2009年04月04日

実践が学校をつきぬけ地域へ4

jissen ここのところ、お世話になっているしょうさんのブログに、大変気に入った言葉があった。

 『U高校の学校づくり(Kさんの講演より)』なる記事のなかにある。


 記事そのものは、学校の、いや、生徒の真摯な取組が、地域をも動かす力をもつという、大変感動的なお話であった。

 その記事を拝読しているうちに、

『ああ。こうした取組は、かつて、我が勤務校でもあったなあ。』と思い、その気にいった言葉をタイトルとして借用させていただくことにした。


 かつて、小学校低学年も社会科、理科を学んでいたころの話だ。

 2年生に、郵便やさんの単元があった。

 しかし、わたしの実践ではない。当時伸び盛りだった若手教員の実践である。


 単元最初の、子どもの問題意識は次のようだった。

「Aちゃんの家のまん前には郵便ポストがあるから、手紙を出すのに、便利だね。」
「ぼくのうちは、ポストが遠いから、買い物のついでに出しに行くよ。」
「不公平だ。どのうちの前にもポストがあればいいのに。」
「そんなことしたら、郵便やさんは大変だよ。全部のうちを回らなければいけなくなる。」
「大変じゃないよ。だって、届けるときは、どのうちにも届けているじゃん。」

 そのような問題意識から、絵地図に郵便ポストを位置づけていく学習が始まった。


 そうすると、学区内だけ調べても、ポストは均等に配置されていないことに気づくことになる。

 商業地区はいくつもあるのに、住宅地にはまったくないところもある。

 子どもたちの不公平感は強まっていった。

 上記の疑問から、郵便やさんに質問しようということになる。

「一軒一軒郵便を届けるとき、ついでに、『今日出す郵便はありませんか。』って聞いてくれればポストへいかなくて済むのですけれど、それは無理ですか。」

 郵便やさんは笑って、
「それは無理ですね。時間がかかり過ぎて全部のうちには配達できなくなってしまいそうだし、留守のおうちも多いし、ふつうのおうちは、『郵便はないですよ。』って言う日がほとんどだろうし、かばんを2つ持たなければいけなくなるし・・・。」
などとていねいに答えてくれた。


 そうしたなかで、『今のまんまでいいのではないか。』という意見も出るようになる。

 『人通りが多ければ、郵便を出す人も多いはず。』ということから、人通りを調べたり、実際にポストの前に立って、一定時間に何人が郵便物を投函するか調べたりした。

 また、『住宅地には郵便車が入れないから、ポストがなくても仕方ない。』ということから、郵便車の幅と道幅を調べたりした。


 まだ、いろいろな学習活動があったが、それらは省略させていただいて、

 だいたいこの問題が解決しかかったころ、

「でも、Aちゃんのおうちだけは、あまりにもポストから遠い。坂道も急だし、かわいそう。だから、Aちゃんのおうちのそばにだけはポストがあった方がいい。」

「そうだよ。道がせまいと言っても、B小学校の方から来れば、大丈夫だよ。」

などということになり、『それだけは、郵便やさんにお願いしてみよう。』ということになった。


 郵便局は真剣に考えてくれたようだ。

 後日、丁重なお手紙が学級に届いた。

「皆さんが真剣に郵便のことを学習していることはよく分かっていました。ほんとうにうれしく思います。

 さて、みなさんの、『C町〇丁目にポストを作ってください。』というお願いについて、郵便局は真剣に考えました。そして、確かにそちらはまったくポストがないので、1つ置くことに決めました。
 
 〇月〇日までには、置くようにしたいと思います。ポストができたら、皆さん、たくさん利用してくださいね。」

 子どもたちは、大変喜んだ。Aちゃんを中心に、『ばんざあい。』の渦ができた。


 さっそくみんなでお礼状を書いたし、わざわざ商業地域に住んでいる子まで、急坂を登ってこの新しいポストへ投函に行くなど、ほほえましい光景も見られた。


 蛇足だが、この郵便ポストは今も健在である。住宅地の一角に、ひっそりと存在している。確かに投函する人は少ないようだが、ちゃんと役割を果たしている。


 どうだろうか。

 しょうさんがご紹介くださった、U高校の取組と似ていないだろうか。

 似ていないかな。

 でも、子どもたちの真剣な学習が、地域を、いや、この場合なら、郵便局を動かしたと言えるだろう。

 
 もっとも、大人だけのひそひそ話だが、郵便局は、もともとその場所にポストを設置する計画はもっていたのだった。ただ、子どもから要望が出されたので、それを少し早めたということはあったようだ。
 (ああ。ごめんなさい。当時の子どもも、今は立派な大人。心当たりのある方は、この部分だけは読まないでくださいね。)


 こうした学習のすごいところは、その年だけの実践になるということだ。

 ポストが設置されてしまえば、もう、この学習は二度とありえない。社会科学習のダイナミックな点は、ここにある。


 人は、便利さ、豊かさを求めて、日々生活している。

 だから、改善の営みは変われども、改善の努力は永遠のはずである。

 社会科が、『去年も今年も来年も同じ学習内容だ。いや、学習指導要領が変わらない以上、10年は変えなくていい。』のだとしたら、それは、本物の社会科とは言えないだろう。

 この点では、U高校の実践もまったく同じだね。


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 さて、この話には、続きがあります。

 上記実践後数年たったころ、まちに、新しく公園をつくることになりました。

 そのとき、役所から手紙が届きました。

「今度、D町の〇△の空き地に児童公園をつくることになりました。そこで、貴小学校の児童の皆さんから、アイデアを募集したいと思います。『こんなのがあったらいいな。』『あんなのがほしいな。』何でもけっこうですし、文章でも絵でも分かりやすくかいてくれたら、ありがたく思います。」

 もう、郵便の勉強をしていた子たちは大きく成長していたけれど、その後輩が一生懸命考えて、アイデアをたくさん送りました。

 子どもたちの夢がたくさんつまった公園ができたことは、言うまでもありません。


 最後に、もう一つ。

 郵便の単元の実践例は、過去記事にもあります。本記事とはまったく別な担任と子どもたちの実践です。よろしかったらごらんください。後半の『その2』です。

    心の教育(7) 心と学びは一体

rve83253 at 00:19│Comments(2)TrackBack(0)社会科指導 | 問題解決学習

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この記事へのコメント

1. Posted by しょう   2009年04月04日 15:33
 実践の紹介(および私のブログ記事の紹介)ありがとうございました。おっしゃるようにU高校の実践と上記の実践は共通点があると思います。

 それは、地域や社会について学ぶこと(認識すること)と、学校外の社会に関わっていくことの二つが切り離されずに展開していることです。

 U高校の場合、(地域)社会に関与することが、社会への認識を深めていくことであり、また、認識を広げ・深めていくことが「地域社会をよりよいものにしていこう」という意思を強化していく、という関係になっています。

 上記実践もそのような学びと行動(意思の形成)が一体となって進められており、素晴らしいと思います。ある意味で、U高校の実践以上に多くの人にとって参考にしたり応用しやすいかもしれませんね。
2. Posted by toshi   2009年04月06日 01:35
しょうさん
 本記事のタイトルについては、無断で借用させていただき、申し訳ありませんでした。とにかくそのくらい気に入ってしまいました。
 こういう学習こそ、まさに、人が人としての生き方をより確かにしていく学習だと思いますし、将来の実生活に役立つ学力を養っているとも言えるでしょうし、PISA型学力にも合致しているものでしょう。
 そして、そのために、必要不可欠な学習態度は、自分が居住する地域に無関心ではいられないという思いだと思います。それは自分自分の生きる舞台だからですね。自分の損得、利害得失に直結しています。
 そして、そこに学習の足場をおくからこそ、思いやりや協調などの心も養われていくのでしょう。

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