2009年03月18日

子どもたちとのお別れ5

630b3e48.jpg ああ。1年間は短いなあ。

 退職して4年。初任者指導に携わるようになってからも4年。

 その間、この時期になると、毎年、初任者、そして、そのクラスの子どもたちとのお別れがやってくる。初任者は、2年目となると、もう初任者ではないから、仕方ないよね。


 でも、今年はまた格別だった。A小学校の初任者の学級、B小学校の学級経営補助のボランティアとして入った学級。どちらも3年生だが、双方ともに、今週、お別れとなった。

 そして、どちらのクラスも、わたしのお別れ会をやってくれた。


 ところで、双方の、クラスとしての個性は、先日記事にさせていただいた。

    山の手と下町の学校 給食の情景から

 この記事に書かせていただいたように、これまで、雰囲気の違いは感じてきたけれど、でも、お別れ会となると、話は別だった。どちらも心温まる、心のこもった会となった。

 特に、B小学校の方は、『今日でお別れ』となって、やっと心開いてくれたという感じだ。
「toshi先生。もうお別れなんて、さびしいよう。」
「4年生になっても、B小学校へ来てほしいな。ダメなの。」
などと言う子もいて、ほんとうにおかしな気分になった。でも、うれしかった。



 どちらのクラスも、子どもの思いが色濃くにじみ出ていた。

 たとえば、

 子どもって、『秘密だよ。』と言いながら、あんがい秘密は守れないものであって、チラッチラッとわたしの方を見ながら、なにやら、お別れ会に関係する何かをやっている気配がただよう。

わたしは、いつもどおり行動しているに過ぎないのに、

「toshi先生。こっちへ来ちゃダメだよ。」
「そう。来ないで。何にもしていないからね。」

などとも言う。わたしも、

「うん。分かった。行かないよ。」
などと言って、何も気がつかないふりをよそおう。


 どちらのクラスも、わたしへの感謝の手紙をくれた。あとで読ませてもらったが、ホロリとさせられた。

〇『toshi先生。一人の男の子が、みんなから責められていたとき、toshi先生が、その男の子をかばってくれましたね。どうもありがとうございました。わたしは、toshi先生の、そんなやさしい気持ちを忘れません。』
などと、その『一人の男の子』とは別な女の子が書いている。

 その男子をかわいそうに思っていた様子がうかがえ、その女子に対してこそ、やさしさとおくゆかしさを感じた。

〇『わたしが具合がよくなって教室に戻ったら、みんなはいませんでした。それで、わたしは、みんなどこへ行っちゃったのだろうと思ってこまっていたら、toshi先生が来てくれて、わたしを視聴覚室に連れて行ってくれました。だから、とってもうれしかったです。toshi先生。ありがとうございました。』

 そうだ。このとき、わたしは、担任に聞いたのだった。

「今、Aちゃんは具合が悪くて保健室にいるけれど、こうやってみんな視聴覚室にいることを知っているの。そう聞いたら、『あっ。いけない。言っていませんでした。』と言うものだから、わたしは、保健室、そして、教室とまわった。教室で、Aちゃんに出会った。
 そのときのことを覚えていてくれたのだね。ありがとう。

〇『toshi先生は、社会科が好きなんですね。だから、ぼくも好きになりました。町のむかしのことやむかしの子どもの生活をいろいろ教えてくれて、ありがとうございました。』

 このクラスのお別れ会はおもしろかった。プログラムの一つには、なんと、『toshi先生への、『むかしの生活』と『むかしの子どもの遊び』についてインタビュー』なるものが設けられていた。このBちゃんが提案し、決まったのだそうだ。

 ここでは、かつて書かせていただいた、拙ブログ記事、『地域の連帯感を』にあるような、むかしの子どもの遊び、及び町の様子などをかいつまんで話させてもらった。

〇『思わず苦笑い』というものもあった。

 『toshi先生といっしょに食べる給食は、とても楽しかったです。

 わたしは、初めは、toshi先生は、まじめで楽しくない人だなと思っていたけれど、だんだんなれてくると楽しくなって、友達が増えたような感覚になりました。〜。』

 『なんだい。わたしを友達扱いかい。』とは思ったが、でも、それは、『クラスの一員として認めてくれたのだ。』と理解することにしよう。

 
 どちらのクラスも、最後、ほんとうのお別れになると、わたしが見えなくなるまで、『toshi先生、さようなら。』『また、来てね。』と言って手を振ってくれたり、わざわざ職員室に立ち寄って、わたしにお別れとお礼の挨拶をしてくれたりする子が、大勢いた。

 このときばかりは、わたしも少し、目頭が熱くなってしまった。



 さて、わたしは、日々、拙ブログにおいて、心の豊かさを育むことの大切さを書かせていただいているが、この『お別れ』というのも、そうした意味で、大切な教育の一環となるであろう。

 ところが、かつて、拙ブログにおいて、『離任式 あれこれ』に書かせていただいたように、

 最近は、一部保護者から、
 『先生の転勤は、私的なこと。離任式などと言って、大切な授業時間を使い、子どもを巻き込んでまで行うことはない。〜。だいたい会社などは、その職場、職場で、簡単に紹介や挨拶をする程度である。子どものいないところで、ひっそりとやればいいことだ。』
などと言われるようになってしまった。

 『お別れ』の教育的価値を認めないようだ。


 もっとも、『それだけの実践しかしてこなかったのだから、仕方ないではないか。』と言われてしまえば、もう、反論はできないけれどね。


 『お別れ』というのは、もうそれだけで、大きく心を揺り動かされるものとなる。感動を子どもがつくってくれる。
 そう言えば、『二十四の瞳』にも、そういう場面はあったよね。涙なしではいられなかった。

 そういう意味では、今回の、わたしとのお別れに、涙はなかったのだけれどね。すみません。



 そして、わたしは、もう、20年以上も前、これも、前記事に書かせていただいたが、かつて、学級経営の研究をしていたころのことを思い出した。


 このCさんとは、ちょっとふつうではありえないような、お別れになった。わたしの担任時代のことだ。やはり、本記事同様、子どもは3年生だった。

 Cさんは、臨時的任用職員として我が校に3年間勤務された。音楽専科だった。そして、それ以外にも、小学校の免許を取得するため、4週間だけ音楽専科の仕事をお休みして、我がクラスで教育実習もされた。

 音楽専科として、また、教育実習生として、我がクラスの子どもたちとかかわるかたちになった。


 ここで、ちょっとよけいなことだが、2つほど。

〇我がクラスで教育実習となったとき、その4週間、他クラスの音楽は、担任がやることになったが、我がクラスだけは、実習としての音楽の授業をやってくれるという恩恵にあずかった。ちょっと得した気分だったな。

〇Cさんは、中学校、高校の、音楽の免許しか所持していなかった。そのため、小学校においては、音楽専科としてしか働くことができない。小学校の免許をとれば、正式採用後は、学級担任になることができる。

 もっとも、音楽専科は、皆さんそうだというわけではないですよ。小学校免許をもって専科をされている方も大勢いらっしゃいます。 


 ちょっとよけいなことが多すぎた。ごめんなさい。話を戻して、


 さて、いよいよ、C先生とのお別れとなったとき・・・、

 
 いや。ここから先は、当時の記録から書かせていただこう。

 学級経営の研究ということもあり、当時は、週学習指導案に、毎週、前週の反省記録も書いていた。そこから、拾ってみる。



 では、どうぞ。

 
 ああ。C先生とのお別れ会は、ほんとうに感動的な会となった。子どもたちは、C先生とのお別れに当たり、その心を余すところなく示した。

 プログラムそのものは、何の変哲もない。歌を歌ったり、ゲームをしたり、そういう意味ではありふれたものだ。

 しかし、感動とは、そうしたものとは次元を異にするところで生まれる。まさに、感動は、人の心が生み出すものだ。

 大好きな先生と別れたくない。別れたくないが別れなければならない。

 そうした思いが、学級の子全員にあり、それが感動を呼ぶ。

 歌やゲーム等は、楽しくなごやかな雰囲気のなかで進行した。そして、そのなかでも、子どもたちのC先生に寄せる思いは、ふんだんに示された。

 たとえば、椅子取りゲームでは、自分は立ってもいいからとばかり、C先生をすわらせようとしたり、
 歌のときは、C先生の腕を取り、みんなで腕を組むようにして歌ったり、
 そして、歌いながらも、C先生と腕を組む子は、どんどん入れ替わったり、
 写真撮影のときは、C先生を真ん中に押し出して、みんなでC先生を中心にするようにしたりした。

 以上、楽しく、ほほえましい場面がたくさんあった。


 そのような雰囲気で進んだのだが、最後、いよいよお別れの言葉を言う段になると、多くの子がしんみりしてしまった。

 そして、お別れの言葉を言ったDちゃんだが、

 これまでは何かと、C先生をこまらせることが多かったが、

 なんと、お別れの言葉のなかで声をつまらせ、涙声となり、そのまましゃべることができなくなったと思ったら、その場に立ってもいられなくなり、泣いたまま、しゃがみこんでしまった。

 それを見て、もらい泣きする多くの子たち。

 そういう姿に、C先生も涙なしではいられなくなったようだ。Dちゃんを助け起こそうとしながら、何回もハンカチを目にあてていた。


 感動とは、演出しようとしてできるものではない。感動はまさに人の心が生み出すものだ。子どもたちは、この感動から、人の心のやさしさとか、なさけとか、美しさとか、多くのものを感じ取ったに違いない。この感動は、一生、心に残るものではないか。

 また、この感動は、C先生の心にも強くひびいたようだ。

「わたしももう、最後、何にも言えなくなっちゃって。・・・。あれも言おう、これも言おう、子どもたちに感謝の言葉を伝えようと思っていたのですが・・・、ほんとうに申し訳ありませんでした。」

「いやあ。もう、十分心が伝わったよ。ああなると、言葉は要らないね。わたしこそ、お礼を言わなくっちゃいけない。子どもたちにすてきな宝物をくださった。ほんとうにありがとう。
 もう、こうなったら、いよいよ、ほんとうの小学校の先生にならなくっちゃいけないね。」

「はい。もう、ますますその気持ちが強まりました。がんばります。」


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 このCさんは、その後すぐ、結婚され、お子さんももうけられ、とても、小学校教員の採用試験を受ける状態ではなくなりました。

 しかし、長年、ピアノの先生をしたり、地域の音楽サークル活動で活躍したりされたようです。

 今も、数年に一度お会いする機会があります。

 この、お別れ会は、C先生にとっても強い印象として残っているらしく、ずっと子育てする上で励みになっていたし、今も、思い出すと、ジーンとしてしまうとのことでした。


 『お別れ』は、立派に教育的な価値があります。

 しかし、日ごろ、それだけの価値ある実践もしていないことにはね。

rve83253 at 08:52│Comments(0)TrackBack(0)子ども | エッセイ

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