通りと思います。指導内容はともかく、指導法は、もうまるで教育学とは無縁なものとなるでしょう。 
9. Posted by kawa   2009年01月04日 10:45
こういう人たちは人間を信じていないのでしょうか。人は、無理やりやらされるのではなく、「自分がやると決意したとき」「やりたいと思ったとき」「自分にはやれると思ったとき」に力を発揮するものだ、そういう状態になれば学力なんてすぐに上がるのだということを信じられないのでしょうか。
また、十数年の大脳生理学の知見や教育学の成果に見られる「マルチ能力」(知識や能力は単独で存在するのではない)、「競争より助け合うほうが力が伸びる」といったことにも無関心なのでしょか。
一日中、心を殺して棒暗記に明け暮れる状態で「生きる力」など育まれるはずがない、と私は思うのです。へんな言い方ですが、陰山さんたちは、生きていて楽しいのでしょうか。GDPではなくGH(幸せ)Pを目標にして経済的にも伸びていった国もあるのに、日本はどこを向いているのかと思います。
10. Posted by goldberg2006   2009年01月04日 11:58
今日さんのところから、引っ張られてきました。

「学テ」の出題内容が、どんなのか見てないので、大きなことはいえないのですが、
所詮、1学期のはじめにやった結果が、2学期の後半に返ってくるようなテストは、受けたほうに意味がないと思います。

「全国ランク」を作ろうと思えば、採点者の主観の入るような出題では不正確で、結局センター入試みたいなマークシートで白黒つけるのが一番。

 たとえば、京大の数学の「200点満点に5問」みたいな入試は、確実に「部分点」がモノを言うので、同じ学部の受験者を、1問毎に同じ基準で採点しなくちゃいけない。

そんな立派な出題をしてるとはとうてい思えないです。

11. Posted by toshi   2009年01月04日 17:03
kawaさん
 人間としての根源的なところへの問いかけですね。教育論も人間論もその問いかけから出発しているのだと思います。
 わたし、以前、性善説、性悪説をとり上げ、記事にしたことがあるのですが、それにもかかわる問いかけだなと思いました。
 あと、人というものは、悲しいさがといったものがあって、自分に経験のないことは、かなり努力してつかみとろうとしないと、けっきょくは理解不能なようです。

12. Posted by toshi   2009年01月04日 18:07
goldberg2006さん
 全国学力調査の問題の分析は、かつて記事にしたことがあります。本コメントのHNに貼り付けましたので、ご覧いただければ幸いです。同記事では、調査問題にもリンクしておりますので、見ることができます。
・わたしは、ランキング化の動きには一貫して反対しております。本記事に書いた通りです。
・調査問題をある程度評価しているのは、日本の伝統的な問題のように、知識・技能を問うことよりも、PISA調査の影響を受けてか、資料活用力、思考判断力を問う傾向が色濃く出ているからです。
・つまり、記事において、教育改革に役立つとしたのは、覚える授業から考える授業への変革が期待できると思ったのでした。
・しかし、ランキング化への動きは、これを疎外するものです。本記事に書いたとおりです。
・本調査は、文章記述問題が多いのも特徴です。わたしはこれをいい傾向と思っています。
 わたしは、センター試験は問題視しています。かつて記事にしたこともあります。よろしければご覧ください。
http://blog.livedoor.jp/rve83253/archives/1081525.html
・調査の公平性については、これは、やはり、問題があるかもしれません。
http://blog.livedoor.jp/rve83253/archives/963179.html#comments
の7番には、そうした声が寄せられています。
 しかし、わたしの申し上げるような目的であれば、入試ではないのですから、たいした問題にはならないのではないかと思います。
 もちろん客観性を高める努力はしていかなければいけません。
13. Posted by サーファー   2009年01月05日 00:17
3年前、陰山氏の掲示板を見ていました。
陰山氏が今だに学力の意味を取り違えていることが残念です。
彼のメッソドは確かに教師にとって役立つ部分もあるのです。教育は人格形成が目的です。そのためには鍛錬と集中という要素も大切でしょう。しかし、それはあくまでも個人的な事柄であり、学校という枠組みの中でなすべきもっと重要なことは社会的な意味での人格形成なのです。
点数がよければ確かに子供は目を輝かせます。
点数が悪ければ一時学校が嫌いになります。
そんな一つ一つの積み重ねをしていくために学校は存在するのです。
・・・東大に行くためではなく・・・

ある人々は学力は点数では測れないといい、ある人々は学力とは点数だといい、今、学齢期にいる子どもたちはこの過渡期の教育の中で精一杯頑張っています。子どものためにもっと歩み寄ることができないのでしょうか。
14. Posted by YK   2009年01月05日 09:47
>>「金を出さない政府、しつけの悪い親、無責任なテレビ局、なぜ教師は怒られないといけないのか。・・・。皆さんが学力の数値を落としているから反論できない。目くそは鼻くそを笑えないのです。このくやしさを晴らしましょう。」

この文章に反論できるわけないと思います。何言っているかわからないから。逆に尋ねるならば、学力の数値を上げると、教師はテレビ局に責任感を要求できて、テレビ局はそれに応えてくれるのですか?明らかに関係のない話でしょう。そもそも責任感のあるテレビ局などあるわけないではないですか。橋本知事というのは島田シンスケという芸能人の番組に出演していたらしいですが、テレビという節操がない世界から生まれた知事なのでしょう。テレビを見ると馬鹿になるというのは、60年代から言われていたわけですから、大阪の方はまずテレビを消すのが一番教育に良いと考え、教育関係者は、負の構造に入ってしまったことは仕方のないことだと諦めて、超然とした態度で教育に当たるのが良いだろうと思います。もはや手遅れなのかもしれませんが、大阪にはなおみさんのような方もいるわけですから、よい先生の希少価値がわかって、長い目で見ると良いことなのかもしれません。
15. Posted by toshi   2009年01月05日 12:27
サーファーさん
 わたしは以前の陰山氏を知らないのですが、むかしの陰山氏を評価する声は、このブログにも複数寄せられました。
 《鍛錬と集中という要素》は、明らかに大切ですが、公教育においては、『そうしよう。』とする意欲や必要感を抱かせることから出発しないといけません。
《子どものためにもっと歩み寄ることができないのでしょうか。》
 『一将功成りて万骨枯る』ということわざを思い出します。目先の点数はよくなるでしょう。しかし、そのための犠牲が多すぎます。今のうちから子どものために、歩み寄ってほしいものです。

 
16. Posted by toshi   2009年01月05日 14:09
YKさん
 ほんとうに意味不明な言葉ですよね。前段では、教員に責任はないと言っているようにみえて、後段では、『なんだ。やっぱり教員の責任と言っているのではないか。』
 たいした教育論もなく、感情で言っているので、こういうことになるのだと思われます。
 考えてみればかわいそうでもありますが、でも、押し付けられる子どもたちはもっとかわいそう。なんとか、教育本来の姿を取り戻してほしいと願わずにはいられません。
17. Posted by SZK   2009年01月06日 19:46
TBさせていただこうと思いましたが、うまくいきませんでした。
コメント欄にて、失礼します。
陰山氏の学びに対する感覚がよくわかりません。
何に、楽しさを見出しているのか?の部分が、
いろんなメディアでの発言を聞いていても、さっぱり見えてきません。
18. Posted by toshi   2009年01月09日 17:03
SZKさん
 TBがうまくいかなかったようですみません。そこで、貴記事『どうなる大阪』のURLを紹介させていただきます。
http://yuugaku.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-558e.html
本記事を紹介してくださりありがとうございました。陰山氏は、いろいろ見るに、教育者ではなく政治屋ですね。
 今朝の報道ですが、秋田県では、知事の調査結果公表に対し、ある教委が来年度の調査を断ることにしたとのこと。
 この輪が広がっていくといいなと、切望しています。
 
19. Posted by やまさち   2016年01月19日 09:22
3 toshi先生
はじめまして。田舎県で家庭教師をしています。小学生から高校生までを指導しています。
私からみれば、toshi先生の漢字は意味から教える指導も学年で習った漢字がすべて書けることに教師が責任を持つ漢字前倒し学習の陰山先生も同じです。
児童の学力をつけたいという熱意ある点で全く同じです。どちらも真似していきたい要素を持っています。
そういう教育者同士がタッグをくんでより良い教材を作って下さると、いい先生に出会えないときに子ども達が救われます。
20. Posted by toshi   2016年01月25日 09:10
やまさちさん
 ずいぶんお返事が遅れてごめんなさい。
 それと、熱意あるなどとおっしゃっていただいたのに、批判的なことを書かせていただくのは、まことに申し訳なく思うのですが・・・、
 ですから、遠慮がちに書かせていただきますが、はったりをきかせたり、おどしたりして何とかしようとするのは、教育者にあるまじき態度と思っています。ですので、タッグを組むというのはあり得ないと思います。
 それよりむしろ、拙ブログのリンク集に、《日本の教育はこれでよいのかな》ブログがありますが、そちらは、漢字の学習についてすばらしい実践をいくつも載せていますので、ご覧いただければと思います。
 よろしくお願いします。

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