2009年03月22日

初任者が希望と夢をはぐくめるように、

9967d389.JPG ブログを始めてからというもの、コメントやメールを通しての知り合いがふえ、そういう方々との交流が、今のわたしの生きがいとなっている。

 そうしたなかで、この、3月と4月は、その喜びがさらにふえる傾向になる。

『教員採用の名簿登載がなりました。』とか、
『A都道府県の教員として採用されました。』とか、
昨年は、『校長に昇任しました。』というものもあったが、

 そういううれしいご報告をいただく。


 先日は、これまでにないメールをいただいた。

 今年度、小学校教員に採用された方が、一年間の初任者研修を終え、その研究成果を示す報告書を送ってくださったのだ。

 よく教職冥利に尽きると言うが、この場合、何と言ったらいいのだろう。

『ブロガー冥利に尽きる。』

そんな言葉はないだろうが、まさにそう言いたい気分になった。


 そのメールには、報告書とともに、『ご意見をいただければ〜。』とあった。そこで、わたしは心して読ませていただいた。いくら『メル友』(?)とはいえ、こんなかたちで、初任者の研究物に対し、指導講評するのは初めてだ。

 軽い興奮を覚えた。


 この方、今、Bさんと呼ばせていただこう。

 Bさんは、地域の研究会で、講師の指導に、納得できない部分があったようだ。


『分かったような分からないようなご指導をいただきました。』とか、
『高度だと批判された部分もありましたが、それ(Bさんの実践)は大切な指導なのではないかと思います。』とか、
書かれていた。


 わたしは拝読し、Bさんの言わんとするところがよく分かった。

 と同時に、

 希望に燃えて教壇に立つ初任者が、いざ、学級経営や授業を開始するとなると、その地域、地域の教育風土といえるものとのギャップに悩んだり、夢と希望をなくし埋没してしまったりするケースが、全国的には多々あるのではないかと、不安な思いになった。


 Bさんのケースは、

 学習指導要領にある、『基礎的・基本的な内容の確実な定着』と、『個性を生かす教育の充実』との間によこたわる、指導上の矛盾(?)についてだった。


 この双方をどうとらえたらいいかについては、すでに過去記事に書いたことがある。今、それにリンクさせていただこう。

    子ども一人一人の基礎・基本(1)

 
 このことに関し、わたしの思いを簡単に言わせていただければ、

 『基礎的・基本的な内容』とは、学習指導要領に書かれている内容ということができる。子どもにとっては、教科書の内容ということになるが、実は、そこにあるのではなく、つまり、子どもの外側にあるのではなく、

 その子、その子の内面にある。その子にとって今必要としている学力こそが、その子にとっての『基礎的・基本的な内容』なのである。

 そのようにとらえるのだ。そうとらえれば、『個性を生かす教育』とのあいだに、なんら矛盾は起きないことになる。


 しかし、今、世の中の常識がそうでないことはよく承知している。

 学習指導要領、すなわち、国が決めた学習内容こそが『基礎的・基本的な内容』であり、それは徹底して指導しなければならない。なにしろ、『確実な定着』なのだからね。


 そういう教育観があるから、教え込みがあるし、競争原理の学力調査があるし、そして、その延長線上には受験がある。

 
 また、そこから、

『子どもが小さいうちは、基礎・基本を徹底的にたたき込め。子どもの個性などというのは、基礎・基本が身についてから考えればいい。』
『知識があやふやな子どもに個性などナンセンスだ。』
という、変な理屈がまかり通ることになる。


 この辺のところも、過去記事に書いているので、ごらんいただければ幸いである。
下記リンク記事の『6』がそれにあたる。ただし、この記事では、『基礎・基本』に代わり『知識』、『個性尊重』に代わり『思考力』という言葉を使っている。

    PSJ渋谷研究所Xさんに触発されて


 さて、だいぶ長い前置きとなってしまったが、Bさんからいただいた研究報告に話を戻そう。



 わたしは、一見して、Bさんの報告書の内容は、『学び合いの約束に関する部分』と、『学び合いを豊かにする部分』とに分断されているなと感じた。

 そして、双方で、『学び』のとらえが違っているようだった。

 すなわち、学び合いの約束に関する部分では、『どの子にもとらえさせたい』ニュアンスが強く、豊かにする部分では、『一人ひとりの思いを豊かに表出させたい』ニュアンスが強くなっていると感じた。

 そこで、その旨、返信メールで打たせていただいた。


 すると、Bさんより、

 『基礎・基本』と『生きる力』を分けるのは、我が地域の考え方なんです。これが、最も私のやりにくい点ですね。
 私の考える基礎基本とは、厳密には1人1人違うと思っています。
 
というお返事をいただいた。


 そうか。そういうことか。

 それでは仕方がないな。Bさんの地域の教育界がそういうとらえをしているのなら、初任者がいろいろ口をさしはさむ余地はない。



 そこで、わたしは、次のような返信を送った。


 いいです。それでしたら、納得できます。これからも、今回の報告書の通り、地域の実情に合わせてください。

 しかし、学級においては、Bさんのお考えの通りすすめてください。どうせ、誰もふだん、Bさんの授業を見ていないのですから。

 Bさんのようなとらえの方が、子どもは間違いなく伸びます。ですから、保護者からは絶大な信頼を寄せてもらえるはずです。子どもが先生を信頼することも間違いない。

 自信をもって、『子ども一人ひとりの基礎・基本』の考え方を貫いてください。


 以上については、つい最近、わたし自身の経験として、記事にさせていただいた、下記リンク記事の中ほど、『この学校の研究は、一風変わっていた。』からだが、それに関連する。

    教員にとっての研究研修とは、


 この、Bさんの報告書を読ませていただいて、強く心に残ったことがある。

 それは、Bさんの『一人ひとりの子どもを見つめる目』の確かさだ。すばらしいのだ。


 報告書を記載するわけにもいかないので、わたしの返信から紹介させていただくと、(以下、〇はわたしの返信、※は本記事におけるコメントとさせていただく。)


〇テーマがすばらしいです。Bさんが、どういう学級をつくろうとしているかが明確です。すなわち、『話し合い学習を通して、子どもたちが学びを深めていく。』ということですね。
 そして、実践報告の全体も、散漫でなく、その趣旨で貫かれていると感じ、立派な報告になっていると思いました。


〇話し合い学習実践編のなかで、『前の単元に戻って、わけを追求しようとする子どもがいて、〜。」』のくだりは、いいなあと思いました。3年生なのに、単元をまたがって関係づけようとすることは、前の単元の学習がしっかり自分のものになっている証拠です。

 これは、何も『因果関係』だけではないですね。前の単元と、『比較』『関連』『深化』など、いろいろなかたちで関係づけることによって、子どもによる学びの価値が、さらに充実したものになっていくと思います。

 これは、ものすごく思考力を豊かにします。


※わたしも、担任時代、これに関して、すごく印象深いことがあったのを覚えている。


 むかし、1年生の国語に、『しっぽのやくめ』という説明文がのっていた。それを学習して数ヵ月後、今度は、『おさるがふねをかきました。』という詩がのっていた。


 『おさる』の授業のときだ。Cちゃんが、『はい。』と挙手して言った。

「おサルさんがなんで舟にしっぽをかいたか分かるよ。だってさ、しっぽはかじの役目もするでしょう。まえ、『しっぽのやくめ』で、勉強したじゃん。だからさ、おサルさんはそれを知っていて、それで、ふねにしっぽをかいたのではないかなあ。」

 それに対し、
「あっ。ほんとうだ。そうだね。そうだよ。」
と、賛意を表明する子どもたち。

 わたしは、この発言に、文字通り、しっぽをまいた。

 すごいと思った。数ヶ月前の学習が、それこそ、しっかり定着している。


 わたしは、Bさんの報告書を読ませていただいて、この経験を思い出した。しかし、これは、わたしが40代のときのこと。

 初任者でありながら、Bさんは、こうした発言のできる子どもたちをどんどん育てていると感じ、今度は、舌をまいた。喜びを感じた。


〇また、『次時に取り組む学習内容が子どもの手により前時に示されるように配慮し、予め自分の考えをもてるようにした。』とありますが、これもすごく大切です。

 とかくあるのですが、本時冒頭、前時のふり返りなどするのは、時間のムダ。前時やったことの定着に自信がないからでしょう。Bさんのようにやれば、振り返りどころか、子どもたちは早く自分の考えを言いたくてたまらなくなるでしょうね。
 

※そうだ。そうなのだ。前述のように、数ヶ月前とはいかなくても、前時の学習がしっかり定着していれば、前後の授業は、子どもによって脈絡をもってつながっていく。そうなれば、『次時に取り組む学習内容が子どもの手により前時に示されるように』なるし、前時のふり返りなどする必要はなくなる。


〇いいですね。個をしっかりみとろうとするBさんの姿勢を感じます。

 特に感動したのは、Bさんが、『考えをしっかりもつことと思考の柔軟さと、一見矛盾するような資質なのに、その双方に価値をおいている点です。

 『自分は確たる思いをもっているけれど、しかし、納得できる友達の考えがあれば、柔軟さも発揮する。』ということ。

 また、そうした、一人ひとりの思いを友達が受容し合うという、そこにも、Bさんの明確な価値観があるなと思いました。すごいです。

 これは、民主主義社会を背負ってたつ人格の形成という意味で重要ですし、Bさんの指導の確かさを感じました。


※そうなのだ。そのとおりなのだ。

 こうしてブログをやらせていただいて、つくづく思うのは、こうした、『考えをしっかりもつことと思考の柔軟さと、』という資質は、日本人にとって、大人でもむずかしい。

 ブロガー(ブログ読者も含む。)だから、考えをしっかりもつことはいい。

 しかし、自分の考えに凝り固まり、自分の考えと違うからといって、一体何人の方が去っていったことだろう。悲しいけれど、これが日本の現実だ。


 これはなぜか。

 多くの大人は、子どものとき、問題解決学習を経験していないからだ。だから、考えがないか、自分の考えにこだわるか、どちらかの傾向を強めてしまう。


 これも、わたしには、思い出深いことがある。今度は、6年生。社会科。鎌倉時代の武家造りの絵を見ての授業だった。

    地域の人物をとり上げて(歴史の学習から)

 ごらんいただける方は、この授業記録の、4番目の学習段階、『学習問題を修正しようとする子どもたち』
の小川(仮名、以下同様)の意見をごらんいただければと思う。

 その発言は、

 小川には、今話し合っていることへのこだわりがあった。しかし、その直前に、中野によって、『今、話し合っていることが、学習内容からはずれ、無意味だ。』と指摘されてしまう。すると、小川は、『自分のこだわりは発言したいが、他方、中野の言っていることもよく分かる。』というジレンマに襲われる。

 そのジレンマがよく現れた発言なのである。


 わたしにそういう経験のあったことが、今回、Bさんの報告書にあった、
『考えをしっかりもつことと思考の柔軟さと、一見矛盾するような資質なのに、その双方に価値をおいている点のすばらしさに感動させられた。』
ことにつながる。


 そう。わたしが、実践を重ねながら30代後半になって獲得した価値観を、初任のCさんが、もう身につけているのだ。

 感服させられた。



 さて、まとめに入るが、

 こういう方が、初任者にいるということ。日本の将来は明るいなと感じさせてくれる。

 しかし、地域、地域の教育風土は確固として、また、あなどれないものがある。


 そこは、かつて、わたしが経験したように、

『表向き、この研究にお付き合いした。』

 しかし、
『裏では、一人ひとりの子どもの思い、こだわり、疑問などを大切にして、それを軸にした授業の流れを組み立てていた。表向き、それを言わなかっただけだ。』


 地域の教育風土のなかに埋没しないよう、うまくやってほしい。

 そして、将来は、その地域における教育風土を改革する、その先頭に立っていただければと思う。


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 日本は、どうも、この二枚看板から抜け出せません。これは、国が、二大教育論のどちらも学習指導要領にとり入れ、あとは、時代、時代の風潮に、ゆだねているからです。『つめ込み』と、『ゆとり』とのあいだで、戦後の教育が何度も行ったり来たりしたのは、そのせい。

 その点、最近、『“しょう”のブログ』こと、しょうさんが、フィンランドの教育について、非常にしっかりとした考察をまとめられています。フィンランドは、国としての確固たる教育施策があるように思います。


rve83253 at 06:50│Comments(10)TrackBack(0)教育観 | 初任者指導

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この記事へのコメント

1. Posted by 社会人   2009年03月22日 10:26
「生きる力」が、分からない人達には、一人で
海外旅行に出かけて欲しいです。この一人旅には「サバイバル」と言う生き伸びる為に必要な衣・食・住を求めなければならない状況が常に体験できるからです。
旅行の日程や行程決め
航空券の値段調べ・予約宿の値段調べから予約
食べたい物を探す等々
脳をフル回転させます

教育関係の方には体験して実感して欲しいです。
2. Posted by toshi   2009年03月23日 01:41
社会人さん
 なるほど。ほんとうですね。
 そして、教員も残念ながらその例外ではありません。意味も分からず付和雷同して、権力に従順だったり、逆に反発したりしています。
 つい最近も、ある方からメールで、そのような声をうかがいました。
 社会人さんがおっしゃる例とちょっとニュアンスが違うと思いますが、わたしたちの教育のねらいの中に、世界に雄飛する日本人の育成もあります。
3. Posted by しょう   2009年03月23日 21:58
“しょう”です。こんばんは。

>前の単元と、『比較』『関連』『深化』など、いろいろなかたちで関係づけることによって、子どもによる学びの価値が、さらに充実したものになっていくと思います。
>これは、ものすごく思考力を豊かにします。

 本当にそのとおりだと思います。いろいろな情報や学びを「関係づけて考えていくこと」は本物の“学力”を培うことになりますね。(引き続き今日も応援・投票します)

>『つめ込み』と『ゆとり』とのあいだで、戦後の教育が何度も行ったり来たりしたのは・・・

 あなたが上記記事で強調していられる「大切なこと」から目を離さない一貫した教育政策が望まれますね。
 フィンランドの教育改革に学んだり過去における日本の教育政策を検証していくことが大切ですね。

 拙ブログをご紹介いただきありがとうございました。
4. Posted by きむきむ   2009年03月23日 23:40
こんばんは
親として子供の問題に直面したとき、先生方に対していつも思った事は、「その子ども自身をみてほしい。」ということでした。
クラスの中で、はみ出ることは担任の先生にとっては困ったことでしょうね。
学校やクラス担任のポイントを下げないように、問題をうまくぼやかして“枠”内に無理に入れられている感じがしていました。それは私だけではなく、何人かのお母さんも感じたことです。
こうして先生方が話していることは、本当に嬉しく思います。学習面でも、生活面でも、子供一人ひとりを見ようとしている先生がちゃんといる。
それがわかっただけでも嬉しい気持ちです。
先生方も大変だから、一人ひとり、子ども自身をみてほしい…なんて言えない。。。というのが、私の周りのお母さんたちの思いでした。

実際の教育の現場では、そんなこと言ってられないときもあるかもしれません。でも、そういう気持ちがあったことをどうかいつまでも心の中に持っていてください。素晴らしい先生方に出会えてよかったです。
5. Posted by toshi   2009年03月24日 07:19
しょうさん
 思考力、イコール関係づける力と言う人もいます。わたしは、そこまで断言できるか分からないのですが、なお、考えていこうと思っています。
 しょうさんのフィンランドの教育についての考察は、すばらしいものがあると思います。熟読しコメントを入れさせていただこうと思っていますが、なかなかそれができず申し訳ありません。
6. Posted by toshi   2009年03月24日 07:37
きむきむさん
《クラスの中で、はみ出ることは担任の先生にとっては困ったことでしょうね。》
 ここにも、二大教育観の反映が見られます。
 『基礎・基本は、学習指導要領にあり。』という立場からは、各学年で決められた学習内容は、すべての子に押さえなければならなくなります。そして、これは現実的には無理になるので、おっしゃる通り、こまった存在となりますね。
 一方、『基礎・基本は一人ひとりの子どもの内にあり。』という考え方は、目の前の子ども一人ひとりをじっくり見て、どの子も今の状況より一歩伸ばそうと努力する。ただし、その努力は不断に継続される努力である。ということになるでしょう。
 問題解決学習のなかでは、生活上課題を抱えた子がものすごく活躍するということが、よく起こるのです。それは、日ごろ心が満たされないことが多いので、心の飢餓感を解消するような学びと感じると、そこに充足感をもつことができるからと言えそうです。
 
7. Posted by kawa   2009年03月24日 13:39
>問題解決学習のなかでは、生活上課題を抱えた子がものすごく活躍するということが、よく起こるのです。

先日、特別講座と称して、林竹二先生の「人間について」をやってみました。授業中にポイントをついた発言をし、終了後も2時間に渡って私と討論を続けたのは、普段笑顔を見せることのない1年生の男子学生でした。逆に成績のいい上級生がほとんどまともに答えられなかったことで、教育の質という問題を考えさせられました。
8. Posted by toshi   2009年03月25日 02:40
kawaさん
 なるほど。おもしろいですね。
 わたし、思います。知識・技能は、成長するにつれ、むずかしくなりますね。
 しかし、考える力というのは、年齢に関係なく、同じことが言えるようですね。
 『生きる力』について、考えさせられる話です。
9. Posted by しょう   2009年03月25日 23:59
 拙ブログ記事にていねいなコメントをいただきありがとうございました。

 上記ブログ記事は、繰り返し読めば読むほど考えさせられますね。その内容にからめて、いただいたコメントにこたえさせていただきました。
http://plaza.rakuten.co.jp/shchan3/diary/200903250000/

 ご一読いただければ幸いです。
 
10. Posted by toshi   2009年03月26日 03:21
しょうさん
 ごていねいにコメントをいただき、ありがとうございます。
 はい。しょうさんもお若いでしょうが、若い教員に、夢や希望はいつまでも持ち続けてほしいと思っています。
 せっかくついた教職ですものね。

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