2009年04月30日

全国学力・学習状況調査実施(3−3)明日の授業に生かすために 4

38141807.JPG 本シリーズも今年度の3回目を迎えた。

 たぶん、これで、最終となると思うが、

 本記事は、各学校が全国学力調査を明日の授業に生かしやすくするために、問題作成について、さらに工夫改善してほしいことを中心に書かせていただきたいと思う。

 また、それが、長くお待たせしてしまって大変申し訳なかったが、KGさんやとびうおさんへの回答にもなると思う。


 さて、この調査の主目的を、同調査解説資料から拝見すると、

・国や地方教育行政府が子どもたちの学力を把握して、教育施策に生かすこと

などを二項にわたって述べたあと、第3項では、次のように言っている。

〇各学校が、各児童生徒の学力や学習状況を把握し、児童生徒への教育指導や学習状況の改善等に役立てることです。


 わたしも、これを切に願うし、大切なことだと思うが、あえて、気になることにふれさせていただくと、

 都道府県別結果の一覧の件は、どこにも書かれていない。これはほんとうに必要なのだろうか。これが今の狂騒を招いているのだと思うと、国には、なぜ、公表する必要があるのか、説明してほしいものだと思う。


 数年前を思い出すに、
 
 日本に学力低下論が渦巻いたときもそうだった。

 PISA調査の国別ランキングが、その元凶だった。ただし、こちらの方には、ちゃんとした理由があった。そして、説明もしている。

 その説明はあとに譲らせていただいて、


 とにかく、日本人は、国別の序列にとびついた。

 そして、その順位が下がったことによって、
『やれ、学力低下だ。』
『やれ、ゆとり教育の弊害だ。』
『やれ、つめこみ教育の復活だ。』
と喧騒を極めるようになった。


 しかし、そもそも、PISA調査なるものは、そのようにはできていない。

 だいたい、『知識・技能』のみをとり出して、問題を作成などしていないのだ。


 今、そのあたりのことは過去記事にくわしいので、リンクさせていただこう。

    PISA調査から見えるもの 〜考察〜


 そして、同リンク記事でもふれているが、

 OECD(経済協力開発機構)のシュライシャー氏は、日本での講演のなかで次のように言った。

『国別ランキングの順位からは、たいしたことは分かりません。』

 

 それなら、なぜ、OECDは、これを発表したか。

 順位などにこだわってほしいからではなかった。

 どういう教育施策が有効か、成功しているか。

 それを各国に考えてほしいからであった。


 地球規模で人類が叡智を結集し、よりよい教育施策をとり入れていったら、地球規模の問題も解決に向かっていくのではないか。

 たとえば、地球環境の問題、戦争の問題、貧富の問題など。

 今だったら経済危機の問題も含むよね。

 こういう一国では解決できないような問題が、世界に渦巻いている。

 だから、将来の人類を守り、よりよくしていくために欠かせない教育も、一国の問題ではないのだ。


 OECDが問題提起したのは、

〇未来に生きる地球市民にとって不可欠なのは、どういう学力か。

〇子どもを取り巻く社会的背景の違いが、そのまま教育の成果の違いとなってしまわないようにするにはどういう施策がいいか。

〇教育行政と学校とは、どういう関係にあったらいいか。

〇学習への動機づけはどうあったらいいか。

〇習熟度別や受験等により早くから子どもを分けたほうがいいか、分けないでいろいろな能力の子どもが一緒に学んだ方がいいか。


 こうしたむずかしい問題に取り組み、各国がよりよい教育施策を考えるにあたって、国別ランキングが役立つからであった。

 ちなみに、これら、むずかしい問題への回答は、OECDによってすでに発表されている。拙ブログでも、一連のPISA関係記事で、これらにふれている。(一連のPISA調査関係の記事については、右サイドバーのカテゴリーから、PISAをクリックしてみてください。)

 だから、国や地方教育行政府は、よりよい教育施策をとる気なら、もう数年前から、こうした取組ができるはずであった。

 でも、残念ながら、今のところ、日本はそこから何も学んでいない。いや。日本の施策、なかんづく、行政の学校への対応は、逆コースばかりだ。

 さあ。もう一度言わせていただこう。

 都道府県別ランキングは必要か。


 なお、こればっかりは、国民の多くも間違った施策を支持しているとしか言いようがない。

 でも、これは、何度も申し上げるように、教育のプロたちの努力不足、説明不足が大きい。そして、マスコミもその誤解にのってしまっている。

 近年の都道府県別ランキング、それをめぐる狂騒は、まさにその象徴のように思われる。

 

 もう、狂騒ぶりについてはさんざん記事にしてきたので、ここではふれないが、

 今回の学力調査をめぐっての論評を見ると、『相変わらず、日本は、誤解のしっぱなしだな。』という思いを強くする。

・どのような問題が出題されているのか見ていないのだろう。同調査は、知識・技能偏重と決めつけ、学力調査無用論を展開する。また、その裏返しで、有用論を展開する。

・したがって、知識・技能のみの学力観が相変わらず横行している。

・結果先行、結果万能で、学校現場では、調査に備えての点数アップにばかり目が行く傾向にある。

・その結果、調査が学習の目的化しており、『この調査を、どう日ごろの学習に活用するか。』という視点が見えにくくなっている。

・もう3回目を終えたわけだが、いまだ、国は、『教育施策にどうこれを生かそうとしているか。』見えてこない。(地方教育行政府においては、ところどころ見えてくるものがある。

・ついでに言わせていただく。ちょっと視点がずれるので、申し訳ないが、こんな巨額の費用を使ってやる意味があるのかという論調は多いが、『どうして現行調査がこんな巨額になるのか、おかしいではないか。』という論はほとんどない。

 
 さて、ここまで述べて、いよいよ本日のテーマに入るのであるが、


 わたしは、先に、

 全国学力調査は正しく活用されることが望ましいが、現状では、あまりにも捻じ曲がった活用になってしまっているので、『緊急避難的に、この調査はやめたらどうか。』と主張した。(下記リンク記事のバナーの下です。)

    明日は全国学力調査だが、心、感性を育むことはどうでもいいの!?

 

 でも、わたしは揺れ動いている。

 狂騒を繰り広げているのは、あくまで一部地域ではないか。逆に、有効な活用を図っているのも、一部地域に過ぎないのかもしれないが、しかし、この調査があっても、これまでどおりの正常な教育活動が行われている地域が圧倒的に多いのではないか。

・それなら、マスコミに、一部正常でない地域ばかりとり上げるのはやめていただく。

・そして、かつて記事にさせていただいたが、とても前向きな活用を図っている地域、学校もあるのだから、そちらの方を大々的にとり上げ、報道していただく。
(リンク先記事の前半部、『その第一回目は、ああ。いいなと思われる、〜』からの部分に、前向きな活用を図っている地域・学校の記事が載っています。)

    全国学力検査の結果公表で、(2) その使い方は、

 また、

・国は、もう、3回目をやったのだ。いい加減に、この成果と課題を、教育行政に生かす具体策を策定してほしいものだし、

・わたしはわたしで、学校現場に、よりよい活用を図っていただくために、

 また、日ごろの授業改善に役立ててもらうために、
 
 簡単に、『緊急避難的にやめたら。』というのではなく、拙ブログで記事にしながら、再度望みを託したいと思う。


 せっかく国がやるのだ。事実上の悉皆で。

 それに、数十年前、立ち消えになったむかしの学力調査と違い、知識・技能偏重でなく、良問が増えたのだから、

 それなら、先ほど述べたように、よりよい地球市民育成のために、作問者には、さらなる良問を作ってもらおうではないか。

 『いいな。明日の授業に生かしたい。』
 『おもしろい。こういう問題なら、子どもは楽しく解こうとするだろう。そういう問題集がほしい。』

 そういう声であふれるようになれば、

 『知識・技能』偏重などという誤解もなくなるだろうし、
 授業改善にも役立つだろうし、
 学力狂騒もおさまるだろうし、

 『こうして日本は平和になったのだ。』

 あれ、何かの番組の見すぎかな。


 冗談はさておき、

 そこで、その視点から、2つ、提言をしたいと思う。


〇提言1

 『知識・技能』問題はいらない。

 全国学力・学習状況調査の解説資料には、PISA調査への言及もある。(解説資料7ページの下段後半)

 簡単にふれると、

 国際的、科学的な視点から、質の高い調査問題を作成するため、PISA調査が示す主要能力や出題の仕方などを参考にした。


 わたしは、地球市民育成の観点から、もっともっと重視してほしいと思う。先ほども申したように、OECDは世界に対し、よりよい教育行政への提言をしているのであるから、参考程度ではダメだ。


 今、ここでは、OECDの学力観にふれてみよう。

・PISA調査に、この知識問題はないのだ。いや。むしろ、積極的に、これを軽視する。

 なつかしく思い出すが、今、久しぶりに、OECDシュライシャー氏の講演にリンクさせていただこう。

    OECD加盟国の生徒の学習到達度

 この講演記録の4ページ右側にある。


 今、ポイントになるところを抜粋させていただくと、

『PISAでは、リテラシーは、読み書き能力と定義されてはいません。なぜなら、それは、技術的なリテラシーにすぎないからです。私たちが実際に用いたのは、その背後にある概念で、“世界への扉”という意味で用いています。

 すなわち、情報にアクセスし、情報を処理すること、情報を結びつけたり、情報
を評価したり、そして情報にもとづいて熟考するといった能力です。これが、私たちのリテラシーの定義なのです。』

『基礎的な能力というのをどのように捉えるのかということです。

 まず重要なのはリテラシーですが、リテラシーというのは単に技術的な意味でいっているのではなくて、いってみれば社会に対する、あるいは世界に対する窓というか、情報を獲得するといった意味で社会に対する窓という点で重要だということです。』

 『読解リテラシーについてはご覧の通り、評価したり、熟考したり、推論したりといった幾つかの分野に関して、日本の生徒は苦手としているようです。』

 ここで、OECD生徒の学習到達度調査 2006年調査問題例を見ていただこう。

 ほんとうに知識に関する問題はないことに気づかされるだろう。


 考えてもみよう。

 再度繰り返して恐縮してしまうが、我が国の学力低下論は、この、PISA調査がきっかけではなかったか。いや。この調査のみに根拠を置いてなされたと言えよう。

 それでセンセーショナルな国民的話題となった。

 それなら、この調査問題を熟読し、それに沿った学力向上策を練るのが当たり前ではないか。

 だから、知識問題はいらない。


 でも、知識・技能を大事に思う人は言うかもしれない。

 『日本には日本独特の事情がある、漢字が書けなくていいのか。日本語独特の言い回しなども、知らなくていいのか。』

と。


 それなら、こうしよう。わたしも妥協案を考えた。

 PISA調査にあるような、『落書きの問題』『酸性雨の問題』など、など。そうしたテーマごとに問題が作成されているわけだが、

 これは、日本の調査で言えば、活用問題だね。その問題の中に、『知識・技能』に関する問題をもぐりこませればいい。

 『このテーマの問題解決に関して、この知識・技能が必要だから、問うている。』

 そういうかたちをとったらどうだろう。


 これはいい。

 学校に対しても、『そうか。この問題解決に必要だから、この知識・技能が大事となってくるのだね。』という学力観をうえつけることになり、

 『知識・技能だけをとり出し、独立させてしっかり教え込まないと。』という学力観を排除することができる。


〇提言2

 次は、活用問題だが、これ自体は、前記事にも書かせていただいたように、学力観の『黒船』だ。こうした問題をとり入れたことは英断だったと思う。

 まさに、PISA調査準拠だ。(先ほどは、『参考程度ではダメ。』などと申してごめんなさい。伝統的な日本の学力観を思うとき、『よく、やった。』と言ってもいいほどだ。)


 しかし、さらに奮起してほしい。

 各学校現場が、
『これはいい問題だな。日々の授業に活用できる。』
『この問題の流れにあるような授業をやりたいものだ。』

そう思うような問題づくりをしてほしい。


 それには、子どもだましではダメだ。子どもが問題文を読んだとき、臨場感にあふれ、いかにも自分が今その問題場面を体験しているといった気持ちになるように、問題を作成してほしい。


 現行の問題は、問題解決風をよそおってはいるものの、やはり、子どもだましがけっこうあるのだ。

 大人がつくった問題、解ければいいということで、安易につくった問題といった感じなのである。それでは、授業に生かそうという気持ちにならない。


 たとえば、今回の算数活用問題の2番。上皿天秤の問題だ。


 この、(2)の問題だが、

 この問題を見た子どもはどう思うだろう。

・5つの球の重さは分かっているが、どれがどの重さか分からなくなった。そこで、もう一度はかりにのせてはかることにしたという設定だ。

 その場合、『手に持っても分からない。』というのが前提にあるはずだ。それなら、もっと微妙な差にしなければいけないのではないか。

・次、そう考えたとき、最初にのせる分銅が20gというのは不自然だ。それより重い球は一つしかないし、前述のように持てば分かる。

 やはり微妙なところからはかるのが、望ましい実験態度だろう。仮に、10個も20個も球があった場合は、非能率なことおびただしい。

・次、これはいろいろあるから、必ずしも妥当性がないとはいえないだろうが、こうした実験の場合、子どもが次々と変えていくのは分銅だろうか。球の方ではないのか。

・さらにもう一つ。不自然さを感じることがある。

 たかしさんは、一度実験をした。それで、5つの球がどの重さかは分かった。メモに書いてある。しかし、どれがどの重さかが分からなくなってしまった。そういう設定だ。

 このようなことを言っては何だが、ちょっと緻密さに欠ける、若干ずぼらなところがある子どもという印象だ。

 そのたかしさんが、再度の実験に当たっては、すごい緻密な表を作成する。いくら分からなくなったことを反省したとしても、ここまで書くのには、違和感がある。

 『そんなことを言っていたら、問題にならないではないか。』

 そう思われるかな。

 しかし、そのようなことはない。設定を変えれば作問することはいくらも可能だろう。そして、そこまで考えることが、子どもにとって臨場感をまし、『解くのが楽しい。』という問題になる。

 

 以上だが、

 これはあげ足取りではない。

 先ほども述べたように、子どもにとって、切実性、必然性があり、問題解決への意欲を養うような問題。『解くのが楽しくなる問題』。それは、指導者にとっては、『ぜひ授業で生かしたい。』『そういうものの考え方、そういう実践欲、そういう成果を、自分の学級の子どもたちにも養いたい。』

 そう思ってもらえる問題であってほしいのだ。それでこそ、この調査を日々の実践に生かしたい、活用したいという意欲が生まれる。

 解説資料でも、『知識・技能等を実生活の様々な場面に活用する力や,様々な課題解決のための構想を立て実践し評価・改善する力』とうたっているのだ。

 子どもの実生活とうたう以上、そこまで神経を注いでもらってこそ、真に、『構想を立て実践し、評価、改善する力』につながるというものだろう。


 他の問題にも若干ふれさせていただこう。

 1番については、前記事で述べた。

 この場合、『階段を使えば高さが分かる。』ということに気づくことが、大事な学力なはずである。そして、それに気づくまでは、思い悩むはずなのである。それなのに、そこを問わないで、安易に、『上の図のかべの高さを知りたいので,階段を使って調べます。』とあっさりやり過ごす。これでは、何のための、『実用的学力』かとなってしまう。


 これは、国語にも言える。

 同じく活用の(1)番。最近の子どもたちの体力低下をとり上げている。問題にするにあたり、とてもいいテーマだ。子どもたちは身につまされるだろう。

 しかし、問題に書かれた調査結果のまとめがお粗末だ。

 『もっと早く走れるようにするには、〜』その程度の思いでいいのだろうか。ここには体力低下に対する危機感も何も感じられない。

 『日々、この程度のことが押さえられれば、それでいいですよ。深く追求する必要はありません。』と、国が言っているように感じる。

 わたしがこのテーマで、総合的な学習の時間の計画をたてるとすれば、子どもたちは当然、危機感を抱き、『何でこんなに体力が低下してしまったのだろう。』と思い、むかしの子どもと今の子どもの生活をくらべようとするなど、さらなる調べ活動へ発展していくのではないかと思う。

 作問に関係しないところは適当でいい。

 まさかそのようなことは思っていないと思うが・・・、


 PISAなら、ここでは当然、『あなたの意見を述べなさい。』という作問になるはずだ。


 さて、以上、述べてきたことは、拙ブログに寄せられたとびうおさんのコメントに関連する。

 とびうおさんのコメントは実におもしろい。

 今、リンクさせていただこう。リンク先の18番から21番までがそれにあたる。

 また、算数(B)にも、再度リンクさせていただく。


 そうだよね。

・『ただし、計算の答えを書く必要はありません。』などと書かなければいいのだ。『式を書きなさい。』だけで十分。ここにも親切すぎる傾向を感じる。

・分度器の件は、前記事でふれたとおり

・『ゆうじさんと同じ考え方で』については、もう一人別な人物を設定し、『ゆうじさんは紙のたてを使って計算したけれど、別なAさんは、紙の横を使って計算した。さあ。Aさんの解き方は、〜。』と問えば、押しつけがましさはなくなったのではないかな。

 それに、この方が、『学級全体で知恵を出し合いながら問題解決にあたる。』というニュアンスとなり、よい授業の印象が強まるだろう。

・天秤の問題は、先ほど書いた通り。

・カードの問題については、とびうおさん。ごめんなさい。あとのコメントで、『ところどころおかしなところがありました。』とおっしゃっているのに、ごめんなさい。

 わたしは、あき子さんの言い方はあるとしても(『わかるのではないかしら。』くらいだったら鼻につかなかったのではないかな。)、このような自ら発見する子どもを育てるのが、わたしたちの大事な仕事と思いますので、これはこれで、すばらしいと思うのです。

・「自分なりに考える」「自分なりの方法で問題解決する」ことがあるのではないか。

 これにはまったく賛成する。

 今年の問題は、よく言えば、親切すぎたのだ。正答率を高めるために、制約しすぎた感がある。

 ここは、それこそ、前記事に書いたように、また、PISA調査のように、自由記述をふやし、ここまで書いたものは完全正答、これが抜けたらマイナス何点というようにすればよかったのだと思う。



 さて、最後に、KGさんへの回答(コメント14番、16番)となるが、

 わたしは、この調査問題に関する限り、『悉皆か抽出か。』というふうには考えていない。それは、どちらにしても、調査目的のうち、学力の実態を知るとか、それを教育行政に生かすとか、そのはんちゅうでとらえているからだ。

 わたしは、子どもの学力を伸ばす、そのために、各学校で授業改善に生かしてもらうという気持ちなので、あえて言うなら、学校(地域・保護者も含む。)の希望制なのだ。

 が、これは、現行も、建前上は、学校ではないものの、各教委の希望制になっているのだと思う。まあ、ほんとうの希望制にはなっていないようだから、わたしは、かつて、『不気味だ。』と申し上げたが、そういう意味では、悉皆に近いのだろう。

 この点、わたしは、私学の採用率が50%をきっていることを問題視したい。これは、やはり、一部私学における受験教育の弊害としか言いようがない。

 実用的学力の、『実用』の意味が、まったく異なるのだね。


 ああ。ごめんなさい。KGさんはそのようなことはおっしゃっていなかった。

・『全国学力調査の恐ろしいところは、身長と体重だけの調査で、全国の子供の「体力」がわかったような気になるところが最大の弊害かと思われます。』

 うん。この件に関しても、おっしゃっていることはよく分かる。そして、国も実は、学力のごく一部しか分からないということは、静かにだけれど言ってはいる。

 でも、この件に関しては、国や一部地方教育行政府はもっと声を大きくして言わなければいけないし、わたしも、拙ブログにて、訴え続けていかなければいけないと思う。

・授業改善についてだが、やはり、現状では、国の調査が一番よくできていると思う。

 わたしは、近年の業者テスト、地方教育行政府が行う調査についてほとんど知らないのだが、こちらはたぶんに懐疑的である。前記事にも書かせていただいたように、市販の問題集に、本調査(B)のようなものは見当たらなかった。

 ただ、ここのところ、多くの方のブログを読ませていただき、地方教育行政府が行う調査については、マークシート方式があるのを知った。これはもう、学力調査としては、論外であろう。

 とにかくそんなわけで、『ぜったい、抽出ではだめ。』というのではなく、あくまで例外として、『本調査については、』という認識なので・・・、

 でも、分からない。今後どう考えるか。・・・。一部、点数アップを強力に指導している地域もあるので、推移を見守りたい。 


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 ninki



 今日の記事を書くために、今回、いくつものブログを読ませてもらいました。

 中学生の書いたブログがたくさんあるのに、驚かされました。

 『簡単だった。時間がたくさんあまった。テストタイムはお絵かきタイムとなった。』

 『簡単だったが、これは全国の中学生が解くテストだから、こうなってしまうのかなと思った。』

 『すごいお金を使って、もったいないテストだなと思った。いい紙を使っているし、字は大きいし、余白もものすごく多い。余った時間に絵を描くことまで考えてくれたのかな。』

 最後のは、ちょっと皮肉もきいていますね。 

rve83253 at 13:07│Comments(16)TrackBack(0)全国学力調査 | 教員の指導力

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この記事へのコメント

1. Posted by Uroko   2009年04月30日 16:36
toshi先生、お久しぶりです。

いつもながらの子細に検討された上での提言の数々、感服です。

今回の学テ、私の感想はtoshi先生とほとんど同じですが、興味深かったのは「正答例と解説資料」と「問題」の対比です。解説資料がまだまだ紋切り型の狙いに留まっているように感じました。解答を模範的なものに限定して、“これが望ましい解答”と、ワクを嵌めてしまっていますね。国語問題の司会についてなど、あのような司会について疑義が出てもおかしくはないのですが、やはりよい子ちゃんは出題者の意図を読み取ってしまい、歓迎されるような解答を選ぶ。

私は「問題数が多すぎ」と思いました。解法テクニックに長けた子なら時間を余すのでしょうが、記事の最後に書かれた中学生達のブログ、「やはり・・・!?」という感じでした。
この子達は「問われたことに答える」ということだけしか頭にない。だからこう言う。「問われてはいないが、もしも・・・・のように問題を変えたら?」という、自分で作問し仮定形で考えてもみるという発想がない。このような発想をするような子を育てることこそがリテラシー能力育成だと思いますが・・・・

テスト結果が万能か、テストを参考に考えを広げるのが重要か? テストに対する考え方にいろいろ疑問ありです。

2. Posted by toshi   2009年05月01日 01:41
Urokoさん 
 うわあ。ほんとうにおひさしぶりです。ありがとうございます。
《「正答例と解説資料」と「問題」の対比です。解説資料がまだまだ紋切り型の狙いに留まっているように感じました。》
 そうですね。やはり、この点では、正解か不正解かということしかないようで、PISAとは基本的に違いますね。PISAは、こういう解答だと何点というように、細かく規定しています。その規定の仕方に納得がいくかどうかという問題はあるにしても、〇か×かという発想ではないのですね。
《やはりよい子ちゃんは出題者の意図を読み取ってしまい、歓迎されるような解答を選ぶ。》
 なるほど。日本の場合、やはり、『子どもが自ら生きる』という部分が保障されていないのですね。知らず知らずに、人に合わせる生き方を身につけているのですね。この調査も、そのはんちゅうなのかもしれません。そういう意味では、まだまだ、黒船ではないですね。
《テスト結果が万能か、テストを参考に考えを広げるのが重要か? テストに対する考え方にいろいろ疑問ありです。》
 これも、思わず、『なるほど。』と、うなづいてしまいました。そう言えば、とびうおさんのように、テストを批判的に見て、『登場する人物は、なぜこんな回りくどいことをするのだろう。』とか、『ぼく、わたしなら、こういう作問はしない。』などということが、思わず頭をよぎるような、そんな子どももいていいですよね。
 それも、実生活を大事にすることにつながるでしょう。
 まだまだ、調査問題は、その域には達していないようです。

3. Posted by KG   2009年05月01日 18:07
toshi先生。回答どうもありがとうございました。そしておっしゃりたい事の大部分は理解したつもりです。そして概ね同感です。

その上で感想を言いますと、toshi先生のテストに対する評価はもしかすると相対評価なのかなぁと思いました。
過去の業者テストや教委独自で行う調査と比較して優れている、という事からそう感じました。

私学の参加率に関しては私はtoshi先生とは正反対の評価です。(受験競争は当然否定的ですが)
私立中学の受験問題は国よりも早くPISA的な問題になっていませんか?
単純に知識を問う問題よりも、大人ですら思考を問われる問題が多いような気がします。
国よりも早くPISAの求める学力に反応した私学にとっては、いまさら国の作る問題に見向きもしない、という風に私は解釈していました。
4. Posted by とびうお   2009年05月01日 23:22
私はやはり、「テストをやる金で正規職員を増やしてくれ」という意見です。

>『これはいい問題だな。日々の授業に活用できる。』『この問題の流れにあるような授業をやりたいものだ。』

私はテストではなく、教科書で示して欲しいです。
活用力は活用しなくてはならない場面を、問題を、突きつけられなければ育ちません。それには現行の教科書問題では不十分なのです。

とは言え、今年は5年生担任なのですが、実は昨日例のカードの問題で授業を行いました(より実用を意識し、『縦1m、横2mの畳』として出題したのですが)

まず、問題を板書と口頭で説明し、ノートに4×5の部屋を2つ、赤鉛筆で書かせ、黒鉛筆で敷き詰めさせます(早くできた4人は板書させました。黒板には薄いマス目があります)。

「今度は、縦5m、横7mの部屋をノートに描きます。描けたら敷き詰めてください」
「…先生、これ無理だよ」
「無理? 無理だと思う人は何故無理なのか、前に来て先生に教えてください。他のみんなはノートで敷き詰めます」

(無理だと言った4人に理由を耳打ちさせる。その上で「じゃあ、理由が分からない人に、ヒント出すならなんて言う?」と一人ひとり確認)

「できた人いますか? 無理みたいだね。では、なぜ無理なのか、ノートに理由を書きましょう」
(一分後)
「○○さんたちはノートに描く前からできないって言ってましたね。ヒントを言ってください」

「部屋の面積とたたみの面積」「奇数だとダメ」「部屋に畳が何枚入るか考える」…などなど。その後、発表し合ってきまりのまとめと「敷き詰め不可能な部屋」をもう一部屋考える時間。

いい授業になりましたが、しょせんは単発。
学力向上を目指すならば、国に早く活用問題集と指導案でも作ってもらいたいです。

現場に活用問題作りをする余裕はありません。
5. Posted by とびうお   2009年05月01日 23:48
あき子さんの件、従来の出題方法なら、

(1)5×7の板にカードをしきつめることができますか。
(2)それはなぜですか。理由を書きましょう。

といった感じでしょうか。何も嫌味なところはありません。
それが、あき子さんやまことさんという「クラスのお友達」を登場させると、何だか鼻につくのです。

簡単に言えば、

「『自分たちは分かっている』ってアピールだけして、何も説明もしないなんて、失礼な奴だ」

という反感です。
推理小説なら気にならないのでしょうが、クラスの場では「君らだけ分かっていても広めないと何の意味もないんだよ」と思ってしまうんです。
ただの出題の問題にそこまで考えても仕方ないのですけどもね…
6. Posted by toshi   2009年05月02日 09:29
KGさん
 『学校現場の授業実践の改善に、全国学力調査の問題が役立つように。』という思いには、切なるものがあります。
 むかしの学力調査とは、問題の質がかなり違っていて、いい方向にいっていると思うのです。そこに、啓発的なものも感じないわけではありません。
 『相対評価』。そう自分で思っていたわけではないけれど、そのようにおっしゃられると、そのとおりだなと思いました。今の全国学力調査を最善の質と思っているわけではないですしね。
 記事にも書かせていただきましたが、
『子どもの体力低下の問題』など、せっかくいいテーマを選びながら、真に問題意識をもった子どもの追求欲を満足させるようなレベルではないと判断しました。
《過去の業者テストや教委独自で行う調査と比較して優れている、という事からそう感じました。》
《私立中学の受験問題は国よりも早くPISA的な問題になっていませんか?》
 双方とも、わたしが、一部の限られた情報でものを言っていることは、正直認めざるを得ません。
 まず、前者ですが、今は、国のものがもっともよくできていると思っていますが、業者テストや教委独自で行う調査で、もしいいものがあれば、それはそれで認めるにやぶさかではありません。
 また、お互いに切磋琢磨して、良質の問題を作っていただくとともに、
 調査を受ける側は、国、県、市町村と、いくえにもやらされる必要はないわけで、各学校(現状ではこれはありえず、各市町村教委がとなってしまうのですが、)が選べるようになるといいなと思います。
 
7. Posted by toshi   2009年05月02日 09:30
次、後者については、繰り返しますが、わたしは、ほんとうに限られた情報しかもっていないのですが、
・受験問題がPISA的なものになったといっても、それがどの程度の広がりを持っているのか、疑念をもっています。
・また、『迷子にならないためには、』とか、『一番早く目的地に着くには、』とか、たぶんにパズルを解くような感じなのですね。そういう問題解決の場を大人(出題者)が設定したという感じです。
 そこへいくと、国のものは、体力低下問題とか、子どもの実生活上の問題とか、社会性を帯びた事象をとり上げています。そういう意味で、作り物といった感じではないのです。
 ただもっともっとリアルで切実で問題解決せざるを得ないような気持ちにもっていく努力はしてほしいと思っています。

 ここで本コメントにかかわる記事や皆さんからいただいたコメントを紹介させてください。
 KGさんはすでにごらんいただいているのですが、多くの読者の皆さんのために、お許しくださいね。
『PISA調査と中学受験問題と』です。URLは、6番のコメントのHN欄に貼り付けました。
 記事中、なおみさんの記事も含め、いくつかの中学受験問題がリンクされています。
 また、この記事にいただいたコメントの36番から41番。中田さんからいただいたのですが、これがものすごくかかわってくると思います。
8. Posted by toshi   2009年05月02日 17:47
とびうおさん
《私はやはり、「テストをやる金で正規職員を増やしてくれ」という意見です。》
 これはよく分かります。多くの方がそうおっしゃっていますしね。ただ、現行の学力調査に60億円でしたっけ。これは、やはりおかしいです。受ける子どもの数で割れば、テスト代金は、数千円になってしまいます。どうしてこんなにかかるのでしょう。利権がらみがあるのではないでしょうか。
 この十分の一で実施できるように努力できるはずです。
 そうしたら、正規教員もふやせるはず。

《私はテストではなく、教科書で示して欲しいです。》
 算数はけっこうそうなっていますよ。
 わたしは初任者によく言うのです。
「この教科書のようにやればいいよ。教科書では、Aさん、Bさんという子どもの思いを大切にした流れになっていることが分かるでしょう。そこまで、先生が説明してしまっては、子どもの問題解決力は育たない。」
などと言います。
 でも、国語はやはり改良が必要と思います。学力調査問題から学んでほしいですね。
《今年は5年生担任なのですが、実は昨日例のカードの問題で授業を行いました(より実用を意識し、『縦1m、横2mの畳』として出題したのですが)》
 すごい。とびうお先生に感動です。
 わたしが願うのもこういう授業です。そして、そういう問題解決型の授業が日々行われるようになることを願います。
9. Posted by toshi   2009年05月02日 17:47
《「じゃあ、理由が分からない人に、ヒント出すならなんて言う?」と一人ひとり確認)》
 ここがいい授業のポイントですね。協調心が養えますし、いろいろな能力の子がともに学ぶことの必要性を大事にしていますし、ひいては、いじめ防止にもつながります。
《あき子さんやまことさんという「クラスのお友達」を登場させると、何だか鼻につくのです。》
 そうですか。
 先ほどの、理由が分からない人への説明につながるようには考えられませんか。そうなってこその、協調心、ともに学ぶ喜び、いじめ防止となっていくのですがね。
 そうか。国の調査問題もそのように読み取れる文章にすればよかったのですね。
 わたしは、以前も書きましたが、3段しか跳べなかった子が4段跳べるようになったことを、もともと7段跳べる子が我がことのように喜び、『先生。Aちゃんすごいよ。4段跳べるようになったね。』
と認め合える学級を目指したものでした。
 それは可能なはずです。
10. Posted by とびうお   2009年05月02日 22:22
>算数はけっこうそうなっていますよ。

そうでしょうか。
教科書の問題は学力テストに比べて、問題文の文章量が少ないし、記述式問題で表現力を評価する機会も少ないです。

「小数のかけ算」のようにやることが一目瞭然の単元名で、条件反射的な問題をやってきた子にとって、学力テストの問題は「だまし討ち」のように感じるのだろうな、と思います。

ついでに。
私の授業では「クラスの誰かが出した考え方」を他の児童も理解し、使えるようになることを目指しています。
「教科書がオススメしてるやり方は○○さんのやり方でした。だから、次の問題では○○さんのやり方を試してください」などと指導しています。

しかし、悩ましいのは「耳で聞くと分かるのに、文字で読むと分からない」という児童。
授業中、クラスメートが「口で説明」すると分かる。
でも、教科書で登場人物が「文章で説明」しても理解できない。

学力テストはそこを突く。
「△△さんと同じやり方でやりましょう」では解けない。
もし、「先生、これどういう意味?」と問うことが許されて、私が「最初にここを出してからここの部分を調べるやり方だよ」と教えてあげれば分かる。

要は読解力不足ということなのですが、「得点結果ほどダメなわけじゃないんだけどなぁ」「いいセン行ってるんだけどなぁ」と思います。

>国の調査問題もそのように読み取れる文章にすればよかったのですね。

ぶっちゃけると、クラスの和、温かみ、学び合っている雰囲気を感じさせて欲しいのです。
学力テストにはそれがなく投げっぱなしです。だから「察しのよい優等生たちに追いついてごらんなさい」という上からの目線を感じてしまうのです。
11. Posted by とびうお   2009年05月04日 09:37
「鼻につく」うんぬんは本質ではありません。撤回させてください。申し訳ありませんでした。

私の授業形態の基本はやはり「自分なりのやり方で解決」⇒「他人のやり方もマスター」という二段構えなんです。
直近の授業では「0.3リットル×6のやり方」を考えましたが、

1. デシリットルで計算して最後にリットルにする
2. 10倍したサブロク18を後で1/10する
3. 6回たす
4. 筆算する(塾で先取り?)
5. 0.1がサブロク18個あると考える
6. リットルマスの図にジュースを入れていく

と6通り出て、「教科書の一押しは○○さんの2.の考え方です。そのやり方で次の問題を…」とやりました。

第一段階がなく、最初から「ゆうじさんのやり方(テンプレート)」をバンと見せて「真似しなさい」という学力テストの形式とは似て異なるものなのです。

教科書で学力テスト形式の授業をするならば、「問題はこれです」⇒「次のページに出てくる二人の子どもの考え方を見なさい」⇒「数字の部分を変換して、次の問題の解き方を記述しなさい」となります。
理由記述もテンプレを見せ、「こうやって書くのですよ」と練習させることになります。
広がりが少ない、テンプレ重視、自分の考えが必要とされない授業です。でも、悔しいけれど、学力テストの点は上がると思います。

逆に私のやり方では「学力テストを解ける児童」は育ちにくいと思います。
自分の考えを書いたり発表したりする活動を重視しているので、理路整然とした記述を練習する時間は比較的少ないです。

悩んでいますが、現状「問題解決型学習」プラス「テンプレートのコピー&ペースト技術」をつけるしかないかな、と思っています。
12. Posted by toshi   2009年05月04日 15:31
とびうおさん
 ごめんなさい。わたしには、とびうおさんのおっしゃっていることがよく理解できないのです。
 とびうおさんは、すばらしい実践をなさっておいでです。そして、その実践は、全国学力調査が目指しているセンと同じだとわたしは思うのですが、とびうおさんは、否定なさっていますね。その辺がどうもよく分からないのです。

 まず、わたしが、『算数の教科書はそうなっている。』と申し上げたのは、教科書にある問題を言っているのではありません。
 とびうおさんが、コメントされた言葉で言えば、『教科書がオススメしてるやり方』を指しています。(ただし、わたしは、別におススメしているとは思っていません。)

 このように、教科書が説明調ではなく、『Aという友達はこう解いた。』『Bはこう。』と書くのはなぜでしょう。
 わたしは、指導者に対しては、『ご自分のクラスの子どもたちの解き方を大切にしなさいよ。』また、子どもたちに対しては、自分の考えや友達の考えを大切にし、比較検討しながら、よりよい解き方を考え合いましょう。』そう主張しているのだと思います。
 だから、教科書より、よい解き方を現実の子どもたちがしているケースだってあると思います。

 
13. Posted by toshi   2009年05月04日 15:32
コメントの11番で、とびうおさんは、6通りの子どもたちの考えを示されました。こんなに多様な考えが子どもたちからでることを、すばらしいと思います。
 ただ、「教科書の一押しは○○さんの2.の考え方です。そのやり方で次の問題を…」と、指導者が言ってしまうのですか。
 子ども同士で、6つ出た解き方を、考え合うのではないですか。
 たとえば、『1と2のように解けば、小数の計算ではなくなるから、これまでの解き方で解ける。』とか、『数字を10倍したのは、リットルでなくデシリットルに直したのだから、1と2は同じことだ。』とか、『1・2・3・5・6』と、これまで学習したやり方で解いたけれど、どれも同じ答えになることから、4の筆算の仕方を理解するようになる。』とか、『小数の計算が分かったから、これからは、リットルのままで解くことができる。』とか、
 そういうことをすべて子ども同士で考え合って、価値を深めていくのだと思います。

 そして、このように学んできた子たちは、学力調査のような問題を見たとき、『この問題は、いくつもある解き方のなかの一つ(『二つ』もありますね。)を出してきたのだろう。』と、わたしはそう思うと思うのですが、違いますか。

 それから、とびうおさんは、6通り、子どもたちの考えを出させているわけですから、全然、条件反射的な問題と、子どもは思っていないだろうと思うのですがね。

《悩ましいのは「耳で聞くと分かるのに、文字で読むと分からない」という児童。》
 こういう子は確かにいますね。わたしは、国の学力調査がどうなっているのか、分からないのですが、我が地域の学力調査では、こういう場合、『ヒントをあげてしまうのはダメだが、問題を読んでやるのはかまわない。』と言っていました。
 
14. Posted by toshi   2009年05月04日 15:34
 とびうおさんが、訂正された点については、こちらで編集し、訂正文は削除させていただきました。
 大丈夫だと思いますが、もし、問題があったらご指摘ください。再度、訂正いたします。
15. Posted by とびうお   2009年05月04日 18:53
>子ども同士で、6つ出た解き方を、考え合うのではないですか。

「羹に懲りて膾を吹く」と言いますか、問題解決型授業をしていると、

・「まとめが足りない」
・「習ったことを実践する時間がなかった」
・「発言者に偏りがある」
・「話し合いすぎて混乱している児童がいた」

のような声をよく受けました。
その結果、「この一時間で、この考え方だけは、石にかじりついても理解させる!」と自己満足的なまとめに走っていた気がします。反省です。

いつかは教科書に戻らねばなりませんが、子どもの思考や判断をもっと尊重して、「これはいい!」という実感を共有せねばなりませんね。

あと、学力テストへの違和感ですが、「自分なりに解く⇒他人の考えで解く」という授業の順序と違って、いきなり「他人の考えで解く」ところに感じるのですね。
16. Posted by toshi   2009年05月05日 16:28
とびうおさん
 『反省です。』などとおっしゃっていただき、恐縮しております。
 実践を具体的にお書きいただき、ほんとうにありがとうございました。

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